23 ハンター養成学校
あれから6日間、マイルは宿を拠点にあちこち出歩いて、店や街路の把握に努めた。少し怪しい小道や裏路地にもはいってみたが、地方都市で「安物で地味」であった服は、王都では「みすぼらしい」と判断されるらしく、襲われることも絡まれることもなかった。
……どうやら、貧民街の住民に『同類』と思われた模様である。
ようやくそれに気付いたマイルは、慌てて服を買った。
王都において『安物で地味な、普通の街娘が着る服』と思われるものを。
新調した服を宿の娘のレニーちゃんにお披露目したところ、微妙な顔をされた。
「お姉さん、素材はいいのに……」
そして王都に着いてから6日後、マイルはハンター養成学校の門を潜った。
……小さい。
本校舎らしき建物は、小さな平屋建て。
学生寮と思われる、同じく平屋の建物が1棟。男子と女子、兼用らしい。
あとは、屋内訓練場らしきものとグラウンドのみ。
まぁ、常時1クラス、四十人前後しか学生がいないのだから、こんなものであろう。
あまり目立ちたくはなかったが、ギルドマスターの顔を潰すわけには行かない。マイルは、この学校では上から5番目あたりをキープすることにした。
受付を済ませて案内された部屋は、2段ベッドが2つ置かれた4人部屋。
国のお金で住まわせて貰うのだから、個室などという贅沢ができるわけがない。
他のルームメイトはまだ着いていないらしく、マイルが最初らしかった。さて、どのベッドを確保しようかと考え込むマイルであったが、元日本人としての悲しい性、どうしても『遠慮して人に譲る』という習性から逃れられない。
(多分、私が一番年下で、一番小柄だ。なら、上にするか……)
2段ベッドは下の方が色々と便利で楽なのだが、マイルは片方のベッドの上段を選択した。
部屋に1棹だけあるタンスは、大きいものの中が4つに仕切られている。全員の共用らしい。その他にカギのかかる小さな貴重品入れがあったが、大事なものは全部アイテムボックスに入れておくので、マイルにはあまり関係がない。だから、どれも一番使いにくい位置のものを選んだ。
このあたりの国では、そういう、自分が得られる権利を他者に譲るのは馬鹿がやることだと言われているらしいが、自分が好きでやるのだからマイルは気にしない。
「荷物の整理は……、必要ないか」
収納持ちであることは隠すつもりはない…と言うか、推薦入学申請の書類に書かれているだろうから、隠す意味もない。だから、普通の荷物は収納魔法に入れたままで問題ない。一部のものはアイテムボックスに保管しておく。
結局、タンスの必要はないので、自分の割り当てスペースは他の3人に提供することにした。
部屋には、ベッドとタンスと貴重品入れ。それ以外のものは何もない。机も椅子も、何も。
居住区などにはお金をかけない。部屋でごろごろしている暇があったら訓練場へ行け。部屋はただ着替えて寝るだけの場所。そういう事なのだろう。
マイルが昼食の時間まで考え事をしながらぼうっとしていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ!」
マイルの返答に、ドアを開けてはいってきたのは、身長が百七十センチメートル弱と女性にしては長身の、金髪で凛々しく引き締まった顔の少女であった。
年齢は、十七~十八歳くらいであろうか。何と言おうか、……男前?
マイルとは別の意味で、女の子にモテそうな子、と言えば分かるだろうか。
「お、同室の子だね! これから半年間、よろしく!」
にっこりと微笑みながら右手を差し出す少女に、仲良くなれそうな予感を感じて、マイルも微笑みながら右手を差し出した。
「メーヴィス、剣士だ、よろしく。詳しい自己紹介は、みんなが揃ってからにしよう。ベッドはどこを取ってる?」
「あ、この上のです」
「ふぅん……」
馬鹿だと思われたかな、と心配するマイルであったが、メーヴィスはマイルの頭をポンポンと優しく叩いて言った。
「いい子だね……」
絶対仲良くなれる!
