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閑話 三人の漢と三人の乙女

 フォルフォスがケイオスの村での義務を終え、学園で卒業の準備をしている頃。

 王都から離れた位置にある湖畔の街ペイラーで。


 酒場の中にある個室、二人の男が酒を飲み、言葉を交わしていた。


「いや~、本当助かったよ~、うまくいきすぎて怖いくらいだね~」


 出された酒のグラスに魔力ポーションを入れながら、ゴスロリ服を着た少女のような見た目の男、プエッラが話す。


「話を聞いた時には焦ったぜ」


 室内にも関わらず、つば広の帽子をかぶった男、ヒューリが返した。


「あいつ、どこまで考えているんだ?」

「僕に聞かないでくれよ~」


 ふたりが話していると、個室の扉が開いた。

 この個室には、プエッラが多重の結界を張ってある。声が外に漏れることはもちろん、許可の無い限り中に入ることは不可能になっていた。

 それでも、何食わぬ顔で一人の男が入ってくる。


「お、噂をすれば~」

「おせーぞ、先に始めてるぜ」


 円形のテーブルで空いている椅子に座った男は、”先生”だった。


「誰だ?」


 先生がプエッラを見て聞く。


「え!? 覚えてないの? 僕だよ、元王国特務騎士のプエッラちゃんだよ!」

「俺の知っているプエッラは、そんな珍妙な格好をしていない。奴は小さいながらも男だった」


 先生は表情を変えることなく、プエッラを見つめる。


「こ、こわ……ヒューリ、笑っていないでなにか言ってよ~」

「ははは! 先生も冗談を言えるようになったんだな!」


 ヒューリは上機嫌そうに先生の肩を叩いた。


「そ、そうなの~?」

「確かにそうだな。ただ、その恰好は変だ」

「言えてるぜ」


 場の空気が和む。

 三人は旧知の仲といった様子だ。


「遅れたことは申し訳ない。監視を撒く必要があった」

「首尾は?」

「問題ない。ここには弟子がいる」

「モレーノちゃんだね~、久しぶりだな~」

「ちゃんと会いに行けよ? モレーノちゃんが可哀そうだ」


 ふたりは、フォルフォスの姉弟子であるモレーノのことも当然知っている。


「それにしても、王帝戦争以来か? また三人集まって飲めるなんて、感動だぜ」

「ああ、久しぶりだ」

「今日は僕の奢りだ~! 楽しんでいこ~!」


 三人はグラスを合わせ、十数年ぶりの交友が開始された。


 酒を飲み、騎士時代の思い出を語る。

 王国最強の剣士だったヒューリ。

 王国最強の魔法使いだったプエッラ。

 王国最強の騎士だった先生。

 三人の戦友は、久々に対等な関係での会話を楽しむことができた。


 話は続き、話題が”今”のことになる。


「ヒューリ、活動はどうだ?」

「ああ、今は協力者がいるからな。順調だぜ」


 ヒューリが行っているのは、不幸に見舞われた子供たちの保護活動だ。


神の槍(オスカル)、か……」


 先生が考え込む。

 ヒューリは活動の中で見つけた”勇者病”の少女たちを、ラルウァに報告していた。


「僕も大変だった~。先生のおかげで助かったよ~」

「ゴレの件はうまくいったのか?」

「おかげさまで!」


 プエッラが笑顔で頭を下げる。

 彼を学園に派遣したのは先生、ケイオス村にフォルフォスを連れて行くように契約を出したのも先生だ。


「そうか、フォルフォスも成長できたはずだ」

「うんうん! 楽しそうだったよ!」


 実際には、フォルフォスは記憶から消したいほどの羞恥を味わったのだが、先生はそのことを知らない。


「それだ!」


 ヒューリが思い立ったように言う。


「先生、あんたは何を焦っている? 魔王か? それなら俺たち三人とモレーノちゃんが、勇者を支えれば倒せるだろ?」

「魔王討伐のパーティに俺は参加しない」

「なぜだ……あんた程の実力で……」

「教会からはクレリクスを派遣することになった。それにプエッラ、フォルフォスを頼んだ」

「任せて~」

「それに魔王については心配していない。俺はフォルフォスを信じている」

「なら、なおさらなぜ焦っているのだ? 最近の行動は先生らしくないぜ? もっと慎重だっただろ?」


 ヒューリの問いに、先生が少し間をおいた。

 そして無表情の中に確かな覚悟を決めて語りだす。


「備えておけ、いずれ戦いが始まる。三つの勢力が入り混じる、世界を巻き込んだ戦争だ」

「……一つはあんただろ? あとは、帝国。もう一つは……エルフか?」

「違う。あいつらはただの引きこもりだ」

「じゃあなんだよ……まさか!?」

「ああ。神の槍(オスカル)、あの()()が作った組織だ」

「妹ちゃんね~」

「エクテ様、か……何を考えているのか俺でも分かんねーからなー」


