22 王都へ
マイルは、この国の王都へ行きハンター養成学校とやらにはいることを了承した。そうしないと、受付嬢のラウラさんが何やらクビになりそうであったし、ギルドマスターも、クビにはならないまでも何らかの処分を受けることになりそうだったので。
マイルというイレギュラーが来なければ無事に勤め続けることができただろうにと思うと、元日本人としてはどうも心苦しかったのである。
ラウラさんも、あのままならばいつかは今回のような失敗をしたかも知れないが、今回の教訓で、これからは多分真面目に規則を守るだろうし。
それに、正直言って、マイルにはどちらでも良かったのだ。
どうせそのうちCランクにはなるのだから、多少早めになっても大きな問題ではない。ただ単に収納魔法を持っているというだけの理由でのCランクなのだから、珍しがられはしても「普通のCランクハンター」の範疇である。
Fランクのままでも、収納魔法持ちだと知られている時点で、大差はない。
また、遠くへ行って登録し直すのも、普通に手続きすればCランクだし、嘘を吐いてFランクで登録すると収納魔法が使えず、更に他のFランクハンター並みの収入に抑える必要があるだろう。
それは、マイルの許容範囲外であった。
好き好んで貧乏生活がしたい訳ではない。
結局、半年の学生生活をするかしないか、という違いに過ぎなかった。
そして、マイルは、その『学生生活』がしたかった。
したかったのである!
中途半端に終わったエクランド学園での学生生活であったが、あれは楽しかった。
みんなが、普通に話してくれた。
友達ができた。
一緒に遊んだ。
もっと居たかった。
卒業まで、みんなと一緒に居たかった。
名残惜しかった。
未練があった。
そして、反射的に言ってしまったのである。
「行きます! 入学します!!」
マイルが王都へ行くことが決まってから3週間。
マイルは稼いだ。
稼ぎまくった。
物知りのハンターさんに聞いたところでは、養成学校は学費も寮費も食費も全て無料、そして在学中にもハンターとして稼ぐことはできるらしいが、やはり念のためお金はあるに越したことはない。
次の入学時期まで約1カ月あったため、3週間で稼ぎ、8日間で乗合馬車による移動、残りの10日間は予備日で、何も無ければ王都を見学して土地鑑を養う予定であった。
6日で1週間、6週間で1カ月なので、割れる数が多いのは日数計算に便利であった。
例の森で狩りと採取に努めるマイルは、今度は小石ではなく魔法と剣を使用した。養成学校での力加減の練習を兼ねて。
エクランド学園でも力加減は行っていたが、普通の十~十二歳児の中での力加減と、半年後に卒業すると同時にCランクのハンターとして戦いに身を投じる者達の剣技や戦闘魔法の中での力加減は全く違うであろう。
もしかすると、木剣ではなく刃引きの鉄剣での模擬戦や、魔法の撃ち合いとかもあるかも知れない。
それに、恐らく他の学生は自分より年上であろう、とマイルは考えていた。
鳥は魔法で。
ホーンラビットやキツネ等は木で適当に作った槍もどきで。
そして猪や鹿は剣で。
他の新米ハンターの獲物を根こそぎにしないよう気を付けながらも、納品所のおじさんに諦めたような顔をさせるだけの獲物を狩り続け、出発の日までにはアイテムボックスの中には7枚の金貨が追加されていた。それまでの貯蓄分を合わせると、金貨十枚分、日本円にして約百万円相当である。
王都までの旅費と入学までの滞在費、そして当座の必要分としては充分であった。
これでようやく、狩り用の装備と学園の制服以外の服が買える。
ギルドの会議室での話し合いから3週間後。
ギルドマスター、ギルドの職員、そしてハンター達に見送られて、マイルは乗合馬車で町を出た。
王都まで8日間。
マイルならもっと速く移動できるが、必要もないのにそんなことはしない。
マイルは平凡な普通のFランクハンターなので。
移動のための旅費と食費は、ギルドマスターとラウラさんが折半して自腹で出してくれた。それくらいはまぁ、当然である。
「行ったか……」
「行っちゃいましたね……」
ギルドマスターの呟きに、ラウラが答える。
「半年後、Cランクハンターとして帰ってきてくれれば、その数年後にはBランクか。まだまだ若いし、Aランクも夢ではないな。
この町の看板ハンターになってくれると良いが……」
「え、帰って来ますかねぇ? 王都に居着くんじゃないですか?」
「家族がいるのだから、帰って来るだろう?」
「え? マイルさん、遠くの山奥出身で、両親が亡くなったから生活のためにこっちへ出て来たって言ってましたよ? このあたりの出身じゃないし、家族もいませんよ?」
「え?」
「え?」
「ええええぇ~~っっっ!」
崩れ落ちるギルドマスター。
「せ、せめて、養成学校を優秀な成績で卒業し��、私の信用度を上げてくれぇ………」
ギルドマスター、マジ泣きであった。
その後方では、話を聞いていた数人のハンターもまた崩れ落ちていた。
マイルの王都への旅は順調であった。
新調した服は地味な安物で、マイルを『平凡な普通の町娘』に仕立て上げていた。
そして野営の時に乗客のみんなに無制限で温水を提供して、凄く感謝された。マイルも、少しは『サービス』というものを覚えたらしい。
しかしそのせいで、収納魔法で食べ物を取り出したりしていたことと併せて、せっかくの地味な服にも拘わらず、普通ではないことはバレバレであった。
「マイルちゃん、王都まで? 働きに出るの?」
「えと、養成学校、っていうところへ……」
「ああ、あそこの下働きかぁ。ハンターの中でもエリートコースだから、将来有望そうないい男を捕まえれば将来安泰よ! マイルちゃんなら大丈夫、あと数年もすれば男が放っておかないわよ!」
毎日温水シャワーのサービスや鹿肉のお裾分けをしてあげている、ぽやぽやしたお姉さんの言葉に苦笑するマイル。
それを聞いていた他の乗客達は心の中で突っ込んだ。
(この歳で収納魔法とあれだけのお湯を出せるヤツが、下働きのわけがないだろ! 入学に決まってるだろうが!!)
