前へ次へ  更新
26/68

閑話 妹の一日

『……と、こんなことがあったの。私は勇者を頑張れているみたい。心配しないで。

 エクテの方はどう? お花屋さんの仕事はうまくいってる?

 忙しいと思うけど、努力しているエクテが一番偉いことを私は知っているわ。

 応援しているね。

 でもあまり無理はしないで。エクテが元気でいれば、私はそれでいいの。

 あなたのことを常に思っているわ。


 追伸

 花屋の給料だと遊べないでしょ? お金を送っておいたから、美味しいものでも食べてね。


 親愛なる姉──フォルフォス・サストレより』


 エクテは読んでいた手紙を顔にくっつける。


「ああ、お姉さまの匂い……」


 今日はこのまま、お姉さまと一緒に……

 エクテは黒い(もや)の中に消えようとした。


「エクテ様、堪えてください。塾生(チャイルド)たちの前です」


 ラルウァに腕を掴まれた。


「ラルウァ、私には大切な用事があるの。分かるよね? じゃあ、そういうわけで……」

「だめです。主様の手紙を最優先でお渡ししているだけでも、十分譲歩しています」


 仕方が無い。今は仕事中、帰ってから続きをしよう。


 エクテは神の槍(オスカル)の教育機関”(プルガトリウム)”にいた。

 ここではラルウァが、見つけてきた少女たちを姉の役に立つ存在(ドータ)にするための教育を行っている。

 煉獄(プルガトリウム)の名の通り、天国と地獄の間にいるような厳しい教育だ。

 ここにやってきた少女たち、塾生(チャイルド)となった彼女らには生前の自分を消してもらわなければならない。


「はあ……で、あなたたちは使い物になるの?」


 小さな教室の中、目の前の塾生たちに問いかける。


「「「全ては主様の御心(みこころ)のままに」」」


 立っていた塾生たちが一斉に跪く。


「良い覚悟だね。小休憩の後、修練場へ来なさい。私が直接見てあげる」

「「「ありがとうございます」」」


 塾生たちが部屋を後にした。


「じゃあラルウァ、後はよろし……」

「だめです」


 空間を飛び越えようとしたところ、またもやラルウァに止められた。


「ラルウァ、今この瞬間にも、これからお姉さま成分が消えているの。これは一大事なんだよ?」


 エクテは手紙を自分の顔に擦り付けながら訴える。


「エクテ様、このくだり、もう50回目です……」


 何回でも関係ない。

 お姉さま成分は鮮度が肝心なのだ。


「主様のお手紙は定期的に送られてきます。どうか、ここは未来のために辛抱してください」

「分かったよ……で、今回は5期目の子たちでしょ。どう?」


 1期生の調味料(ソーセズ)、2期生のバーリィとウィート、それに続く3と4期生も今では世界征服のための重要な役割を担っている。

 今回の5期生は5、いや先日1人増えて6人だ。


「みんな、賢い少女たちですよ。早くも魔力の制御に関して、全員合格しました」

「ラルウァが選んだ子だからね。信頼しているよ」

「エクテ……様……」


 ラルウァが涙を流しはじめる。

 感極まっているな……これは回復までに時間がかかりそうだ。

 待っている間に、エクテは塾生について考えた。

 塾生は1年間かけてラルウァと教育係の娘から、全てを叩きこまれる。


 塾生が少女たち()()で構成されているのには理由があった。

 今代勇者の誕生と共に発生した”勇者病”と呼ばれる呪い。

 それは、生まれつき強大な魔力を保有しながらも、器である肉体がそれを抑えることをできず、周りに高密度の魔力を放出し続けてしまうものだ。


 魔力とは、人によって許容量が決まっている。そのため、制御されていない濃い魔力を感じた人間は、強烈な不快感を覚える。

 結果、勇者病の少女たちは迫害された。

 ある者は隔離され、ある者は捨てられ、ある者は利用されていた。

 神の槍はそんな少女たちを受け入れ教育している。


 もちろん、神の槍は(ドータ)たち全員を勇者病として受け入れていたわけではない。

 2期生までは、ラルウァでさえ勇者病の存在を知らなかったようだ。


 カスタは勇者病に抗った結果、脳のリミッターが外れていた。 

 クリムは勇者病だが、自分で作った魔導具で抑え込むことに成功していた。

 ラメルは勇者病の存在を魔法で消していた。

 獣人の双子にいたっては、カスタが連れて来た元傭兵たちだったが、擬態によって勇者病を隠していた。

 今思い出すと、レートだけが勇者病の症状をだしていた。


 クリムの研究によって勇者病が解明されていった。

 条件は、勇者と同じ年齢の性別女であること。発症時期に関してはまだ分かっていない。

 ただ、明るみになった情報から言えることがある。


 神の槍の少女たちは全員、勇者病という名の”勇者”だ。


 これを偶然だといえるだろうか……


「ラルウァ、落ち着いた?」

「はい、見苦しいところをお見せしました……」

「別にいいよ。私も落ち着くことができたし」

 

