<< 前へ次へ >>  更新
45/486

45 反省

「な、何で……」

 どう見ても無傷に見えるマイルの様子に、呆然とするレーナ。

 メーヴィスも、岩トカゲの尾に打たれた脇腹を擦りながら歩み寄ってきた。どうやら剣で尾の勢いを少し殺せたことと、打たれる瞬間に自分から飛びすさったことで何とか骨折は免れ、打撲によるダメージは先程のポーリンの治癒魔法である程度回復したようである。


「……実家の秘伝?」

「「「嘘だああぁぁっ!!」」」

 さすがに、マイルの言葉を誰も信じなかった。

 そしてみんなの後ろでは、せっかくの岩トカゲが丸焼きになっていた。




「では、臨時の反省会を開きます」

 いつものようにレーナの仕切りで始まる反省会。涙の跡は既に綺麗に拭われている。

 当初の予定では、夕食まで食事はしない予定であった。

 しかし、さすがにあの戦いの後では少し休憩をとる必要があり、そして目の前にはこんがりと焼けた岩トカゲ。程良く焼けた部分を少し切り取って、軽い食事代わりにしながらの反省会であった。


「まず、マイルの作戦の失敗ね。『トカゲは体温が下がると動きが鈍くなる』っていうの。確かにその兆候はあったけど、尾の瞬発力はあまり変わらなかったわね」

「ご、ごめんなさい……。爬虫類はそうなるはずなんですけど……」

 レーナの言葉に、小さくなって謝るマイル。

「別に謝る必要はないわよ。元々、もし効果があれば儲け物、程度のつもりだったしね。それに、冷やし方が不十分だっただけかも知れないし……。

 まぁとにかく、次はあの作戦は無しね。ポーリンには別の魔法を使って貰いましょう」

「はい、分かりました」

 レーナの指示に頷くポーリン。

「問題は、予想以上に素早くて強力なあの尻尾の攻撃を躱して、どうやって胴体を傷付けずに倒すか、よねぇ……」

 先程の岩トカゲは、既にマイルのアイテムボックスに入れてある。外側がこんがり焼けているため、商品価値はダダ下がりであるが。

 しかし、あの状況では、火魔法を放ったレーナを責められない。獲物はまだいくらでもいるので、みんなそんなことは気にしてはいない。


「あの~、先に尻尾を切り落とせばいいんじゃないでしょうか?」

「いや、それが簡単に出来れば、苦労は……」

「私がやりますから!」

「はぁ?」

 マイルの言葉に、不審の声を上げるレーナ。

「いくらあんたが素早くて、力があって、頑丈だからといっても……、本当に大丈夫なの?」

「はい、多分」

「「「…………」」」


「分かったわ。一応、次はそれで行ってみましょう。

 でも、ダメだと思ったら、すぐに引くのよ。他にも方法が無いわけじゃないんだから……。

 ところで、さっきの説明がまだよね、マイル。どうして無傷で済んだのかしら?」

「じ、実家の秘伝?」

「それはもういいから!」


 結局、剣で力を削いだことと、自分から後ろに飛んだこと、そして体重が軽かったことが幸いして尻尾の力がマイルの身体を破壊することではなく遠くへ飛ばす力として使われたこと、更に着地の時には風魔法で岩との間にクッションを作った、として言い逃れた。近くにいたメーヴィスが、自分の事で精一杯でありマイルの方を見ていなかったのは幸いであった。

 ちなみに、マイルは自分が予想に反して簡単に吹き飛ばされた理由については既に理解していた。

 いくら力が強くても、体重が四十キロちょいしかないマイルが大きな運動エネルギーを受け止めて支えられるわけがなかったのである。

 これが、上方からの力であれば、恐らく支えられたであろう。しかし横からの力や下方からの力では、いくら膂力に充分な余裕があろうとも、体重や地面に踏ん張る摩擦力以上の力を支えられるわけがなく、身体にはダメージは無くとも吹き飛ばされるのは当然のことであった。


