25 会議
「今から、第1回パーティ会議を行います!」
夕方、食事を終えて部屋に戻ると、突然レーナがそう宣言した。
わけが分からず、きょとんとする3人。
「みんな、分かってないの? まずいことになったから相談しよう、ってことよ!」
「まずいこと?」
「あんたの事よ!」
のんきな声で訊ねたマイルに、レーナが吠えた。
「気が付かなかったの! 他の学生共の、あんたを狙う眼に!」
「ええっ、私、そんなにモテモテに?」
「違うッッ! ま、まぁ、モテないとは言わないけど、あんたの、その『収納』が目当てなのよ!
卒業時にパーティに入れようと、次々と接触して来るわよ!
なんとかしないと大変なことになるわ。そもそもあんたは、私が……」
「え?」
「な、何でもないわ! とにかく、あんたには、あんた自身を好きになった訳じゃないのに収納魔法目当てで言い寄ってくる男が群がって来る、ってこと! 何とかしないと大変でしょ」
「えええ~っ!」
愕然とするマイルと、あちゃ~、といった感じのメーヴィスとポーリン。
「いい? ここに来る者の年齢層は、大体十五歳以上なの。
十歳になってすぐにハンターになった者は、Fから始めても数年でDランクになれるわ。Dランクになれれば一応どんな仕事でも受けられるから無理にここに来る必要はない。だから、十歳でギルドにはいった才能のある者はここに来る必要はないの。さすがに、いくら多少の素質があろうが、あまりにも幼い者を高位の魔物と戦わせようとはしないでしょ。
だから、ここに来るのは、ある程度歳がいってからハンターになった者のうちで、才能があるから早くランクを上げてやるべきだと判断された者なのよ、私達みたいにね。
マイル、あなたは例外みたいだけど、それはその収納魔法のせいだろうから納得できなくはないわね」
レーナは話を続けた。
「そういうわけで、ほとんどの者は成人済み。ここで卒業までにパーティメンバーを探す者もいれば、パーティメンバー兼恋人を探す者もいるの。
で、マイル、収納が使えて金ヅルになりそうで、言いなりになりそうで結構可愛いあんたは獲物としては美味しすぎる、というわけ。分かった?
何か質問は?」
「………ありません」
がっくりと項垂れるマイルであった。
「そういうわけで、卒業後のパーティの勧誘が来たら『同室の者と約束しているから』と言って断りなさい。
お付き合いを申し込んで来た者には、『そういう事にはまだ興味がない。今は訓練に集中したい』と言って断りなさい。いいわね!」
「は、はい!」
ビクッとして思わず反射的に返事をしたマイルと、その返事に満足そうな顔をするレーナを見て、メーヴィスとポーリンは理解した。
((ああ、そういうことね………))
そういうことであった。
「あ、そうだ、リーダーを決めなくちゃ!」
メーヴィスの言葉に、他の3人が一斉に指差した。
……メーヴィスを。
最年長で背が高く、凛々しくてカッコ良くて誠実そう。
他には、短慮そうなチビと抜けてそうなチビと腹黒そうな気弱女。
他の選択肢はなかった。
翌日。
午前中は座学、そして午後はグラウンドにて実技訓練であった。
「よし、全員揃ったな。
まず、普通の訓練を始める前に、今日はとりあえずお前達のレベルを確認する。順番に戦闘能力を見せて貰うぞ。班は崩して職種ごとに集まれ」
エルバートの指示に、学生達はそれぞれ職種別に集まり直した。
グラウンドには、エルバート以外の3人の教官達も全員来ていた。
短剣、投げナイフ、弓術担当のヒューイ。
魔術教官で、主に攻撃系魔法を担当するネヴィル。
同じく魔術教官で、支援系、治癒系魔法を担当する女性教官のジルダ。
皆、元ハンターである。
一応主担当が決まってはいるが、ハンターたるもの他のことが全くできないわけではない。手が足りない時には互いにアシストする。
