59 尋問
捕らえた敵兵は縛り上げ、特に魔術師は猿ぐつわと目隠し、耳も塞いだ上でマイルが魔法により意識を刈り取った。尋問相手が数人減っても支障はない。安全第一である。
敵兵は、当初は自分達は盗賊だと言い張っていたが、それならば捕虜に関する取り決めは適用されないから、拷問の末、縛り首か犯罪奴隷として死ぬまで鉱山で地獄の重労働、政治的取引等で祖国に帰れる可能性はゼロであり、もし身元が分かれば国元の家族やその周囲の者に『他国で盗賊行為を行った極悪人』だと通知する、と言われるとかなり動揺した。
そして持ち物を調べた結果、決定的な証拠はないものの、巾着袋の中のお金がアルバーン帝国の貨幣であり、武具の銘がアルバーン帝国にある有名工房のものであること等から、黒幕はほぼ確定した。これが現代地球の潜入工作員ならそんなものは絶対に身に付けないが、このレベルの世界ではそういう所は結構適当であった。それに、多少の状況証拠があろうと、『そんなものは知らん』、『でっち上げであり、言い掛かりだ』と言えば済むことである。
なので、帝国に罪を被せるためにそこまで細工するような国はないだろう、とのバートの弁であった。
「で、交渉は誰とすればいいのかな?」
バートの問いに、しばらくの間を置いて、ひとりの男が名乗り出た。
「……私だ」
それは、重傷を負いながらも生き残っていた指揮官の小隊長であった。マイルの治癒魔法により命は取り留め、肋骨と右腕は骨折したまま、脇腹の裂傷も止血はされたものの完治には程遠い状態であるが、会話ができるくらいには回復していた。
「で、本当に盗賊として処理していいんだな? 軍人としての名誉も誇りもなく、卑劣な犯罪者として鉱山奴隷としての一生を終え、場合によっては家族にもそのように伝わるぞ?」
「ひ、卑怯な!」
「はぁ? 何言ってんだ、自分で言ってるんだろうが、『自分達は盗賊です』って?」
「ぐ……」
悔しそうな顔で言葉に詰まる指揮官に、ポーリンが助け泥船を出してやった。
「いい考えがあります! この方達の祖国や周辺各国にお知らせしてあげれば良いんですよ、『アルバーン帝国からの違法行為である通商破壊部隊の皆さんは、全てを正直に喋って下さり、褒美にそれぞれ金貨五十枚ずつを受け取られました』って。そうすれば、みなさんは国の命令を受けて命を懸けて行動した軍人さんということになって、御家族もさぞかし鼻が高いことでしょう」
「な、な……」
絶句する指揮官。
そんな噂を流されれば、祖国では裏切り者扱い、家族どころか親族や友人知人までがどんな目に遭わされるか分かったものではない。
「本当に正直に喋って下さった方には、『拷問しても最後まで喋らなかった奴の遺品だ。敵ながら立派な者だったのでこれを送る。遺族にでも渡してやれ』と言って、何か本人の物と分かる書き物でも届けてあげて、あとで家族にこっそり連絡を取って出国させるとか……。
その後は、我が国で帝国の軍事に関する相談役になるとか、普通に軍務に就くとか、ハンターになる、他国に行く等、選択肢はいくらでもありますしね」
「なに……、を…………」
「そりゃいい考えだ。こいつらが帝国の兵士だった、ということにするわけだな。なぁに、実際にはこいつらはただの盗賊なんだから、それで本当に酷い目に遭う家族とかは実在しない訳だしな。ただ、うちの国が帝国にいちゃもんつける理由にするだけだものな。そうだよな、みんなが正直に喋ってくれた、ってことにすりゃいいわけだ、報酬と自分の身の安全目当てで。
いやぁ、良かったなぁ、家族が帝国にいる、本当の帝国の兵士とかじゃなくて!」
「な、な……」
ポーリンは彼らが帝国兵であるという前提で話しているのに対して、バートはあくまでも『君たちはただの盗賊なんだよね?』という姿勢を崩さずに話している。なのでふたりの会話は噛み合わないが、何を言われているかは一目瞭然である。蒼白になる指揮官。他の捕虜達もざわついている。
