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35 卒業検定 4

 大声で何度も呼ばれては、出て行くしかない。これ以上名前を連呼されれば、みんなに名前を覚えられてしまう。今ならただの卒業生のひとりとしてすぐに忘れて貰えるのに。

 そう思い、仕方なく再び闘技場に出たマイルに、グレンが大声で言った。


「お前、うちに入れてやろう。荷物を纏めたら、うちのホームに来い!」

「え……」


 グレンの声を聞いた観衆が沸いた。

 新米の卒業生が、あの『ミスリルの咆哮』にスカウトされるとは。新人ハンターにとっては夢の立身出世物語である。

 Sランクのハンターなど、ほんの数人しかいない。なので、Sランクのパーティなど存在するはずもなく、事実上、存在するパーティの最高ランクはAである。そのAランク間近とされる『ミスリルの咆哮』にスカウトされる新人ハンター。

 もしかすると自分達は、未来の英雄の伝説の始まりに居合わせているのかも知れない。そう思った者は、決して少なくはなかった。


「お断りします」


「「「「「え…………?」」」」」


 皆、我が耳を疑った。

 グレンも、観客も、そして国王や財務卿、クリストファー伯爵、エルバート、各地から来ているギルド関係者も、皆……。


「先約がありますので」

 そう言ってマイルが指をぱちんと鳴らすと、待機場所から飛び出してくるレーナ、メーヴィス、ポーリンの3人。みんなでマイルを取り囲む。



「我ら、生まれた場所と日時は違えども!」

「血肉分けたる仲ではないが!」

「共に歩みし仲間なり!」


「たとえこの先、進む道行きが別れようとも、」

「この身体に、赤き血が流れている限り、」

「「「「我らの友情は不滅なり!」」」」


「我ら、魂で結ばれし4人の仲間! その名は、」


「「「「赤き誓い!!」」」」


 どおぉ~ん!


 ポーズを決めた4人の後方で、マイルの魔法による爆発と、4色の煙が立ち上った。


 こういう場合に備えて、決めポーズとセリフの練習をしておいたのである。マイルによるヒーロー物の話にハマったメーヴィスの強い要望に逆らえきれずに……。

 まさか本当に出番があるとは思ってもいなかったマイルである。



「お……、おぅ」


 ぽかんとするグレン。

 他に、どんな反応をしろと言うのか。


「そういうわけですので、辞退します。また、いつかどこかで御縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますね」


 マイルのその言葉を合図に、4人は再び待機所へと引っ込んだ。

 マイル達は、貴族からのスカウトや群衆を避けてそのまま闘技場を後にしたが、マイル達が去った闘技場では学生達の数人が何やら大量の荷物の前で椅子と机を用意していた。

 そして手早く用意された机の上に箱から取り出された見本が置かれ、のぼりが立てられた。


『赤き誓い精密塑像フィギュア 1体銀貨3枚 4体セット小金貨1枚』


 何事かと集まってきた観衆が見たものは、地球式の美少女フィギュアを真似た、20センチ弱のマイル達4人の精密塑像フィギュアの数々であった。

 ハンター装備。私服バージョン。それらの総数、1000体。


「さぁさぁ、『赤き誓い』の精密塑像フィギュア、1体銀貨3枚、4体セットなら大サービスで小金貨1枚だよ! お守り代わりにどうだい!」


「く、くれ! マイルちゃんだ!」

「レーナちゃん、2種類とも!」

「メーヴィスお姉様、2体ずつ!」

「ポーリンちゃんに罵られたい!」

「4人セットだ!」

 爆売れであった。




 三日前。

 エルバートから「やらかしてくれ」と頼まれた日の夕方、卒業が近いため部屋の片付けをしつつマイルは収納とアイテムボックスの中身の確認を行っていた。学校からの貸与品は返さなければならないので。


「あれ? これは……」

 マイルがアイテムボックスから取りだしたものを眺めていると、他の3人が近寄ってきた。

「何なの、それは」

「可愛いですね…」

「マイルが造ったのか?」

 そう、それは、マイルが実家からエクランド学園へと向かう馬車の中で退屈凌ぎに造った、あの木彫りのフィギュアであった。


「なかなか斬新な表現の仕方だな。既存の人形とは一線を画した感じだ」

「確かに、面白くていい感じね。売れそうじゃない?」

「………」

 メーヴィスとレーナにはなかなか好評で、ポーリンには……。


「マイルちゃん、私に任せてくれないかな!」

「「「えええ?」」」


 全権を委任されたポーリンの動きは早かった。

 卒業検定を受けない二十二人にその日のうちに声を掛けて希望者を募り、マイルが造った原型を元にして土魔法による量産、着色を行ったのである。

 フィギュアの製作そのものは魔術師が担当したが、美術的な才能がある者がアシストしたり、最終的な仕上げや包装等、参加者十二名でほぼ徹夜の重労働。そのため、検定に支障が出てはいけないので受検者には声を掛けなかったのであるが、魔術師を始め、何人かの受検者も話を聞いて途中から参加してきた。


「ポーリンさん、本当に大丈夫なんですか?」

「やらかすって決めたんでしょう? 卒業検定で。ならば大丈夫、絶対いけます!

