着衣で甘やかす
それからは代表と思われる眼鏡をかけたスタッフ、バーリントンと名乗った彼女に案内をされ、部屋へと到着した。
予想はしていたが、部屋が広い……のにベットが一つしかないのはなぜだ?
突貫工事で取り除かれたベットの跡があるが、そこは考えないでおこう。エクテと一緒に寝るのは毎日のことだ。
「すげぇ……」
大きなバルコニーへと出る。
目の前には晴れ渡った空と白い砂が輝く海辺が、まるで絵画に描いたように広がっていた。
ホテルや部屋の豪華さに対してもそうだが、先程から俺の口から出る言葉は”すごい”の一言だけだった。
「気に入っていただけて何よりです。当ホテル自慢のプライベートビーチとなっております」
バーリントンが俺の隣に立って説明してくれた。
「泳いでいいのですか!?」
「はい、ご自由にご利用ください」
バーリントンはそう言うと一礼して部屋から出て行った。
泳ぎたい、が水着が無い。
ここまで来て見るだけで帰るという選択肢はないだろう。
「エクテ、準備が終わったらお買い物に行きましょうか?」
俺は妹の方を振り返った。
「エクテ?」
ベットが何やらもぞもぞしている。
移動で疲れちゃったかな、と思い布団をずらし様子を確認した。
「お姉さま……きて……」
「なんで裸なのよ。ほら、寝巻を着ないと風邪ひいちゃうでしょ」
服も着ずに顔を赤らめていたエクテ。
しょうがない妹だ、俺がいないと服も着れないのか。
俺は運んでもらった鞄から妹用のふわふわした衣服を取り出す。
「ちゃんと温かくして寝るのよ。はい、お手手を上にあげてねー。よくできました!」
腕をあげたエクテの胸部にブラと呼ばれる乳押えを着ける。これは睡眠用のナイトブラだ。
妹の発育は驚くほどに良い。
同年代の少女より頭一つ高い身長に、出るとこが出ている羨ましい体だ。
寝ている時のことも考えないといけないとは、大変だな……だから羨ましくなんてない、決してだ。
俺はブラなどという物と無縁だが、慣れた手つきで肩に紐をかけ、背中のホックを留める。何回もやった作業だった。
「お目目をつぶってねー」
エクテの頭上からシャツを被せる。
眼に当たっては大変だ。掛け声も忘れずに。
やりづらくなったな……身長差か。
俺はベットに座っている妹を、つま先立ちになりながらなんとか着替えさせていた。
「はーい、上手にできましたー、次は……」
エクテの膝上にかかっていた布団をどかす。
「なんで、何も履いてないのよ!?」
「えへへ……」
確かにここのベットに布団の肌触りは最高だ。素肌で感じたくなる気持ちも分かる。
「もう初日で風邪を引いたら、元も子もないわよ、まったく……」
「お姉さま?」
「な、なに?」
「腕が痺れてしまって……」
「それは大変!」
俺は急いでエクテの後ろに回り込み、妹の首と肩回りの緊張をほぐし始めた。
疲労時に腕をあげさせたからか? いや、今は失敗の原因を考えるな。
「ごめんね……痛い思いさせちゃったね……」
頼む、反射的に回復魔法とか使わないでくれ……
「大丈夫ですよ、お姉さま。でも……」
「でも?」
「これだとパンツが履けません……腕を動かせなくて……」
「分かったわ」
俺は鞄からエクテのパンツを取り出そうとした。
「あー、今日はきつめのパンツがいいなー、そっちの方が腰の痛みが引くと思うなー」
エクテが後ろで何かを言っていた。
そういうことか……
馬車の中で俺の膝上に重さを感じなかったのは、エクテが無理な体勢をしていたからか。
腰や肩が痛くなるのも無理はない。腰回りを締めて、少しでも痛みを和らげさせたいはずだ。
「エクテ、待ってて。すぐに買ってく……」
「お姉さまのパンツぐらいが、締め付けちょうどいいんだけどなー」
そうだったのか……姉として情けない。
つまり、エクテは腰痛持ちだ。
今までも痛みに耐えかね、俺のパンツを履いていたのだ。
気づけなくてごめんね……
俺は自分のパンツを手に取って、妹の元に戻った。
「これでいい?」
「いいのですか!? お願いします!」
「じゃ、じゃあ、右足から通すわね」
急に元気になったことに戸惑いながら、パンツを片足ずつ履かせる。
「やっぱりキツイな……」
パンツを背後から引っ張り上げようと、俺は立ち上がった。
「はあ、はあ……」
「だ、大丈夫!?」
エクテが漏らす荒い吐息、そして茹で上がったように真っ赤な顔色。
ただ事ではない、熱だ。
「大変! 解熱剤を……」
いや、違う。
魔法だなんだと固辞している状況ではない。
俺は回復魔法の準備をした。
「いえ、大丈夫です。後は自分でやります」
エクテが立ち上がり、パンツをあげた。
やはりパツパツだ、お尻と太ももの肉が食い込んでいる。
「大丈夫、なのよね?」
「はい……お姉さま成分の過剰摂取……いや、この際だ、もっとせめるか……」
「どうしたの? なにかあったら言って、私にできることならなんでもするわ」
俺はつい心配になってしまった。
それは勇者になるとかの話ではなく、妹の体調に対してだ。
「お姉さま、私は少し寝ます」
「う、うん、そうね、そうしたらいいわ」
エクテがベットで横になり、布団の中に入った。
そして布団を片手で広げ、俺に言う。
「どうぞ」
「どうぞ?」
「お姉さまと一緒に寝たら、この不調も治る気がします」
「エクテは甘えん坊さんね」
俺は服を脱いで、寝巻に着替えようとした。
妹の我がままはいつものことだ。
「いえ、そのままでお願いします」
「え、下着だけど……ってエクテもそうだったじゃない。寝巻を着ないと」
「大丈夫です、私を信じてください」
エクテはまっすぐ俺を見つめた。
そのような目をされると俺は断れない。
恐る恐る布団の中に入る。
「はやく元気になってね……」
「はい……」
せっかくの姉妹の旅だ。
二度とあるか分からない貴重な機会をエクテには楽しんで欲しかった。
「幸せです……」
「そうね……」
エクテが俺を抱きしめ足を絡めてくる。
背中に柔らかい感触を押し付けられる。
肌と肌が密着し、鼓動を共有しているかのような一体感を感じた。
温かい……
人肌とはここまで落ち着くものなのか……
街を超え、国を超え、辿り着いた高級リゾート。
そんな非日常の中でも、こうやって普段の姉妹を行う。
謎の安心感に包まれ『悪くはないな』と呟いてしまった。
「もう……だめ……わたしから……だからだめだって……」
ぼそぼそと独り言っているエクテも、きっと同じ気持ちなのだ。
熱い吐息が首筋に当たるのを感じながら、俺は心地の良い眠りへと落ちていった。