「捕虜、こんなに多くなくてもいいんじゃありませんか? 協力してくれる人を残して、喋る気の無い人は処分しちゃって、後で他の人が喋ってくれた事は全部その人達が喋った、大金貰って他国へ行った、ってことにすれば……」
ポーリンの言葉に、静寂が訪れた。敵にも、味方にも……。
「そ、そうだな、少し減らしても……」
バートの言葉も、さすがに少し引き気味である。
「ま、待て! それは捕虜の扱いとして……」
「捕虜? お前達は兵士じゃなくて盗賊だろ? それも、降伏した商人まで皆殺しにする、慣習破りの外道の。それに、お前達は降伏した訳でもないしな。最後の5人も、『手出ししないなら戦わない』という条件付き降伏じゃなく、『武器を捨てますから殺さないで下さい』という、単なる降参だからな。まぁ、その5人は殺さないけどな。お前達と違って約束は守るぞ、俺達は」
「…………」
敵の指揮官が言葉に詰まり黙り込んでいると、兵士の間から声が上がった。
「嫌だ! 俺は嫌だ! 俺は何も、盗賊として殺されるために兵士になったんじゃない!
この任務は明らかに条約違反だろ! みんなもそれは分かってるんだろ!
祖国や家族を守るためなら、命を懸けて戦っても構わない。そう思って兵士になったんだ。条約を破って他国の民間人を虐殺して、盗賊として処刑されるために今まで頑張ってきたんじゃない!
それに、このままだと家族が裏切り者の妻子として虐待されて、殺されるんだ���! それを黙って受け入れられるだけのことを、国が俺達にしてくれたのかよ!」
「「「「…………」」」」
意外にも、指揮官がそれを怒鳴りつけて否定することはなかった。
兵士達も、指揮官も、皆、俯いて沈黙が続いた。
「……俺も嫌だ」
「俺も……」
「帝国が俺達を裏切ったんだ。もう、これ以上付き合う義理はないだろ……」
あまりにも簡単に事が運び、逆に驚く商隊勢。
(ポーリンさんは敵に回さないようにしよう……)
そう考えながらマイルが横を見ると、レーナとメーヴィスが同じようなことを考えているっぽい微妙な顔をしていた。さすがパーティ仲間、気が合う。
数人が陥落した時点で、他の者が頑張る意味は無くなった。どうせ真実は露見し、喋らなかった者は汚名を全て被せられて絞首刑か鉱山送りになるだけである。
「喋る!」
「俺も!」
「俺もだ!」
兵士達は次々と寝返り、遂に指揮官もそれに加わった。
結局、意識を失っている魔術師達を除き全員が証言に同意したので、対外的に公表される裏切り者は、死亡した6人ということになるであろう。彼らの親族には気の毒であるが、結果論とはいえ「寝返ることなく、最後まで帝国の兵士として商隊の者を殺そうとした者達」なので、そこまで配慮することもない。
そのまま朝まで尋問が続き、アルバーン帝国の政情、財政状態、今回の暴挙に出た理由の推測、食料等を運ぶ商人の存在、その他色々を聞き出した。
どうせ王都で同じ事を話すことになるであろうが、どこかで口を塞がれる、という可能性もある以上、ここで色々と聞き出しておくことは決して意味の無いことではなかった。
指揮官の話ではアムロスには内通者はいないとのことであったが、それを信じて良いかどうか分からず、また、指揮官も知らされていないだけ、という可能性もある。
朝になり魔術師が意識を取り戻したので、耳栓だけ取って指揮官から昨夜の経緯を説明して貰い、魔術師達も全員同意してくれた。しかし魔術師は『武器を取り上げる』というわけには行かないため、仕方なく猿ぐつわと目隠しは着けたままにさせて貰った。無詠唱は防げないが、それだと威力が大幅に落ちる上、眼を塞がれていては適切な魔法の行使はできないだろう。自分を縛るロープを切ったりはしないよう常に見張っているし。水を飲む時だけ、厳重な見張りと共に数秒間だけ猿ぐつわを外してやることにした。
