魂の行方
「ここは、こうして……」
俺は魔力の線を地面に書きつなれていく。
魂の魔術式は合っているはずだ。
ただ、足りない。ゴレの魂を魔導具から切り離す方法が。
プエッラはどうやって肉体から魂を切り離した?
考えろ、思い出せ……
「レート、工房にあった魔導具の魔術回路は覚えてる?」
「はい。全て記憶しております」
強大な魔法を一瞬で解析できてしまうレートだ。
彼女がいてくれて助かった。
「ふたりとも、こんなことしなくて……」
「良かったわね、ゴレちゃん。私とレート、これは運命よ」
俺の言葉が嬉しかったのか、レートはすごい勢いで魔術式を書き始めた。
「見事だ……美しい……」
地面に書かれた魔術記号の羅列を見ながら、俺は小さく呟いてしまった。
レートの記憶力もそうだが、プエッラの執念ともいえる魔術の組み立て方が、俺の心に響いてしまう。
魔法とは、主に個人の素質や能力に依存する。細かい式や回路を考えなくても、感覚で使えてしまうことがある。
しかし魔術となっては別だ。
魔術も広義では魔法だが、精密な構築が必要になってくる。
書かれていく式からレートとプエッラ、二人の努力が手に取るように分かった。
「ありがとう。後はこれを……」
それでもまだ足りない。魂を独立させるための何かが……
俺は悩みこんでしまう。
眉間を指で挟み、脳内で数多のパターンを試す。
「フォルフォスさん、ここを使ってみるというのはどうでしょう?」
レートに魔術式がいっぱいに書かれた床の一部分を指される。
「あのや、プエッラの回路は憎たらしいほど良くできています。ここの部分が魂の安定化に使えるかと」
「……お! いいね! いいよ! これならいけるよ! ありがとう、レート!」
俺はレートの両手を握り、ぶんぶんと振り回す。
胸の内にあったしこりが綺麗さっぱり消えたような、清々しい気分だ。
「あるじ……さま……」
レートも嬉しかったのだろう。涙を流して喜んでいる。
「ゴレちゃん! いけるよ! 一緒に帰ろう!」
この魔術ならゴレの魂は、現実世界で一時的に俺の中に留まり、その後依り代に移せるはずだ。
「え? え!? いいの? 帰れるの?」
何が起こっているのか分からないといった様子のゴレが、困惑ながらに聞いてくる。
「大丈夫! 私たちを信じて!」
俺は部屋の奥にある宝箱まで魔術回路を繋げていく。
そうしてこの部屋に、巨大な一つの魔法陣が作られた。
「僕、やっと、お兄さまに会えるんだね……」
「もう、その涙は後のためにとっておきなさい」
俺とレートは、ゴレを魔法陣の中心に残して宝箱の前に立つ。
「ありがとう……レートのおかげよ……」
「滅相もございません!」
「ふふ、じゃあ、行くわね!」
レートはいつも通りだが、俺の中での彼女に対する恐怖は消えていた。
仮想世界での戦いも、これで終わりだ。
宝箱を開け、俺の視界は暗転した。
「成功したか!?」
目を覚ますとすぐ、俺は自分自身の内側に意識を向ける。
いるような、いないような。確証が持てない。
「やあやあ、起きたようだね~。どうだった? あっちの世界は」
目の前にプエッラがいた。
「野郎! ……ってラルウァ様!?」
隣で寝ていたレートが飛び起き驚いている。
プエッラの隣にいる肌色の特徴的な女性、どこかで見た覚えがあった。
「……ラルさん?」
昔会った、エクテと仲の良かった商人だ。
「はい。お久しぶりですね、フォルフォスさん」
「お久しぶりです……」
なぜここにいる?
いや、今はそれどころではない。
「ゴレちゃんは!? うぐ……」
突然胃をつんざくような吐き気に襲われる。
「うごええええ……」
我慢ができずに、お腹の中のものを全て床にぶちまけてしまった。
「あ……寝る前に食べた青いプルプル……」
「僕の名前はリゴレット! ゴレちゃんって呼んでね!」
「ん?」
プルプルから声が聞こえる。
よく見ると、可愛い目がついていた。
「ゴレちゃん! 帰ってきたんだね!」
「お兄さまー!」
プエッラとプルプルしたゴレが抱き着く。
というより、プエッラにゴレがへばりついた。
「やっとだよ……やっとだ……ごめんね、ずっと待たせたね……」
「ううん。お兄さんがいてくれたから僕は……」
感動的な兄弟の再開なのだが、俺は予想外の展開についていけなかった。
あのプルプルに魂が乗り移ったというのか?
だったらあれはいったいなんなのだ……うん、考えないようにしよう。
すでに使いすぎていた思考を停止させ、しばらく眺めていると、プエッラが頭を下げてきた。右肩にはゴレが乗っている。
「ありがとう。フォスには感謝しかないよ」
「ありがとう!」
プルプルした物体になってしまったゴレも、お辞儀をしているようだった。
当の本人が気にしていないのなら、このままでいいか。
「よかったです……けど、まさか私を利用しました?」
「な、なんのことかな~」
プエッラの視線は右上を見ていた。確信犯だ。
「まんまとやられましたね。最初から言ってくれればよかったのに……」
「僕はね……君に可能性を感じていたんだ。君の魂は特別なんだよ」
「その話は……」
「いいや、本当に特別さ。とても柔らかいんだ……」
プエッラの純粋な微笑みを見ると、それ以上は野暮だと感じてしまう。
「はあ……レートにも感謝してくださいね。彼女の力あってこその結果ですから」
プエッラが驚いた顔をした後、レートに頭を下げる。
レートは顔を引きつらせながらも受け入れていた。
一件落着だ。ゴレのこともプエッラに任せれば大丈夫。
もうこの村にいる必要もない。学園に帰って、本当の魔王討伐に向けて準備しよう。
俺は部屋の外に出ようとした。
「フォス! ちょっと待って!」
プエッラに呼び止められる。
「あ、あの……すごく言いづらいんだけど……」
「なんですか? それより帰還魔法をお願いしたいのですが」
「えーと……」
まだなにかあるの?
十分過ぎるほど仕事はやったと思うのだが……
「私から説明しましょう」
場の空気を読んでくれたのか、ラルが間に入ってきた。
「ラルさん、気になってきたのですが、なぜここにいるのですか?」
「それは、これのためです」
ラルから手渡されたのは、一枚のポスター。
『フォスたん感謝祭!
反転少女 ライブコンサートのお知らせ
場所:ケイオスの村中央広場 特設ステージ
日時:……』
「プエッラー、これはなにー?」
俺は怒り気味に声を出す。
さっきまでの感動が台無しだ。
「仕方がないんだよぅ……これは契約でぇ……」
「お兄さま、そんなにしょんぼりしないで!」
戦闘一族に対してする契約じゃないでしょ、これ。
馬鹿馬鹿しい、帰ろう。
俺は無視して、工房の扉を開けようとした。
手があたる前に、扉が勝手に開く。
室内に入ってきた女性を避け、俺は外に出ようとする。
「またお会いしましたね」
声をかけられて振り返った。
そこに立っていたのは、学園祭のメイドカフェで終始血を流していた黒眼鏡の女性だった。