やばい人が来る
王立学園の卒業まで数か月となったある日。
最終学期の初日に、俺は全校生徒が集まる講堂にいた。
学園長による意味のない話を聞き流しながら考える。
今年は平和だったな……去年と違って交流戦も無かったし……
というより、イベント事がほとんどなくなっていたよな……なぜだ?
今の王立学園は異常だといえる。
俺の学年の生徒は3分の2が消え、エリナと友達になったあの学園祭も、今年は保安の目的かなにかで中止となった。
エリナのその後は分からない。
断片的な情報だが、エクエス国は今大変らしい。王国との関係を断ち、独自路線を歩み始めたようだ。
頑張れ友よ。遠くからだけど応援しているよ。
新しい友達が出来るはずもなく、カスタも仕事で忙しいと遊ぶなんてもってのほかだった。
前なんて、放課後にカフェへと誘っただけで『ごめんなさい。抜け駆けは許されないのです』などと意味不明なことを言っていた。
一緒にお茶をするだけなのに……と思ってしまったが、彼女の喜びと恐怖の混じった複雑な表情を見たら、無理に連れて行くことなんてできなかった。
新しい関係を築こうと考えた時期もあった。
俺も2年生になって、後輩が出来たのだ。
ただ、王国中に噂が広がっていたのだろう。入学者数は過去最低を記録し、入ってきた後輩たちも俺を避けている。上流階級の情報網とは恐ろしいものだ。
でも俺のせい……じゃないよね。考えないようにしよう。
なんか、平和すぎて怖いんだよな……
エクテのことはカスタから聞いていた。頑張っているみたいだ。
俺は信じるしかない。妹も成長しているはずだ。
たまに行く騎士団との共同作戦が唯一の刺激になってしまうほど、まったりとした時間が流れた。
この一年は、甘味を食べ、本を読み、寝る、それだけだ。
このままでは駄目魔王になってしまう。
あと少しの学園生活でなにかを成さねば……
そういば、第2学年の最後には卒業旅行という名の研修があったはずだ。
個人の進路によって旅先が決まるのだというが、”勇者”である俺はどこにいくのだろう?
お菓子の工房とかだったらいいな。
「突然ですが、本日よりこの学園に臨時講師を招いています」
学園長が話の終わりに言う。
なぜか学園の職員が全員緊張していた。
「では……どうぞ、プエッラ様」
様? それより、プエッラ!?
「うい~。よろしくね~、がきども~」
壇上の隅から現れたのは、フリフリのゴスロリ服を着た可愛らしい少女だった。
ピンク色の髪を左側で一つにまとめ、儚げな表情を浮かべている。
……違う、プエッラは”少女”などではない。
なんで、なんで奴がここにいる? それに、話には聞いていたがその姿……
お前は”男”だろ。
プエッラ・ケイオスとは、感情の乏しい魔族が恐怖した、男だ。
前世では、数多の魔族が彼と戦っていた。当然魔王であった俺も報告を受けている。
可憐な少女の姿で、ハートマークの飾りを付けた魔法のステッキを持って戦う男。どれだけ強力な魔法を浴びせても、恍惚と悶えるだけでダメージを与えられない。
好戦的な魔族でさえ、最後にはドン引きして撤退していった。
戦闘一族ケイオスの長、王国最強の魔法使い、それがプエッラ。
報告書の最後はある一言で締めくくられていた。
『やばい』と。
「王国との契約で~、しかたなく講師になりましたぁ……ちょっと待って、やっぱり無理」
プエッラがポケットから小瓶を取り出す。
「んぐんぐ、ぷは~。で、なんの話だったっけ……あ、あれだ、王国との契約で~……」
なんであの人は魔力ポーションを飲んでいるんだ?
しかもあの魔力密度、そうとう高濃度のポーションだぞ。
魔力が枯渇している訳でもなさそうだし、魔力酔いを起こして気分を悪くするはずなのだが……まさか!?
