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101 訊問

「さて、どうしようかしらねぇ……。全員連れて行くのは難しいし……」

「殺せば良いのでは?」

 考え込むレーナに、軽くそう答えるポーリン。

 縛り上げられた獣人達の間に、動揺が走る。

 勿論、本気で言っているわけではない。舐められないようにと、少しハッタリをかましているだけである。それと、ポーリンの楽しみが少々。


「待ってくれ!」

 獣人達ではなく、護衛パーティのリーダーから、焦ったような異議の声が挙がった。

「状況もよく分からないのに、それはちょっとマズいだろう。下手をすると、獣人達との全面抗争にも繋がりかねん。ここは、もう少し穏便にだな……」

 どうやら、味方にも本気だと思われたようであった。

「どうするかは、訊問に対して素直に答えてくれるかどうかによるわね」


 しかし、レーナとポーリンによる充分な脅しにも拘わらず、獣人達の口は堅かった。

 数時間に及ぶあの手この手の訊問にも拘わらず、調査隊やハンター達を捕らえた理由も、あの作業場で何をしているのかも、一切喋ろうとはしなかったのである。

 まぁ、皆を捕らえた理由は、あの作業場のことを人間側に知られるのを防ぐためであろうことは聞くまでもないが……。

 拷問をするわけにもいかず、皆が困り果てていると、マイルが横から口を挟んだ。

「あなた達、今更あんな物を発掘して、一体何をしようとしているのですか? 多分、あの方達に頼まれでもしたのでしょうけど……。いいように利用されているだけだということが分からないのですか?」

「なっ! お、お前、アレのことを? それに、あの方達は、そんなことは……」

「ばっ、馬鹿! 喋るな!!」

 つい釣られて喋った若手の獣人を怒鳴りつける、リーダーの男。そしてそれを見て、にやりと笑うマイル。ただクーレレイア博士から聞いたことを確認できただけであるが、情報の信頼性が大幅に向上したという意味は大きい。これで、彼らの目的は不明であるものの、意図はほぼ確定できたのである。


「これ以上は、拷問でもしない限り、無理そうですよね……」

「そうね。じゃ、殺しましょうか」

「「「「オイオイオイオイ!!」」」」

 マイルの言葉に軽くそう答えたレーナに一斉に突っ込みがはいり、さすがのレーナも不満げな顔をして大きな声をあげた。

「冗談に決まってるでしょ!」

 しかし、皆の心の声はひとつであった。

((((とてもそうは聞こえなかった!!))))

 そして獣人達は、蒼い顔をして震えていた。


「本当は、2~3人連れて行きたいんだがなぁ。

 しかし、そうすると奪還部隊とかが来たり、自分達がやったことは棚上げにして『仲間が人間達に拉致された』とかの難癖を付けてきたり、獣人との間に争いが起こったりする可能性がある」

 護衛パーティのリーダーは皆にそう言うと、獣人達の方を向いた。


「お前達も、分かっているのか? せっかく落ち着いた人間と獣人の間に、また争いが再発するかも知れないんだぞ!

 また、大勢が死ぬぞ。女も子供も巻き込んで、今度は何百人、いや、何千人が死ぬことになるのやら……。全部、お前達のせいでな!

 そうだ、お前達が殺すんだ、人間も、獣人も、女も、子供も! 分かってんのか、コラァ! この、戦争好きの、馬鹿者共めがあっ!」


 人間に比べ、表情が読みにくい獣人であるが、今ははっきりと読み取れた。

 驚愕、狼狽、後ろめたさ、そして反発。

「違う! 俺達はそんなつもりじゃ……」

「黙れ!」

 何やら弁明しかけた若い獣人の言葉を、リーダーと思われる男が遮った。

「もう、何も喋るな! リーダーとして命じる。以後、俺か族長の許可が出るまで、人間にはひと言も喋るな!」


 命令の解除権者に族長も加えたのは、勿論、自分が生きて帰れなかった場合に備えて、である。でないと、部下達はこれから後、一生人間と話すことができなくなる。群れとして行動中のリーダーの命令には、それだけの権限があった。

