宿屋で甘やかす
「そして、少女の興した花流通会社は、皆に平和と笑顔を届けましたとさ……第10章、世界をお花で救った話、おしまい」
もう、勘弁してくれ……
俺はかれこれ3時間はお話を語っている。
「すごいです! 世界征服は成功したのですね!」
エクテは寝ていない。
いつもなら、一日一章でそれもその一部分を語るうちに妹はすやすや寝息をたてていた。
途中でおかしいなとは思ったが、俺の思考能力をフル稼働させて続きの物語を作った。
そろそろ限界だ、ネタが尽き始めている。
最初は街の小さな花屋だったのに、今や全世界の流通を牛耳る巨大企業になっているのだ。
目的地までは、最低半日はかかる。
日差しを防ぐための窓掛けが外の景色を見せないが、まだまだ先は長いはずだ。
「えっと……眠たくないの?」
「続きが気になって、お目目パッチリです!」
「そ、そう……じゃあ第11章、闇の花屋現る! それから……」
なんだよ、闇の花屋って……
もう寝る前の子供に聞かせる話じゃないだろ……
「お楽しみのところ失礼します。そろそろディッチャに到着します」
俺が自分にツッコんでいると、御者席側の扉が開いた。
カスタリアが顔を覗かせて、一言声をかけてくる。
「助かりました……って、今なんて?」
「はい、観光国ディッチャが見えてきました」
「あ、ありがとうございます?」
いくらなんでも早すぎる。
揺れがほとんどない上質な馬車だとはいえ、ものの数時間もしない内に移動したのか。
「もっとお姉さまのお話、聞きたかったですー」
エクテが名残惜しそうに頭を俺の膝からあげた。
ずっと膝枕をしていたというのに、俺の膝上が痺れるなどということはない。
気を使わせてしまったかな。
「また今度ね」
「はい! 私、最終章の姉妹が結ばれる展開が大好きです!」
ん? そんなのあったか?
エクテの言っていることが分からないのは、いつものことだ。
それよりも外、今はどうなっているのか確認しよう。
俺は馬車の小窓を開け、外に顔を出した。
「これは……」
ディッチャは小国だ。
観光国と名乗っていはいるが、実際は観光街。一つの大きな都市があるだけで、他は栄えていない。
だからこそ、その街に対しての力の入れようは凄かった。
街へと続く道ですら綺麗に舗装されていて、道沿いには見たことない形の像や灯が等間隔に並んでいる。
さらには温かい気候特有の木々が、俺たちに異国情緒を感じさせる。
まだ街の中にすら入っていない。それでもすでに観光気分だ。
俺たち以外の馬車が前後を走っていて、どれも豪華な見た目だった。
だが、注目すべきは速度だ。
「うーん? 地図、間違えたかな……」
平均より少し速い程度の馬車だ。俺の乗っているのも、体感変わらないだろう。
自分の認識が怖くなり、鞄から地図を出そうとした。
「お姉さまー! あそこ見てくださいー!」
エクテに抱きかかえられ、窓際に戻される。
「すごいですよね! 見たことのない花がありますよ!」
「そ、そうね……私は確認しないといけないことが……」
エクテが指さす先には、鮮やかな色彩の花々が咲いていた。
確かに王国では見たことのない種類だ。
花が好きなのは普通で良いこと、だが……
「植生が変わる程だよね……そしてこの速度、まさかだけど”飛んだ”……いやありえないか……」
この大きさの質量を転移させる空間魔法など、使用者は歴史の中でも限られていた。
俺の思考は巡る。
妹に抱っこされていることを忘れ、悶々としてしまう。
「まさか、本当にまさかだけど、エル……」
「お姉さま! このお菓子、初めて見ました!」
エクテが無理やり、俺の頭を小机の上へと向けた。
「……? お、おお! よく見たら果物も少し色合いが違うわね!」
同じ種類でも気候の変化で見た目、そして味が変わるものだ。
観光の目的を事前に体験させてくれるとは、こんしぇるなんとかという人は優秀だな。
