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100 激闘! 暁の戦い 2

「真・神速剣、1.4倍だあぁ~!」

 獣人の動きは速く、その膂力は人間より強い。初っぱなから全力を出さないと、相手がひとりであっても苦戦しそうなのに、3人とあっては瞬殺される。


 だが、いくら獣人とは言え、人間の何倍もの速さというわけではない。充分な訓練をした人間と比べれば、たかだか数パーセントの違いである。

 戦いでは、その、ほんの数パーセントの差が決定的な差となるのであるが……。


 しかし、メーヴィスには『真・神速剣』がある。

 地道な鍛錬のみで身に着けた『神速剣』では3人の獣人相手には太刀打ちできなかったであろうが、魔力行使による肉体強化を伴った『真・神速剣』であれば、自称1.4倍、本当のところは「使用前のメーヴィスの1.3倍、平均的なAランクハンターと比べると1.15~1.2倍程度」である。メーヴィスの地力がかなり高いおかげで、これはなかなかの戦闘力と言えた。

 だが、勿論、だからといってメーヴィスがAランクハンターに勝てるわけではない。技術、経験、駆け引き、持久力等の差で、話にもならないであろう。しかし、身体能力に頼り、技術の研鑽を軽視しがちな獣人相手であれば、かなりの戦いが可能と思われた。


 そして、得物の差。

 メーヴィスがショートソードであるのに対し、獣人側の得物は、戦闘用とは思えない鉈や斧であった。これは、リーチの差や取り回しの速度差を生み、体格差によるハンデを縮めてくれる。

 そして何より、メーヴィスは正規の訓練を積んだ剣士であった。

 騎士を志す者として、民間人を背にしての戦いにおいては、相手がいくら優れた身体能力を持つ敵であろうとも、意地でも負けるわけにはいかなかった。


「うおおおおおぉっ!」

 あまり力がはいると、筋肉が固くなり速度が鈍る。

 軽く力を抜き、100パーセントの速度を乗せる!

 相手が鉈であろうが斧であろうが、そして刃の角度がずれていようがいまいが、決して折れることのない愛剣に対する絶対の信頼。

 そして相手が予想し身構える瞬間より僅かに速く、そして僅かにずれた刃の位置で互いの武器が激突し、タイミングを読み誤った方の武器が撥ね上げられ、あるいは手から弾き飛ばされた。そして相手の身体に叩き込まれる、90度傾けられた剣の腹。

 ……両刃の剣なので、峰打ちだと意味がない。普通に死んでしまう。

「ぐあっ!」

「うぐぅ!」

 そしてふたりの獣人が崩れ落ち、残るひとりが、信じられない、という顔をして眼を見開いていた。


 一方、レーナは不利な状態での戦闘開始となっていた。

 直前まで相手のリーダーと会話をしていたため、ポーリンのように呪文を詠唱して保留にしておく、ということができなかったのである。

 そのため、事前準備なしの状態で、近接戦闘が得意な素早い敵を相手に比較的近距離で戦闘開始という、魔術師としては絶対に避けたい状態に陥っていた。

 だが、しかし……。


「ぐえっ!」

 腹にスタッフの先端部分がめり込み、レーナに襲い掛かろうとしていた獣人が動きを止めた。

「「え……」」

 そして、余裕の笑みを浮かべていた顔を引き攣らせた、レーナに向かった3人のうちの、残りのふたりの獣人。

 詠唱前の魔術師、それも人間の小娘を取り押さえるなど、ひとりで充分。そう思って暢気のんきに突っ立っていたふたりが慌てて戦闘体勢にはいろうとした時には、もう全てが遅かった。

 レーナがスタッフを振るい一人目を捌きながらも詠唱を続けていた、比較的短詠唱であるその呪文は、既に完成していた。


「……ホット・インフェルノ!」

 そして巻き起こる、ごく弱い空気の渦。その渦は、獣人達を優しく包み込んだ。少し赤っぽい、その空気で……。

「「「ぎゃひいいいいぃ!!」」」

 スタッフの一撃を喰らい地面に膝をついていた者も含め、3人の獣人達は、喉を掻きむしり、固く瞑った眼から涙をぼろぼろと溢し、鼻水を垂らしながら地面を転げ回った。


 レーナも、一応、非殺傷魔法を覚えているのである。マイルとポーリンに教わって。

『非殺傷であれば、味方や第三者を巻き込んでも構わないし、大規模炎魔法に比べて魔力消費量が少なくて済む』

 ……レーナのその台詞を聞いたメーヴィスは、えええ?、とたじろいだが、ポーリンはうんうんと頷き、マイルは『非殺傷で派手な魔法なら、「星光の破壊者」という、カッコいいやつが……』と思ったが、よく考えてみると、『ブレイカーはいかん、ブレイカーは! あれで人が死んでいないはずがない!』と、至極尤もなことに気付き、レーナに教えるのはやめた。

