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61 王都への帰還

 2日目の夜。

「継母の手から逃れ、森で小人達と住んでいた少女のところに、老婆がリンゴを売りに来て、こう言いました。『リンゴをかじると、歯ぐきから血が出ませんか?』

 そして老婆から買ったハミガキを使うと、少女は死んでしまいました……」

 マイルは母国やこの国で雪を見たことがなかったため、ヒロインの名前を、シチュエーションに合った他の童話のヒロインの名前に差し替えていた。

 この物語のヒロインの名は、こういう名前であった。

『死んでれらぁ』


「そして、女性の死体に口づけをするという、死体愛好者(ネクロフィリア)の変態である王子様は……」



 3日目の夜。

「森の中のおばあさんの家に届け物をするその少女は、赤い布を頭から被り、頬を覆うようにして顎の下で結んでいました。

 そう、歯が痛かったのです」

『歯がズキンちゃん』



 そして、4日目。

 ようやく王都に到着である。8泊9日の仕事がようやく完了であった。護衛任務としては短期間の方であるが、『赤き誓い』にとっては初めての他パーティとの合同任務であり、初めての模擬戦ではない対人戦等、得るものが多かった。しかし、4人は余裕がありそうに見えても結構疲れていた。精神的にもであるが、馬車の長旅というものは結構身体にもくる。

 4人の商人達の店を順番に回り、その度に1台、また1台と馬車の数が減り、商人と別れてゆく。そしてその度、マイルの収納からも荷を取り出して渡し、手数料を受け取った。

 最後の商人の店で荷を引き渡し、収納による荷運びの手数料、依頼完遂の証明書、そして『ドラゴンブレス』は同行していないが依頼は完遂の旨の報告書を受け取り、商人と別れることとなった。

「皆さん、本当にありがとうございました。皆さんでなければ、商隊は全滅、私共もおそらく生きて戻れることはなかったでしょう。この御恩は忘れません。また、是非依頼を受けて下さい」

 そう言って、皆に頭を下げる商人。

「あの、マイルさん、もし良ければ、うちの養女に……」

「却下!」

「却下!」

「却下!」

 マイルが何も言わないうちに、レーナ、ポーリン、メーヴィスの声が続いた。

 がっくりと肩を落とす商人。


 ギルドに行くと、お馴染みの、いつもの受付嬢が大声を上げた。

「聞きましたよ! 大手柄じゃないですか!」

 その声に、ギルド中の視線が集中した。

(勘弁してよ……)

 マイルは、うへぇ、という顔をしたが、他のメンバーは誇らしそうな顔をしている。勿論、『炎狼』の3人も。

「あれは、『ドラゴンブレス』の5人と、ここにいる『炎狼』の皆さんのおかげなんですよ」

 マイルの言葉に、設定を思い出したレーナ達3人がこくこくと頷いた。

 しかし、長い付き合いであるギルド職員や他のハンター達は、『炎狼』の実力を知っていた。『ドラゴンブレス』は確かにBランク間近で精強なハンター揃いであるが、40人の兵士を相手にして無傷で勝てる程のとんでもないパーティというわけではない。そうなると当然、不確定要素である『赤き誓い』に疑いがかかる。だが、ハンター仲間に対する詮索は御法度であり、プライベートな場であればともかく、ギルドの中で、大勢の前で問い質す者はいなかった。

 そしてそこにかけられた、大きな声。

「ブレット! 大活躍だったらしいわね、おめでとう! 同じパーティ仲間として鼻が高いわ! 報奨金もたくさん貰ったんでしょう? これからのパーティの方針を相談しながら、今日はお祝いをしなきゃね!」

 マイル達が恐る恐る振り返ると、そこにはふたりの少女の姿があった。どうやら、ずっとここで待ち構えていたらしい。

「パーティ仲間? お前達のパーティ仲間は、あのイケメン4人組だろ? 俺達は、田舎者でカッコ良くないからって捨てられた、『昔の、元仲間だった者』に過ぎないだろ。今は無関係だ。

 お祝いするメンバーなら、今回一緒に戦ってくれた仲間である、この子達がいるから間に合ってるよ。それに、お酒はお腹の子に悪いんじゃないか?」

 そう言って冷ややかな眼で少女達を見る、ブレット、チャック、ダリルの3人。

((((あちゃ~……))))

