18 新米ハンター
ハンターギルドの中は空いていた。
昼過ぎなので、一番空いている時間帯なのであろう。
受付業務をする場所と酒場が一体化しているなどという謎構造のわけもなく、ゲームのように酔っ払いに絡まれるというようなイベントはない。
少女は、適当に空いている窓口へと向かった。
「すみません、ハンター登録をお願いしたいんですけど……」
「あ、は、はい!」
まだこの職に就いて間がないのか、よそ見をしていた十七~十八歳くらいの女性が慌てて顔を向けた。
「あの、字は書けますか?」
「はい、大丈夫です」
「では、とりあえずこれに記入して下さい」
少女は受付嬢から用紙を受け取り、いったん窓口を離れて記入台へと向かった。
用紙を台に置き、備え付けのペンを手にしてじっくり眺めてみると、最初の記入項目は、当然のことながら名前であった。
(名前………)
少女は考え込んだ。
(アデルという名は封印決定だよね。いつの日か、学園のクラスメイトに会った時くらいしか使うことはないだろうな……。
そう思った時、子供の頃の、父との会話を思い出した。
あれは確か、小学校で『両親に、自分の名前の由来を聞いてくる』という宿題が出された時のことだった。
自分の名前の由来を訊ねる海里に、父は確かこう言った。
『海里、お父さんが航空機関係の仕事をしていることは知っているよね。航空業界では、距離の単位に、マイルというものを使うんだ。
マイルには、海マイルと陸マイルがあって、陸マイルは国際マイル、測量マイル、法定マイル、その他国によって色々と長さが違ってるんだ。面倒だよね。
でも、空と海、つまり航空業界と海上業界では世界共通の海マイルという単位を使うんだよ。世界中が繋がっている海や空の距離が、国によって違う単位だと困るからね。
色々な基準がある陸マイルと違って、海マイルの基準はただひとつ。地球を南北方向に一周すると360度。その緯度1度が60マイル、1度の60分の1である1分が1マイルと定まっているんだ。
世界中のどこへ行っても変わることなく、世界中で通用する。そんな子になって欲しくて、この名を付けたんだ……』
少女は、羽ペンを走らせて自分の名を書き込んだ。
『マイル』
新人ハンター、マイルの誕生であった。
マイルは、次々と用紙の項目を埋めていった。
性別、女性。年齢、十二歳。職種、魔術師。特技、特になし。パーティ希望、なし。以前のハンター歴、なし。特記事項、なし。
再び窓口に行って、書き終えた用紙を受付嬢に渡すと、特に問題無く受け付けて貰えた。
「マイルさん、ですね。このあたりの御出身ですか?」
「いえ、遠くの山奥なんですが、両親が亡くなってひとりで生活しなきゃならなくなって、他にできそうな仕事もないもんで……」
「す、すみません、立ち入ったことをお聞きして……。
では、ギルドについて御説明しますね!」
受付嬢のラウラの説明は、マイルがクラスメイトの男子から聞いていた話と概ね同じであった。
ハンターにはGからSまでの8つのランクがあること。
Gランクは6歳から9歳までの『準ギルド員』であり、街中の雑用か護衛付きでの集団薬草採取くらいしか仕事を受けられないこと。
10歳以上は正規のギルド員になれるが、最下位のFランクは植物や鉱物の採取、ホーンラビット以下の魔物の討伐や、猪や鹿等の動物の素材採取程度しか受注できないこと。
Eランクでゴブリン、オークまで。Dランクでようやく限定解除となる。
但し、Dランクは半人前扱いで、護衛依頼等の仕事は、受けられなくはないが、普通は雇い主がCランク以上との条件を付ける。
Cランクが、普通に言うところの『一人前のハンター』であり、最も人数が多い。但し、その実力は、DランクすれすれからBランク直前までと千差万別、ピンキリである。
Bランクは一流で、田舎町ではそこそこの尊敬を集められる。Aランクは憧れの有名人、最高位のSランクともなれば英雄扱いである。
但し、Sランクなど王都でも数名しかいない。
昇格は、受注と達成の状況やギルドへの貢献状況等からギルド会議で選考されるらしい。但し、余程の例外を除き、昇格に必要な最低年限というものがあるらしいが。
