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60 帰路

 翌日。

 本来は初めての街で自由時間のはずであったが、夕方に領主様の屋敷にお呼ばれらしい。

 そのため、『赤き誓い』は朝イチでギルドに顔を出して報酬を受け取り、その後は街の見物をする予定であった。せっかく来たのだから、どんな街なのか見ておきたい。レニーちゃんへのお土産も買いたかった。

「あの、俺達と一緒に街の見物……」

「「あんた達は引っ込んでなさい!」」

 マイル達に声を掛けようとした『炎狼』の3人は、ヴェラとジニーに追い払われた。

「さ、行くわよ!」

「は、はい……」

 まずはギルドに行くので、結局は『炎狼』も一緒に行くのであった。


「御苦労じゃった。これがギルドからの報酬じゃ。受注依頼というわけではないので多くはないが、商人達が出しておった常時依頼としての盗賊討伐の報酬が、盗賊の分がひとり当たり金貨三枚、犯罪奴隷として売る代金の取り分が金貨七枚、それが七人分で合計七十枚。あの四十人の方は、盗賊ではなかったがそれは結果論であり、実際には盗賊相当じゃったからな、同じくひとり当たり金貨三枚で、こちらは奴隷の代金はないので四十人で百二十枚。全部で金貨百九十枚じゃな。功績の割には少ないが、この街の商人達が供出した金じゃ、これで我慢してくれ。あとは、領主様も少し出してくれるそうじゃから、それでそこそこの額にはなるじゃろうて……」

 ギルドに着くとそのまま案内された2階の会議室で、ギルドマスターからそう言って手渡された金貨百九十枚。ひとり当たり十六枚弱。日本円にして百六十万円弱である。小金貨二十四枚、二十四万円相当の仕事であったはずが……。『赤き誓い』の4人分を合わせれば、金貨六十枚以上。六百万円オーバーであった。

 皆、こくこくと頷いた。



「みんなに金貨1枚ずつ渡して、あとはマイル、あんたがしまっておきなさい」

 レーナも大金を持ち歩くのは落ち着かないらしく、貰った報酬のほとんどをマイルの収納に入れておくよう指示した。それに、落ち着かない、ということもあるが、金貨六十枚以上は少し重い。

 元々パーティのお金は全部マイルが預かっている。パーティとして行動している間の収入や支出は全てパーティの共用資金として管理され、パーティとしての必要経費である宿代や、前衛の武器・防具の修理や買い換え等にも使われる。そうでないと、盗賊を直接倒した者がその分の報奨金を貰う、とかになると収拾がつかなくなり、後衛の支援・治癒魔術師は全員転職してしまう。また、装備の消耗が早い前衛にそれらを個人負担させるのも酷な話である。なので、休暇等での単独行動時の収入を除いて、みんなの巾着袋はひとつである。

 個人的な支出に関しては、みんなに同額の給金を支給、という形になり、少額の収入の時にはその場で4等分することもある。パーティによっては、個人のランクやパーティの加入期間等によって取り分に差をつけるところもあるが、『赤き誓い』は同期生なので平等である。元々、職種や強さで支給額を変える、というような発想をする面々ではなかった。

 そのため、マイルが収納で商人の荷を運んだ取り分も、『パーティとして受けた仕事で行動中の稼ぎ』として、元々パーティの収入になるべきものであった。

 お金の保管は収納持ちのマイルが行っているが、金銭管理そのものはポーリンの役割であり、自分が聞いていない大口の収入があるとなると、ポーリンが少し平静を失って食いついたのも仕方なかった。ポーリンは、毎晩マイルに収納から出させた大型巾着袋の中身を何度も数えているのだから。不気味な嗤いを溢しながら……。


「各自、金貨1枚。今日1日で使い果たすわよ!」

「「「お~!」」」

 レーナの言葉に、元気よく声を上げる3人。

 とは言っても、お酒が飲めるわけでもないし、怪しいお店に行くわけでもない。

 せいぜい美味しいものを食べるかお土産を買うくらいである。荷物持ちの心配はないので、みんな好きなだけ買い物を楽しむつもりであった。

「さ、行くわよ!」



「……結局、一割も使わなかった…………」

 疲れた顔のレーナ。

 元々、メーヴィス以外はみんな貧乏性である。そうそうお金を無駄遣いできるわけがない。多少高いものを食べようが小柄な少女の胃袋ではたかが知れているし、山海の珍味を食べるわけでもない。衣服やハンター装備、保存食等は王都の方が質も良く品数も豊富であり、わざわざこの街で買う意味が無かった。そして嵩張るものは、輸送はマイルがいるから心配ないとは言え、宿の部屋が4人部屋でそう広くないのでそうそう買うわけにも行かなかった。結局、海に近いこの街の特産品である魚介加工品、干物だとか燻製だとかをマイルが大量に購入したくらいである。

