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帝国

「大臣! 大丈夫ですか!?」


 大きな音立てて扉が開き、魔導銃を構えた兵が複数人入ってくる。

 そのまま俺たちを取り囲み、銃口をエクテに向けた。


「銃を下げろ。誰も入るなと命令したはずだ」


 セナートは冷静に右手を上げ、兵たちを制する。


「しかし!」


 それでも兵は、頑なにセナートを守ろうとした。


「命令だ」


 セナートが兵を睨みつけるように言う。


「承知いたしました……」


 兵たちは銃を下げるが、警戒してその場から動こうとしない。


「先ほどの質問に戻る。エクテ・サストレ、お前がフォルフォス・サストレを殺すのではないのか?」


 セナートがエクテに向き直り、問いかける。


「言葉は慎重に選べ」


 エクテは怒気を隠さない。

 ここまで感情を露わにしている妹を俺は初めて見た。


「何が違う? 姉殺しの罪を背負う、お前を帝国に入れることを許した理由がそれだ」


 セナートの言葉に、エクテはゆっくりと歩き出す。


 テーブルから机へ、セナートの目の前に立ち、しゃがんだ。


「姉を”倒す”と私は言った。言葉は選べ。今すぐ帝都を更地に変えてやってもいいんだぞ」


 そして右手をセナートの顔横に置く。


 部屋の中の兵たちが再度銃口をエクテへと向けた。


「大臣! これは明確な反逆行為です! 発砲の許可を!」


 一人の兵が声をあげた。


「許可しない。帝都民全員を危険にさらす」

「今ならやれます! 俺たちを信じて下さい!」


 兵たちは皆、精鋭だ。

 エクテが出す俺でも震えてしまうほどの怒気にも二足を床に付け、銃口を固定させている。


「状況を理解しろ! 今帝都が人質にされてるんだぞ!」


 ここで初めてセナートが声を荒げた。


 兵たちは銃を下ろし、起立する。


「話は終わった?」


 エクテが声を出した。


「エクテ・サストレ、真意を聞かせろ。お前はどちらの味方だ?」


 セナートが冷静な態度に戻り、エクテの目を見る。


「私は勇者と魔王が許せないだけ。そんなものがなければ、姉は幸せだった……」

「じゃあどうする。魂を引きはがして人形にでもするか?」


 エクテの右手に魔法陣が浮かんだ。

 兵たちが動く前にそれは起動される。


「私は姉を愛している」


 粉々に砕け散ったガラスが、時間を戻しているかのように窓枠へと吸い込まれていく。


「だからせめて、家族に、妹に、私に倒されて欲しい」


 部屋が元通りになる。


 再度銃を構えていた兵たちが、脱力したように肩を落とした。


「もちろん全ての罪を、私は背負うよ」


 エクテが机から降り、俺の前の長椅子に座った。


 しばらくの間、沈黙が室内を包んだ。


「覚悟は本物のようだな、訂正しよう。勇者の中に入った魔王は怪物だ。我々は全力を持って倒さなければならない」


 セナートが兵たちの方を向き、頷く。

 兵たちは敬礼をして、部屋から出て行った。


 部屋の中の様子が俺が飛んできたときに戻った。


 エクテ……ありがとう……

 妹は俺を想って、俺のために、俺を倒そうとしてくれている。

 なんだか胸が温かくなってくる。

 俺の心に刺さっていた最後の悲哀、妹との仲への後悔が抜けていった。

 姉の努力は無駄ではなかったし、姉妹の生活は確かにあったんだ。

 これで、安心して終われる。


「勇者の話に戻るぞ。これに目を通せ」


 セナートが書類をテーブルに投げた。

 勇者が魔王の力を使えることを筆頭に、魔王が持つ無尽蔵の魔力や、歴史上観測された魔王の魔法が書かれていた。


 俺は感心しながら読んでいる。

 隣にいるテオは『エクテさん、すげぇ……』と言うだけで書類を手にとってすらない。

 エクテは……パラパラと紙をめくり、すぐに目をつぶっていた。


 書類には王国にも残っていない情報があった。

 随分前から魔王について綿密な調査が行われていたはずだ。

 帝国は魔界に興味がないと思っていたが、どういうことだ?


