21 また学校ですか?
「「「そんなわけがあるかあぁぁっ!!」」」
後方から突然大声で怒鳴られて、びっくりするマイル。
「いえ、そう言われましても……」
「そんなFランクがいてたまるか! 登録時に、スキップ申請があっただろうが!」
「え、スキップ申請? 何ですかそれ?」
きょとんとするマイルに、ハンター達やギルド職員の顔色が変わった。特に、ギルド職員は蒼白である。
「ギルドマスターを呼べ!」
ベテランっぽいハンターの怒鳴り声に、ギルド職員が大慌てで階段を駆け上っていった。
「嬢ちゃん、だれが受け付けた?」
「え~と、金髪で、十七~十八歳くらいの女性で、名前は確か、ウララとか、ラオウとか……」
「ラウラだな! くそ、とんでもないヘマをしでかしやがって……」
何か大事になりそうな気配に、マイルはビビっていた。
「あ、あの、何か問題が……」
「ああ、嬢ちゃんは被害者だから、心配しなくていい。詳細はギルドマスターが来てからだ」
数分後に、呼びに行った職員と一緒にギルドマスターが階段を降りて来た。
少し時間がかかったのは、職員が事情を説明していたためだろう。予備知識が何もない状態で初見の者と会うとは思えない。特に、問題が起きている場合には。
降りて来たギルドマスターは、マイルが想像していたような、筋骨隆々の高位ハンター、という感じではなく、何と言うか、地方銀行の会計主任、というような感じであった。恐らく、戦闘能力ではなく管理能力を買われての抜擢なのであろう。
「問題があったのは、こちらのお嬢さんか? ラウラはどうした?」
「はい。ラウラは今日は休みですが、今、呼びに行かせています」
近くにいた職員からの返事を聞き頷いたあと、ギルドマスターはマイルに向かって言った。
「すまない、うちの職員が失態を演じたようだ。少し相談したいので、こちらへ来て貰えるか?」
「あ、はい」
「俺達も同席させて貰うぞ。何も知らない嬢ちゃんをいいように言いくるめられちゃ大変だからな。ギルドの不始末だ、ハンターが不利益を被らないよう、確認させて貰う」
マイルの了承の言葉に続いた先程のベテランハンターの言葉にギルドマスターが頷き、ハンターは更に2名の年配のハンターに声を掛け、皆で会議室へと移動した。
会議室で出された紅茶を飲んでいる間に、息を切らせた昨日の受付嬢、ラウラが到着し、話し合いが始まった。ラウラの顔は蒼白である。
「まず、ラウラに確認しよう。
昨日、この少女、マイルさんのハンター登録を受け付けたのはお前か?」
「は、はい……」
ラウラは蒼い顔をして頷いた。
「では、その時に、ランクのスキップ申請の説明は行ったか?」
「い、いえ……」
「なぜ説明しなかった?」
「は、はい、それは、12歳の新規登録で、初心者ですから……」
「規則ではどうなっている?」
「ぜ、全員に説明するようにと………」
職員のミスが確定し、ギルドマスターは頭を抱えた。
「職種が魔術師だったのだろう。どれくらいの腕か、なぜ確認しなかった!」
「あの、剣を装備されていたので、魔術師とは言っても戦闘は剣が主体で魔力は弱いものだと……」
「馬鹿が! 剣はマシューを一刀両断、魔術は収納魔法が使える、Bランクと言っても通じるくらいの腕だぞ! そんな人材に、お前のせいで何年も薬草採取やホーンラビット狩りをさせねばならなくなったんだぞ、いったいどうするつもりだ!」
「そ、そんな………」
ラウラはあまりのことに愕然とし、泣き出してしまった。
無理もない。FランクとC~Bランクの間には、稼ぎも待遇も天地の差がある。勝手な思い込みで規則を守らず手順を飛ばした自分のせいで、有望な新人の貴重な数年間を棒に振らせたとなれば、それは取り返しがつかないことであった。
「あの~……」
状況がよく分からないマイルが、恐る恐る口を挟んだ。
「私、別にいまのままで構わないんですけど……」
「「「そんなことができるか!!」」」
陪席しているハンター全員に怒られた。
「ハンターがギルドのミスを甘受して泣き寝入りしたなどという前例を作られてたまるか! 他のハンターのことも考えろ! それに、そもそも、収納魔法が使えるFランクハンターがいてたまるか!」
きょとんとしているマイルに、ハンターのひとりが説明してくれた。
