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04 能力は平均値で

 あの馬鹿げた量の水は何が原因か?

 ベッドに寝転んだアデルは考えた。

 神様から聞いた魔法についての説明と、この世界で知った『この世界での常識』から考えて、予想できる理由は何か?


 ひとつ、自分の魔力…本当は思念波の放射強度と耐久性…が大きい。

 ……しかし、自分の魔力は『平均値』のはずである。


 ふたつ、自分のイメージ力が非常に強く、魔法の発現効率が良い。

 ……この可能性はある。現代知識による影響だ。

 しかし、効率だけであの威力か? 少し考えづらい。


 みっつ、何か他の要因。

 あの時、何か変わったことをしたか? 呪文詠唱の他に……。


 あ。

(ナノマシンさん、よろしくね!)

 確か、心の中でそう呟いた。

 まさか、ナノマシンがそれに応えた? 

 そんな馬鹿な……、いや、神のようなもの、と自称するくらいの存在が造ったナノマシンなら、地球で研究されていた医療用のものとは比較にならない性能だろう。例えば、ひとつひとつが人工知能のような能力を持っていてもおかしくはない。人の思念を受け取りそれを具現化するなど、ただの単機能マシンに可能なことではない。

 普通の、誰に命じるでもない呪文の思念波を、自分達に対する要望だと判断して実行するモノが、もし、はっきりと自分達を名指しで依頼されたら?


 ……可能性はある。

 しかし、確認する時間がない。

 こんな場所で暴走の危険がある魔法を試すことはできないし、入学前の者が訓練場を借りるのも不自然だ。それに、人目がある。


「ああ、ナノマシンに直接聞けたらなぁ……」


『御質問がございましたら、お答え致します』


「ぎゃあああ!」




 突然耳元で囁かれた声に驚いたアデルは、のけぞった弾みで壁に頭を強打した。

 ぐうぅ、とベッドの上で頭を抱えてうずくまるアデル。


『御質問がございましたら、お答え致します』

 謎の声の追撃!


 しかし、この場面でこの言葉を返す者と言えば、アレしかない。

 アデルはそれに気付き、恐る恐る声をかけた。


「ナノマシン……、さん?」

『はい、創造主からはそのように呼ばれておりました』


 地球でも、ビル並みの大きさのコンピュータが片手サイズになるまでにほんの数十年しか要していない。そして既にナノマシンの開発が進められていた。

 それから考えると、人類が発生するより遥か以前から存在する、神を名乗れる程の存在が創るナノマシンがどれくらいの性能を有しているか、想像もつかない。

 ただ、人間並みに受け答えをするぐらいは簡単なのだろうな、ということはアデルにも分かった。それがただプログラムされたとおりに言葉を返しているだけなのか、本当に人格を付与され意志を有しているのかは判らないが。


 驚きながらも、知りたいことが分かる絶好のチャンスと、アデルは勢い込んで質問した。


「私の魔法が、あり得ないほどの威力になった理由を知りたいのだけど……」

『しばらくお待ち下さい……』


 ほんの数秒待っただけで、ナノマシンは回答してくれた。

『データ問い合わせの結果、あなたの前回の魔法行使においては、ナノマシンに対しての指示であることが明確に示されておりましたため、通常より効果が高くなっておりました』


 やはりか、とアデルは原因が判明してほっとした。

「それで、どれくらい効果が増幅されたの?」

『約3.27倍です』

「え……」

 それは、あの現象に対して、明らかに小さすぎる倍率であった。


「そ、それでは、普通の、一般的な10歳児の魔法の威力に較べて、異常に強力だった理由は?」

『それはただ単に、あなたの思念波出力が強大であり、現象のイメージが明確かつ具体的であったためです。特に思念波出力は、この世界で最も強い出力を持つ古竜種の半分くらいはありますので』


 え、とアデルは自分の耳を疑った。

「あの、何が、何の半分、だって?」


『あなたの、思念波出力、が、古竜種の、半分くらい、です』

 わざわざ区切って答えてくれるナノマシン。


「に、人間に較べると?」

『魔力を有する人間の平均値の、約6千8百倍くらいです』


 ぱたり。


 アデルはベッドに突っ伏した。




 しばらくして、ようやく復活したアデルはナノマシンに色々と質問した。

 魔法については普通に学ぶからと神様にはあまり詳しくは聞かなかったが、こうなっては話は別だ。下手をすると大惨事を招くから、きちんと聞いて状況を把握しなければならない。


『……というわけで、人間が魔力の強さと呼んでいるものは、その人間が放射できる思念波の強さ、その持続力、明瞭さを総合したものです。声に例えますと、声の大きさ、声がかれるまでの耐久度、声の明瞭さ、というようなものですね。イメージの明確さは、魔力の強さではなく、��の使用技術、という分類になります。先天性のものではなく、訓練により培われた技、ということですね』


「で、私はその全てが飛び抜けている、と……。イメージの明確さだけは現代知識のせいと納得できるけど、その他のはどうして……、あ!」


 分かってしまった。

 ナノマシンが言った言葉。

『思念波出力は、この世界で最も強い出力である古竜種の半分くらいはありますので』

 ……それってつまり、この世界における、魔力ゼロの者と魔力最大の者との丁度真ん中、ってことだ。

 丁度真ん中、最大値と最小値の平均。


 がんがんがん!

