偽証
最初の授業が終わって、次の日になった。
昨晩のエクテも普通だった。
遅くに帰ってきた妹は俺を疑う素振りすら見せず、淡々と準備をして寝ていた。
そして今日も朝早くから起き、部屋を出て行った。
俺たちの会話は事務的で簡単なものしかない。
そんな同居人の様子を見ていると、本当に俺の妹なのかと疑ってしまう。
エクテは、もっと、こう、元気な子だったはず……
落ち着き大人びた振る舞いに、俺は少し悲しくなる。
家族の成長とは嬉しいものだが、戻らない過去が後を引く、そんな虚しさを感じてしまったのだ。
俺は今、院内の食堂にいる。
図書館で帝国や魔導技術のことを学び、正午を過ぎて少し遅い昼食の時間、クイの授業前の腹ごしらえだ。
昨日テオに教えて貰ったように、俺が手に持っている入っている板、カードには別の魔導機械で入れたお金が入っている。前回の失敗を繰り返すのはごめんだ。
それにしても、わざわざ硬貨を持たなくていいとは、これを考えた人は天才だな。
図書館にあった技術書に説明があった。同じの魔力波長でしか情報を書き換えられないらしい。
原理は細々としていたが、やっていることは統一規格による、一元管理だ。
個々の魔力波長を偽造するより、金属から硬貨を新しく作る方が簡単なのは、魔法に触れた者なら誰でも知っている。
帝国の技術には、驚かされるばかりだった。
時間はいくらあっても足りない。まだ読みたい書物がたくさんある。
魔法を極めた俺にとって、この院で学べる技術は全てが新鮮だ。
メニューの書かれた魔導機械の前で、俺が色々考えているのには理由がある。
「どれにしよう……」
昨日と同じ料理は最終手段、残り少ない食事の機会を全力で楽しみたい。
そう、俺はご飯で悩んでいたのだ。
「この甘酢和えってのが……でもデザートじゃないのに甘いと酸っぱいって……」
小さな少女が真剣に悩んでいる。生徒の全員が大人である技術院には、不釣り合いな光景だ。
ただ、そんな俺を怪訝に見る人はここにはいない。
皆、淡々と事をこなし、次の行動に移っている。テキパキとしすぎている姿は、帝国っぽいと表現するしかない。
そんな中、俺に話しかけてくる男が一人。
「それはまだ早い。こっちにした方がいいぜ」
隣からメニューを指さされる。
「やあテオ、それはなんなの?」
「おう。あーそれはなー、頼んでからのお楽しみだ」
俺はテオが選んでくれた料理を受け取り、空いているテーブルに座った。
料理には銀の蓋が乗せられ、中を見ることができない。
「お、お……おいしそう……」
蓋を開けると、卵を円錐状に焼いた料理があった。
赤色のソースが掛けられていて、頂上に小さな旗が刺さっている。
上手に言い表せないが、心を揺さぶるような見た目だ。
「うーん、やっぱり似合うな」
正面に座ったテオが腕を組んで頷いている。
「どういう意味?」
「ははは、なんでもないって」
俺は困惑しながらも、食事をとり始めた。
素材を活かしたシンプルな味わいだ。
中には穀物が入っていて、お腹にも貯まる。
満足気に咀嚼していると、テオが話しかけてくる。
「なあ……言いづらかったらいいんだが、聞いていいか?」
「んぐ……なに?」
「フィアって、なんでそんなに小さいんだ?」
「失礼だなー。私だって好きでこうなっている訳じゃないんだよ」
「そうだよな……貴族の出だって聞いてたからさ、その、なんか複雑な事情でもあるのかなって……」
それはもう複の雑ですよ……まあ、言えないんだがな。
「飯を選ぶ時だって、超真剣だし……特別豪華でもないのに幸せそうに食べるし……」
「本当に失礼だなー。これは体質なの。食べるのは好きなんだけどね」
「すまん……だったらいいんだ。でも、何かあったら言ってくれ。俺、一般的な家系だけどさ、友人を助けられるぐらいの余力はあるから」
「大げさだね。でも、ありがと」
誤解されっぱなしだが、俺は素直に礼を言う。
友の優しさを無駄にはしたくない。
「そんな顔をされると、困ったなこりゃ……」
テオが頭を掻きながら『やれやれ』と続けた。
彼の口癖だ。
「でも、遠慮はするなよ。俺は自分で稼いでるんだからな」
「それは気になる」
「そうだな……魔導具の特許料に、前の公募での賞金も結構残ってるな……」
「ちなみにだけど、どれくらいなの?」
テオが鞄から小さな魔導具を取り出し、カタカタとボタンを押していく。
そして、表示された数字を俺に見せてきた。
「金貨でこの枚数だ」
「うそ、だろ……」
硬貨は重さで価値が変わる。使われている金属が同じ場合はだ。
帝国の金貨は王国の物とは少し形が違うが、同価値だと考えていい。
「駄菓子屋に……カフェまで、店ごと買えるじゃん……」
「面白い表現だな。まあ、これから魔導具の材料とかで減っていくんだけどね。最近魔石が高騰しているし……」