収納魔法は高度な魔法であり使い手が少ない。そしてこの魔法があれば、予備の武器や防具、水や食料、そして採取や狩ったものを大量に運べるため、収益効率が非常に高くなる。そのため、使い手本人の戦闘力が弱くても、他の者が全力で護ることにより、C~Sランクパーティにも加入が可能であること。
つまり、収納魔法が使える、という事実だけで、他の能力がどうであろうとCランクに認定される、ということらしかった。
それで他の魔法もそこそこ使え、更に剣も使えるとなると、Bランク以上のパーティから引っ張りだこ確実らしい。
「……それなら、登録し直せば良いのでは?」
「それができたら、こんなに困っておらん……」
今度は、ギルドマスターが説明してくれた。
何でも、昔、カネや権力で無理矢理ランクを上げようとする貴族やその眷属が大勢いたらしく、それを排するためにランク上げの規則はガチガチに固められており、一度登録した者をそれ以上のランクで登録し直すことはできないらしい。いったん登録を抹消した後、抹消前と同じかそれ以下のランクで再登録することは、引退者の復帰ということもあり認められているらしいが…。
急速にランクを上げようにも、必要な最低年限というものがあり、それこそ国難を救った英雄でもなければ例外昇格とかは難しいらしい。
黙ってやればばれないのでは、と思っても、もし不正行為がバレた場合には関係した者全員にかなり厳しい罰が与えられることを考えると、そのような危険は冒せないらしい。ひとりの職員、ひとりのハンターが口を滑らせるか、どこかへ密告すれば全てが終わるのだから。
本来は、登録時に能力や技能をしっかり確認し、ランクをスキップする資格や能力があると思われた場合にはギルドマスターに報告し、ギルド職員や多数の上級ハンター立ち会いの下で試験を行い登録時のランクを決めることとなっている。
騎士や兵士が引退後にハンターになることもあるし、派閥争いに敗れて追い出された宮廷魔術師がやってくることもあるのだから、みんながFランクから始めるわけではないのだ。
マイルも、本来であれば最低でもCランクからスタートするはずであった。
たとえ本人がそれを望んでいなくとも。
「いったいどうすれば………」
「私、今のままでも……」
「「「お前は黙っていろ!!」」」
悩むギルドマスターに助け船を出したらまたベテランハンター達に怒鳴られて、マイルは身体を縮めた。
月収が金貨10枚なら文句などないのであるが、ベテランハンター達はマイルが常時依頼や素材の売却だけでコンスタントにそんなに稼げるとは思ってもいないし、Fランクだと大物の魔物が出た時の応援、重要人物の護衛や緊急時の強制参加義務等の全てが対象外となるため、使える人材を何年も無駄に遊ばせておくつもりはなかった。
特に、収納魔法による物資輸送という後方支援能力は、人材不足である地方都市のギルド支部としては非常事態に備えるという点では捨てがたい魅力があった。ギルドの運営に携わっているわけではないが、ハンター達にとっては自分達の命に関わる重要事項である。
「あの~、王都の養成学校はどうでしょうか……」
「「それだッッッ!!」」
蒼い顔で俯いていたラウラがポツリと溢した言葉に、ギルドマスターとハンターのひとりが食い付いた。
残りのハンターふたりは、何の事か分かっていない様子。
勿論、マイルもであるが。
『ハンター養成学校』
それは、6年前から国が始めた事業である。
優れた才能があるのに最低年限のせいで一人前になるまでに時間がかかり、年齢のため引退するまでの活躍期間が短くなることを憂慮したハンター出身の貴族が提唱して試験的に導入されたそれは、半年間でハンターとしての技術と知識の全てを叩き込み、卒業時にDランクかCランクの資格を付与するというシステムであった。
「そこは、貴族も平民も、場合によっては奴隷ですら関係なく無料で受け入れる。普通ならとんでもない競争率だが、各ギルド支部を任されているギルドマスターの任務の中には『有望な新人を発掘する』というものがあり、ギルドマスターが己の信用を賭けて推薦した場合、入学が認められる。但し……」
「但し?」
「もしその推薦を受けた者が入学に値しない者だと判断された場合、その者は即刻退学。推薦したギルドマスターは上層部からの信用を失い、まず出世は見込めなく………」
ハンターのひとりから説明を聞いたマイルがギルドマスターの方を見ると、ギルドマスターは穏やかな眼で微笑んでいた。
「信じてますよ、マイルさん……」
(あ、これ、達観しちゃってる眼だ………)