強化された視力で、プエッラの右手が震えていたのが見えた。
ポーションを飲む度に震えが止まっていく。
こいつ、魔力酔いで気持ち良くなってやがる。末期だ……
「で、魔法についてテキトーに教えていくから~。まあほどほどにいこぉ……」
プエッラがまたポーションを飲む。
生徒含め、その場にいる全員が唖然としていた。
攻撃魔法ですら魔力として吸収し、常人であれば死に至る量にも笑顔を見せる狂人。
できれば関わりたくない……
「まああれだね~、人間界では特別な魔法を最上級と表現するけど~、これは時代遅れな表現で~……」
教室の中、俺の目の前で教鞭をとるプエッラがいた。
彼の勤務初日の担当は、俺のクラスだったのだ。
ポーション特有の薬草と、その苦みを消すために入れられた”精製された甘味料”の匂いがする。
甘味には違いが無いが、俺の守備範囲ではない。
「魔界では特異と表現されているね~。そもそも能力みたいなものだから、特異のほうがしっくりくるよね~。いや~、人間って遅れてるわ~。んぐ、ぷは~」
プエッラはポーションを飲みながら講義を続ける。
内容に関しては、さすが最強の魔法使いだといえる内容だった。
魔法とは、個々に備わった能力だ。
その極みに位置する最上級魔法は、通常の魔法体系とは特別異なる現象を起こす。
つまり”特異”なのだ。
「みんなは得意な魔法を持っているかな~? 特異だけにね~」
教室内がしーんと静まっている。
「……今日の講義は終わり、解散」
プエッラが『やってらんね~』とポーションを飲みながら教室を後にした。
なんなんだよ……本当に……
「あ、忘れてた。フォルフォスは後で僕の部屋に来るように~」
プエッラが教室の扉からひょっこり顔を出し、俺に話しかけた。
聞き間違えでは無いはずだ。
嫌だ、行きたくない……
*
神の槍本部で、椅子に座りテーブルに肘をつけながらエクテは悩んでいた。
「エクテ様、大丈夫ですか?」
ラルウァに声をかけられる。
「プエッラの野郎があそこまでのやり手とはな……私としたことが情けないよ。お姉さまに合わせる顔が無い……」
「プエッラには一応魔法が効くはずです。ですから……」
「いいよ、気を使わなくて。私が弱かった、それだけ」
エクテは、プエッラを殺す気はなかった。彼は狂人であって、悪人ではない。
それでも逃げられた。この”私”からだ。
「レートにも伝えておいて。あなたの責任ではない、と」
「承知いたしました。最近、あの娘も落ち込んでいましたので……」
レートとふたりで、プエッラを何度も説得しにいった。
結果は、全ての魔法を魔力に変換され、彼を悶えさせただけだった。
本気を出せば地図ごと消滅させられたが、目的はあくまで話し合いだ。
今までは姉に不都合がなかったから見逃してあげていた。
話が変わったのは、プエッラが王立学園で講師をするとなってからだ。
だいぶ前に読んだ暗号文、このように目立つ形で彼が接触してくるとは……
プエッラ関連の情報統制の精度は”先生”を思い出す。
姉が王立学園へ入学するときも急だった。
まさかだが、先生の関与も疑うべきか? いや、それは考えすぎだ。
「それで、あの野郎の行動は読める?」
「はい。報告された情報を統合しますと、主様を一族の村へと招待する可能性が高いかと」
「はあ……最悪……」
ケイオス一族は全員が”狂人”だ。
「今動ける娘は誰?」
「ヴィオレンティア商会と5期生はエクエス国関連で出払っています。調味料の中では……魔界から帰ってきているレートだけですね」
「王国内にいる娘は全員呼んで。後、ヒューリに依頼を出して」
「でもレートは今……」
「ちょっとの失敗で挫けるような娘に育てた覚えはないよ」
「エクテ様、差し支えなければお教えいただけますでしょうか」
「言って」
「本気の戦争をするおつもりですか?」
ラルウァは不安そうだ。
確かに最悪の場合、そうなってしまう。
「何を考えているの? 私はただ、神の槍の慰安旅行に行くだけだよ?」
「そ、そうですよね……」
「そういうこと、だからできるだけ多くの娘を集めて。ラルウァも予定を空けておいてね。楽しい楽しい旅行だよ」
エクテは、にやりと笑いながら空間を後にしようとした。
「エクテ様、どこへ行かれるのですか!?」
いきなり消えようとしたエクテにラルウァが慌てる。
「どこって、決まっているでしょ? 修行、だよ」
プエッラとの再戦の時に備えよう。
手始めに魔法無縛りで竜でも倒そうかな。
お姉さまのために、私は強くなる。