 プエッラとヒューリは納得していた。

 神の槍と接触し、実力を理解していたからだ。


「あの先生でも厳しいの?」「あの先生でも厳しそうか?」


 ふたりの問いが重なる。


 先生がはっきりした声で返答した。


「いや、戦うさ。フォルフォスのためだ」


 少し柔らかくなった先生の返しに、二人の男は顔をほころばせる。


「まったく、相変わらず不器用な男だぜ」

「子煩悩ってやつだね~」

「なんだお前ら、ニヤニヤして」


 話していた深刻な内容はどこへ行ったのか、三人の漢の間には、かつて戦場で背を預け合った友との信頼による”普通の空気”が流れていた。


  *


 神の槍本部、長机が置かれた部屋で。

 ケイオスとの一件が終わり、組織に普通が戻った頃。

 ラルウァ、レート、そしてエクテの三人の乙女が茶を楽しみながら話していた。


「前のライブ、本当に良かった」


 エクテが話す内容はもっぱら姉フォルフォスに関してだ。

 机の上、三人の間にはフォルフォスの写真が並べられている。


「尊すぎて死ぬところでした」

「はい。とても幸せな時間でした。目福だった……」


 ラルウァとレートが返す。

 まるでライブ後の感想会といった空気だ。


「何度見ても良いものだ。お姉さまの英姿は……」


 エクテは天井を見上げて、しみじみと浸っている。


「今回はこの流れだったか……次回は……いや、それを考えたらだめだ……」


 いつもの威厳溢れる堂々とした姿のエクテはいない。

 そこには姉を想う妹が座っていた。


「エクテ様? どうなされたのですか?」


 ラルウァは不安になって聞いた。


「いや、未来を予想するのは難しいと再確認しただけだよ」


 そういったエクテの顔は、嬉しいような、そして悲しいような微笑みを浮かべていた。


「妹様! 私たちがいます、どうか頼ってください! ……すみません、出過ぎた真似を……」


 レートが身を乗り出し、すぐに引いた。


「いいよ。あなたたちの存在が”変える力”になる。そう信じているから」


 エクテの瞳は遥か遠くを映しているようだ。


「「任せてください」」


 ラルウァとレートがはっきりと答えた。

 エクテも元の雰囲気を戻し、お茶会は続く。


 途中、エクテが他の(ドータ)たちの話をしている中で、ある話題を出した。


「ラメルは大丈夫?」


 エクテは少し心配そうだ。


 娘の中でも指折りの実力者である調味料(ソーセズ)には、各々任務が与えられている。

 カスタには、世界の経済網の掌握と拠点の確保。

 レートには、魔界の調査と魔術の探求。

 クリムには、勇者病の研究と魔導具の開発。

 ラメルには、帝国への潜入とエルフの調査、だ。


 帝国は入るのにも難しいが、出るのも難しい。

 完全なる鎖国体制を敷いているうえ、通信は全て弾かれてしまう。

 ラルウァもまだ、空間魔法の経路を作れていない。


「そうですね。緊急脱出装置は使われていないようなので、問題はないかと……やはりエルフに関しては私が行きましょうか?」


 神の槍の娘全員には、クリムが作った魔導具が支給されている。

 その一つが、身に危険が迫った時にいかなる場合でも起動する脱出装置だった。


「ラルウァには”教育”という一番大切な仕事があるでしょ。大丈夫、あの子も強いから」

「妹様の言う通りですよ、ラルウァ様。レートの陰の薄さはすごいんです。誰にも気づかれませんって!」


 短い沈黙が流れる。

 レートはたまに毒を吐く。本人はそれを自覚していない。


「……そういうこと、この件も信じるだけ。次は、お姉さまの魔王討伐、か……ラルウァ?」

「はい、なんでしょうか」

「私、これから神の槍を空けることが増えると思うから、よろしくね」

「エクテ様が良いとおっしゃるのなら……しかし、これは主様の物語では……」


 ラルウァは困惑している。

 エクテは常日頃から、フォルフォスへの干渉を最小限にしていた。

 それが最終局面になって、自ら出ると言っているのだ。


「魔王()お姉さまに倒してもらうよ。私は、そう……少し動きたいと思っただけ」


 エクテは言葉を選んでいた。


「承知いたしました」


 ラルウァはそれ以上言わない。

 それほどまでの信頼関係が、ふたりの間にはできていた。


「レートも準備してね。いくら強くなっても足りないよ」

「はい、魔の探求を続けます」


 エクテは優秀な部下を見て、満足そうに紅茶を飲む。


「私は負けません……お姉さま……」


 ぽつりと呟いたその言葉は、妹の物語に対する覚悟だった──

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