職種別に集まった人数は、剣士、弓士は男子が多く、槍士に至っては女子はゼロ。逆に、魔術師は女子の方が多かった。
身体能力的に考えて、前衛職は男子の合格者が多くて当たり前であるし、男子は多少の攻撃魔法が使えても剣技主体で行く者が多いので当然である。また、元々の受験者数自体が、男子の方が圧倒的に多いのがそもそもの理由であろう。
それに対して、学生数自体は男子よりかなり少ないのに魔術師の人数は女子の方が多いが、これもまた理由は説明するまでもないであろう。
学生達は皆、自前の防具を着けているが、武器は貸与されるので持って来ていない。
実剣で模擬戦など行えば死傷者続出なので当たり前である。
そのため幸いにも、魔術師でありながらいつも剣士の格好をしているマイルも魔術師達の中でそう浮いてはいなかった。
別に魔術師と言ってもローブ姿などということはなく、みんな軽装の革の防具か、お金がなくてただの厚手の布の服なので、革の胸当てと革のブーツを着けたマイルとそう変わらなかったからである。
ただ、自前の武器を装備すると、マイルは浮くであろう。
他の魔術師がスタッフやロッド等の打撃武器を持つのに対し、マイルはやや短めのショートソードを装備しているからである。
魔術師は呪文詠唱による魔法の使用が命。そのため、扱いに技術を要したり、刃の向きを把握したり敵に刺さって抜けにくくなったものをどうにかしたりと、とにかく注意力を必要としたり意識の集中の妨げとなる武器は使いたくない。
なので、武器で敵を倒そうとはせず、ただ単に自分の近くに来た敵を追い払うだけに止め、適当に突いたり振り回したりするだけであまり注意力を必要としない得物ということで、あまり重くなく重量バランスが偏っていない打撃系の武器として選ばれるのが、スタッフやロッド、またはそれらから派生した同様の武器であった。
しかし、マイルにはそんなことは関係ない。
スタッフやロッドより、剣や槍の方が敵を倒しやすい。
ただそれだけである。
マイルは、そのうちスリングショットも用意しようかと考えていた。
スリングショットだとマイルの膂力を全幅活用できないが、それが良いのである。
慌てたり興奮したりしても、体格の関係で弦を引けるストロークが決まってしまうため、力加減を誤って大惨事、という心配がないからである。それに、何かあった時に誤魔化すのも簡単である。
弓は、矢を用意したり持ち歩いたりするのが面倒であるからパスである。スリングショットは弾が嵩張らないし、小石でも使えるところが良い。何なら、そのあたりの小石を拾って『ぐりぐり』して真球にしても良いし、砂地で砂鉄を集めても良いしで、とにかく弓に較べて色々と便利なのである。
命中率は、魔法によりナノちゃんズが弾道を補正してくれるから弓矢には劣らないはずであった。
「始め!」
マイルが色々と考え事をしている間に、剣士の者同士による模擬戦が始まっていた。
使用されているのは、勿論木剣である。
さすがに、初っぱなから鉄の刃引き剣を使わせるほど鬼ではなかったようである。
流石はハンターのエリート候補生、年齢が十五歳以上ということもあって、エクランド学園での模擬戦とは全く違った。剣速も威力も段違いである。
最初の組は、中々良い勝負を繰り広げたあと、片方の者が振るった剣が胴に打ち込まれて勝負がついた。
その後に続いた模擬戦も、概ね接戦が続く。
年齢が近く、各地から集まったトップクラスの者同士なので、そう極端な実力差はないのだろう。
マイルはそれらの試合をじっくりと眺め、みんなのレベルを頭に刻み込んだ。
マイルは学習する子である。やればできるのだ。経験さえ積めば……。
男子の剣士は十三名で奇数のため、最後のひとりは女子と組まれた。対戦相手はメーヴィスである。
