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14 今度は死なないよ!

 教室でやらかしてから数日後。アデルはパン屋でのアルバイトに勤しんでいた。

 このパン屋、職業的義務感から休養日もパンを売っているが、休養日は平日より売り上げが少なかった。

 当たり前である。休養日は大半の者が休みだから、職業を持つ母親も休みで時間があり、三食全て自分で料理を作る。それでもメインが買って来たパンということもあるが、パンを必要としない場合が多い。中には自分でパンを焼く者もいるし……。

 そして当然、職場での昼食用にとパンを買う者も少ない。

 しかしそれでもパンを必要とする一部の者達のために、パン屋は店を開けていた。独身者の味方、ものぐさ主婦の味方である。


 そして、そう、「休養日は平日より売り上げが少なかった」、過去形である。

 アデルがバイトを始めてから、なぜか休養日の売り上げが徐々に増え始め、今では平日と変わらない売り上げとなったのである。

 それはなぜか。



「あっ、あの、これ下さいっ!」

 頬を赤くしてパンを差し出す、近くの商店の丁稚さん。


 アデルは外見も可愛いが、その接客態度はこの世界としては非常に丁寧であり、女の子慣れしていない少年達が『この子、俺に気がある!』と勘違いしても責められなかった。

 そして、上級の学園に較べると下に見られるが、エクランド学園も庶民から見れば憧れの学園である。その学園の制服を着てパン屋で働いている。それはつまり、奨学金を貰って入学した非常に才能がある平民、ということであり、平民ならば自分にも手が届く。

 将来稼げそうな、頭の良い可愛い女の子が目の前に。そしていつも自分に微笑みかけてくれる。これで舞い上がらない少年はいなかった。


「ふぇっふぇっふぇっ、アデルちゃん、罪な女じゃなぁ…」

 丁稚さんが帰ったあと、近所の婆さんがアデルをからかう。

「嫌だなぁ、おばあちゃん、何言ってるんですか……」

 前世では祖父母に良い思い出がないアデルであったが、ここではお年寄りと仲良くなれた。

「いやいや、婆さんの言うとおりじゃ。この調子なら、男に貢がせて店を持つのも夢ではないじゃろうて」

「もう! おじいちゃんまで!」


 そして休養日のパン屋は、近所の年寄り連中の溜まり場と化していた。

 孫が大きくなって家を出て、寂しくなった老人達に目を付けられたのである。アデルも話相手ができて嬉しいので、問題はなかった。言い寄る男性達の防波堤になってくれるのも助かるし。

 アデルの不満はただひとつ。

 最近は閉店時間までにパンが売り切れることが多く、その場合は売れ残りのパンが貰えない、ということだけであった。



 そしてその日のバイトを終えて学園の寮への帰り道、ふと気が付くと前方の大通りに沿って人垣ができている。


「あの、すみません。何かあるんですか?」

「ああ、三の姫様の馬車がお通りなさるんだよ。もしかすると姫様の御姿が見られるかも知れないからって、この騒ぎさ。

 運が良けりゃあ、窓を開けて手を振って下さるかも知れないから、可能性はあるさね」

 アデルに訊ねられたおばさんが、そう言って教えてくれた。

 何でも、三の姫様は滅多に王宮から出られないらしく、その御姿を見た者は少ないらしい。


(せっかくだから、見て行こうかな。時間は充分あるし…)

 アデルは、小柄な体格を活かしてスルスルと人垣の隙間を潜り、なんとか最前列へと辿り着いた。


 アデルが最前列についてからしばらく経つと、大通りの向こうからそれらしい集団が見えて来た。

 先頭には、腰に剣を佩き、手には槍を持った兵士が4人。その次に、馬に乗って馬上槍を装備した兵士が3人。その次が豪華な馬車で、後ろにも騎馬と徒歩の兵士が見える。

 王都内での移動で姫様の馬車が高速で走ることはないので、露払いの役目と賊への対処がし易い徒歩の兵士を前後に配置しているのであろう。


 馬車と護衛の兵士達の集団がしだいに近づき、先頭の兵士がまもなくアデルの正面に差し掛かろうかとした時、人の圧力で押されたのか、5~6歳くらいの男の子が人垣から大通りへと押し出された。


「無礼者!」


 男の子に進路を遮られた前方警護の兵士が槍を振り上げ、刃のない方、石突きの部分で男の子を突き飛ばした。

 腹を思い切り突かれ、声も出せずに吹き飛ばされた男の子は、地面に叩きつけられたままぴくりとも動かない。前方に飛ばされたためにその身体は馬車の進路を塞いだままとなり、兵士は再度槍を使って男の子を進路上から弾き出すべく歩を進めた。


(……このままだと、死ぬ!)