テオが食事を再開した。
魔石とは、魔力を貯めておける特別な石だ。
王国では馴染みがなかったが、帝国では一般的である。
俺も食べかけていた料理を口に運びながら、話を続ける。
「なんでだろうね」
「国が買い占めてるっていう噂があるんだよなー」
「ふーん……」
魔石の魔力など、俺にとっては微々たるもの。
ただの話題として流していく。
「将来が不安だ……」
テオが真面目な顔で呟いた。
「その時は良い就職先を紹介するよ」
俺は昔いた学園での友人を思い出し、会話を終える。
それから俺たちは話題を何気ないものに切り替え、時間が進んだ。
「おっと、そろそろ行くか」
「だね」
食器を戻し、テオと共にクイの研究室に向かった。
道中、テオが今度帝都の案内をすると言った。
俺は喜んで承諾し、日程を取り決めた。
そして研究室の着き、俺たち以外誰もいない室内で座っていると、クイが入ってきた。
「来ているな」
「エクテさんが来ていません!」
テオが空間転移の前に、手をあげてアピールする。
「エクテは後で来る」
クイが指を二度鳴らし、空間が切り替わった。
「お前がフィアーラか?」
一人の男が俺の眉間に銃口を突き付けている。
魔導銃と呼ばれる金属を射出する魔導具だ。
男の後ろには複数の机と椅子。
周りは本棚で囲まれている。
質素な執務室といったところか。
「待ってください! いきなりなんなんですか!?」
テオが焦ったように男に詰め寄った。
「もう一度言う。お前がフィアーラか?」
男は完全に無視している。
「はい、私がフィアーラ・アデル・ヴァフーデです」
「ちょっと先生!? なんか言ってくださいよ!」
テオの呼びかけにも、クイは静観を決め込んでいる。
「正体を明かせ。ヴァフーデ家など存在しない」
バレるのが早かったな。
相手が誰かは知らないが、この場面はソキウスと想定済みだ。
「中央の人間が、辺境のことを知っているのですね?」
俺は皮肉混じりに答えた。
「なぜ貴族を名乗った。なぜすぐバレる嘘をついた?」
「自らの家名を名乗って何が悪いのですか? 帝国は私の街が魔物に襲われたというのに、助けてくれなかったではないですか」
「そんな記録は残っていない」
「私の存在だけでなく、民のまで……」
男が魔導銃を下ろし、俺の顔をじっと見る。
「俺はお前をフィアーラだと認識している。だが、事実が嚙み合わない」
「私の故郷までご案内しましょうか? 今は綺麗な草原になっていますよ」
俺は笑顔で見つめ返した。
「属国まで統治体制が行き届いていなかった、我々帝国が悪い。身分証作成時の手順に問題はなかった」
ソキウスが作った俺の偽造の身分証。
相棒の有能ぶりには、俺の思考が追い付かない。
この問答も読んでいたものだ。
「それなら、よろしくお願いしますね。えーっと……」
「セナートだ。お前のことは信頼していないが、これ以上疑ってしまうと帝国の魔導技術に綻びが生じる」
事は丸く収まったようだ。
実に合理的というか、打算的な結論だ。
帝国の民を管理する上で絶対となっている身分証。
偽造が不可能なそれに、不備があると知られれば統治に支障をきたす。
……と相棒が言っていた。
「終わったようだな」
様子を見守っていたクイが声を出す。
「フィア……」
テオが俺に悲しそうな目を向けてきた。
非常に心苦しい。
「セナートは帝国の議員で軍事を担当している」
クイが説明を始めた。
「今日は今後の計画について話してもらう」
「そうだ。長くなる、座ってくれ」
セナートに言われ、俺は部屋の中心にテーブルを挟んで向かい合う形で置かれていた長椅子に座った。
左隣にはテオ、クイは座らずに俺の正面、長椅子の後ろに立っていた。
俺の右側、大きな机の奥にセナートが座っている。
「エルフから話は聞いてるだろ」
セナートは帝国の軍服を着ている。
左腕がないのか、袖がひらひらと動いていた。
顔は左目を眼帯で隠し、左側をやけどの跡で赤くしている。
灰色の短髪に、筋肉質な体型、表情は硬い。
「勇者の正体はある程度知っていること前提で話す」
何かが割れる音がした。
俺が部屋の天井を見上げると、空間にひびが入っている。
「勇者、名をフォルフォス・サストレ」
空間が完全に割れる。
「奴は怪物だ」
セナートの言葉と同時に、エクテが空間から落ちてきた。
そしてその瞬間、セナートの背後、窓ガラスが全て吹き飛ぶ。
「どうした、お前が姉を倒すのだろう?」
表情一つ変えずセナートは、部屋の中心、低いテーブルに立っているエクテに問いかけた。
ガラスの破片で彼の頬から血が垂れている。
「お姉さまを悪く言うのは許さない」
こわい……
それ以上に、これどういう状況なの……
俺の顔はポカーンとしているに違いない。