 ……マイルは、常識を弁えた少女であった。


 そして、マイルに向かった3人には、獣人達のリーダーが含まれていた。

 普通、一番強そうなリーダーは、同じく『赤き誓い』で一番強そうであり、かつ剣士であるメーヴィスに向かうものではないか。そう思うマイルであったが、どうやら野生のカンか何かで、四人の中で一番強いのがマイルであると気付いたらしかった。残念なことに、どれくらい強いか、ということまでは感知できなかったらしいが……。


 マイルが相手の鉈を剣で受けようとした時、相手��後方から放たれた炎の塊がマイルを襲った。

「ま、魔法攻撃?」

 そう、獣人は確かに人間より魔力が弱く魔法は不得手であるが、それはあくまでも『一般論』であった。魔法を使えない者が多いし、使えても人間の平均よりは弱い者が多い。しかし、全員が、というわけではない。中には、人間並みや、人間の上級者並みの者もいる。ただ単に、その割合が人間より少ない、というだけであった。

 だが、種族自体の人数が人間より大幅に少ないため、それは結局、『魔法が得意な獣人は殆どいない』という定説を否定することにはならなかった。

 そして攻撃魔法を使えるその少数者は、当然のことながら、戦いに駆り出される。

 リーダーと魔術師。自分達の最大戦力を、両方共マイルにぶつけてきた獣人達。余程マイルを高く評価したようであった。


 今までの戦いから、何となく『獣人は魔法を使えない』と思い込んでしまっていたマイルは、突然の魔法攻撃に動揺……することもなく、剣を握る両手のうち左手を離し、リーダーの鉈は右手だけで握った剣で受け、左手の甲で炎の塊を軽く弾き返した。

 そして弾かれた炎の塊は、念のためにとリーダーの後ろで追撃の態勢にはいっていた3人目の男の腹に命中した。


「「え……」」

 炎の塊を腹に受けて後方に吹き飛ぶ仲間を見て凍り付く、リーダーと魔術師。

 あまり怪我をさせないようにと、その炎の塊に爆裂効果はなく、命中するとすぐに拡散して消えるようになっていた上に温度も低かった。どうやら、当たった男が吹き飛んだのは、驚愕半分、威力を殺そうと自分で飛んだのが半分であったらしく、そう大したダメージは受けていないようであった。

 しかし、魔術師は動揺が激しく、次の魔法の詠唱ができておらず、リーダーも武器を交えたまま動きが止まっていた。


「とおっ!」

 そしてマイルが剣を絡ませるようにしてリーダーの武器である鉈を弾き飛ばし、剣の腹でその脇腹を打った。

 我に返った魔術師が、慌てて呪文を詠唱しようとしたが、すぐにその詠唱を途中で破棄した。

 そう、周りの状況に気付いたのである。メーヴィスが3人目の敵も倒し、今では戦闘可能な獣人は、魔術師と、先程撥ね返された炎魔法で後方に飛ばされた、ダメージの少ない若者のみとなっていることに。


 その魔術師は、理解していた。

 もう、自分達に勝機はゼロであることを。そして、今ここで自分達、最後のふたりが倒れれば、仲間達が全滅することを……。

 一刻も早く森から脱出したいであろう人間達が、まともに歩けそうにない重傷者達を連れて行くわけがない。獣人と人間の戦争になるのを恐れて殺さずに放置されたとしても、こんな状態では作業現場に帰り着くのに何日かかるか分かったものではない。また、我々が戻らないことを心配して捜索隊が出るとしても、救助されるまでに何日かかることか……。

 そして、それまでの間、絶好の獲物となった瀕死の獣人が、魔物や猛獣に襲われないわけがない。


 それを防ぐには、ふたりが健在であることが絶対に必要であった。そして、若者を連絡のため作業現場へ向かわせ、自分は力の限り治癒魔法で仲間達の治療に努め、魔物達から護り、救助を待つ。

 勿論、そううまく行くかどうかは分からない。人間達が、戦争になることを気にせず皆殺しにしようとするかも知れない。先に襲ったのは獣人側であるから、正当防衛だと主張することができるし、人間との戦争を望まない獣人側がそれで引き下がる可能性はかなり高い。

 しかし、他に選択の余地はなかった。

 まともに話ができる状態なのは、魔術師と若者のみ。

 ということは、魔術師が、今現在の責任者であった。

 そして魔術師は、決心すると、大きな声で叫んだ。

「降伏する! 殺さないでくれ!」


本作品も、今回で100話です。

ここまで続けられたのも、読んで下さる皆様のおかげです。

ありがとうございます。

本当に、ありがとうございます!

たまには、少し浮気して他の作品の閑話や続編を書いたりするかも知れないけれど、基本的には、本作品を中心にして書き続けたいと思っています。

できれば、ペリー・ローダンシリーズくらい続けたいですね。


……え? ドイツ本国では、本編3000巻弱、サイドストーリー・シリーズ入れたら4000巻くらい出ていますか、そうですか。(^^ゞ


どこまで書籍化を続けて貰えるのか分かりませんが、皆さんに読んで戴ける限り、頑張りたいと思います。


「どこまで書くの?」

「……どこまでも。書けるところまで!!」

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