捕虜達の食事は無し。人間、数日間くらい何も食べなくても死にはしない。それに、あと一日で目的地に到着するという商隊が、商隊の人数の2倍近い捕虜の食料を提供できるのはおかしい。しかも到着が1日延びそうなのに……。
商隊側の者は、マイルの収納には充分な食料がはいっているかも、と思ってはいたが、手を自由にさせて逆襲のチャンスを与えたり、これから自分達の手を離れて何度も尋問されるであろう敵兵にわざわざマイルの能力を教えるような気は全くなかった。
そういう訳で、食べるのは商隊の者だけである。昨日は結局、昼食はほんの僅か、夕食は抜きだったため、護衛の面々は腹ぺこなのである。
マイルは馬車の荷台から運び出す振りをして、肉やら果物やら薪やらをアイテムボックスから出して食事の用意。レーナが点火、メーヴィスが切断、ポーリンが温かい飲み物の準備。
相変わらず、便利な4人であった。
昼前に、馬に乗ったハンターらしき男が通過した。アムロスから王都へと向かう方向である。
通過する時にこちらに会釈したように見えた。
「……多分、ファーガスが雇った伝令だ。おそらく、すぐにもう1騎来るだろう」
バートのその言葉通り、すぐにもう1頭の馬が現れ、通過していった。
「ギルドと王宮へ1通ずつ、だな。後は、目立たないように馬車と徒歩だろう。速いけれど目立つのと、遅くても目立たないのと、その中間。3種類あれば、どれかは届くだろう」
6組で、しかも騎馬も含むとなればかなりの出費だが、そんな事を言っている場合ではない。それに、褒賞金と、それとは別に必要経費としてお金が貰えるはずである。
そして昼頃に、二十数頭の騎馬がやって来た。ハンターギルドからと領主の兵士が約半数ずつであった。
「よくやってくれた!」
到着するなり、先頭の騎馬から降りた四十歳過ぎの男が笑顔で話しかけてきた。
「アムロス領主軍のコネリーだ。商隊が来なくなって困っていたんだ。我々が出ても賊は姿を現さんし、ほとほと困り果てていたところへ、この知らせだ。いやぁ、助かった! うちの領主様は普段はケチだが、手柄を立てた者には太っ腹だ。褒美は期待していいぞ!」
どうやら、『我々の手柄を横取りしおって!』とかいう類いでは無さそうであり、バートはほっとした。たまにいるのである、そういう輩が……。
次に、初老の男性が近付いてきた。
「ハンターギルド、アムロス支部ギルドマスターじゃ。よくやってくれた。指定討伐依頼は出ていないが、常時依頼扱いの盗賊討伐褒賞金は出るぞ、期待しておれ! それに、犯罪奴隷として売れる者の分は捕らえた者に7割の取り分があるしのぅ。
護送用の馬車は夕方までには着くじゃろう。出発は明日の朝じゃな。食料は馬車に積んであるから安心してくれ。酒もあるぞ。なに、儂らは呑まずに見張りに就くから、お前達は少し呑んでゆっくり休んでくれて構わんぞ」
後ろの方で、『炎狼』達から歓声が上がった。それは、褒賞金に対してか、お酒に対してか……。
恐らく、ここ最近は、思うように稼げなくてお酒を飲むどころではなかったのであろう。
「ありがたい……。ところで、ちょいと説明しなきゃならない事があるんだが……」
そしてバートは、今回の事情を詳しく説明した。
後は特筆することも無く、夕方前には護送用の馬車が到着、『炎狼』の面々はお酒と食べ物を満喫し、『ドラゴンブレス』は食べ物のみ。いくら領主軍の兵士や他のハンターがいても、こんなところで酔うような馬鹿ではないらしい。『赤き誓い』はポーリンが誕生日を迎えて十五歳になっているためマイル以外は成人であるが、食事の時に少しワインを飲むくらいしか飲酒はしない。