出発から9日後、予定より1日遅れで乗合馬車は王都に到着した。
途中で雨のため道がぬかるんだことと、泥に車輪を取られて無理な力が加わり車軸が折れたために遅れが出たが、それらのアクシデントに見舞われたにしては早く到着できた方である。
目的地が近いからと王都にはいってから途中で降りた者を除き、王都のほぼ中央にある大広場の終着地で残りの客が全員降りて解散となる。
「マイルちゃん、温水、ありがとうね!」
「今度も一緒に乗ってよね!」
乗客達、特に毎日温水シャワーを浴びるという、貴族ですら味わえないような贅沢を満喫させて貰った女性陣からの感謝の念は大きく、みんな余った食料や故郷で買って来たお土産の一部を分けてくれた。
「一人前のハンターになったら、指名依頼出してあげるからね!」
(あ、下働きじゃないって分かってる人もいたんだ……)
当たり前である。
「王都かぁ……」
エクランド学園があった母国の王都よりやや小さいような気がする。
ここにも貴族や金持ちの子息用の学園があるのであろうか。
とにかく、少なくとも半年はこの街で暮らすことになる。
入学の3日前から寮にはいれるらしいから、それまでの6日間、宿を取って王都の探索である。何かあった時、土地鑑の有無は生死を分ける。
しかし、まずは宿の確保であった。まだ陽は高いので、正直そうな人に良い宿を何軒か教えて貰い、自分の眼で確かめて決めることにして、マイルは歩き出した。
(しまった! 乗客のみんなに聞けば良かったんだ! 王都に来た人じゃなくて、王都に住んでいて戻って来た人の方が多かったのに!)
相変わらず、うっかりが多いマイルであった。
夕方、日没前。
マイルは一軒の宿屋の前に立っていた。
人の良さそうなおじいさんやおばあさんに聞いて廻って、女の子がひとりで安全に泊まれること、料金がそんなに高くないこと、料理が美味しいことを条件に絞り込んだ3軒を見て廻り、立地条件、出入りする客層、入り口付近の清掃状況等から決めた宿である。6日間の居心地の良し悪しがかかっているので、超真剣に見極めた。もしこれでハズレなら、己の不運と見識の無さにあきらめるしかない。
「すみません、部屋、空いてますか?」
「は~い、大丈夫ですよぉ~!」
扉を開けながらのマイルの声に、元気な女の子の返事が返ってきた。
中に足を踏み入れると、入り口近くにあるカウンターの中に十歳前後の女の子がちょこんと座っていた。
夕飯時で忙しいからか、宿の娘が手伝っているのであろう。
「あの、6泊お願いしたいんですけど……」
「はい、宿泊だけなら1泊あたり銀貨5枚、朝食は小銀貨3枚、昼食は小銀貨5枚、夕食は小銀貨8枚です。お湯は洗面器1杯銅貨5枚、たらい1杯小銀貨2枚になります」
「う~ん、せっかくだから色んなところで食べたいから、夕食は今夜だけ、朝食だけ毎日お願いします。お湯は、自分で出せるからいいや」
「ありゃ、魔法持ちですか! いいなぁ……」
心底羨ましそうな顔をする女の子。
宿屋の子が自由にお湯を出せれば、それは便利だろう。
改めて、自分がいかに恵まれているかを自覚するマイルであった。
「食事は、もういつでもできますよ。但し、夜2の鐘までですからね」
夜2の鐘とは、地球での21時相当に鳴らされる鐘である。6時に朝1、9時に朝2、12時に昼1、15時に昼2、18時に夜1、そして21時に夜2の鐘が鳴らされる。
「あ、じゃあ、このまま先に食べちゃいます」
いったん寛いでからまた階段を降りてくるのが面倒なので、そのまま食べることにしたマイル。
食事はメニューから選べるらしく、壁に貼られた品書きを見てみると……。
『オーク肉のステーキ』
『オーク肉のソテー』
『オーク肉の煮込み』
『オーク肉の串焼き』
『オーク肉のフライ』
どうやら、どうしてもオーク肉を食べさせたいようである。
ジト目で少女を見るマイル。
「あはは、肉の注文量をひとケタ間違えちゃいまして………」
そう言いつつ、頭を掻きながら苦笑する少女。
そういう事なら仕方ない。
実はマイルは、今まで魔物の肉を食べたことがなかった。
貴族にはそういう者が多く、アスカム家でも食卓に魔物の肉が出ることはなかった。
学園でも、いくら下級とは言え貴族家の者が多かったため、配慮して魔物の肉は出さなかったのである。
別に毒が含まれているわけでなし、マイルは特に気にはしていなかった。どうせこれからはしょっちゅう食べることになるのだし。ただ単に、今までは食べる機会が無かった。それだけの事である。
どうせ食べるなら、今後狩りの出先で食べる機会が多いであろう料理法のものを試してみよう。マイルはそう思って注文を決めた。
「オーク肉のステーキを下さい」
そして出て来た料理。
オーク肉のステーキ。オーク肉のスープ。パンとサラダ。
肉の量がやたらと多い。多分、使い切れないのであろう。
見た目は、豚肉そのもの。
臭いを嗅いでみると、豚肉そのもの。
食べてみると、豚肉そのもの。
……結論。豚肉そのものであった。
(身構えて損した!)