「でも、平均的なCランクのハンター数人がかりなら怪我を負うことなく仕留められる、と言われている岩トカゲに、下手をすればふたりが重傷を負うところだったわね。いくら胴体部分の損傷が少ないように気遣ったとは言え、私達はまだまだ、ってことかしら。少し調子に乗っていたかもね……」

 レーナの言葉に、皆、神妙な顔で頷いた。


 そして新たな作戦と、ポーリンが次に使う魔法を決め、4人は狩りを再開した。

 その表情は引き締まっている。反省会は、その効果を充分に果たしたようである。



「……いた」

 また岩ウサギ等を狩りながらの捜索中、再びメーヴィスが岩トカゲを発見した。今度は先程のものよりやや大きく、4メートル弱くらいである。

「行くわよ……」

 レーナとポーリンが詠唱を開始する。

 マイルとメーヴィスは剣を抜いて突撃の準備に入った。


「……水滴凝結!」

「凍結!」

 そしてレーナとポーリンの詠唱が終わり、魔法が放たれた。

 レーナの魔法により岩トカゲの周囲に水滴が現れ、岩トカゲの身体やその周囲を濡らし、続くポーリンの魔法によってその水分が凍り付いた。

「今です!」

 今度はマイルの掛け声で、マイルと共にメーヴィスも飛び出した。

 先頭はマイル。剣を振りかぶって接近するマイルに、岩トカゲが尾を逆方向に動かし、勢いをつ��て叩きつけようとする。

 水分が凍りつき、岩トカゲの体表にも薄い氷が張り付いてはいるが、あくまでもそれは表面のみ。身体の中まで冷えているわけではなく、その尾の速さは殆ど衰えてはいない。

 しかし、マイル達の狙いはそこではなかった。


 ずるり


 尻尾を叩きつけるため踏ん張った岩トカゲの脚が滑った。

 身体のバランスを崩した上に力がはいらず、岩トカゲの尻尾は見当違いの方向へ力なく打ち付けられた。そしてそこへ渾身の力で振り下ろされる、マイルの剣。

 先程の経験で、いくら力があっても、それを支えられるだけの体重が無いと効果的な一撃は加えられないと悟ったマイルは、剣と自分の体重は増やせないため、その分速度で補おうとしたのである。そう、1/2mv^2である。

 そして、叩きつけると同時に剣を手前へと引くマイル。

 西洋剣は日本刀と違い、「すっぱりと切る」のではなく「重さと力で叩き切る」という使い方をするが、マイルの剣は普通の西洋剣とは違い、鋭く頑丈な刃を備えている。なので、剣身に反りは無いものの、日本刀のような斬り方も可能であった。


 すぱん!


 文字通り、一刀両断。岩トカゲの尾は一撃で切り落とされた。

 岩トカゲは、痛みはそれほど感じていない様子であったが、自分の最大の武器を失ったこと、そして身体のバランスがうまく取れなくなったことに動転したのか、おろおろとした様子を見せたあと、マイル達と逆方向へと頭を巡らせて逃げ出す素振りを見せた。

 しかし、その時には既にメーヴィスが絶好の位置へと躍り込み、その剣を振るっていた。


 どしゅっ!


 さすがに強靱な皮に護られた首を一撃で切り落とすことは叶わなかったが、その生命活動を停止させるには充分なだけの斬撃が与えられ、岩トカゲは絶命した。


「やりました!」

「ああ、やったな!」

 一番難しい尻尾の始末はマイルが行ったが、一撃で岩トカゲを倒せたことに満足したメーヴィスの表情は明るい。しかも、胴体部分は無傷で、依頼主に満額で引き取って貰えることは間違いない。