「そろそろ行こうか……」

 もう陽が傾きかけており、領主の屋敷に行く時間が近づいていた。


 他のみんなと落ち合うために宿に戻る途中で、マイルが皆に提案した。

「あの、今回の件、『ドラゴンブレス』と『炎狼』のみなさんが活躍した、ということにして、私達は主に支援に回った、ってことにしませんか?」

「「「え?」」」

 何を言っているのか、という顔をするレーナ、メーヴィス、ポーリンの3人。

「どうしてそんな事しなきゃならないのよ! 私達は名前を売って、Bランクを目指すのよ!」

「貴族で、若くしてAランクになれれば騎士に取り立てて貰える可能性があるのだが……」

「私は別に構い��せんけど……」

 ポーリンはともかく、レーナとメーヴィスは納得がいかない様子。当たり前であった。

「あの、今回の件は、色々と面倒なことになるんじゃないかと思うんです。王宮やら、アルバーン帝国やら、その他の国やら、貴族やら、政治やら、戦争やら……。

 まだまだすぐに戦争とかいう話にはならないとは思いますけど、色々な厄介事がありそうな気がして……。そこに、『四十人の兵士を倒した十二人の護衛』のうちの四人で、まだ歳の若い女の子となれば、情報を取ろうとしたり抱え込もうとしたり、大変なことになるんじゃないかと……。

 それに、私達はまだCランクハンターになったばかりなんですから、Bランクなんかまだずっと先の話ですよね。新米があまり目立つのも……」

 マイルの説明に、レーナとメーヴィスも少し考え込んだ。

「う~ん、確かにそれもそうかも知れないなぁ……。実力以上にあまり目立つのも足をすくわれる元になるかも知れないね。今はまだ、己の力を磨くことに専念するべきかも……」

「う、まぁ、それもそうかも知れないわね……」

 メーヴィスの言葉に、レーナも渋々同意した。

 その後、その申し出を聞いた『ドラゴンブレス』の面々は「あ~……」と納得顔。『炎狼』の3人も、何となく納得した様子であった。

 結局、誰かが中心となって功績を称えられる必要があり、『ドラゴンブレス』はBランク間近のパーティなので世間的にも問題がない。おかしなちょっかいを跳ね返すだけの力もある。そのため、『ドラゴンブレス』が中心となり、『炎狼』と共に大活躍、『赤き誓い』はその補助として商人を守っていた、というような筋書きにした。商人や御者達は馬車に籠もっていたから戦いの詳細は見ていないのでそちらから漏れる心配はない。

 名前を売って、早く良い補充員を得なければ行き詰まってしまう『炎狼』は、手柄を譲って貰えることに恐縮しながらも、これで加入希望者が殺到するのではないかと笑顔であった。

「お前ら、実力以上に強さを宣伝したパーティの末路を知らんのか? 嬢ちゃん達が実力を隠そうとしている意味も分からんのか? ……死ぬぞ」

 バートの言葉に、肩を落とす『炎狼』の3人。

「まぁ、筋は悪くないんだ、それは認めてやる。補充を入れなきゃ立ち行かないのも分かる。だから今回は『頑張って活躍できた』ということでいいから、加入希望者との話し合いではちゃんと本来の実力を説明しろよ。嘘は破局の元だからな」

「「「はい……」」」

 彼らも、『ドラゴンブレス』と『赤き誓い』が並外れた実力を持っていて自分達を助けてくれなければ全滅していたということは充分に分かっていた。調子に乗っていたことを素直に反省するその様子に、バートも安心した。


 領主は、この街と同じ名、アムロス伯爵であった。

「よくやってくれた! あのままだと我が領は王都方面との交易が途絶えてジリ貧になるところだった、感謝するぞ!」

 部下のコネリーとかいう軍人は「普段はケチ」とか言っていたが、ハンター風情にもきちんと礼を言う、貴族としてはまともな人物であるらしい。謁見とかの高い所から見下ろす形ではなく、大きなテーブルを囲む形で対等の席にしてあるし、料理や飲み物も並べられていた。ハンター達がマナーとかに戸惑わなくて済むよう、大皿に盛られた庶民風の盛り付けである。どうやら、建前ではなく本当に歓待してくれているらしかった。