マイルはそう確信した。
「私はデカいからね、悪いけど下を使わせて貰うよ」
そう言ってマイルの下のベッドに荷物を置いたメーヴィスとマイルがしばらく話していると、再びドアがノックされた。
「は~い、どうぞ~」
マイルの返事に開けられたドアの前には、ふたりの少女が立っていた。
十三~十四歳くらいの、茶色の髪でふわふわした感じの優しそうな女の子。
そして、十二歳くらいの、赤髪の気が強そうな女の子。
「同室になる子だね。メーヴィスだ、よろしく!」
「マイルです、よろしくお願いします!」
「レーナよ。よろしくね」
赤髪の少女は、そう名乗るとさっさと室内にはいり、両方のベッドを眺めたあとに空いている方のベッドの下段に荷物を置いた。まぁ、それが普通の行動である。早い者勝ち。
「ポーリンです、よろしくお願いします……」
少し気弱そうなふわふわ少女は、抜け駆けした少女に��を立てた様子もなく、ベッドの上段へと荷物を置いた。
入学式の前日までに到着すれば良いのに、学生の受け入れが開始される入学式の3日前、その昼前の時間帯にこの部屋にはいる全員が到着したのは、決して偶然ではない。
3日前からここで泊まれるし、その日の昼食から無料で食事ができるのである。
つまり、全員、お金に余裕がない、ということであった。
マイルはお金には余裕があり、ただ早めに着いて養成学校やその周辺に慣れておきたかっただけであるが、勿論余計なことは言わず、みんなに合わせていた。少しは空気が読めるようになったのである。
すぐに昼食の時間になり、自己紹介は食事のあと、ということで、みんなで食堂へと移動した。
受け入れ開始の初日から、それも昼食目当てで昼前に到着した者は他にも大勢おり、四十人いると聞いている同期生のうち半分近くが食堂に来ていた。先輩期の者はすれ違いで卒業しているから、みんな同期生のはずである。
男達は皆、がっつくように食事を掻き込んでいた。さすがに女性陣はそこまで酷くはなかったが。
食後、部屋に戻ったマイル達は早速自己紹介を行った。
「まずは、ここに着いた順で自己紹介と行こうか」
メーヴィスの言葉で、最初はマイルからとなった。
「マイル、十二歳です。Fクラスで、魔術師です」
「………え、それだけ? 他にもあるでしょうが、得意な魔法とか、出身とか、実家のこととか……」
赤髪のレーナの言葉に、マイルは仕方なく言葉を続けた。
「えと、収納魔法が使えます。だから、タンスは要りませんから、私のスペースは皆さんで使って下さい。あと、護身にと剣術も少し囓っています。
あの、実家は、その、命に関わるので勘弁して下さい……」
「「「…………」」」
しばらく沈黙が続いた。
「何よそれ、おかしいでしょうが!」
突然、レーナが叫んだ。
「収納魔法が使えるなら、Cランクでしょうが! どうしてここにいるのよ! それに、収納魔法を発動させっ放しだと、ずっと魔力を使い続けることになるでしょ! どうしてタンスの代わりにできるのよ!!」
「「「え……」」」
「どうしてあんたまで驚いてるのよッッ!!」
吠えるレーナに、きょとんとするマイルであった……。
「あの、ギルドの手違いで……。その補償として、ギルドマスター推薦でここに来ました。それと、収納魔法って、そうなんですか?」
「あ、あんた…………」
「じ、じゃあ、次は私の番だな!」
焦ったように声をあげるメーヴィス。
空気が読める、ということは、実に素晴らしい。
「マイルがぶっちゃけてくれたんで、私も正直に話そう。長い付き合いになるんだ、そのうち判るだろうしな。
メーヴィス・フォン・オースティン、十七歳だ。剣士、魔法は使えん。
我が家は代々騎士の家系でな、3人の兄はみんな騎士になった。私も兄様達に憧れて騎士を目指したのだが、兄様達や両親が猛反対するもんで、家を飛び出した。だから今は、家名は関係なく、ただのメーヴィスだ。よろしく頼む!」
(((うわぁ………)))
マイルの脳裏に『ラスカル』という名前が浮かんだが、それはアライグマである。多分、別の名前と間違えている。
「つ、次は私ね! レーナ、十五歳。魔術師よ! 攻撃魔法が得意で、『赤のレーナ』と呼ばれてるわ。
言っておくけど、赤、というのは、髪の色のことじゃないわよ!
家族はいないわ……」
家族のことに言及する時、俯き加減に顔を伏せたレーナであるが、自分でマイルに振った以上、自分が家族について触れないわけには行かなかったのであろう。
「「「十五歳?」」」
「何よ! 何か言いたい事でもあるの!」
十五歳にしては身長が低かった。百五十六~百五十七センチメートルくらいであろうか。その年齢の標準より五センチは低い。十二歳相当の身長であった。
マイルも標準より低いので、逆転するようなことがなかったのは幸いであった。
「じゃあ、最後は私ですね……。
ポーリン、十四歳。ベケット商会という中規模商家の商会長の、愛人の娘です」
(((うわあぁぁぁぁ~~!!)))
「邪魔者なんですけど、治癒魔法の才能があったもので、貴族か大規模商家への貢ぎ物として役に立てるべく、腕を磨くようにとここを受験させられました」
(((やめてえぇ~~~!!)))
「ここを卒業した後は、多分どこかの中年オヤジか老人の、」
「「「では、自己紹介も終わったことだし!!」」」
結構気が合いそうなルームメイト達であった。