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魔王と魔王

 俺は魔王城戻ってきた。

 長かったような短かったような、人間としての生活には名残惜しささえ感じる。


 昨夜の俺は複雑な感情の渦中にいた。

 脳裏で点滅した今までの生活、冒険、そして出会い。

 浮かんでは消え、消えては浮かぶ。俺の心は満たされない。

 それでも俺は、”楽しい”がずっと続く、そんな世界を夢見る。


 俺の家は目の前だ。

 戦闘の被害を最小限にするために魔都から離れたところに位置しているそれは、寂しそうに鎮座していた。

 城自体は広大な敷地の中心に建っていて、周りをぐるりと壁が囲む。

 時折雷が鳴る魔界の心臓部、魔王城は何者も寄せ付けない。


 人間の寿命を遥かに超える時を過ごした。

 20年もいかない俺の人間生は、魔王の俺からしたら一瞬なのかもしれない。

 

 考え事はやめだ。今は終わらせることだけに集中しよう。

 この短い物語を、まだ見ぬ物語の糧とするために……

 

 巨大な城門をくぐる。

 門兵などいるはずもなく、魔王城内にすんなりと入れた。


 噴水が点在する広場に見知った顔が立っている。


「遠路はるばる悪ぃけど、今日ここは開いてねぇんだ」


 流石は相棒、来てくれると信じていたぜ。

 ソキウスがローブを羽織っている姿は珍しい。最終決戦、見た目も重視してくれたのだろう。


「定休日なんてありましたっけ?」

「毎日が定休日だ。人間にとってはな」


 そう言ってソキウスが魔法を放つ。

 とっさに聖剣で仲間を守るが、俺の後方、城門と城壁の一部が消滅していた。

 おい、やりすぎだ。

 確かにアイコンタクトで『強く当たって後は流れで』と送ったけど……直すのに職人さんを呼ばなくちゃいけないんだぞ。

 後々の仕事が増えたことに俺は焦っていた。


「私の防御でもギリギリでした。ありがとうございます」

「良いのよ。あれは準備していた攻撃、次は対応できるわよね?」

「もちろんです。勇者様に遅れを取るわけにはいきません」


 他の仲間もやる気に満ちている。

 そうだね、君たちなら良い勝負できると思うよ。


 土煙の中、追撃してこないソキウスは当然手を抜いている。

 派手な攻撃で会話の時間をくれる。俺が望んだ状況を作ったことに、我が友の優秀さを再確認した。


「みんな、ここは任せていい?」


 戦闘中の敵に背を向け、仲間に微笑(ほほえ)みかける。


「フォス、君だけで魔王の相手をするというのかい!?」


 ユウェネスの反応は想定内だ。


「私の力の全てをぶつければ、魔王に勝算があるわ。それに、あなたたちを信頼しているの」


 しばらくの沈黙の後、三人が片膝をついた。最高位の敬意だ。

 それにしてもこの土煙、全然消えないんだが……


「いってらっしゃいませ、勇者様」

「ここは任せろ、フォス」

「フォス~、気楽にね~」


 話がひと段落した後、視界が開く。


「俺に魔力回復の時間を与えるとは、甘いな人間よ」


 フォローまで入れてくれた。すごい通り越して怖いぞ……


 俺は一人で魔王城に向かっていく。

 ソキウスは動かない。


「あら、止めないの?」


 通りすがりに言ってみる。


「魔王様が待っている。行け」


 演技くさい返答が聞こえた後、小さな声で『今度酒でも奢れよ、フォス()()()』と耳打ちされた。

 内心馬鹿にしているだろうが、今回は許してやろう。


 そして俺は十数年ぶりの我が家に帰った。

 魔王が居るのは、そっちか。




 物語のフィナーレ『魔王との決戦だ!』と喜びたいところだが……

 自分を客観的に見るというのは意外と恥ずかしいものだ。


 目の前にいるのは魔王だが少年、少年だが魔王、つまり見た目で言えば子供だ。

 黒く短い髪に、キリっとしている風だが幼さが抜けない顔立ち。

 大きなマントに冠を身につけ、精一杯威厳のある言動をしている。

 俺ってこんなに小さかったっけ?