「見れば子供も交じっておるというのに、無傷で40人の兵を倒すとは、本当に大したものだ。どうだ、このままこの街に留まる気はないか? 厚遇を約束するぞ」

 それは、中堅のCランクハンターとして身の安全第一で堅実に活動し、四十歳を過ぎて身体の衰えを感じたら引退、蓄えたお金で夫婦で小さなお店でも、というハンターになら魅力的な誘いだったかも知れない。しかし、Bランク間近のパーティ、可愛い女性の後衛を募集してこれから名を売ろうという野望に燃える若手パーティ、そして『赤き誓い』にとっては、あまり魅力のある提案ではなかった。

 王都は、依頼の数も種類も豊富である。商人の数も多く、各地へ商隊が出るし、素材採取の依頼も多い。そして、難易度の高い国からの依頼や、地方のギルドだけでは手に負えない依頼が回って来たりもする。つまり、危険だが報酬や昇格ポイントが高い依頼が豊富、ということである。

 まぁ、領主も当然それくらいのことは知っている。ただのお愛想か、駄目で元々、程度の軽い気持ちで言っただけであろう。

 その後、褒賞金として金貨300枚をくれるという話になり、みんな、特に『炎狼』は大喜び。もう、興奮のウツボである。(『坩堝るつぼ』ではなく、この世界の言い回し。ウツボが何匹も壺の中で興奮してウネウネしている様子を表している)

 しかも、ひとりいくら、ではなく、各パーティに100枚ずつ、ということで、取り分が増えて更にヒートアップ。装備を一新しても当分暮らせるだけのお金である、困窮していた彼らにとっては夢を見ているようであろう。これが、あの四十人がただの盗賊であればこれ程の大盤振る舞いとはならなかったはずである。それほど、他国の謀略を被害が少ないうちに阻止して捕虜まで取りその全貌を暴いたという功績を高く評価してくれたのであろう。

 ……まぁ、もし盗賊であったとしても、全員を捕らえて犯罪奴隷として売る分け前を貰えばそれなりのお金にはなったかも知れないが、それを考慮して、その場合を上回る金額を出してくれたものと思われる。充分ありがたい配慮と言えよう。


 その後、昨夜領主様直々に捕虜の取り調べを行ったこと、その結果を認めた手紙を今朝国王陛下宛てに送ったこと等を聞き、どうやら領主は内通者ではなさそうだと安堵する一同。そして捕虜に我が国への協力を説得した者に王都からの護送部隊へ直接説明をして貰いたいこと、その方が捕虜達も安心できるであろうこと等を説かれ、雇い主である商人達と相談することとなった。



 そして宿に戻り商人達と相談した結果、帰路は『炎狼』と『赤き誓い』のみが商隊を護衛し、『ドラゴンブレス』はアムロスに残って捕虜達と行動を共にする、ということになった。おそらく王宮はファーガスが雇った伝令により行動を起こすであろうから、伯爵が思っているより1日前倒しで進んでいるはずであった。いくら大丈夫そうに見えても、万一ということもあるので、独自に伝令を出したことは伯爵には伝えていなかった。


「『ドラゴンブレス』の皆さんには、我々がそう依頼した、ということに致しましょう。ギルドには、依頼完遂、A評価で届けておきますので」

「すまんな、助かるよ」

 商人の言葉に、バートが軽く頭を下げた。

 まぁ、この戦果で『契約不履行』とか言われては堪らないが。


 そして商隊全体としての会合は解散したが、『炎狼』と『赤き誓い』はその場に残った。明日からの、帰路の護衛の相談のためである。

「帰路は、俺が指揮を執るということで良いかな? そちらの方が人数は多いけれど、Cランクハンターとしての経験や、より迅速な指揮が必要な前衛の数がこちらの方が多い。『赤き誓い』の実力は解っているから、おかしな指示は出さない。その点は安心してくれ」

 『炎狼』のリーダー、ブレットの言葉に、『赤き誓い』の4人は了承し、頷いた。

「ありがとう。じゃ、護衛計画を説明するよ。まず、魔法で索敵ができるらしいマイルちゃんは先頭馬車。攻撃魔法が得意なレーナちゃんは、追ってくる敵を追い払えるよう最後尾に。そしてメーヴィスさんとポーリンさんは前後どちらへでも応援に行けるよう、3番馬車に。

 俺達は、それぞれにひとりずつ、前衛として、そして魔術師の護衛としてつく。せっかくの合同任務なんだから、他のパーティとの交流や、よそのやり方等を学ぶのも勉強になるしね。何か質問や意見はあるかい?」