 歩き寄ってきたレーナとポーリンも、今度は作戦が成功し、魔法組と剣技組の連携が上手く行ったことに満足していた。

「さ、この調子で、どんどん行くわよ!」

「「「おお!」」」


 そして狩りは順調に進み、途中で岩ウサギや岩オオカミ、岩蛇に岩狸、岩おこし等も交えながら、岩トカゲを次々と狩っていった。

 尻尾と首の受け持ちを交代したり、たまには自分も凍結した地面に足を滑らせて転んだりもしたけれど、依頼の上限である5匹を超え、大量に狩った。余った分は、依頼主が買ってくれなくともギルドが買い取ってくれるであろう。多いに越したことはない。それに、いよいよとなれば『マイルの収納は肉が傷まない』ということを仲間にだけは明かしてもいい、とマイルは考えていた。そうすれば、次に岩トカゲの依頼があるまで保存して、その時に別の依頼で王都を離れ、その時に一緒に狩ってきた振りをすれば良い。

 とにかく、これで明日の朝には帰路に就けることが確定した。あとは、暗くなるまでのんびりと狩りを続ければ良い。皆、上機嫌であった。

 ……しかし、岩トカゲに結構苦戦したため、皆は忘れていた。

 何のためにこの仕事を受け、ここへ来たのかということを。



 そしてそれは突然現れた。

「ろ、ロックゴーレム……」

 レーナが、突然目の前に現れた魔物を見てそう呟いた。

 そう、『赤き誓い』がこの仕事を選んだのは、岩トカゲを狩ってパーティの活動資金を得ることも勿論ではあるが、今回の主な目的は、自分達の腕試し、限界を確認するためであった。

 しかし、初っぱなで岩トカゲに結構苦戦したレーナ達は、自分達は少し調子に乗っていたかも、と思い、岩トカゲを狩るという依頼任務に専念し、強い魔物と戦うというオプションのことは頭から消えていた。

 そう、この場所がそもそもそういう魔物の生息地であり、自分達が望む、望まないに拘わらず、いつ遭遇してもおかしくないということも。


 ロックゴーレム。他の『岩シリーズ』の魔物や動物と違い、岩場に住んでいるからその名がついたわけではない。ただ単に、岩のゴーレムだからロックゴーレム、である。岩場に住んでいるから『岩ロックゴーレム』でも良いのであろうが、誰かが「それはクドい」と思ったのであろう。他に『砂ロックゴーレム』とか『土ロックゴーレム』とかがいるわけでもないし。

 とにかく、そのロックゴーレム。Bランクハンターなら2~3人。Cランクの上位ならば4~5人。そしてCランクの中堅ならば6人以上が、『自分達が無傷で倒せる最低人数』であった。

 しかしそれは、あくまでも『無傷で倒せる』であり、それより少ない人数でも倒せないというわけではない。何名かの重傷者、もしくは死者が出ることを厭わなければ。

 そしてレーナは当初、Aランクのハンターがリーダーを務める、トップクラスのBランクパーティ『ミスリルの咆哮』に圧勝した自分達の力を過大評価していた。ロックゴーレムなら4人で楽に倒せるだろう、と。

 しかし、岩トカゲとの緒戦で予想外に苦戦したことから、もしかすると慢心していたかも、と、ようやく気付いたところであった。


「……撤退するわよ!」

「え? ロックゴーレムと戦うために来たんじゃなかったのか?」

 メーヴィスが不思議そうな顔でそう聞いたが、レーナの判断は変わらなかった。

「お願い、今は黙って言う通りにして!」

「……分かった」

 真剣なレーナの様子に、メーヴィスは黙って従うことにした。

 こういう時は、あれこれと言い合っている時間はない。そして、レーナは一番経験が豊富であり、初心者ばかりのこの4人の中では一番頼りになる戦闘指揮官であった。

 しかし、物事、そううまくは行かないようであった。


「それは無理そうですね……」

 後ろにいたポーリンの言葉に振り向くと、後方にもまた別のロックゴーレムの姿があった。


「挟まれた……」

<< 前へ次へ >>目次  更新