 マイル達だけでなく、ギルドにいる全ての者がふたりの少女を痛々しそうな目で見ていた。

 ふたりの少女はしばらく固まっていたが、自分達に向けられた無数の視線に気付くと、慌てて退散していった。

「これで、もう来ないかな?」

「さぁな……。まぁ、もし来ても、相手にするつもりはないから関係ないだろ」

「あぁ……」


 評価Aの依頼完遂証明書、商人から託された『ドラゴンブレス』に関する報告書を受付嬢に提出し、『あまり大声で注目を集めないでくれ』と釘を刺したマイル達は、報酬を受け取った。4人分で小金貨96枚。4人で分けやすいようにか、金貨8枚、小金貨16枚で渡してくれた。こういうところには気が付く受付嬢。もっと他のことにも気を配ってよ、と心の中で愚痴るマイルであった。

 兵士や盗賊の分は既にアムロスで受け取っているため、ここで受け取るのは、本来の商人からの依頼分だけである。これで、ようやく今回の依頼の全てが終了した。

「あ、手紙をお預かりしています」

 受付嬢の言葉に、苦笑いのメーヴィスと、肩を落とすポーリン。

 渡されたのはそれぞれ2通ずつであり、ふたりはこの場では読まずにポケットに突っ込んだ。


 そしてマイル達が宿に帰ろうとすると……。

「な、なぁ、これから、任務完了のお祝いで一杯やらないか?」

 その、ブレットからのお誘いに対し。

「御遠慮するわ」

「この街にいる時は、宿で食事しないとレニーちゃんに怒られるんだよ……」

「私、お酒は飲めませんから……」

「お金を数えなきゃならないので……」

「「「「じゃ!」」」」

 そう言って去っていく4人を、ぽかんとした顔で見送る『炎狼』の3人であった。



「帰ったよ~」

「お帰りなさ~い!」

 いつものようにカウンターの中で迎えてくれる、レニーちゃん。

 ……しかし、考えてみると、レニーちゃん以外の者がカウンターにはいっているのを見た事がない。まさか、お手伝いではなく本職?

 マイルは訝りながらもアイテムボックスから魚の干物を取り出した。

「これ、おみやげ」

「うわわ、おさかなじゃないですか! 海の方へ行ってたんですか? うわぁ、それなら、燻製の買い出しをお願いするんだった……」

 無念そうなレニーちゃんが気の毒になって、アイテムボックスから追加で燻製を取り出すマイル。

「お、おおぉ……」

 どうやら、宿の食事として出したかった訳ではなく、自分が食べたかっただけのようである。

 例によってレニーちゃんに大声で呼ばれて出てきた御主人とおかみさんは、礼を言って食材を持っていった。


 そして夕食を終え、食事だけの客は家へ、宿泊客はそれぞれの部屋へと戻った後。宿の1階では修羅場が繰り広げられていた。

「そんな! 今までの恩を忘れて、それはあまりの仕打ちです!」

「いえ、あれは正当な取引でしょう。お互いの利益が合致しての合意だったはずです」

 レニーちゃんの悲痛な声に、淡々と返すポーリン。

 そう、この宿での滞在がそろそろ1カ月となり、『客引きに貢献する代わりに、格安にする』という条件での前払いによる借り切り期間が満了するのであった。

 先行きが不安であり、少しでも節約を、と思っていた時のマイル達の気弱さは、今は無い。懐は充分暖かかった。

「とにかく、もう他の客に対する接待には疲れたんですよ。お金も余裕ができたので、お風呂のある宿に移ろうかと……」

「そ、そんな……」

 ポーリンの言葉に、宿の御主人とおかみさんも呆然とした様子であった。

 『赤き誓い』が滞在を始めてから、宿の利益は着実に上昇していたのである。宿泊客も増え、食事だけの客も増えていた。彼女達が不在であったこの9日間は『あの子達はどうした』という質問が続き、売り上げも落ちていた。ようやく戻ってきてくれて、これから、という時に、突然の宿替え宣言。それは『この宿には不満であり、他の宿に替えた』と広言されるも同然であり、呆然とするのも当たり前であった。


「いったい、何が不満だと言うんですか!」

「いや、それ、さっきから何度も言ってるわよね、接待が嫌になった、お風呂が無い、って」

「……じゃあ、接待を無しにして、通常価格なら……」

「それ、お風呂の無いここに居続ける理由、あるんですか? 通常価格なら、少し高くなるけどお風呂のある宿に移った方がいいですよね?」

 レーナとポーリンの言葉に、黙り込むレニーちゃん。

「……なら、料金は今のままで、接待のレベルを少し下げれば……」

「だから、もうお金にはあまり困っていないから、接待はやりたくないってば!」

「それに、今の貸し切りの方法だと、高くつきますからね。結局、この1カ月のうち、3分の1は宿に泊まっていませんよね、私達。他のハンターと違って不在時に部屋に荷物を残さない私達には、借り切りというのは無駄な出費だと判りましたので……」