「あと少ししか時間がありませんし、食べちゃいましょ!」
「そうね、残すのは失礼よね!」
さっき何かを考えていた気がするが、まあいいや。
今は目の前の甘味と向き合おう。
そうして、辿り着いた観光国。
ホテルの前まで馬車は進み、俺たちを降ろす。
「では、ごゆっくりお楽しみください」
カスタリアが頭を下げ、俺たちを見送っている。
目的地は入口から豪華だった。様々な装飾が、光沢のある色合いで輝いている。
俺は背丈ほどもある鞄を背負い、いつもの教会支給の私服だ。場違い甚だしい。
少し恥ずかしいな、などともじもじしてしまった。
「お荷物、持たせていただきます」
ホテルの入口に立っていた少女が声をかけてきた。
「あ、お、お願いします……」
俺はこのような待遇に慣れているはずもなく、声が緊張している。
部屋までの距離、自分で持っていくのだが、これは彼女の仕事なのだろう。
鞄を地面に降ろした時、数人の少女が駆け寄ってきた。
「わ、私が持ちます!」「いえ、私が!」「わたくしめにお任せを!」
「ちょっと! 勝ったのは私でしょ!?」
なぜか懇願する勢いで俺の鞄を持とうとする少女たち。
制服からこのホテルのスタッフだとは分かるが、仕事熱心すぎないか?
「設定」
エクテが低い声を出す。
瞬間、少女たちがビクッと固まり、最初に話しかけて来た子以外は肩を落として元の位置へと戻って行った。
「お姉さま? 行きましょ」
なぜか直立不動になっていた俺は手を引かれ、ホテルの中へと入って行く。
扉を越えると、視界が光に包まれる。
「「「いらっしゃいませ! ご主人様!」」」
俺に道を作るように両端に並んだスタッフが、一斉に頭を下げた。
「お、おじゃましま、す……」
エクテの後ろに隠れてしまった。
妹は堂々としていたが、俺は怖い。
スタッフはなぜか全員少女だ。そして、謎にギラギラした目を俺に向けてくる。
まるで獲物を狙う飢えた獣に囲まれている気分だ。
「ご主人様が緊張なさっています! 各々行動しなさい!」
眼鏡をかけたスタッフが周りに命令をだした。
俺の周りにスタッフが集まる。
「どうぞ、こちら最高級のイチゴでございます」
一人のスタッフに、皿に乗った果実を片膝をついて捧げられる。
「あ、ありがとう……はむ……おいしい!」
果物というより砂糖菓子のような甘味、それでいてくどくない。
思わず顔がほころんでしまう。
俺の後ろにやってきたスタッフがちょうどいい位置に椅子を置き、隣にいるスタッフが扇で心地良い風を送ってくれる。
他のスタッフも食べ物だったり飲み物だったり、はたまた楽器生演奏に生歌まで提供してくれる。
エクテも満足そうだ。腕を組み、頷いていた。
「みなさん、ありがとうございました。他の仕事もあるでしょうので、もう大丈夫ですよ」
しばらくして俺は立ちあがり、皆に解散を促す。
ここのおもてなしには感銘を受けた。
スタッフに少女しかいないのも、俺の緊張を解くためだろう。
そう考えればいろいろ納得だ。
さっきのギラついた目も、せっかくのチャンスで良い所を見せたかったのだ。
「いえ、お気になさらないでください。本日より当ホテルは貸し切りとなっています」
「え?」
スタッフに指示をだしていた眼鏡をかけた少女が、代表して俺の前に歩み出る。
「ですのでお好きなように使っていただいて構いません。もちろん、私たちも精一杯のご奉仕をさせていただきます」
少女の言葉に、スタッフ全員がお辞儀をした。
「ですってお姉さま! この後はどうしましょう? お食事? ご入浴? それともわ、た、し、なんて! キャー!」
エクテの声に、周りのスタッフたちも顔を赤くして黄色い歓声をあげている。
ノリが良いこと。これもサービスだとしたら、このスタッフたちは将来出世しそうだ。
そんな優秀な職員を雇える高級宿屋を貸し切れるとは……
「商店組合、儲かってんな……」
俺は身近な人たちの隠れた商才に、ただ、恐れ入るばかりであった。