 気が付いた時には既に身体が動き、アデルは人垣から飛び出して倒れた男の子の方へと駆け出していた。


(何か、既視感が……。

 前にもあったよね、こんな事。私、また、死ぬのかな……)


 そう思いながらも身体は止まらず、男の子の身体の上に覆い被さると、アデルは頭の中で強く念じた。


(格子力、バリアー!)


 がいん!


 兵士が思い切り振るった槍は、空中に出現した半透明の壁によってアデルの手前で弾き返された。




 格子力。それは格子エネルギーのことであり、結晶格子を構成する原子、分子、イオン等が気体から固体結晶になるときの凝集エネルギーのことである。


 何か防御を、と思ったアデルはアニメに出てくるバリアを想像したが、どういう原理かはアニメを観ただけでは全く判らなかった。適当に考えてもナノマシンが何とかしてくれたかも知れないけれど、念のため一応何かイメージをしておきたかったアデルが自分の知識の中でなんとか防御っぽい力はないかと考えた結果、前世で暇潰しに読んだ本に書いてあった『格子エネルギー』という言葉が頭に浮かんだのであった。

 格子。凝集エネルギー。何か、スクエアーでブロックな響きの言葉。

 それが本当に意味するところは知らないが、アデルには何となくそれが防いでくれそうな気がした。

 『格子』という言葉から、アデルはカクカクとしたイメージを抱き、そのため、現れたバリアは滑らかな半球状のドームではなく、ガラス板を繋ぎ合わせたかのような形状をしていた。



「なっ……」

 驚愕の声を漏らした兵士は、何度も槍の石突きでその障壁を突き崩そうとしたが、ビクともしない。



「どけ!」

 いつの間にか、騎馬の兵士のひとりが馬から下りて近寄っていた。

 装備や態度から、どうやら徒歩の兵士より上位の者らしかった。騎馬に乗っていたのであるから、騎士であろうか……。

 馬上から全てを見ていたその騎士は、手にした槍を振りかざすと、アデルに向けて思い切り突き立てた。刃の方を先にして。


 がぃん!


「馬鹿な………」




(マズいマズいマズい!)


 アデルは焦りまくっていた。

 王族の護衛に喧嘩を売ったこの状況もであるが、死ぬのは嫌なので思わず張った、この『格子力バリア』もまた問題であった。

 このような魔法は、この世界では、少なくともアデルが知っている範囲では知られていなかった。

 魔法攻撃を防ぐための、魔法を打ち消す魔法は存在した。また、剣や槍、弓矢等を防ぐための土を盛り上げる防御魔法や、水や風による防御魔法もある。しかし、それらの媒介物も無しに強力な物理攻撃を完全に防ぐ魔法など、書物でも英雄譚でも読んだことも聞いたこともない。

 このような魔法が一瞬のうちに発動できるなら、戦いにおいて無敵である。相手の攻撃は一切通用せず、こちらから一方的に攻め放題なのだから。

 間違いなく、王宮に連れて行かれる。

 ……それ以前に、王女襲撃犯として処刑される可能性もある。


(マズいぃ! 魔法バレと王女一行への無礼、ダブルピンチ!!

 何かいい方法は……)

 男の子に覆い被さったまま、何とか良い案は浮かばないかと必死で考えるアデル。しかし、焦りが募るばかりで何も浮かばない。



「き、貴様、何者だ! 魔族か、それとも悪魔か!!」

 思わず数歩後退った騎士は、畏怖の表情を浮かべてそう叫んだ。


(……悪魔? 魔族はともかく、そんなものは存在……、そうだ!)

 打開策が閃いたアデルは、バリアを解除した。

 パリーン、と、ガラスが割れるような音を立てて砕け散り、空気に溶け込むように消えて行く『格子力バリア』の破片。

 たとえ急に攻撃されても、アデルが本気を出せば槍を掴み止めることが出来るので、バリアを消してもそう危険はない。

 アデルはゆっくりと立ち上がり、表情を消して騎士の方を向いた。



「神の依り代に危害を加えるとは、何たる無礼か!」


「「「え?」」」


「我が宿りし依り代に害を与えようとは何事か、と言っておる!」



((((え?))))


 何が始まったのか全く分からず、騎士も兵士も、そして集まっていた群衆達も、全員が呆気に取られた顔をしていた。


戻って来ました。

帰省は間に合い、母の側に3日間いることができました。

喪主としての務めも何とか果たせ、まだ色々なことが残ってはいますが、更新再開です。

これからは毎日更新とは行きませんが、引き続き、よろしくお願い致します。

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