 族長を解除権者に加えてさえおけば、たとえみんなが戻った時に今の族長が死んでいたとしても、後継者である次の族長に解除して貰えば済む。

 もし一族が全滅していても、その場合には、他の氏族に加えて貰い、そこの族長に命令の解除を頼めば良い。拘束力が強いだけに、それくらいの融通は利くのである。


「あ~……」

 護衛パーティのリーダーが、がっくりと肩を落とした。

「駄目だ。こいつら、もう、何も喋らん……。たとえ拷問したところで、耐え切れなくなったら自害するだろう」

「ええっ! 何よそれ!」

「仕方ないだろう。獣人っていうのは、そういう奴らなんだよ!」

 レーナが抗議しても、それでどうにかなるようなことではないらしかった。


「全員、置いて行こう」

「「「「ええええぇ~っ!」」」」

 護衛パーティのリーダーの発言に、驚きの声を上げる『赤き誓い』の4人。

 それも無理はない。せっかく捕らえた、犯人にして情報源。せめて2~3人は捕虜として連れて行くのが当然である。恐らく、報酬額にも大きく影響するであろう。

「ど、どうしてですか! できれば2~3人、せめてひとりだけでも!」

 ポーリンが食い下がるが、リーダーの返答は変わらなかった。

「だってお前、非協力的なこの図体の獣人を連れて、領都までだぞ? それだけでも十分面倒だってぇのに、ほれ、さっきから何度も言っとるだろうが……」

「奪還部隊や言い掛かりや抗争?」

「ああ、それだ」

 マイルの言葉に、頷くリーダー。

「それに、どうせもう何も喋らん。自害でもされたら責任問題だ。お前ら、責任取ってくれるか?」

「「「「う……」」」」

 そう言われると、強く出られない。さすがのマイル達も、我が身が可愛いのである。

「ち、ちょっと待って下さい!」

 そう言うと、マイル達4人は他の者達から少し離れ、なにやら内緒話を始めた。


「お待たせしました!」

 待つこと数分。

 『赤き誓い』は打ち合わせを終え、皆のところへ戻ってきた。

「分かりました。獣人達は、全員ここに置いて行きましょう。……生かしたままで」

 『赤き誓い』を代表してのマイルの言葉に、護衛パーティ全員とギルド員であるテフィー、そして獣人達の間に安堵の空気が流れた。

 一般ハンターの9人とクーレレイア博士、そして助手の男性にとってはどうでもいい話らしく、あまり興味はなさそうであった。


「ところで、獣人さん」

 マイルは、獣人のリーダーに向かって話しかけた。

 他の者は喋ってくれないのだから、他に選択肢はなかった。

「無駄な争いは避けたい、という思いは同じ、と考えて良いのですよね?」

 リーダーは、こくりと頷いた。

「ならば、人間側が兵を連れてくるまでにあそこを撤収して貰えれば、全てが丸く収まるのですが。

 領主様は『不法侵入された』とか言って騒ぐかも知れませんけど、そんなのはどうでもいいことですからね。

 で、何時いつになれば引き揚げて戴けるのですか?」

「……分からん」

「え……」


 獣人のリーダーの返事に、当惑した顔のマイル。

「仕方ないだろう。何か発見した場合、どこまでやればあそこが用済みになるのか、また、何も発見できなかった場合、どれくらいで諦めて撤収するのか。何も決まっていないし、何も指示されていないのだからな……」

「ああ~……」

 マイル達が争いを避けたがっているということが分かったのか、少し情報を漏らしてくれた獣人のリーダーであったが、それはあまりかんばしいものではなかった。


「……仕方ないです。レーナさん、ポーリンさん、骨折り仕事ですけど、お願いします」

 ふたりは、マイルの言葉に頷くと、縛り上げられた獣人達の側へと近寄った。

 そして……。


 ばき!

「ぎゃああぁ~!」


 ぼき!

「ぐわああぁ~!」


 マイルに頼まれた通りの仕事を始めた。

 ……そう、『骨折り仕事』である。

 主に、足の。

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