 卒業直後には色々とお金が必要なんですよ。装備も揃えなきゃならないし、仕事が順調に行くまでの繋ぎ資金とか、怪我や病気に備えたり……。

 それに、Dランクで卒業する人達は私達よりもっと大変なんです。少しの元手があればどれだけ助かることか……。彼らのためにも、お金儲けのチャンスは逃せません!」

「ま、まぁ、全部任せたんだから文句は言わないけど。みんなにただ働きをさせることにならなきゃいいんだけど……」



 結局、1000体は完売し、セット割引も計算に入れて銀貨2800枚の儲けとなった。そのうち18名の参加者に銀貨100枚ずつを分配し、マイル達4人が銀貨1000枚を手に入れた。

 日本円にして100万円相当。大金である。

 他の参加者達にとっても、卒業しての旅立ちの時の銀貨100枚は大金であった。みなマイル達に感謝し、まさか本当に儲かるなどとは思わず参加を断った者達は後悔したが、後の祭りであった。


 そしてこの世界に魔改造、という文化が生まれるのに、それほどの時間はかからなかった。




「それで、財務卿、学校の予算の方は、現状維持でお願いできるでしょうか……」

 マイル達が去ったあと、闘技場の貴賓室で国王達と共に話をしていたエルバートがそう切り出した。

 いつも自信たっぷりなエルバートであるが、さすがに貴族や王族の前で、しかもお金の話となると、いつもの強気の欠片も見えなかった。


「はぁ? 予算の現状維持? 何、寝言を言っとるのだね?」

「そ、そこを何とか……」

 財務卿の言葉に、何とか食い下がろうとするエルバートであったが…。


「現状維持のわけがないだろう。増額だよ、大幅増額! それでよろしいですね、国王陛下」

「ああ、勿論だ。それと、確か数ヶ月前に養成学校の試行から本格化への移行案を出していただろう? あれをもう一度見直して、再提出してくれ。各国とのギルド会議開催についても、近々要請する必要があるかも知れん。議題や提案事項についても相談したい。

 クリストファー卿、また色々と頼めるか?」

「は、喜んで!」

 喜びに眼を輝かせるクリストファー伯爵の隣りでは、エルバートが口を開けて呆けていた。


「あのような者達が市井に埋もれているとはな。それらの者達を発掘できるなら、多少の予算など安いものだ」

 国王の言葉に、エルバートは少し心配になってきた。

「あ、あの、彼女達は少し特別でして……。毎回あのような者が見つかるとは……」

「それくらいの事は分かっておるわ! 10年にひとりの逸材を見逃すことが無ければ、それで良い。それに、あそこまで優秀ではなくとも、卒業生達はそれなりに活躍しておるのだろう? 人材を育てるのは時間がかかるのだ、そう焦るな」

「ははっ、御賢察、恐れ入ります!」

 どうやら、良き王に恵まれたようである。


「それで、無料で学校に入れてやった分、義務として最低でも数年間は我が国で活動してくれるのだろう? その間にしっかりと色々なしがらみを作らせておいて、他国に出て行かれないようにしておけよ!」

 どうやら、遣り手の王にも恵まれたようである。



 人々が帰ったあとの観客席。

 そこには、呆然として座ったままの男と、その男の肩を揺さぶる女性の姿があった。

 はるばる片道8日の距離をやって来た、とある地方都市のギルドマスターと、その同行者である受付嬢、ラウラである。

 別に卒業検定を見るだけのために来たわけではなく、定期的な出張を少しずらして日を合わせただけであった。


「…………」

「マスター、そろそろ行きましょうよ!」


「…………」

「マスターってば!」

 ギルドマスターの再起動には、まだしばらくかかりそうであった。




 卒業検定の日からしばらく経った頃。

 ベイルは躊躇っていた。

 本来ならばDランクの底辺としてスタートするはずであった自分のハンター生活を、Cランクからの、それも鳴り物入りでの華々しいデビューにしてくれたあの少女。


『グレンを破った男』というネームバリューは凄かった。

 実際には、既にヨレヨレであったグレンの油断を突いたに過ぎなかったが、噂が伝わる過程でベイルはとんでもない超人と化していた。

 国の主要人物やギルド関連の主立った者達は現場にいたため、彼らには本当に凄かったのは少女の方だと分かっているが、噂でしか知らない者は、善戦したが負けた少女と短時間でグレンに勝った少年のどちらを凄いと思うか、自明の理であった。