 エクテはラルウァの肩をたたき、部屋の外に出ようとした。


「あ、そういえばあの子、エリナベラはどう? ついていけそう?」


 扉付近で振り返り、気になったことを聞く。


「そうですね……保有魔力の扱いに苦労していますが、一番良い(かくご)を持っています。今も別メニューで鍛錬中です」

「魔導具は使わせてないよね」

「もちろんです」


 例にもれず、エリナベラも勇者病だった。最上級魔導具で制御していた魔力を、今は自力で抑えようとしている。

 彼女は魔導具の使い方に関しては、クリムにも届くレベルだ。

 ただ、それでは意味が無い。

 エクテは期待していた。

 だって、お姉さまの”友達”でしょ? 

 名誉ある称号には、相応の力をつけてもらう必要があるのだ。


「エクエス国は実質お姉さまの国だからね。魔導具もお姉さまのものだということ、常々言い聞かせて」

「問題ございません。彼女は『主様のために生きる』と決意しておりますので」

「うん、ならよかった」


 エクテは修練所へと向かう。

 消えゆく運命だった少女たちに、生きる術を教えよう。

 ”勇者”であることを隠す訓練を積ませなければならない。


 大丈夫。”私”という最適な教材がある。




 塾での指導が終わり、エクテは花屋の地下にある自室でくつろいでいた。


「ああ、お姉さま……」


 椅子に座り、周囲を見渡す。

 壁一面、天井にまで張られた姉の写真。

 映写の魔導具で()()()撮ったそれらには、姉の様々な表情が写しだされていた。


「おっと、いけないいけない。まずすることは……と」


 エクテは今日送られてきた手紙を額縁の中へ入れた。

 そして、ベットの裏にある隠しボタンを押した。


 寝室の奥に、小さな部屋が現れる。


「ここは、さすがにお姉さまに見せられないな……」


 壁には今まで送られてきた手紙が綺麗に飾られていた。

 部屋の中心には、椅子に座った人形が置かれている。


「ただいまー! お・ね・え・さ・まー!」


 エクテは人形に抱き着く。

 姉が使っていた服を()()()拝借し、姉が切った髪を()()()回収して作った、等身大お姉さま人形だ。


「スー、ハー、お姉さま、いい匂い……『エクテ、今日も可愛いね』」


 エクテは人形の手を持ち、自分の頬にあてる。

 目と目を合わせて(とろ)けた顔をした。


「お姉さまこそ……『もう我慢できない、エクテ!』」

「お姉さま、ここには誰もいません!」


 ……はあ、お姉さまの匂いが薄れている。使いすぎたか……

 エクテは持っていた人形の手を下ろし、冷静になった。


 人形から離れ、壁際の棚を開ける。

 そこには、珠玉(しゅぎょく)のお姉さまアイテムが所狭しと並べられていた。


「これを使うしかないか……」


 エクテが手に取ったのは、姉が使っていた靴下だ。

 捨てられていたそれを、()()()取っていた。


「ダメだ! これはダメだ! これは……とっておきなんだ……」


 エクテは諦めて、1枚の毛布を取り出した。

 お姉さまが使っていたもの、今日はこれに(くる)まって寝よう。


 隠し部屋を閉じ、寝室へと戻る。

 エクテが姉に返すための手紙を書き始めた。


『お姉さま、私は大丈夫ですよ。

 毎日元気に生きています。

 仕事は忙しいですけど、花屋も頑張っています。

 ……』


 いつもの文章を続ける。

 本当の気持ちを伝えたい。でも、それはできない。


「手札は順調に揃っているんだけどな……」


 勇者病の発生は祝福だ。

 エリナベラ含め、神の槍に勇者が集まっているのも必然だと考えよう。

 やっと最高の環境が整ったのだ。


「大丈夫ですよ、お姉さま」


『あなたが勇者を辞めたとしても、第2第3の勇者が現れます。だから結婚……』


 筆を持った自分の右手を抑える。


「だめだめ! これはお姉さまの物語なんだよ! (エクテ)のバカ!」


 エクテは毛布に包まる。


「会いたい……」


 勇者だ魔王だ? どうでもいい。


 (そば)にいなくても、常に(おも)っております、お姉さま──

前へ次へ目次  更新