再会と再開
学園生活も終わり、俺は活動拠点である王都の教会本部にいた。
割り当てられた一室で、俺は鏡の前で座っている。
ついに勇者としてのお披露目だ。
「勇者様でも緊張なさるのですね」
俺の見た目を整えていた聖職者が話しかけてくる。
今日は盛大なパレードが行われるというが……俺は今から久しぶりに会う妹に対して、緊張していた。
学友の言っていたことを信じれば、大丈夫だとは思う。
ドアがノックされる。
気配で分かった。俺と対なる魂の性質を持つ者、エクテだ。
聖職者がドアへと近づく。
俺は手を緊張の汗で濡らし、直立した。国王に会った時よりも硬い姿勢だ。
ドアが開く。
次の瞬間、エクテが俺を抱きしめていた。
俺が反応できない速さだと……
「お姉さま~! 会いたかったです~!」
「え、エクテ、大きくなった、わね……」
聖職者が気を利かせてか外に出る。
部屋には姉妹二人。
エクテの身長は俺を優に超え、女性としては高い部類に入っていた。
あれだけ髪を切って結って可愛くしてあげてたのに、今は長い黒髪は腰近くまで伸ばしっきりだ。
ハサミで前髪だけを切ったような自然な姿でも、何故か美しさを覚えてしまう。
そう、昔見た厄災そのものが目の前にいた。
「お姉さま? 何で震えているのですか?」
エクテが俺の肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
「あ、あなたと会えたことが嬉しくてうれしくて……」
俺の目尻から落ちた水滴が頬を伝う。
怖い……
人間になって心まで弱くなったのか、俺は目の前にいる確実な死に恐怖していた。
「私も嬉しいです! ゴミ共、いや教会の方々が、お姉さまは忙しいと言うので、本当にごめんなさい」
エクテが頭を下げる。
その健気な仕草に、トラウマを落ち着かせることができた。
俺の正体に気づいている訳では無さそうだ。
「私こそごめんなさいね。いけないっ、せっかくの時間を。ふたりの時間は?」
「仲良く楽しくです!」
エクテが顔を上げる。
妹が負い目を感じ無いように昔決めたルールを、覚えてくれていたみたいだ。
また俺の代わりに、などとは思っていないようだな。だよね?
丸机の上にお菓子を出し、軽く茶の準備をする。
妹が手伝う様子を見て、俺は昔の何気ない日々を思い出すことが出来た。
背もたれも無い簡易的な椅子に座り、探りを入れてみる。
「お花屋さんはどう? 楽しくやれてるかしら?」
「はい! 毎日寝る間もないほど忙しいですけど、お姉さまを思えばのことですので」
花屋ってそんなに忙しいのか?
俺の認識とはズレているのだが、本人が満足しているなら良いか。
たぶん、花の種類とか、いろいろ覚えることがあるのだろう。
エクテの表情と俺のためという言葉に、俺は妹の語る話が、普通ではないことに気づかなくなっていたかもしれない。
「お姉さまは何をそんなに怯えているのですか?」
「そんなことないわ! 妹との久しぶりの会話を楽しんでいるのよ!」
手に持ったカップが揺れていた。
自らの体が行う無意識の行動に、俺はさらに焦る。
「今日のお披露目のことですね……」
「そ、そうよ……」
誤魔化すために反射的に返してしまう。
これでは、また心配させてしまうでは無いか……
「でも大丈夫! これは、その……武者震いってやつよ!」
出来るだけの笑顔を浮かべ、胸を張る。
自分でも顔が引きつっていることは分かっていた。
エクテがこちらをじっと見つめる。
そんなに見ないでくれ。気絶しそうだ。
「大丈夫です。この世界はお姉さまにとって良くなります」
エクテの笑顔を見て、俺は少し安心した。
その後は、あまりの緊張に思考が働かずにいた。
妹が会話の途中で爪を噛んで何かをぶつぶつと言っていたが、それはいつものこと。まだその癖を治して無かったのか、仕方のない奴だ。
たまに、ゴミ、害悪、滅ぼす、と言った怖い単語が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。花屋の仕事が忙しくてストレスでも溜まっているのか?
