戦闘一族の村
俺の意思とは反対に、卒業旅行と”別”の計画が進んで行った。
『大丈夫、あと少しだ』と自分に言い聞かせながらプエッラの言葉を躱していく。
俺は苦労の日々を思い出す。
……
ある日、放課後の教室外。
俺はプエッラに待ち伏せされていた。
「フォス~、研修の日程だけどね、こんな感じでよろしく~」
資料を手渡される。
「プエッラさん、これ、反転少女の設定集なんですが……」
びっしりと書かれた設定、技名に見た目、魔法少女の生い立ちまで書いてあった。
なんだよこれ……精霊? と契約したって、そんなメルヘンなことがあるはずないだろ……
「お~、いかんいかん。間違えた、こっちが本当のやつだね」
「いや、これもなんですか? 詩、ですか?」
長々と書いてあった長文の詩。
内容はハートだの愛だの、人様に堂々と見せていいものではなかった。
「あ~、間違えた~。それはテーマソングだった~。こっちが本当のホントのやつだね」
「いや、それはポーズ一覧じゃないですか!?」
プエッラは事あるごとに俺を魔法少女にしようとしてくる。
講義の時間なんて最悪だった。
ある日のプエッラの授業。
「魔法っていうのは少女でも扱えるように発展していて~。昔は”杖”を使わないといけなかったんだよ~。でね、簡単になったと思いきや、魔法には反転することで属性を変えるハートの強い者のための使い方があるんだ~」
講義の内容の一部が強調されている。
一番前の席に座っている俺の目をチラチラ確認してくる。
「少女の優しさを反転したような魔法だよね~。簡単だと思ったらこんな罠が仕掛けられているとは~。フォルフォスはどう思う? 『反転少女』について」
そして話を俺にふってくる。
「え、えと、魔術の簡略化は、いいと思います……」
「だよね! ね!」
俺は狂気に満ちたプエッラと視線を合わせないように、目をそらしながら返答するしかない。
……
と、こんな感じで卒業旅行当日まで気まずい雰囲気を味わっていたのだ。
卒業旅行の当日朝、寮の出口でプエッラを待っていると、数週間の苦い記憶が脳中をよぎった。
早くこの学園を卒業して、魔王に会いに行こう。
最後の試練がこれから始まる。
「気合が入ってますね?」
カスタに話しかけられた。
そういえば、彼女も今日が出発の日だった。
学園生はこの一週間の長期休暇のうちに、研修を終わらせなければならない。
普通の生徒は騎士団だったり教会に出向くことが多かった。
「カスタ、おはよう。あなたは確か……」
「エクエス国に行きます」
「そ、そう……エリナベラさんによろしくね……」
俺もそっちに行きたかったな……
「はい。エリナベラはうまくやっていますよ」
もう連絡し合っているのか?
流石はヴィオレンティア商会の娘、伝手が多い。
俺も連絡したい……がやめておこう。これは当人同士の話だからな。自分から連絡先を聞かないと。
「で……カスタはなんで、そんなに機嫌が悪いの?」
カスタはずっとふくれっ面だった。
「最近勇者様との交流が少なかったので。もう終わりなんです、この生活も……」
仕事、忙しそうだったからな……
カスタは多忙を極め、学園に登校する回数も減っていた。
「大丈夫よ。私とカスタは……友達よ!」
落ち込まなくてもいい。卒業後でも会えるさ。
カスタが固まっている。
「えっと、私はとっくに友達だと思っていたのだけど……」
「あるじ……さま……」
カスタが涙を流し始めた。
「ちょっとどうしたの!? 大丈夫?」
「もったいなきお言葉です。私なんかに……」
友達がいなかったのかな……
確かに同年代の商会の娘たちも、友というより部下だった。
「よしよし……」
カスタの頭を撫でてあげるためにつま先立ちになる。
それでも指先しか、うつむいている彼女の頭には届かなかった。
「くそ、あの野郎を仕留めそこなった……何度も寝込みを襲ったのに……消えろ消えろ消えろ……」
