混乱に入る
村の中を歩き回り、一通り見て分かったことがある。
ここは魔都サタナスに似ている。
俺の故郷サタナスは、様々な魔族が好き勝手住み着いた都だ。
個々人の意思を尊重することが絶対なため、まとまりなどは全くと言っていいほど無い。
「なかなか落ち着くではないか」
俺の中の魔王もつい呟いてしまう。
暇になった俺は、村唯一の食事処に入っていた。
「何を食べる? 今日の俺はとがっていないからな。普通の料理しかでないぜ」
先ほど村に広場にいた調理服を着た男が話かけてくる。
髪型から服装まで、十分すぎるほどにとがっていた。
「えと、ここって王国のお金、使えます?」
転移魔法で飛んできたのだ。この村が王国内に位置しているのかすら怪しかった。
「いや、お代はいらん。あんたは外から来たのか? なら知らなくても仕方がないな」
「それって大丈夫なんですか? いろいろと……」
「この村ではな、皆が好き勝手やっているだけなんだ。この店も俺の趣味だ」
それで村の経済が回っているというのなら感心だ。
本業が傭兵だから、だろうか。
「ではお言葉に甘えて。えーと、甘いものください」
「任せろ。今日の俺にちょうどいい注文だな」
とげとげの男が料理を作りに裏へと行く。
俺は最初、村に対して警戒していた。
しかし蓋を開けてみると、皆自分の好きなことをやっているだけの俺好みの人たちだった。
それでも立ち振る舞いや保有魔力から分かる。全員が強者だ。
プエッラは何をしているのだろう?
計画によれば、俺が村に辿り着いて観光した後、修行が始まるはずだ。
修行の内容は頑なに教えてくれなかったが……
これからの予定を考えていると、男が戻ってくる。
「待たせたな、今日の材料ではこれが限界だ」
出されたのはプルプルしている物体。
青い色の見た目は、爽やかさを感じさせる。
「いただきます……おいしい……」
見た目とは裏腹になめらかな味だ。
酸味が強いと予想していたが、そんなことはない。
絶妙に調整されている。
「すごいですね……元々料理人をしていたのですか?」
「俺はただの針使いさ」
男が手をひらひらとさせて厨房に戻る。
針使いとはなんだ……裁縫でもしていたのかな?
まあいい。せっかくの料理を楽しもう。
俺は続きを食べ進める。
「フォスー! 大変だー!」
食事処の扉が強く開かれ、プエッラが飛び込んできた。
「どうしたんですか!? そんなに焦って」
プエッラの顔は蒼白だ。
いつものおちゃらけた雰囲気ではない。
「場所がバレたんだよ。オスカルの奴らが攻めてくる」
おすかる? 聞いたことのない単語だ。
この村への侵入経路がバレたら余程まずいのだろう。
「アグハも用意して、戦闘だー!」
プエッラが奥の厨房にいた男に対して呼びかけた。
「族長、ミスったんじゃねーの?」
「そんなことないって、あの女はやばいんだってー!」
やれやれといった表情のアグハがテーブルの下に手を近づける。
すると、壁の一面が棚ごと裏返った。
「か、かっけぇ……」
思わず見入ってします。
壁の裏側にはびっしりと武器が掛けられている。
剣、盾、魔導具、どれもが一級品だ。
この仕掛け、そして状況からの動き、カッコ良すぎる。魔王城にも似た設備を導入しよう。
「じゃあフォスはついて来て、修行だよ」
「この戦闘が、ですか?」
「違う違う。僕のとっておきがあるから心配しないで」
「私も戦いますよ?」
「それさせちゃうと、話がややこしくなるんだよ……とりあえず、ほら!」
プエッラに急かされる。
俺はぷるぷるした物体を一気に飲み干し、後をついて行った。
村の中は驚くほどに落ち着いていた。
村人たちは大掃除でもしているかのように軒先の置物を片付け、建物に魔法をかけている。
焦りまくっているのはプエッラぐらいだ。
「本当に敵が来るんですか?」