好きなお花の話や、俺が学園生活で経験した普通の話をする。
今のところは俺の想定通り、エクテは普通に人間社会で溶け込めているようだ。
カスタから聞いていた妹の日常は正しかった。
しばらくして、ドアの外から『勇者様、時間です』と声が聞こえた。
妹が小さく舌打ちをした。
そんな顔、今まで見せなかったよね……
再び胸の奥からせり上がってくる恐怖に、この場を離れたいと思ってしまうのは仕方がないことだ。
「ごめんなさいね。次会えるのは、いつになるか分からないけど……」
最後のダメ押しだ。
席を立ち、座っている妹の後ろから優しく抱きしめる。
「私は、あなたのことだけを思っているわ。あなたが普通に幸せであれば、それだけで良いの」
お前以外の人間など、我が覇道にとっては雑草にすぎん。
魔王としての威厳を取り戻すべく、最後は気丈に振舞う。
「お姉さま……」
エクテが何かを言う前に、俺は部屋を出る。というより、逃げた。
妹は普通であった。俺は普通であれ、と念押しした。今回の目的は終わりだ。
部屋から出た後、感知できるかできないか、それぐらいの一瞬、周辺が邪気に包まれる。
最上位の魔族から感じるような、そんな気配は俺から出たものだろう。
自分の為に家族まで騙すとは、なんて悪い奴なんだろうか。
魔王であったことを再確認出来て、俺はクククと一人笑っていた。
邪気の出所を探ることはせずに……
王城内の一室、玉座の間。
やっとのことで、俺の勇者としてのデビューとなったわけだ。
偉そうに座る国王の前に、俺と、そして俺の仲間たちがいる。
俺の右後ろにいる青年は、ユウェネス。王国騎士団で一番腕が立つ男だ。
今まで何回も共に戦っている。一流貴族の出だというのに、気さくで一般騎士にも好かれる憎めない奴だ。いずれ魔王軍に入れてやろう。
左後ろにいる少女(嘘)は、プエッラ。代々高度な魔術師を輩出してきた一族の長だ。魔族である俺が引く程にやばい一族だ。卒業旅行の一件もあるし、正直あまり関わりたくない。
そして後ろにいる聖職者が問題だ。
聖女クレリクス、聖属性全振りで、前世ではエクテの次に俺の天敵となった女だ。
久しぶりに出会ったが、彼女はいろいろと大きくなっていた。身長はエクテと同じかそれ以上、教会の職服が悲鳴をあげるようにパツパツになっている。
あの小さな少女が、立派に成長したものだ。それに比べて俺は……考えない考えない。
それにしても教会が関与してくることは分かっていたが、最高戦力を惜しげもなく投入するとは、少し立ち回りを間違えてしまったかもしれない。
というのもエクテが勇者だった前世では、パーティーではなくソロで活動していた。あの世界で、彼女にとっての仲間は足手まといでしか無かったからだ。
ただ、俺は普通を意識しすぎたあまり、勇者としての王道成長物語を歩んでしまった。
下手に実力を見せることなく、騎士団や教会、王国までもを騙まし込んだ演技力がここでは悪手になった。
俺の中での勇者像を演じる内に、勇者様を守れ、と魔王討伐隊に志願する者が後を絶たなくなっていたのだ。
魔王に対する憎悪が前世の時より増えている。俺、頑張れ。
もう一人の自分に対してエールを送っている内に、国王の長ったらしい話もそろそろ終わりそうだ。
俺様に跪かせたことを覚えていろよ。
「勇者フォルフォスよ。貴様に聖剣を授ける。必ずや魔王を打倒し、世界に平和をもたらすのだ」
俺は国王の前に進み、頭を下げる。
口角が上がってしまうのを必死で抑える。
この時をずっと待っていた。
不死身である魔王を倒せる唯一の武器。これさえ手中に収められれば、俺の悩みの半分は消える。
両手で聖剣を受け取る。
直後、俺は見知らぬ場所にいた。
地平線の先まで白が広がる空間、目の前に一人の女性が立っている。
「最悪。あなた魔族、しかもこの魂は魔王でしょ?」
白いローブを着た金髪の女性は、まさに神話時代の女神の姿だ。
「貴様は、神族か?」
「だから?」
「とっくに滅びたと思っていたからな、少し驚いただけだ」
「はあ……魔王を倒すために授けた武器を魔王が所持するなんて笑えるわ。仕方が無いし、自壊しますか……」
「ちょっと待った! 話を聞いてくれ!」
女神が自分の首に手を当てたのを急いで止める。
彼女が何者かなど、今はどうでもいい。ここで聖剣を壊されたら俺は終わる。
俺は今までの経緯と今後の計画を話す。
女神は俺の焦りように気圧されたのか、若干引き気味で話を聞いてくれた。
「ふうん。それなら良いけど。確かに今まで同じことの繰り返しだったし……良いわ、乗ってあげる」
女神は新しい玩具を見つけた子供のように楽しそうだ。
良かった。本当に良かった。命が繋がった。
気が付いたら、俺は泣いていた。魔族の長であるのに情けない。
「あなた、勇者の方が向いているわよ」
女神の捨て台詞に、なんだと、と食ってかかろうとしたが、俺の視界は元居た玉座の間を映し出す。
盛大な拍手と何度も聞いたセリフ『流石は勇者様』に迎えられた。
国王が満足げに頷き、宣言する。
「ここに”真の勇者”が誕生した。王国の未来も約束されたものだ」
真の勇者? なんだそれ?
周りの貴族や大臣が歓声を上げる。
『これで我々の未来も安泰ですな』『魔王討伐の後には、帝国に攻め込んでみては?』などしょうもない話も聞こえた。
困惑している俺の後ろからクレリクスが声をかけてくる。
「勇者様、流石です。女神様との対話を済ませたのですね」
対話というより、惨めな姿を見せただけだが……
「説明してくださるかしら?」
「勇者様が女神の寵愛を受けた初めての人間になったのですよ」
そう言うクレリクスの目線の先、俺の持っている聖剣は金色に輝いていた。
元の銀色では無いそれからは、俺にとっては吐き気を催すほどの聖の力を感じる。
確かに、今までの勇者でこの色の聖剣を持っていた者はいなかった。
……ということは、エクテは聖剣が持つ本来の力を引き出さずに俺を倒したのか。
これが妹に渡ったら、そう考えるとサッと血の気が引いてしまう。
今この時から、俺の”勇者としての物語”が正式に始まったのだ。