昇格における不正は絶対に許されず、不正に関わった者は、たとえギルドの支部長であろうとギルドから永久追放、最悪の場合は処刑らしいから、はした金に目が眩んで不正に荷担する者はいないとのこと。
ギルド員同士の揉め事は、揉め事程度なら自己責任。犯罪行為にまで及べばギルドと街の警備兵の両方から処罰が与えられる。ギルド員とは言え街の住民なので、犯罪は犯罪であり、暴力行為や恐喝等はちゃんと処罰されるらしい。
受付嬢から説明を聞いているうちに、書類が回った先で作られていたらしいハンター証が出来上がってきた。首にかける鎖につけられた、鉄製の小さなプレート。Fの文字(に相当する、この世界の文字)と、マイルの名前、そしてこの支部の名と登録番号が彫り込まれている。
勿論、魔物の討伐数が自動的に記録されるだとか、ギルドからの緊急連絡が受信できるだとかの謎機能は搭載されていないので、毎回きちんと討伐証明部位を回収する必要があるし、拠点の街を変更する場合には移動先の支部に紹介状やそれまでの評価記録を送って貰う必要がある。
秘密厳守で、内容も送り先も絶対に漏らさないらしいから、行方を晦ます時にも問題はないらしい。
「もしどこかでハンターの遺体を発見した場合は、このハンター証を回収してあげて下さい。遺族への連絡と登録抹消処理を行い、ハンター証は無効化印を刻んだのちに形見として遺族に渡されます。回収者には、ギルドから礼金が出ます。場合によっては遺族からも。
なお、発見時の遺体の所有物は、武器防具を含めて、全て発見者のものとなります」
受付嬢は、ハンター証をマイルに手渡しながらそう説明した。
そして一通りの説明が終わると、受付嬢は改めてマイルを迎えてくれた。
「ようこそ、ハンターギルドへ!」
その日の夜、マイルは宿のベッドに横になって翌日の計画を立てていた。
Fランクハンターの依頼の多くは、個別依頼ではなく常時依頼である。
常時依頼とは、いちいち毎回依頼を出したり受けたりせず、依頼は出しっぱなしで、ハンターは受注手続きをすることなく勝手に採取して持って行き、買い取って貰うという方式のことである。常に需要がある薬草、ホーンラビットの肉等がそれに当たる。
混み合う早朝にギルドで受注手続きをしなくて済むのは助かる。
また、Fランクのマイルがホーンラビットより上位の魔物を狩ってお金にできる抜け道もあった。
そのひとつはパーティにはいるという方法であるが、とりあえずこれはパスである。
もうひとつは、常時依頼の上位の魔物を討伐することである。
依頼のランク制限は、無理な依頼を受けてハンターが無駄に死ぬことを防ぐ意味合いと、受注した仕事の失敗率を下げるという意味合いがある。個別受注無しの常時依頼ならば失敗率も何もないし、たまたま襲われて返り討ちにできた場合もある。それに、素材は素材であり、価値が変わるものでもない。
あまり勧められるものではないが、危険を承知でやるならば、それは自己責任なのでギルドも固いことは言わなかった。
ただ、マイルは、たまたまそうならない限りは故意に上位の魔物に手を出すつもりはなかった。ごく普通の、平凡なFランクハンターなので。
マイルがハンターの道を選んだのには、いくつかの理由があった。
身元も年齢も関係なく、誰でもなれること。
ハンター証があれば領地境や国境を堂々と簡単に越えられること。
何かマズいことがあっても、さっさと他国へ移動すれば済むこと。
万一他国まで名前が広まってしまっても、名を変えて、またFランクの新人として登録し直せば遠方の国で何度でもやり直せること。
相手が動物や魔物なら、うっかり加減を間違えても大丈夫であろうこと。
単独行動ならば他の者に気を使わずに自由に魔法や剣技を振るえること。
突然姿を消しても誰にも迷惑がかからないこと。
そして、週イチならばともかく、さすがに毎日朝から晩まで店番とかは退屈だし、将来の幸せな結婚生活に備えて少しは稼いでおきたかった。
これらのことを考えると、もう、他の仕事に就くことは考えられなくなってしまったのである。
そして何より、ハンターは、仕事に困った取り柄のない者がなる、ごくありふれた、一般的で平凡な普通の職業であった。