昨夜寝ていない商隊勢は、その後すぐに就寝。『ドラゴンブレス』は交代で不寝番を立てるらしい。さすがであった。『赤き誓い』は、マイルが『結界魔法と自動警報魔法を張っておくから大丈夫』だと言って、テントを張ってみんなで一緒に寝た。さすがに今夜は、『日本フカシ話』は無しであった。
翌日は、護送馬車組が用意してくれた朝食を食べ、すぐに出発。兵士の遺体や、盗賊7人も忘れず積んである。
この戦力に挑む盗賊などいるはずもなく、荷物満載の商隊に合わせてゆっくりと進む護送部隊は夕方前に何事も無くアムロスの街に到着した。
一行はそのまま領主軍の施設へと向かい、捕虜達はそこで拘束される。拘束と言っても、手足を縛るというような意味ではなく、室内での軟禁のような感じである。但し、指揮官と生き残った上級下士官ひとりはそれぞれ個室で、他の者もいくつかに分けられて、互いの交流は禁止。口裏合わせができないようにである。一応は寝返った協力者となっているが、脱走の機会があれば逃げ出す可能性が無いわけではないので、そのあたりは油断しない。
捕虜を引き渡し、次はハンターギルドで盗賊を引き渡し、精算は翌日ということにして商人の馬車と共に最終目的地へ。
「お待ちしておりました! 無事到着されて、何よりです」
そう、積み荷を引き取ってくれる、依頼主の商人達の取引相手のところである。
「約束通り、通常の価格でお売りします。なので、そちらも……」
「分かっております。値をつり上げることなく、通常の価格で販売致します」
そして、軽く握った右拳を左胸に当てる商人達。恐らく、誓いか何かなのであろう。
「で、実は、お約束の品以外にも商品を持ってきたのですが、それもお買い上げ戴けませんかな」
「え? 品薄ですからそれは勿論喜んで買い取らせて戴きますが、馬車の荷はこれだけなのでは?」
買い取る側の商人の言葉に、依頼主は後ろを振り向いてマイルに声を掛けた。
「マイルさん、お願いします」
「あ、はい!」
そう答えると、マイルは荷を取り出した。収納、ということになっているアイテムボックスから、公称通りの2トン分の物資を。
「な、ななな……」
何も無い空間から突如現れた物資の山に、思わず数歩後退る商人。
しかし、出現したのは、商隊の運行がほぼ止まり品薄となっている商品の山。商人はすぐに飛びついた。
「つ、通常価格ですよね? 買ったぁ!」
その商人も、勿論盗賊団壊滅の知らせは知っている。しかし、今から商隊の編成準備を始めても、商品が届くのはずっと先である。高値で売って荒稼ぎをするつもりはないが、これだけの量があれば充分稼げる。それに何より、お客様に喜んで貰える。買う以外の選択肢があるはずもない。
「収納、ですよね。しかし、何という馬鹿容量……。凄い人材を見つけられましたなぁ、羨ましい……」
あと五十年以上は使えそうな、2トンの荷がはいる魔法の袋。商人にとって、マイルが手に入るなら金貨一千枚くらいは惜しくないかも知れなかった。心底羨ましそうな商人。
「いえ、残念ながら、うちの者ではないのですよ……。今回の護衛を受けて下さったハンターで、もっとたくさんの荷物を運びたいなら引き受けますよ、と言って戴いただけでして。だから、この分の私共の儲けはマイルさんと折半でして……」
それを聞いたポーリンの眼が見開かれ、ぐい、とマイルの胸元を掴んだ。
「き、聞いてないですよ、マイルちゃん!」
「い、言ってないですね、ポーリンさん……。あの、それはレーナさんだけで充分ですので……」
ぐいぐいと首を絞めてくるポーリンの腕を、マイルがパンパンとタップする。
「それで、そのお金は……」
「ぱ、パーティのですよ、勿論!」
それを聞いて、ようやくポーリンは手を放してくれた。
「それでね、マイルちゃん……」
「はい、何でしょうか?」
マイルの返事に、ポーリンはにこやかな顔をして言った。
「帰りも荷物の運搬を引き受けるよね、勿論!」