友人
つかの間の休暇を終え、今日は同盟国との共同任務という名のテオの訓練だ。
クイの研究室で待機している俺は緊張していた。
これから魔王を倒そうという人々と会う。
いったいどんな想いで、世界の敵に立ち向かおうとしているのだろうか?
「なんでフィアが緊張しているんだよ……」
隣で最後まで魔導具の調整をしていたテオが話しかけてきた。
「だって気になるじゃん。きっと凄い人たちだよ?」
「はあ……俺はそれよりも、この霊対策が上手くいくか、心配だ……」
「大丈夫だって、その魔導具に入ってる聖属性の量だったら足りるよ」
テオが持っている釘打ち機のような見た目の魔導具には、十分すぎる程の量の聖属性の魔力が込められていた。
「ちょっと待って、テオって聖属性の魔力持ってないよね。そもそも、体内の魔力保持量が……」
「ふっ……お金の力さ……」
テオが遠い目をして呟く。
いったいくら使ったというのだ……それよりも、帝国内では聖属性まで買えるのか……
「いるようだな」
研究室にクイが入ってくる。
「早速だが、飛ぶぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
いつも通り前置きなしに空間転移をしようとしたクイを、俺は制止する。
「なんだ?」
「あの……同盟国の方々ってどんな……」
「どうせ紹介がある、二度手間だ」
そう言ってクイが指を二度鳴らした。
視界が開けると、目の前の草原に急ごしらえの司令部が建っていた。
周りには重厚な鎧を装備した騎士たちが準備をしている。
「私は行くぞ」
またいきなり消えそうになるクイ。
その両腕を俺とテオで掴んで止める。
「「説明してくださいー」」
俺たちの声は重なる。
「このぐらい自分でやれ。まあいい」
クイが魔力の白い針のようなものを、布でできた司令部の中に飛ばす。
すると、俺の目の前にセナートが立っていた。
「おい、俺をここまで雑に扱うのはお前だけだ」
「後はよろしく」
「いや待て、ついでに俺たちも帝都に飛ばせ」
「それは、効率的だな……」
墓穴を掘ってしまったクイが、諦めたようにセナートの後ろについて行った。
俺とテオも続き、司令部の中に入る。
「あら、この方たちが”象徴”なのね」
中で紅茶を飲みながら座っていた女性。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に映像が流れた。
学園祭で一緒に遊び、交流戦で共に楽しんだ昔の記憶。
「エリナ……」
「私の名前をご存じで? それは光栄なことですわ」
まさか同盟国って……
「知っているようだな。彼女は騎士の国エクエスの……」
「それ以上は私から紹介させてくださいまし」
エリナが立ち上がり、綺麗な騎士式のお辞儀をする。
縦ロールに整えられた金色の髪がふんわり揺れた。
「エクエス国の皇女、エリナベラ・ピエタ・エクエスですわ。よろしくお願いしますね、フィアーラさん、テオさん」
エリナが落ち着いた雰囲気で微笑みかけてくる。
抱き着きたい。
久しぶりにいろいろお話をしたい。
前みたいに一緒にお菓子について語りたい。
そんな気持ちをどうにか抑え、俺は真剣な顔でお辞儀をする。
「ご丁寧にありがとうございます。私はフィアーラ・アデル・ヴァフーデ。よろしくお願いします、エリナベラさん」
「お、おれ、俺はテオ。テオ・プセマです……よろしくお願いします……」
「あらあら、ふたりとも照れちゃって。私たちの年齢に違いはないはずよ。エリナでいいわ」
表情、仕草、そして笑顔。
身長は少し伸びて、体つきもよくなっていたが、間違いなく俺の友人がそこにはいた。
「うそだろ……同じ年齢かよ……」
テオが驚いていた。
それもそうだ……ってなんで俺を見る?
事実に気づいた俺は、思いっきりテオの頭を叩いた。
「ふふ、仲が良いのですね」
エリナが口に指をあてて、くすっと笑っていた。
なんて大人なんだ……
「エリナベラさんは、エクエス国の代表として、騎士と共に作戦に参加してくださる。世界平和という理想が一致したからだ」
俺に対して雑な呼び方のセナートでも、流石に同盟国の皇女に対しては、ある程度丁寧な対応をしている。
「そして……」
「失礼しまーす」
セナートの説明の途中で、奥から入ってきた女性。
丸眼鏡をかけて茶色の髪を三つ編みにし、白色の背広を着ている彼女。
「カスタ、遅いぞ」
「いやー、すみませんセナートさん。でも、ちゃんと結界を張り終えたので~」
俺のもう一人の友人、カスタだ。
カスタはエリナの隣に座り、ふーっと一息ついて茶を飲んだ。
「はあ……あいつはカスタ・ヴィオレンティア、商会の会長だ。今後、物資と資金を提供してくれる」
「カスタです~、よろしく~」
カスタがこちらに手を振ってくる。
王都で会った時以来だ。
エクテのことで聞きたいことが山ほどあるが、今は心を落ち着かせなければ。
高鳴る動悸が俺を苦しめる。
「説明は終わりだ、俺も忙しい」
セナートが合図をして、帝国の関係者を集めた。
「エルフ、俺たちを飛ばせ」
「私をここまで雑に扱うのは貴様だけだ」
そう言いながらも、数人の兵と共に、クイは白い靄の奥へと消えていった。
「座ってください、英霊の出現までまだ時間がありますわ」
俺とテオはエリナに誘われるがまま、彼女の正面、簡易的な椅子に座る。
「あなたがテオね」
「ふぁ、ふぁい!」
テオの声が上ずっていた。
「帝国の方から話は聞いていますわ。今回は私とあなたで英霊を倒します」
「はい……」
「そんなに心配がらないで、私、こう見えても魔導具の扱いに長けているのよ。だから帝国の方は私を選んだという訳ね」
「ご迷惑おかけします……」
テオはずっと申し訳なさそうにしているが、確かにそうだ。
エリナと戦ったことがある俺には、この人選が最適だと感じた。
魔導具の使い方を教えるテオの師としては、クイより効率的だ。
「あらあら……」
エリナがよしよしとテオの頭を撫でる。
当のテオは、固まっていた。
エリナが席に戻ると、テオが俺の方を向いてきた。
「フィア、さ、最近のお、俺、どうし、どうしたんだ? そろそろ死ぬんじゃないのか?」
顔面を蒼白にして震えているテオ。
「はあ、なんかいつものテオを見ていると落ち着いたよ」
今考えるべきは、友人たちの未来のこと。
今の彼女らについては、立派にやっている、それだけでいい。
「ねえねえエリナ、あのふたりって付き合っているのかな?」
「バカねカスタ、あれは愛情ではなく、友情よ。あなたは学園で何を学んだの?」
「ふ~ん、そうなんだ~」
そしていつの間に仲良くなっている友人ふたり。
確か、カスタの卒業旅行先はエクエス国だったはずだ。
色々と関りがあったのだろう。
「友情、ね……ふふ、そうだよな……」
テオが漏らす『やれやれ』はなぜか、とても悲しそうだった。