最後の男子はかなり強い方と思われたが、女子の中では年齢も上で身長も高いメーヴィスは男女の体格差を跳ね返し、見事勝利を収めた。
負けた男子は一瞬呆然とした顔をしたが、その後すぐに笑顔でメーヴィスに礼をした。
(ああ、さすが、大人だなぁ………)
マイルは11歳のガキの子供っぽい態度を思い出して遠い眼をしたが、気を取り直して、メーヴィスに拍手を送った。
そして最後の女子同士の模擬戦も終わり、次は槍士の戦いか、とマイルが思った時。
「おい、マイル。お前、剣も使えると言っていたな。見てやるからやってみろ」
「えええ~っ!」
エルバートの思いも寄らぬ言葉に、マイルは思わず声をあげた。
(断るのは……、無理だよねぇ。やるしかないか。
でも、こんなこともあろうかと、さっきから全員のレベルをしっかり確認しておいたんだ。大丈夫、大丈夫……)
マイルが覚悟を決めている間に、エルバートはマイルの対戦相手を決めていた。エルバートが希望者を募ったところ、何とほとんどの者が手を挙げたため、少し弱めの者が選ばれたようである。
(どうしてみんな、そんなに私と戦いたいの! 苛め? 苛めなの?)
勿論、後で『さっきはごめん、痛かった? ちょっと、さっきの模擬戦について反省会をしない? お茶とお菓子を用意するよ』と誘うためであった。
「始め!」
エルバートの掛け声で始まった模擬戦は、男子の連続攻撃をマイルが木剣で受け、マイルからの攻撃を男子が受けて、中々の接戦となった。そして遂に男子が放った一撃がマイルの胴にはいり、勝負がついた。
マイルは、学習する子なのである。
「…………」
試合が終わったのに、なぜか黙り込んだまましばらく考え込んでいたエルバートは、先程メーヴィスと戦った男子を呼ぶと、ふたりで他の学生達から少し離れた。
なにやらふたりで話をしていると思ったら、突然何やら怒ったようにエルバートに食って掛かる様子の男子学生。
その後再び何やら話が続き、納得が行かない様子ながらも渋々男子が頷き、ふたりとも戻って来た。
「よし、じゃあ、マイルの第2戦だ」
「えええええ~っ!!」
思わず叫んだマイルだけでなく、他の学生も少しざわついている。
「よし、始め!」
無理矢理やらされた、第2戦。
男子も、何やら嫌々やっている様子である。
あまり強くない男子に負けた年下の小柄な女の子との対戦。それも、魔術師の女子である。
いくら先程女子に負けたとは言え、メーヴィスは剣士であり、そして強かった。その敗北には、思うところはあったにせよ一応の納得はできたであろう。
しかし、この戦いには納得できまい。たとえ勝ったとしても、そこには名誉も誇りも高揚も、満足感すらない。ただ後味の悪い思いが残るだけである。
しかし、授業の一環であり、教官の指示による訓練である。指示通りにやるしかなかった。
激しい打ち合いが続き、マイルは焦っていた。
(どうして、防具がないところばかり狙うのよぉ!)
剣を持つ腕、首筋、防具の繋ぎ目への突き、とにかく喰らえば痛そうな場所にばかり、これでもかと渾身の力で打ち込んで来る。こんなのを受ければ痣だけで済むかどうか。マイルは剣で受け続けた。必死の振りをして。
そしてしばらくして、ようやくやって来たチャンス。
(よし、防具に当たる攻撃だ!)
ばしっ!
第1戦に続き、胴に決まった一撃。
(よし、終わったぁ!)
安心したマイルが眼にしたのは、ぽかんとした顔で、自分ではなくエルバートを見る対戦相手の男子の姿であった。
そしてそれに釣られてエルバートの方を見たマイルの眼に映ったのは、にやりと口の端を歪めて嗤うエルバートの顔であった。
(え? え……、っと?)
嵌められた。
マイルがそれに気付くのは、もう少し先のことであった。