「その考え方には文句はないけど、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「ああ、何だい?」

 レーナはブレットを睨み付けながら尋ねた。

「マイルはともかく、どうして私が『ちゃん呼び』なのよ! ポーリンが『さん』で、それより年上の私が『ちゃん呼び』の理由を教えて貰おうかしら!」

「「「え…………」」」

 初めて知った驚愕の事実に、固まる『炎狼』の3人。

「11~12歳なんじゃあ……」



「じゃあ、明日からよろしくね……」

 数分後、ブレットはばくばくする心臓を押さえ、少し焦げ目がついた髪を撫でつけながらそう言って解散を宣言した。




「マイルちゃん、他の3人とはどういう切っ掛けで知り合ったの?」

「あ、みんなハンター養成学校の同期で、同じ部屋だったんですよ。それで……」

 先頭馬車の御者台に座るチャックと、幌の上に腰掛けて前方に足を垂らしたマイル。

 御者を含めて3人が並んで座るには御者台は少し狭く、体重が軽いマイルなら幌の上に腰掛けても屋根の部分が歪むこともないためそういう配置となったのである。帰りは盗賊に襲って欲しいわけではないので、護衛の姿を見せる必要があるため荷台の中にいるわけにはいかなかった。

 そしてチャックは、マイルと話す時も決して後ろを振り返らない。

 位置的に、そして高さ的に、振り返るとマイルのスカートを下から見上げる形になるからである。

 マイルは無防備で、たとえチャックが振り返っても全く気にしない様子であったが、一度チャックが振り返ろうとした時に強烈な肘打ちを喰らったのである。隣りに座った、老いぼれのじいさんから。そして、それまでのにこにことした笑顔から一転した恐い顔で、マイルには聞こえない小さな、しかしドスの利いた声で囁かれたのである。

「殺すぞ、テメェ……」

 以後、チャックは非常に紳士的な態度であった。

 ブレットからの厳命である、『仲良くなって、王都に着いた時に再度パーティへの加入を誘う作戦』に従うべく、色々とマイルに話しかけるチャック。

 ブレットに言われなくとも、兵士の斬撃から助けて貰い、かなりの負傷であった左腕の治療までして貰った上、マイルは素直で明るく、可愛い。そして、魔法の腕も剣の腕もBランク並みである。是非パーティにはいって貰いたいし、できればそれ以上の関係になりたい。あと2~3年もすれば自分は二十歳、彼女も成人になるだろうから、それまでにゆっくりと関係を深めて……。

 そんな思惑は露知らず、マイルは楽しそうにチャックと話し、なかなかの好感触に期待を募らせるチャック。もしここにあの老婆がいれば、こう呟いたことであろう。

『ふえっふえっふえっ、マイルちゃん、罪な女じゃのう……』


 そして3番馬車、最後尾の6番馬車でも同じような場面が繰り広げられていた。

 自分を完全に無視して何やらノートに書き込み続けているポーリンは早々に諦めて、メーヴィスと剣技談義を行うブレット。そして槍士のダリルも、いくら容姿や魔法を褒めても反応が芳しくなかったレーナが『炎狼』の過去の失敗談や様々な仕事で得た教訓、ちょっとした魔物討伐のコツ等の話には食いつきが良いことに気付いてからは話が弾み、なかなか良い感じになっていた。『彼らの主観』では。

 しかし、確かに『赤き誓い』にとっても、自分達より少し年上の若手ハンターから様々な話を聞けたことは有意義であり、マイルはお礼代わりにと夕食にオーク肉をサービスした。

(しかし、いつもオークの肉だなぁ……。たまには、もっと脂身が少なくて、健康に良さそうな肉とかも……。ゴブリンは食べられないし……。

 あ、オーガの肉とかはどうかな? オークよりは脂身が少なくて、健康に良さそうだし。

 オーガの肉、健康に良い、オーガ肉の料理……、『オーガニック料理』?)

 せっかく思いついたネタを分かってくれる者がこの世界にはひとりもいないことに気が付き、マイルはがっくりとうなだれた。


 そして夕食後。

「本日の、『日本フカシ話~!』」

 お馴染み、マイルの昔話シリーズの開幕に『赤き誓い』の面々は期待に眼を輝かせているが、『炎狼』の面々はきょとんとしている。それには一切構わず、マイルの話が始まった。

「今夜のお話は、3人の獣人の女性騎士の物語、『三獣姉』です」

 そしてマイルの話は進む。

「こうしてアラサーのハイミス狐獣人、通称『アラミス』と、地方から出てきた抱きつき癖のある猫獣人の少女、『抱いたるにゃん』が出会い……」

 ぶふぉ!

 何人かが吹いたが、構わずマイルの話は続く。

「そして、抱いたるにゃんはアラミスに尋ねたのです。『お姉様、何歳にゃんですか!』と……。

 すると、アラミスは気まずそうに答えました。『さ、さんじゅうし……』」

 『炎狼』の3人は白目を剥いていた。


 今夜のお話は、原作の跡形も無かったし、そもそも『日本フカシ話』と銘打ちながら、日本とは全く関係のない話であった……。

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