 そのため、フルタイムでパーティに加入することはできなくても、短期間の臨時パーティにベイルを誘ってくれるパーティはかなりあった。メンバーが怪我をしたとか、少し戦力が足りない時の応援とかであり、そういう依頼は結構実入りが良かったし、ベイルは期待された働きは充分にこなしたので信頼と評判は徐々に上がっている。もう少し経験を積めば、自分がリーダーとなって孤児達で低ランクのパーティが組める可能性も出てくるであろう。

 そうなれば、Fランクの子を狩った獲物を運ぶポーター役にして、Eランクの子を養成してDランクに、と、どんどん夢が広がっていく。

 そして、それらの未来への夢の取っ掛かりを与えてくれた、元気で明るく、素直で可愛く、強くて、……そして自分に優しくしてくれる少女。


 会いに行きたい、と思う。

 しかし、会って何を話す?

 お礼か? それは卒業の時にもう言った。

 同じ王都に住んでいるのだから、そのうちどこかで会うかも知れないし、なかなか会えないかも知れない。彼女達が根城にしている宿は知っているから、会おうと思えばいつでも会えるだろう。しかし……。

(まだ早い、か……)

 そう、まだ早い。今は、まだ………。




 時は少し戻り、卒業検定の数日後、とある宿屋の一室にて。

「じゃ、とりあえずはこの宿を拠点にする、ということでいいわね。

 少し広めの4人部屋、食事は別で、1カ月借りっぱなしの割引価格、金貨3枚。この安宿が、私達の出発点。伝説が始まる場所よ!」

 こくりと頷く3人。


「最低限の食費で月に金貨2枚。少し贅沢したければ3枚ね。それだけで、フィギュアで稼いだ金貨10枚のうち半分以上が飛ぶわ。あとは、もう限界が来ているメーヴィスの剣の買い換えと、非常時のための予備。いつ誰が怪我するか病気になるか分からないからね。まぁ、ポーリンの治癒魔法があるけど、備えておくに越したことはないから。

 これで、もう予算はいっぱい。つまり、1カ月以内に来月分の生活費、最低でも金貨5枚は稼がなくちゃダメ、ということよ。もし着替えが欲しいとか買いたいものがあるとかいうならそれ以上。

 実際には、次の装備買い換えのための積み立てもしなきゃならないし、誕生日には御馳走も食べたい。だから、目標は金貨10枚以上、ね。

 それ以上稼げるようになったら、お風呂にはいれる宿に移るわよ。女の子が、洗面器のお湯で身体を拭くだけ、なんてのは許容できないわ!」

 再び頷く、メーヴィスとポーリン。

 マイルはと言うと……。


「あの、狩りに出た時に温水魔法で身体を洗ったりできますし、普段でも清浄魔法で身体の汗や汚れ、老廃物を分解消去したり、衣服の汚れを分解したりすればかなり便利ですよ?」

「あ、あ……」

「あ?」

「あんたはあぁぁっ! そんな便利な魔法があるなら、さっさと教えなさいよおぉぉぉっ!! 寮であんたが身体を拭いているところをあまり見掛けないと思ったら、ひとりでそんなズルをしていたなんてぇっ!!」


 とりあえず、新米Cランクパーティ『赤き誓い』、始動である。

 そして、マイルの『普通のCランクハンター生活』の始まりであった。





「しかし、凄かったな、あの学生達は……。我が国も、ああいう制度を取り入れるか、才能のある者は短期間で昇級できるように考えねばならんか……」

 馬車に揺られながら自国の王都へと向かう、とある国の王都支部ギルドマスター。

 その馬車に積まれた荷物の中には、可愛い少女のフィギュア4点セットがはいっていた。

 そして馬車は進む。エクランド学園とアードレイ学園というふたつの学園を擁する、ある国の王都へと。

本日は、私の誕生日です。(^^ゞ

で、その誕生日である今日、皆様に御報告があります。

この度、出版社様から本作品の書籍化のお申し出があり、喜んでお受けさせて戴くこととなりました。

いつ話が立ち消えになるかと心配で、なかなか御報告の決心がつかなかったのですが、出版社様から「心配しなくても出ますから!」、「イラストレーターさんに内諾を戴きましたから!」、「今週末までには社のwebサイトに刊行予告載せますから!」と言って戴き、ようやく「ああ、本当に出るんだぁ…」と実感が湧いてきた次第です。

出版社は、アース・スター エンタテイメントという、アニメやコミックス等手広く扱っておられる会社で、そこが1年少々前に立ち上げて毎月3冊前後の「小説家になろう」等からの作品を書籍化されております、アース・スターノベルという、まだ新しいレーベルからの刊行となります。

発刊予定は、今のところ、5月15日の予定です。

「小説家になる」という小学生の頃からの夢が実現できたのは、全て本作品をブックマーク登録して下さったり、評価をして下さったり、そして読んで下さった方々のお陰です。ありがとうございます。

これからも、引き続き、よろしくお願い致します。

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