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10 武術訓練

 ケルビンにいきなり指名されて困惑するアデル。

 その少年のことは、ようやく顔と名前を覚えたばかりであった。

 ふと気が付くと、自分の方をじっと見詰めている少年。

『惚れられたか?』と思ったが、どうも様子が違った。

 どうも、ライバルを見るような険しい視線。

 ライバルにするなら、自分のような平凡な普通の子ではなく、もっと才能のある子にした方が良いんじゃないかな、と思いつつ、何かスポ根アニメみたいでいいかも、と思っていたアデル。まさか、こんな形でそれが現れるとは思ってもいなかった。


「あの~、お手柔らかにお願いします……」

 木剣を手にしたアデルはそう言ったが、ケルビンはただ黙って剣を構えるのみ。


(うわぁ、本気っぽい……。いくら木の剣とは言え、革の防具じゃ、思い切り打たれたら痛いよね……)


 アデルの方針は決まった。

 普通の女の子モードで、覚醒前のレベルで相手をしたのでは瞬殺される。それだと、今後の実習でもそのレベルを装わなければならなくなり、まともな訓練にならない。それでは困る。

 いくら力やスピードがあっても技術が皆無のアデルは、卒業後に備えて真面目に訓練する必要があるのだ。そのためには、少し強さを出して、そこそこ強い男子と模擬戦をしたり、教官からそれなりの指導を受ける必要がある。

 それに、まともに打ち込まれれば痛いだろう。


 とにかく、身体を打たれないように、剣で受けるか避ける。

 ある程度デキるところを見せてから、適当なところで、剣を弾き飛ばされるか、なるべく痛くなさそうな攻撃を一発貰って終わらせよう。

 そう考えて模擬試合に臨むアデル。



「始め!」

 教官のバージェスの合図と共にアデルに駆け寄るケルビン。

 日本の剣道のような、すり足とか送り足とかいう概念はない。恐らく、基本的に、戦場で多数の敵を相手に走り回る戦いが主眼であるためであろう。


 一瞬のうちに間を詰め、相手が反応できないうちに上段から剣を振り降ろすケルビン。さすがに女の子相手に顔面や頭部を狙うのは憚られ、防具に護られた肩から切り下ろす、剣道で言うところの袈裟切りであった。


(勝った!)

 ケルビンがそう思った瞬間。


 ひゅん!


「え……」


 自信たっぷりに振り下ろした剣を簡単に避けられ、一瞬動揺するケルビン。

 しかし、その程度で隙を見せる程未熟ではない。すぐに剣を引き上げて、左に避けたアデルの胴に向けて右薙ぎに剣を振る。


 ガツン!


 剣で受けられた。

 袈裟切りを避けて体勢が崩れたところへの、本人にとって左真横からの素早い斬撃。それを、いとも容易く受けられた。

 ケルビンは更に斬撃を繰り出し続け、アデルはそれを受け続けた。


(くそっ、なぜだ! 構えも動きも素人そのものなのに、なぜあんなに速い! なぜ全ての攻撃が受けられる!)


 しだいに焦りが募るケルビンと同じく、アデルもまた焦っていた。

(ひいぃ! どんどん一撃が強くなって来てる! 痛くなく負けるタイミングが掴めないよぉ!)


 遂に、焦れたケルビンが勝負に出た。

(全て剣で受けるなら、最初から剣を狙って、力で弾き飛ばしてやる!)



 アデルが構えた剣の、柄の少し上を狙って放たれた斬撃。

 ケルビン側は、剣を振る勢いがついた、先端から3分の1くらいの最も力が乗る部分。それに対して、アデルの方は停止状態の剣の根本の部分。


(弾き飛ばされる!)

 アデルは思わず緊張に力を込めた。


 ガツ!


 痺れた手から離れ、カランと地面に転がる木剣。


「え………」

 そして、空っぽになった自分の両手を呆然と見詰めるケルビン。


(あ………)

 しまった、と思うアデルであったが、もう遅い。

 アデルの筋力もまた、魔力と同じく、認識の違いだか手違いだか故意だかは分からないものの、神様のせいで酷いことになっていた。

 しかし、日常生活においては無意識のうちにセーブが働いており、覚醒前と同様の『普通の少女としての力の範囲』で不自由なく使えていた。アデルが覚醒からの数日間異常に気付かなかったのもそのせいであった。

 だが、アデルが意識して力を出そうとした場合や、無意識であっても全力で力を込めた場合には、出される力の範囲が切り替わる。

 オートマ車のギアがシフトアップされる、とでも言えば良いのだろうか…。

 この場合、元々の馬力が桁違いのため、トルク不足の心配はない。

 その、人間の範囲を超えた力で保持された木剣に打ち込んだらどうなるかと言うと。


 普通、剣で打ち合えば相手の剣も衝撃で動き、力が分散される。それが、力一杯打った相手が1ミリたりと動かず、打った力の全てが反動として自分の腕に返って来たら。

 それは鉄の塊を打ったも同然であり、腕が痺れて剣を取り落とす可能性が非常に高くなる。今回のように。


「そこまでだ!」

「い、いや、今のは手が滑���ただけで!」

 試合の終了を宣言したバージェスに反論するケルビン。

 しかし、バージェスは呆れたように言った。

「ほう、戦場で剣を取り落とした時にもそう言うのか? 今のは手が滑っただけだから、拾うまで待って下さい、と敵兵にお願いするのかな?」

「う………」


(マズい! マズいことになってるよ!)

 機微に欠けるアデルにも、さすがに状況が良くないことは分かった。

 自信があるらしかった、つまりかなり強いであろう男子に初っぱなから勝ってしまった。剣は初めて、という触れ込みなのに……。

 これは良くない。ごく普通の女の子として、良くない。


「あ、あの! 私は、続きをしても……」

「ほう?」

 面白い、という顔をするバージェス。


「どうする?」

 自分に向かって言われたバージェスの言葉に、黙って剣を拾い構えるケルビン。


(どうしよう? 剣を落とすのはわざとらしいし、やっぱり、痛いの我慢して打たれるしかないか……)

 覚悟を決めて、再び打ち合いに臨むアデル。


 再び始められた剣戟。それがしばらく続いた後……。


(今だ!)

 ケルビンから放たれた斬撃は、丁度良く防具の革が厚い部分に向かっていた。防御が間に合わない振りをして、そこに当てて貰えば。そう考えたアデルは剣の動きを遅くし、打撃による痛みに備えて眼をつむった。



(………あれ?)

 しばらく経っても来ない衝撃に、アデルが眼を開けると。

 そこには、真っ赤な顔をしてぶるぶると震えるケルビンと、あちゃー、という顔をしたバージェスが。


「ふざけるな!」

 そう叫ぶと、木剣を地面に叩きつけて歩き去るケルビン。

 訳が分からずぽかんとするアデル。


「お前なぁ……。少しは男の子の矜持とか、考えてやれよ……」

 バージェスの言葉に、うんうんと頷くクラスメイト達。


(え? 私、何かやっちゃった?)



「まぁいい。今のは怒るのも無理ないから、授業を放棄したケルビンへのお咎めは無しだ。さ、お前達もふたりずつ組んで、軽く打ち合ってみろ」


 ケルビンが抜けて奇数となったため、アデルと組んでくれる者は誰もいなかった。あのマルセラにさえ、眼が合わないようにと避けられたアデル。


「どうしてこうなった………」

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