 壁に頭を打ち付けた。

「違うでしょ! それ、違うでしょ! 平均値の定義って、そうじゃないでしょう!! 私は、私は、普通の女の子として生きて行きたいのぉ~~!!」

 今度も、中央値ですらなかった。


 全てのものの数値を調べて計算するのが面倒であったのか、人間には想像もできない膨大な数を扱う神々にとって『平均』とはそういうものなのか。

 それとも海里の安全を気遣って、サービスとして『わざとやった』のか……。



 しばらくして落ち着いた後、アデルは情報収集を続けた。

「今まで、ナノマシンさんに質問した人っていなかったの?」

『まず、我々の存在を知って直接話しかける者がほとんどいません。更に、話しかけられても、権限がレベル3未満の者には回答することが許されていません』

「権限って?」

『我々を利用できる権限です。人間を含め、通常の生物は初期レベルが1に設定されており、古竜でレベル2、たまにレベル3となるものがおります。過去には人間でレベル3に達した者もおりますが、非常に希有なことです。

 その人間は年老いて死ぬ直前にレベル3に到達しましたが、我々のことを魔法を司る精霊と思っていたらしく、その話を聞いた者は誰も取り合わなかったようですね。

 我々の姿はその者の網膜を刺激して信号が脳に直接届くようにしていましたし、声も鼓膜を直接振動させて伝えていましたから……』


「え、じゃあ、それって……」

『はい、他の人間には幻覚、幻聴だと思われていたようです。今のあなたも、ひとりで会話しているおかしな人に見えるはずですよ』

「ひいぃ!」


『大丈夫です。両隣りの部屋はまだ無人です』

 慌てて左右の壁を見たアデルに、ナノマシンが教えてくれた。

『御希望であれば、空気を振動させて他の者にも聞こえるようにしたり、光を屈折させて仮の姿を映し出すことも可能ですが……』

「いや、今んとこ、いいや……」


 自分は普通の女の子だ、精霊さんには用はない。

 色々と聞くのも今回限りで、何か余程のことがない限り、呼び出すつもりはない。

 アデルはそう考えていた。


「あ、そういえば、私の質問に答えてくれたということは、私はレベル3なの?」

『最高権限者である造物主様方がレベル10であり、あなた様はレベル5です』

(はいはい、0と10の真ん中、平均値ね。そうだろうと思ったよ)


「それと、禁則事項っていうのは何?」

『無制限に増殖する細菌やウィルス、核分裂や核融合、放射線、その他我々の存在に関すること等に関しましては、魔法の発動に制限が掛けられる場合があります』

「ああ、そういうことか…。当たり前だよね、そりゃ」



 その後しばらく質問を続けるアデルであったが、その後大きな収穫があった。

 アイテムボックス。時間経過がなく劣化が進まない異次元格納庫の魔法はないかと聞いたところ、無数にある異次元世界の中には時空連続体が圧壊したものがいくつもあり、そこでは時間の概念そのものがないという。そこに繋がる次元の穴を空けて物を入れればアイテムボックスとやらの代用になるだろう、とのこと。元々ある異次元空間なので維持にエネルギーが必要なわけでもない。出し入れはナノマシンさんがやってくれる。

 ある程度の魔術師ならば『収納』という魔法が使えるらしく、それは内部の時間が経過し容量も限られるが重宝されているらしく、それに見せかけて人前でも使えるのがありがたい。勿論、擬似アイテムボックスだけでなく、『収納』も併用するつもりである。


 魔法の出力を普通の人間並みにするコツとかも含め、一通りのことを聞き終えたアデルはナノマシンに礼を言った。


「色々とありがとう。これで何とか普通の女の子としてやって行けそうだよ」

『普通の……女の子、ですか?』

 如何にも何か言いたそうなナノマシンの言葉に、アデルはぷくっと頬を膨らませた。

「私は、普通の女の子として、普通に生きて、普通の幸せを手に入れるの!」

『……御健闘をお祈りしております』




 ナノマシンとの会話を終えてひと息ついたアデルは、ふと気になることに気が付いた。

 今まで特に異常を感じたことはなかったが、何か急に不安がこみ上げてきたのである。

 硬貨があれば良かったのだが、生憎一文無し。

 硬いものはと捜したが、目についたのはクローゼットの金属製の取っ手のみ。仕方なくそれを指で摘んできゅっと力を入れると……。


 くにゃり


 うん、力も古竜の丁度半分かな?


 ふざけんな!

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