 確かに魔王を継承したのが、俺の若い時期だったことは覚えていた。

 ただ、人間的な感性を持った今だから言える。


 魔王(おれ)は純粋なだけの()()()だ。


 魔王がセリフを吐くたびにムズムズする俺が居て、まるで幼少期の失敗を枕元で思い出しているような気分だった。


「いや、だからね、世界の半分をー、とかでは無くて、共に世界をー、とかの方が友好的に聞こえるじゃん?」


 魔王の拳を聖剣でいなしながら、俺は魔王セリフ論を語る。

 相手の攻撃パターンや癖など、手に取るように分かっている。人間である分、俺の方が魔力で劣っているが、聖剣の力で差を埋めるのは容易だった。


「貴様! さっきから訳の分からぬことを!」

「いや、いいって。本心を当ててやるよ。今めっちゃ怖いでしょ」


 俺だから分かる。

 勇者と対峙するには、念には念のそのまた念をいれていた。それが目の前の相手は情報不足で、しかも自分の動きを予知しているかのようなのだ。

 俺だったらビビってるね。

 それでも気丈に振舞う魔王は流石だ。

 でもこのままではらちが明かない。

 この手段は使いたくなかったが、仕方が無い。


「お前、200年前に初めて勇者が現れた時、存在を聞いただけで気絶していただろ!」

「な、なんだと!?」


 俺の心にもダメージが入る。


「股間が濡れていることに気づいて、ソキウスに馬鹿にされたよな。今でも話のネタにいじられてるだろ?」

「それをどこで……って、え?」


 やーっと気づいたか。

 そもそも俺が本気で倒そうとしていない時点で察しろって。


「ああ、お前は俺だ」


 魔王は一瞬固まり、額に第三の目を開眼させる。

 魔族の王は、配下の特異を借りることが出来る。今回はソキウスの鑑識眼を借りたのだ。

 最初から使えるものは使えばいいものを……俺でも勝手に使うのは無しだな。使う時には、いつ、どこで、何の目的で、と事前に知らせていたからな。

 馬鹿正直さに我ながら呆れてしまった。


「そうか、そうだったのか! あの魔法は成功したのか!?」

「五分五分ってところだ」

「まあいい。俺を取り込め」

「さすがは俺だ、話が早い」


 聖剣を床に置き、魔王の胸に手を当てる。

 さあ、戻ってこい。


「おかえり、俺」「ただいま、俺」


 魔王が黒いオーラとなって俺の手から吸収される。

 人間(おれ)魔族(おれ)がひとつになる。

 記憶がごちゃごちゃなる不思議な感覚を味わったが、すぐに安定した。


「体を捨てるのは惜しいがな」


 地面に落ちているマントを見て、感傷かんしょうに浸る。

 300年以上連れ添った肉体だ。

 それでも勇者の体でいることを選んだ。

 人間界を内部から変えるのだ。

 俺の野望、魔族と人間、二つの境を無くすこと。


 そう、平和主義の世界征服を目指すために──


 さーて、仲間を回収して帰ろう。ソキウスに手紙でもしておけば、魔界のことは大丈夫でしょ。

 まずは王国内での地固じがためだ。

 魔王討伐という勲章を引っさげて、教会と貴族共を黙らせてやるとしますか。

 それよりエクテとの時間を増やさないと。でも魔王なき今、妹が勇者である必要は無くなったし……普通の姉妹としてね。

 何はともあれ、魔王と勇者が対立する物語はこれで終わりだ。


 次は、魔王と勇者が共にある未来を描こう。



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 勇者一行が居なくなった魔王城、その中でもひときわ大きな空間、通称”決戦の間”。魔王が勇者と戦う場所に選んだそこには、椅子が一つだけ置いてあった。

 人間が座るには大きく禍々しい玉座の(そば)から、何やら詩をうたう声が聞こえてくる。


 お姉さまお姉さま、あなたはなんて美しいの?

 私を撫でてくれたお姉さま。私に口づけしてくれたお姉さま。いつも私のことを思って、優しいお姉さま。

 あなたが”魔王を倒す”とおっしゃるのなら、私は勇者を辞めましょう。

 あなたが”普通になれ”とおっしゃるのなら、私は花屋を演じましょう。

 あなたは皆に笑顔を振りまきます。

 それでも私は知っています。愛を与えているのは私にだけだと。

 お姉さまお姉さま、私の全てはあなたのために。

 ──この世の全てはお姉さまのために。


 黒いドレスに身を包んだ乙女が、長い黒髪をたなびかせて踊っている。

 広い部屋の中、天窓からさす月光が(まい)を照らす。


 しばらくして彼女は、ふらふらと後退し、玉座に腰掛けた。

 膝を組み満足げな表情を浮かべる。

 口角が上がり顔がゆがむ。


『お姉さまにこの世界を献上けんじょうする、というのも悪くないわね』


 愛が生んだ怪物が、魔界と人間界を裏から支配するのは、また次のお話。




 勇者に倒された魔王が、勇者として魔王を倒す物語 完

前編完結です。

閑章”甘やかし”を挟み、後編へと進みます。


前編の完結に伴い、作品タイトルの一部を変更しました。

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