20 勧誘
何やら少し様子がおかしかった納品所のおじさんであるが、さすがはプロ、何とか気を取り直したらしく、ちゃんと納品処理を行ってくれた。
売り上げは、ホーンラビットと鳥がそれぞれ1羽当たり銀貨2枚、キツネっぽいのが毛皮のおかげで銀貨8枚、猪の金額がデカくて小金貨8枚!
ホーンラビットと鳥は5羽ずつだから、合計何と金貨1枚と銀貨8枚、日本円で十万八千円相当である。
今回は猪のおかげが大きいが、猪抜きでも二万八千円なら、月36日のうち30日働いて、八十四万円。高給取りである。
(ハンターになって良かったぁ!)
大喜びで納品所を後にしたマイルは、ふと気が付いた。
(あ、薬草の換金、忘れてた……)
薬草は収納魔法ではなくアイテムボックスの方に入れていたため、すっかり忘れていたマイルであるが、劣化のないアイテムボックスの方なので、また次の時に換金することにした。
薬草の分も加えると、月収は金貨十枚、100万円を超えそうである。
少年達のところに戻ると、何やら少し様子がおかしかった。
ぽかんとしている者、狼狽えている者……。そう、まるでさっきの納品所のおじさんのような……。
「じゃあ、お話を、」
「おい、お前!」
マイルの言葉を遮って、三十代の男が横から割り込んで来た。
「お前、収納魔法が使えるのか。容量はどれくらいだ?」
横柄な態度で割り込んで来た男に、マイルは嫌悪を感じた。
「聞かせて下さい」
男のことは完全スルー。
「おい、てめぇ!」
「まず、大勢いるハンターの中から私を選ばれた理由は何でしょうか?」
「聞けよ、コラ!」
「正直言いまして、私、皆さんより小さいですよね? 足手纏いになるとはお考えにならなかったのですか?」
「ふざけんなよ!」
激昂する男、おろおろする少年達。
夕方でギルドは混み合う時間帯、ハンターの数も多かったが、これくらいはまだただの揉め事。皆、新人がどう対処するかと面白半分で見守っているだけであった。
「うるさいですね、静かにして下さい! お話ができないじゃないですか」
「なっ、何を……。お、お前が俺を無視するから……」
「え? 私に話しかけていたのですか? それはすみませんでした。挨拶も無しに他人の会話に割り込むような礼儀知らずがいるとは思ってもいなかったものですから、誰か私には見えない方とお話しされているものとばかり……」
「てっ、てめぇ、ふざけやがって……。
ま、まぁいい、とにかく、お前は俺達のパーティに入れてやる。荷物持ちとしてしっかり働けよ!」
「で、皆さんの主な狩りの対象は……」
「聞けっつってるだろうがあぁ!」
「うるさいですねぇ。話があるのでしたら、ちゃんと順番を待って下さい。但し、借金の申し込みとお付き合いの申し込みはお断りしますよ。私にも、選ぶ権利というものがありますので……」
「てめぇぇぇ!」
激昂した男は突然剣を抜き放ち、マイルに向かって振り下ろした。
他のハンター達が慌てて止めようとしたが、間に合うわけもなかった。
ギィン!
ごとり
場が凍り付いた。
駆け出そうとしたまま固まったかのように停止した数人のハンター。
刃の部分が無い剣の柄を握ったまま呆然と立ち尽くす男。
剣を振り抜いた姿勢のままのマイル。
そして床に転がった剣の刀身。
……折れたのではない。切り落とされた、大剣の刀身。
「な、な………」
ひゅん!
軽く振った後、剣を鞘に納めるマイル。
一拍遅れて、ぱくりと割れた男の鉄製防具。
「ひ………」
男はじりじりと後退り、くるりと後ろを向いて逃げ出した。
慌ててそれを追う、ふたりのハンター。恐らく、男のパーティの者であろう。
「で、お話なんですが……」
振り返り話を続けようとしたマイルであったが、少年達は口をぱくぱくさせるだけで、なかなか話を始めてくれなかった。
マイルが困惑していると、三十代後半くらいのハンターが話しかけて来た。
「嬢ちゃん、凄いな、その剣……。どこで手に入れたんだ?」
(あ、マズい……)
話しかけて来たハンターは、別に他意は無さそうで、ただ単に剣に興味を持っただけのようであったが、凄い剣だと思われては狙われるかも知れない。
「え、普通にお店で買った、投げ売りの安物ですよ?」
「そんなわけないだろう! あの切れ味で!」
(う~ん、どうしたら……、そうだ!)