「質問いいですか?」


 俺は手をあげた。


「いいだろう」

「噂程度にしか聞いていなかったのですが、帝国はなぜ、今になって魔界侵攻を計画したのですか? これだけ昔から情報を集めていたというので」

「我々は魔界などに興味ない」

「なら、なぜ王国に魔界侵攻の命令を……」

「我々は命令していない」

「じゃああれは……」

「何か知っているのか?」

「いえ、大丈夫です……」


 これ以上言うと勇者の関係者しかしらない情報を出してしまう。

 ただ、俺を追っていた機械兵は帝国の者なのは確かだ。


「魔界との境界に現れた壁でも気になったのか?」


 俺の悩みにセナートから問いかけてくれた。


「は、はい、そうです」


 厳密にいえば違うが、このまま話を引き出そう。


「魔界侵攻は王国に駐留していた帝国軍の暴走だ。王国の一部貴族と結託して馬鹿な計画を立てたようだ」

「そうだったんですね」

「そのおかげで勇者が魔王である確証を得られたが、明確な離反行為は法によって裁かれる」


 帝国内もまだ一枚岩になれていないようだ。

 急速な技術発展でも、人間の欲までは制御できないらしい。


「我々の目標はあくまでも魔王、魔界など取ったところで帝国の得にはならない」

「すみません、そこの部分でもう一つ質問なんですが」

「問題ない。今、全て回答した方が効率的だ」

「なぜ、魔王なんですか? 今までの帝国は静観していたはずです」


 魔界に興味がないのは知っていた。

 帝国的価値観から言わせれば、魔界の土地、そして魔族の支配は非効率的だ。

 それでも魔王に対する敵意はある。

 そこに矛盾を感じてしまった。


「フィアーラ、お前は頭が回るようだな。なぜだと考えた?」

「そうですね。一番しっくりくるのは、クイ先生が言っていた『勇者の中に入ることで、人間界に干渉したから』ですかね」

「エルフの言っていることは正しい。魔王は今まで無害だった。そして我々に奴を討伐するほどの力もなかった。帝国は王国ほど、圧倒的な力を持つ個人がいない」

(しゅう)(もっ)()()す、ですね」


 これは帝国の標語だ。

 個人ではなく、集団で、国家として発展するという理念によるものらしい。


「そうだ。魔王という存在に恐怖した昔の帝国は考えた、強大な個には、人間の集で対抗しようと」


 セナートの口調からは魔王に対する恐怖を感じない。

 エクテの実力も知っているようだし、魔王を倒すことが最終目的ではない……まさか……


「集合体を大きくするための魔王、目的は、その先……?」

「気づいたようだな」


 セナートの口角が上がった。


「フィアーラ、お前を気に入った。この作戦が終わったら帝国軍に来い」

「嫌です」


 即答してしまった。


「未来は決まっているようだな。ブレないとは、ますます気に入った」

「ま、まあ、冗談は置いておいて、帝国の目的は人間という”集団(こじん)”を形成すること、でいいですね?」

「そうだ。魔王を共通の敵とし、人間界を単一国家としてまとめる。今後新たな魔王、敵が現れたとしても対抗できるようにだ」

「魔族はどうするんですか?」

「行動原理がそもそも違う。今代魔王が特別なだけで、結局のところ世界に興味がない。今後も関係は変わらないだろう」

「魔王が倒されて、人間界に攻めてくるとは?」

「それはない、断言できる」


 そんなに言い切らなくても……

 だが、悲しいことにそれは正しい。

 魔界に知り合いはいれど、基本は利害の一致による相互補完しか行ってこなかった。

 ソキウスは稀有な例だが、相棒のことは俺が一番分かっている。


「今が、人間界統一に最適な時、ですか……」


 一般的な魔族は人間界にいるだけで、魔力が吸い取られるような感覚に陥る。

 大気中の魔力濃度が違いすぎるのだ。

 例外として獣人がいるが、彼らが本来の姿を見せる場面は限られている。


 魔族は人間界に存在しない。

 つまり、人間は魔族というものを知らない。

 魔物が魔王に操られていると、ありもしないことが王国では流されていたが、帝国の書物では科学的な調査により関係性がはっきりと否定されていた。


 完全に区別されている魔界。

 その象徴たる魔王が、人間界に干渉してくれたのだ。それも勇者を乗っ取ったなどという、分かりやすい物語で。

 共通の敵を作り、人同士の争いを終わらせるには、最高の舞台が出来上がった。

 世界平和のためにエルフ(クイ)人間族(セナート)魔族()も考えることは同じで、そのための生贄には俺がなる。

 美味しい役を貰っちゃったな。


「フィア、すげーよほんと……」

「そう?」

「就職先、決まったじゃん……」

「そこ!?」


 テオと友人同士のくだらない会話をする。

 俺は脳内で、役をどう演じてやろうか、などと考え始めていた。


 恐れ多く、威風堂々とした、絶対悪。

 ──そんな魔王に俺はなりたい。

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