チョコレートの使い方
エクテが森の中でプエッラと戦っている頃。
工房前で、神の槍の魔術師レートが立っていた。
「主様を解放しなさい」
杖を工房に向け、命令する。
「シーク、どうする?」
「ムリデスネー、フタリデナントカシマショー」
「いや、今カタコト設定を守らなくていい。そのとがり具合は嫌いじゃないがな」
「あ、そうですか? 設定って危機に陥った時こそ、真価が問われると思ったのですが……」
扉の前でレートと対峙しているのは二人。
一人目はアグハ、糸が通された針を持っている。
二人目はシーク、両手に魔導銃を構えていた。
「いいの? このまま戦っても、あなたたちに勝ち目はないわよ」
「これも仕事なんでな」「仕事なんですよ」
ふたりは言葉と同時に動く。
シークが魔導銃を放ち、アグハが魔法を発動させた。
「守りの糸」
工房全体が糸で包まれた。
「どっちも物理系ね。相性最悪だわ」
飛んでくる弾を魔法で撃ち落としながらレートが愚痴る。
シークが回り込む。アグハは工房の前から動こうとしない。
「私の強みって何か分かる?」
レートがゆっくりと工房へと近づいた。
「それはね。魔法が”視える”ことよ」
レートが空を掴んだ。
すると蜘蛛の巣状に炎を線が伸びる。
シークが動き回りながら、やたら滅多に銃を撃っていたのには理由があった。
銃の弾にに付けられていたのはアグハの魔法糸。
レートを囲むように結界を貼っていたのだ。
「巧妙に隠しているようだったけど、残念ね」
レートは余裕を持った笑みで進み続ける。
「シーク! 全部使え! 出し惜しみはなしだ!」
「了解しましたー」
シークが足を踏みつけると、地面が隆起し始めた。
地中から出てきたのは、大小さまざまな魔導銃。すべての銃口がレートに向けられている。
「動くな!」
アグハがレートに警告した。
「全部帝国製じゃない……なんでこんなものを持っているのかしら?」
レートの顔から笑みが消えた。
「俺らは敵が多いもんでな。ありがたく使わせてもらっているんだよ」
アグハの手から伸びている糸は、地面にある銃の引き金へと伸びている。
銃弾の速度は防御魔法の起動よりも早い。
場が拮抗する。
「流石に全部を撃ち落とすのは無理ね」
「しばらくの間、大人しくしてもらうぜ」
「甘く見ないでもらえる?」
レートがローブを脱いだ。
彼女の体は、魔法陣が刻まれた薄い金属製の軽装に包まれていた。
「頼むから、動かないでくれよ」
レートはアグハの声を無視して、右足を引き、体を低くした。
アグハに少女を傷つける気はなかった。しかし、一族のためとなると別だ。
糸が巻き付けられている指に魔力を込める。
レートの鎧が光った。
アグハが気づいたときにはすでに、眉間に杖が当てられていた。
連続した銃声が遅れて響く。
「魔術師、じゃなかったのか……」
「これに関してはクリムに感謝ね」
レートが身に着けていたのは、クリム製の魔導アーマー。
身体能力を極限まで高めることができるそれは、”先生”の力を分析して作られた。
それでも一回使用しただけで壊れてしまう、使い捨ての魔道具だ。
レートが持つ潤沢な魔力と相まって、先ほどの彼女は銃弾の速度を超えた。
「工房を開けてくれる?」
「残念だ……本当に残念だ……シーク! 俺ごとやれ! 爆破しろ!」
アグハの掛け声を受けたシークは、躊躇することなく地面から出た糸を引く。
「良いとがり人生だったぜ……」
アグハは目を閉じた。
直後、ふたりが立っていた地面が爆発する。
轟音と共に赤黒い閃光が走った。
爆炎が工房周辺に立ち込める。
「アグハさん……流石でした……」
炎をかき分け、シークがふたりのいた所に近づく。
「え、いない?」
二人の姿が見えない。
いくら爆発の威力が強かったとはいえ、痕跡一つ残さないことはありえなかった。
「上よ」
上空にいたレートが声をかけた。
彼女は右わきにアグハを抱えて浮いている。
「浮遊魔法って、あの一瞬で!?」
「別に空ぐらい、いつでも飛べるわ」
シークの一驚に余裕の声で答えるレートだったが、彼女は黒い煤に覆われ、時折せき込んでいた。
レートが爆発でできた穴に降り立ち、アグハを地面に落とす。
「なんで俺を助けた……」
「主様の教えだわ。善人は殺すなって」
「俺が……善人ね……」
レートはそのまま工房へと向かおうとする。
シークが銃を構えようとしたのを、アグハが制す。
「いや、いい。俺たちの完敗だ」
「でも、このままでは……」
「どうせ勇者は修行が終わるまで目覚めないだろ? 相手も悪人じゃないからな、大丈夫だろ」
「ワカリマシター」
いつもの調子に戻ったシークとアグハは、工房の中に入って行くレートをただ眺めていた。
工房に張られていた糸は消えている。
あの大爆発でも傷一つ付かなかったそれは、アグハによって解除されていた。
*
工房の中で、レートは苦悩している。
「どうすればいいのよ、これ!」
主様が繋がれている魔導具を杖で叩く。
「あー、もう! 私、魔導具のことはさっぱりなんだって!」
こういう時に限って、クリムは王国にいない。
このままでは、また失敗してしまう。
このままでは、また失望させてしまう。
このままでは……
「それにしても……生主様……初めてこんな近くに……」
レートは主様の顔に自分の顔を近づけた。
目の前にはスヤスヤ眠っている我らが神。
「むにゃむにゃ……こんなに食べられないよぅ……」
主様が寝言を言っている。
美しい、可愛い、尊い……
「ダメよ! 妹様に殺されるわ……はあ……」
主様の解放、どうすればいいのだろうか?
さっきのふたりに……気配が消えている。さすがに逃げたか……知っていたのだな、こうなることを。
無理やり外す……のにはリスクが大きすぎる。
精神が別世界へと繋がれているとしたら、正常に戻って来れなくなる可能性がある。
レートは工房の中をぐるぐると回る。
レートには魔力の流れが全て見えていた。
そのせいで、見えないものが見える忌み子、として気味悪がられた。
そんな私を救ってくれた神の槍に報いるためにも、これ以上の失態は許されない。
工房内の魔力の流れは、一つの管を通っている。
その先には主様が繋がれていた。
「んにゃ、ちょこレート……もっとちょーだぃ……」
「主様!? まさか私のことを!?」
主様が呼んでいる。
行くしかない。乗るしかない。
この流れに……
「待っていてください……すぐに向かいますから……」
レートは、主様の座っている椅子の横を通る管に魔法陣を刻み、後頭部をつける。
そして目を閉じると、そのまま寄りかかるようにして意識を飛ばした。