いつの間にかカスタの涙は引いていて、呪言のような言葉を吐き始めた。
怖い……初めて見た、こんな表情……
「お~、早いね、フォス~」
ちょうどのタイミングでプエッラがやって来た。
「野郎! ぶっころ……あ、だめだめ……」
カスタ、本当にどうしたんだよ……情緒不安定だぞ、今日……
「はて? 君とは面識が無いはずだよ~」
プエッラは何食わぬ顔だ。
「じゃ、出発しようかぁ……んぐ、ぷは~」
俺はカスタに別れを言い、歩き出そうとしたところ、腕を掴まれた。
「勇者様、くれぐれも気をつけてください」
「カスタも、頑張ってね」
俺はウインクをして、プエッラの後をついて行く。
最後、カスタが覚悟を決めた顔をした。
歩いている道中、パンと一回破裂音が聞こえた。
「いった~、虫にでも刺されちゃったかな~」
プエッラが後頭部を掻く。
後ろを振り返ると、見慣れない金属片が落ちていた。
その後、戦々恐々と辿り着いたのはプエッラがいつも使っている学園内の部屋。
てっきり学園外で馬車にでも乗るのかと思っていた。
「えっと、村に行くって……」
「大丈夫大丈夫、村への侵入経路は少し特殊だからね~」
プエッラが床一面に置かれていた魔導具を端に寄せながら説明する。
「僕が魔法を使ってひとっ飛びさ~」
床に書かれていた魔法陣。
特殊なもののようで、様々な魔術が複雑に組み合わせられている。
「僕の特異を一つお見せしよう。こっちに寄って」
手招きされるまま、魔法陣の上に乗る。
プエッラが真面目な顔で詠唱を始めた。
「……我らを到るべき地へと導き給え……」
こう見るとしっかり魔法使いだ、などと感心してしまう。
空間魔法など、使える者は数えられる程しかいない。
本来ならば大規模な魔法陣と、複数人による詠唱が必要になる。それほどまでに魔力の消費が激しいのだ。
プエッラが処理している儀式は極限まで効率化されている。
俺はそれに美しさまで覚えてしまった。
「フォス、行くよ! 可憐な跳躍!」
魔法名が叫ばれた瞬間、魔法陣が輝きだし、俺の視界がピンクの光に包まれた。
堅実な詠唱からは考えられない、可愛らしい技名だな……
再び開けた俺の視界には、奇妙な光景が映っていた。
統一感のない建物が並び、各々の主張が激しすぎる。
村の広場であろう開けた空間には、パンツ一丁で筋トレをしているマッチョ、見たことのないなとげとげした髪型の料理人? 空中に浮いて寝ている……誰か。その他個性の暴力とも言える人たちがいる。
「飛ぶ先を間違えたようですね! 帰りましょ……」
「ようこそ~、僕の村へ~」
プエッラが両手を広げて俺の前に立ちふさがる。
「ここが?」
「ここが」
「戦闘一族ケイオス、の村?」
「戦闘一族ケイオスの村だよ~」
俺は現実を直視できない。
「ゾクチョー、マッテマシター」
なぜか言葉がカタコトな金髪の女性が走ってきた。
彼女の見た目もおかしい。
両腰には二つの取っ手が付いた小型魔導具を提げていて、胸元の大きく開いた布面積の少ない服装をしている。絶対に寒い。
「シーク、どうしたの?」
「タイヘンナンデスヨー」
シークと呼ばれた女性にプエッラが連れていかれる。
「フォスは観光でもしてて~。これ、旅行だからね~」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
プエッラが手を振りながら消えていく。
俺一人でどうしろっていうんだ……
とりあえず探索を始めた。
俺は村の中を歩く。
「よう! 俺と筋トレをしないか!?」
ムキムキの男に声をかけられる。
「今日のとがり具合、6点ですね」
料理人が髪をいじりながら呟いている。
「わたし、綺麗?」
虚空に向けて何かを話し続けている女性。
戦士はどこにいるんだ。俺が望んだ硬派な戦士は……
「よし、無理だ!」
俺は考えるのを諦めた。
俺だって、魔王で勇者で男で少女だ。
そんな俺でも、この混沌とした村では”平凡”なのかもしれない。