「みんなイかれているんだよ……緊急事態なのにー」
あなたには言われたくないと思いますが……
「はい、ここが僕の工房ね。入って入って」
手を引かれるまま、俺は建物の中に入る。
「見るからにやばそうなんですが……」
中に置かれていたのは巨大な魔導具だった。
魔導具と呼ぶには大きすぎる。まるで建物全体が一つの機械だった。
「早速始めるね。座ってー」
有無を言わさず部屋の中心にあった椅子に座らせられる。
俺は頭と両手両足に器具を取りつけられ、固定された。
「シーク、起動していいよ~」
「リョーカイデスー」
魔導具の裏にいたシークがプエッラの呼びかけに応答した。
「説明は!?」
「寝て起きたら強くなってるよ! 検討を祈る!」
プエッラが親指を立てている。
「あ、向こうでの案内役も、後で送るから心配しないで~」
「え、向こう? 案内? えー!? 詳しくせつ……」
俺の声はそこで途切れた。
*
フォルフォスが工房で意識を失った直後。
工房の外で爆発音が鳴った。
「ふ~、ギリギリだったなぁ……んぐ、ぷは~」
「ゾクチョウ、コンナトキニ、ナニノンデルデスカ……」
「飲まないとやってられないよ~。それで、あの子はいつ来れる?」
「スグツク、トホウコク、ウケテイマス」
「到着次第、フォスの元に向かわせてね~」
プエッラがシークに指示を出し、外に出て爆発の中心に急ぐ。
村の広場、そこでは二つの集団が対峙していた。
「またお前らかよ~、頼むから僕に関わらないでくれよ~」
村人ではない方の集団が立っている位置には、本来噴水があった。
今は更地になっている。地面が焦げたように黒くなっている。
「あなたが私の話を聞いてくれたら、こんな手間をかけることもなかった」
黒のドレスを着た女性、エクテがプエッラに答える。
彼女の両隣にはには、片耳が半分に切れたエルフと、白色のローブを着たツインテールの魔術師がいる。
その後ろに複数名の少女が立っていた。神の槍の娘たちだ。
「エルフまでいるのかぁ……勘弁してよぅ」
「あら、エルフの私がいて、何か不都合でも?」
エルフのラルウァが微笑む。
「一応聞くけどぉ……用件は?」
「お姉さまの解放」
「それは無理だよぅ……契約があるんだよぅ」
プエッラは弱々しい語尾で何とか言葉を紡いでいた。
それほどまでにエクテの圧は強い。
「まあいいわ。お姉さまは……あそこか。レート、お姉さまをお願い」
「承知いたしました」
レートと呼ばれた魔法使いが、工房の方へ歩き出そうとした。
「待って待って! 今はダメだって!」
プエッラがピンク色の魔法障壁を出して進路を防ごうとした。
レートが持っていた杖の底をコツリと壁に当てる。
魔法障壁が魔法陣に戻って崩れ去った。
「一応特異魔法なんだけどな~。落ち込んじゃうな~」
「あなたの魔法は何度も見ているの。解析できないほど、私は甘くないわ」
「あーもう! やるしかないのかー!」
プエッラが手にしたステッキを空へと掲げる。
「可憐な変身!」
広場全体がピンク色の空間へと変わり、プエッラが空を舞い始めた。
彼が着ていた服が、手、足、胴体の順にピンク色のコスチュームへと変わり……
「ぶへっ!」
途中で、空から降り注いだ何本もの光る剣が空間に突き刺さった。
プエッラが攻撃をもろに受け、吹き飛ぶ。
元の広場へと空間が戻る。
「変身中は攻撃しないって、お約束でしょ!?」
プエッラがプンプンと怒っている。
「知らないよ、そんなこと」
剣を出した当人のエクテの顔は、とても白けていた。
「やる気がでないなー、もう! 僕があいつとエルフの相手をするから、みんなは魔術師たちの足止めをして! 目的はあくまで足止め! フォスが起きるまでなんとかもたせてー!」
プエッラの掛け声で村人全員が動き出す。
ケイオス対オスカルの戦いが、今始まった──