「ぐぅ……、っ……」

 気付かれた。そう思い、レニーは唇を噛んだ。

 『赤き誓い』が前回の岩トカゲの仕事に出た後、掃除のために部屋にはいったレニーは彼女達の荷物が何一つ残されていないのを見た瞬間に気付いていた。『あれ? この人達、ずっと借り切りにしておく必要、無いんじゃね?』と……。

 そのため、一見すごい値引きに思えても、実際の宿泊日数、客引きとしての仕事等を考えると、そう極端な値引きとはなっていなかった。しかも、時々マイルがくれるお土産、あれが結構馬鹿にならない。前回貰った岩トカゲの尻尾とかも、卸売り価格ならともかく、最終的な小売価格だと結構高い。それを、1匹分の尻尾丸ごと。食事に出すだけでは使い切れず、干し肉、燻製、同業者への転売等、かなりの利益になった。その前に貰ったオークも、今回の魚も……。

 ここは、彼女達の宿泊費から利益を出すのは諦めて、他の付加価値を取るしかないか……。

 そう考えたレニーは、勝負に出た。ちなみに、レニーの両親は空気状態である。

「よ、4人部屋、食事別で一泊銀貨6枚! 料金は泊まった日数だけで、他の客には、ただの同宿者としての普通の対応のみ、ということで……」

 ぎりぎり、と歯噛みしながら、血を吐くような顔で条件を提示するレニー。

 しかし、それはただの値引きに過ぎなかった。他の条件は、どこの宿屋に泊まってもごく普通のことである。確かに、値引率はかなり大きいが……。

 レーナとポーリンの冷ややかな反応に、レニーは絶望の表情を浮かべた。

 付加価値を重視するなら、宿泊費を無料に、という方法もあった。しかし、レニーにはその方法を選ぶことはできなかった。

 ここは宿屋であり、客を泊めてお金を得る。なので、赤字にしてまで客を泊めれば、それはもう宿屋ではない。事情によっては値引きをするし、客の厚意による恩恵はありがたく受けさせて貰う。しかし、宿屋の理念に反することはできない。『赤き誓い』を無料にしても、それ以上の利益が得られる。そう分かってはいても、その方法は選べない。それは、宿屋の娘としての、譲れない矜持であった。いくら『そんなのどうでもいいから、無料で泊まって貰おうよ』というオーラが横にいる父親から発せられていようとも!


「あの……」

 苦境に陥ったレニーに、それまでメーヴィスと共に空気になっていたマイルが声を掛けた。

「その条件で、あと2つこちらの要望を受けて貰えるなら、ここに泊まり続けてもいいんじゃないかと思うんですけど……」

 レーナとポーリンの『何を言い出すつもりだ?』という視線を受けながら、マイルは言葉を続けた。

「まずひとつ目は、『王都にいる時はここで食事をしろ』という条件の撤廃です。いえ、決して美味しくないわけじゃないんですよ! でも、色々なお店で、色々なものを食べたいんです……。それに、友人からのお誘いとかもあるかも知れませんし……」

 うちの料理が不味いというのか、と、ショックを受けたらしい御主人にフォローを入れて、マイルは話を続ける。

「それで、もうひとつは、中庭の一部を貸して欲しいんです……」

 宿屋には、大抵、裏庭や中庭が広くとってある。宿に泊まる者にはハンターや兵士、その他多少の護身術を嗜む旅人や商人が多く、彼らが朝夕に日課のトレーニングをするからである。また、日中は大量の洗濯物を干すスペースでもある。なのでこの宿にも充分な広さの中庭があり、少しくらい隅の部分を占有しても問題は無さそうであった。



 『赤き誓い』は、ひと仕事終えた後なので数日間の休養をとることにした。各々別個に自由行動である。

 マイルはその間、ひとりであちこち出歩いていた。鍛冶屋、木材店、そしてゴミ捨て場……。

 そしてある日、宿の宿泊客が気付くと、いつの間にか中庭の片隅に怪しげなものが出来上がっていた。

「あら、完成したの?」

 様子を見に来たレーナに、マイルは元気に返事をした。

「はい、今夜がお披露目です!」

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