「あの、ちょっと剣をお借りしていいですか?」
「え? いや、まぁ、いいけどよ……」
そう言いながら鞘ごと腰から外して渡された剣を受け取り、自分の剣と一緒に左腰に差すマイル。
「すみません、どなたか、銅貨を1枚、山なりに投げて戴けませんか?」
「よし、俺が投げてやる!」
興味津々でマイル��を取り巻いていたハンター達のうちのひとりがそう言い、懐から巾着袋を出して、中から銅貨を1枚取り出した。
「いくぜ! そら!」
キィン! ぱしっ!
眼にも止まらぬ速さで剣が振り抜かれ、その直後にマイルの左手が空を走った。
「はい、どうぞ」
そう言ってマイルが剣を借りた男に差し出した左手の掌の上には、真っ二つに切断された銅貨が乗っていた。
「ま、マジかよ………」
銅貨を見て、呆然とするハンターの男。
「お、俺の剣で、銅貨が………」
男は、信じられない、という顔で、マイルの掌から摘み上げた銅貨の半片をまじまじと見詰めている。
「このように、剣の性能ではなく、ほんのちょっとしたコツなんですよ」
(((((そんなわけがあるかああぁっ!!)))))
ギルドにいた全てのハンターと職員が、心の中で叫んだ。
しかし、ハンター同士で、互いの過去や能力を詮索することは御法度。突っ込んで聞くわけにも行かず、その眼と耳をマイル達に向けて集中していた。
ハンターの男に剣を返したマイルは、ようやく再起動した少年達と話を始めることができた。
「あの、攻撃力不足、というお話でしたけど……」
「は、はい! ええと、剣士、槍士、弓士、それと魔術師がふたりで、うちひとりが攻撃魔法、もうひとりが支援魔法と治癒魔法が少し使えるんだ、です…。敵に接近されて近接戦闘になると、少し厳しくて。後衛を守れる、身軽な剣士系がひとり欲しいな、と思いまして……」
何やら、無理に敬語を使おうとしておかしな喋り方になっているリーダーらしき少年だが、言わんとしていることは分かった。
「え? でも、私、魔術師ですよ?」
「「「「えええええええ?」」」」
驚愕の声は、後方のハンター達の間からも上がった。
「え、でも、その剣とさっきの剣術……」
「ああ、いくら後衛の魔術師とは言え、前衛が抜かれて敵が目の前にやって来ることもあるし、後方から襲われることもあるでしょう? だから、最低限、自分の身を守れる程度の剣技は必要かと思い身につけた、中途半端な剣技ですよ」
がんがんがんがんがん!
後方で何やら音がするのでマイルが振り向いてみると、前衛職の剣士らしき男性が壁に頭を打ち付けていた。何か悪い物でも食べたのであろうか……。
どんよりとした前衛陣に対して、後衛の魔術師達はホッとした顔をしていた。
使える者が非常に少ない高位魔法である収納魔法を剣士に片手間で使われたのでは、魔術師の立場がないので。
逆に、優れた魔術師が剣士に匹敵する剣術を振るうというのは、痛快である。
「す、すみません……。てっきり、俺達と同じDランクのハンターだと思って声を掛けちゃって……」
「え、Dランク? ふたつもランクが違っていては、難しいですよね?」
角を立てずに断る理由を色々と考えていたが、ランク差が開いているなら丁度良い理由になる。少年達もEかFランクくらいかと思っていたマイルは、これを理由にして断ることにした。
「ふたつ? ああ、CランクではなくBランクの方でしたか。収納持ちで、あの剣技ではそれも当然ですよね。お若く見えますが、エルフかドワーフの方ですか? 本当に、失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした……」
「え? いえ、どこにでもいる、普通の、平凡な人間ですよ? 昨日ハンターになったばかりで、ランクはFです」
がしゃん!
がたん!
どこん!
がんがんがんがんがんがんがんがんがん!!
後方で色々な音が響いていた。