31 赤き誓い
卒業式、つまり卒業検定まであと1週間。
マイルは悩んでいた。
卒業後、どうするか……。
(この国で、平凡な普通のCクラスハンターとしてのんびり暮らすか……。
収納魔法があれば一度にたくさんの獲物や採取したものが運べるから、そんなに必死で働く必要もないし。
母国に見つかった様子もないし、半年も経ったんだから、あの国に戻りさえしなければあっちの事はもう大丈夫だろうし……)
わざわざ他の国に移動する必要もないので、マイルはこの国に居着くことにしていた。
それは良いのだが……。
(やっぱり、ソロかなぁ……。
パーティにはいったら、色々とバレてまずいよねぇ、やっぱり……)
せっかく仲良くなったみんなと別れるのは残念だけど、みんなにもそれぞれやりたい事や事情があるだろう。メーヴィスとポーリンには家族もいるし、レーナにも友人や知人がいるだろう。自分がずっと付きまとって迷惑をかける訳には行かない。
あの3人なら、あるいはマイルの異常さを知っても受け入れてくれるかも知れないが、もしそうでなかったらと思うと、怖くてとても話せない。
出会いがあれば、別れもある。あの、マルセラ達3人との出会いと別れのように。
(また、いつか新しいお友達ができるよ、多分……)
そう考えるマイルであるが、その表情は暗かった。
「卒業後の拠点はどこにする?」
「「「え?」」」
夕食後、部屋に戻ると同時にいつものように唐突に発せられたレーナの言葉に固まる3人。
「え、拠点とは何だい?」
「卒業後の、私達の活動拠点に決まってるでしょ、ハンターとしての」
「「「えええええ?」」」
驚く3人に、言葉を続けるレーナ。
「何驚いてるのよ。卒業後は、みんなハンターとして生活するんでしょ。
新米ハンターにソロ活動は難しいし、知らない人ばかりのどこかのパーティにはいって下っ端として使われるくらいなら、気心の知れたこのメンバーの方がいいでしょ。
それに、どうせみんな、行くアテなんかないんでしょ、家出娘に、逃亡者に、中年オヤジの愛人要員のみんな!」
「「「うぐぅ………」」」
言葉に詰まるメーヴィス、マイル、そしてポーリン。
「で、でも、おかあさんと弟が……」
「あんたが自分達のために売られるのを見て、母親と弟が喜んでくれるの? それを見て、ふたりが笑顔で幸せになれると思っているの、本当に?」
「うう………」
「今のあんたなら、自分で充分生きていける。あんたが幸せになることが、家族に対する一番の孝行じゃないの?」
「………」
黙り込むポーリン。
そしてポーリンに続き、マイルが声をあげた。
「わ、私、私は……、ちょっとおかしいから、みんなに色々と迷惑がかかって……」
「「「………」」」
「続きは?」
「え?」
マイルの言葉のあとに続いた沈黙を破る、レーナの言葉。
「いや、だから、早く続きを言いなさいよ!」
「いや、その、だから、私はみんなと較べて少しおかしいから、みんなに色々と迷惑をかけるから!」
「いや、それはみんな知ってるから。そのあとを早く言いなさいってば!」
「え?」
「「「「…………」」」」
「ま、当分は安宿暮らししかないだろう。4人部屋ならそう高くもないだろうし、それでもこの部屋よりは随分マシだろうさ」
「で、でも……」
話を纏めたメーヴィスの言葉に、なおも反論しようとするマイル。
しかし、それをレーナが遮った。
「うるさい! これは、もう決定事項なの!
それに、あんたは約束したでしょうが、入学式の日に!」
「あ………」
マイルは思い出した。
あの、入学式の日に、この部屋で交わした会話を。
『卒業後のパーティの勧誘が来たら「同室の者と約束しているから」と言って断りなさい。
お付き合いを申し込んで来た者には、「そういう事にはまだ興味がない。今は訓練に集中したい」と言って断りなさい。いいわね!』
『は、はい!』
「あ、あれ、約束だったの……? てっきり、勧誘を断るための口実だとばかり……」
「ぐだぐだとうるさい! 決定事項だと言ったでしょ!」
考えてみれば、友達が欲しいから一生懸命『普通』を目指しているのに、普通を装うためにせっかくできた友達を遠ざけるなんて本末転倒だ。
「は……、あは、あははは……、うぐ……」
「ううぅ……」
泣き笑いのマイルに釣られて、嗚咽を漏らすポーリン。
そして、ぽんぽん、とふたりの肩を叩いてやるメーヴィス。
「いい? 私達は、この身体に赤い血が流れている限り、決して仲間を裏切らない! 私達の友情は、不滅よ!」
「「「おお!!」」」
「頼みがある」
卒業検定の3日前、午後の座学が終わったあとに学校長兼主任教官のエルバートに指導室に呼び出されたマイル達4人は、いきなりエルバートに頭を下げられてびっくりした。
「頼む。3日後の卒業検定、本気を出してくれ!」
「「「「え………」」」」
エルバートは詳細を説明した。
このハンター養成学校は、Sクラスハンターから貴族になった、英雄と呼ばれたクリストファー伯爵が尽力して試験的に設立されたこと。
設立から6年、多くの立派なハンターを輩出したものの、まだ歴史が浅いためAクラス以上の者は出ていないこと。
貴族の大半から『予算の無駄』として快く思われておらず、このままでは試験段階から本格的な規模に拡大するどころか、予算の削減、あるいは潰されてしまう可能性もあること……。
「この養成学校を切っ掛けとして、そのうち、ハンター昇級のために必要とされている最低年限の規定を取っ払い、学校に入学していない者でも実力と人間性が基準を満たしていればどんどん昇級できるようにするとか、色々とハンターの制度や規則を変えていく足掛かりにしようという計画があるんだよ。
そのためには、こんなところで潰される訳にはいかんのだ……」
そう言って、マイル達4人を見回すエルバート。
「3日後の卒業検定は、模擬試合の相手としてBランクでもトップクラス、間もなくAランク入りではないかと言われているパーティに依頼が出してある。
そして、卒業検定にはいつも、設立者のクリストファー伯爵は勿論のこと、養成学校の可能性の確認に来る近隣諸国のギルド関係者、新人のレベルを見に来る近隣都市のギルドマスター達、見込みのありそうな新人を探す貴族や、ただ退屈凌ぎの見せ物感覚で見物に来るその他の貴族や金持ち、パーティに勧誘する者を探すハンターや娯楽に飢えた一般市民、そしてここの予算を握っている財務卿、更にはたまに国王が視察に来られることすらある」
再び頭を下げるエルバート。
「頼む、検定試合で、やらかしてくれ!
こんな奴らが、この学校が無ければ何年も薬草採取やホーンラビット狩りで貴重な数年間を無駄にしなきゃならないところだったんだぞ、と。この学校は必要なんだぞ、と。
みんなの心に叩き込んでやってくれ!!」
4人は、しばらく、あいた口が塞がらなかった。
「「任せて下さい!」」
そして指導室に響いたふたつの声に、ぎょっとするマイル。
「お世話になった教官からの頭を下げられての頼み、断れるはずがありましょうか! しかも、ハンター達の未来に関わる重大な使命!」
「名前を売る絶好のチャンス、逃してたまるもんですか!」
どちらが誰の言葉かは、言うまでもない。
「……頼む」
いつも自信たっぷりなエルバートの気弱な表情に、マイルも仕方なく協力することにした。
(こんなこともあろうかと、弾避けを用意しておいて良かった……)