交流戦を楽しむ 学園を愉しんだ
「次の試合は、王立学園フォルフォス、対、エクエス国立学園エリナベラです!」
進行役の声が聞こえた。
俺の出番だ。
闘技場へと出る。
周りからの歓声は少ない。
それもそうか、俺に対する感情はまだ複雑なのだろう。
目の前からエリナも入場する。
中心でお互いアイコンタクトを取った。
言葉を交わさなくても分かる。『楽しもう』だろ?
俺たちは心で通じ合った友だ。
「相手を過度に傷つける行為は禁止です。では、初めてください!」
進行人の合図とともに俺は後ろに飛び、魔法を放つ。
「勇の剣、たくさん!」
俺の周りに現れた白く光る魔法の剣が、エリナを狙う。
1本ではない。空間に固定された魔法陣から連続して発射される。
エリナの周りに土煙が舞う。
最初から全力だ。魔法の自動生成ももちろん使う。
「流石ね、フォス」
視界が開け、エリナが姿を見せた。
先ほどまでの制服姿ではなく、全身が重厚な鎧で覆われている。
重騎士、か……エリナらしいな。
彼女は片手で両手剣を持ち、もう片方の手で大きな盾を構えていた。
「エリナ~、それってずるくない?」
彼女が身につけている装備は、そのすべてが最上級の魔導具だ。
先ほどまでどこにもなかったことから、最小化の魔法が施されていたと見ていい。
特定条件で実体化させることができる。そんなものは世界を探しても数えられるほどしか見つからない。
極上の品をよく揃えたことだ。流石は騎士の国の皇女。
「いいじゃない。利用できるものを使わせてもらっているだけよ。フォスも同じでしょう?」
「たしかに!」
距離が離れ、環境音が響く中で俺たちが普通に会話できている理由。
それは耳に付けているお揃いのイヤリングにあった。
対を持っている者に対して、短い距離制限があれど声を届けることが出来る魔導具だ。
本当は最後、学園祭が終わるときに渡そうと思っていた。
ただ、この交流戦は俺たちにとっては”遊び”だ。
会話しながらの方がが楽しいと判断した俺は、入場前に会ったエリナに渡していた。
「本気でいくよ! 勇の祝福! からの、勇の天槌!」
俺の全身が高揚感に包まれ、右手で光る槌を握る。
「私も答えなければなりませんわね。騎士の誇り」
エリナも身体強化を使ったようだ。
戦闘の準備が完了したのを確認した俺は、左足に重心を乗せる。
両手で槌を持ち、巨大化されたそれをエリナに振り下ろした。
爆発音と共に、闘技場の地面が割れる。
この程度なら大丈夫なはずだ。
「大丈夫……だよね?」
あの先生を仕留めた技だ。厳密には地面に埋めた技だ。
槌を消しても、エリナの姿が見当たらない。
今までの交流戦とは桁が違う規模の戦闘に、場内がざわめきだす。
「やりすぎだろ」「死んだんじゃないか?」「ここまでやるかよ」「流石は勇者だな」「なかなかやるではないか」
強化された聴力が観客の声を拾う。
え、やってしまったの? 俺……
「エリナ、おーい……」
「もう、相手の心配をするのではないわよ」
エリナが地面から出てくる。
彼女の持っている盾が、少しひび割れていた。
「それ、弁償しなくていいよね……?」
国宝級の魔導具を壊してしまった。
俺が作った特異魔法、勇の盾を複数枚割れる威力の攻撃だ。
それを防いだとしたら、俺の見立てどおり最上級魔導具なのだろう。
当然、俺に弁償できるお金はない。
「王国にでも請求しようかしら?」
エリナがいたずらっぽく笑う。
くそ、こうなったら先生の貯金を使うしかないか……
「冗談よ!」
俺が冷や汗をかいていると、エリナが距離をつめてきた。
一瞬だ。重騎士が出していい速度ではない。
俺は突かれた剣を避け、そのままエリナの腕を掴む。
向かってきた勢いをそのまま利用して、反対側にぶん投げた。
エリナは空中で体をひねらせ、しっかり両足で着地した。
だから重騎士がしていい動きじゃないって……
「フォスは体術も完璧なのね。少し驚いたわ」
先生の弟子だからな。
基本戦闘技術は嫌というほどに叩き込まれている。
俺は両手に勇の剣を持ち、エリナに向き直った。
当初の予定通りになったが、やはり近接戦闘でいこう。
だって、そっちの方が楽しいのだから。
「いざ尋常に勝負!」
俺は大げさに剣を掲げる。
「来なさい! 勇者!」
エリナもノリノリで剣と盾を構えた。
えっと……そのセリフは本来、俺が言うんだよね……
エリナとの試合は互角だった。
俺の方が速さでは優っていた。それでも彼女の技術が、速度の差を埋めるのは簡単だった。
両手剣の長いリーチを巧みに使われ、俺は間合いにいれてもらえない。
それでも、楽しい。
エリナは今まで会ったことのないタイプだった。
力押しだと思ったら、速度も技術も最高水準に達している。
人間の寿命では一つを極めることすら難しい。それを彼女の年齢で、三つもモノにしているのだ。
才能に加え、相当の努力を積んだはずだ。
……あと単純に、重騎士ってカッコイイ。
デカい剣にデカい盾、大きいは正義だ。
「楽しいね!」
友との戦いは、さしずめ社交ダンスだった。
この気持ちを共有したくて、いったん攻撃をやめ、後ろに飛ぶ。
お互い砂埃で汚れている。舞踏会とは正反対だ。
「そ、そうね。私は、フォスについていくので、精一杯だわ」
流石のエリナでも、重装備で動き回るのは疲れたようだ。
会話が途切れ途切れになっている。
名残惜しいが、そろそろ終わらせるか……
「じゃあ、私からのとっておき、受け取ってくれる?」
俺は右足を一歩下げ、一本の剣をを横に持つ。”突き”の体勢だ。
「任せなさい。友の覚悟、全力で受け止めるわ」
エリナが剣を捨て、両手で盾を構えた。
「心の友よ……」
モレーノさん、技を借りますね。
俺は全力で足を踏み込み、そのままエリナへと突っ込んだ。
「完全刺突!」
俺の剣先が、エリナの盾、それもひび割れていた箇所を正確に狙った。
当たった瞬間、盾が割れる。
勢いそのままエリナを押し倒し、首元に剣を突き付けた。
「完敗だわ」
「勝ちも負けもないよ。友との間にあるのは”愛”、それだけだね」
手を差し出し、エリナを起こす。
ふたりで固く握手を交わした。
「勝者、王立学園フォルフォス!」
進行人の声が響き渡る。
俺にとっては誰が勝者とか関係ない。
『楽しかった』感想はそれだけだ。
*
フォルフォスと交流戦で戦った後。
エリナベラは王都闘技場近くの裏路地を歩いていた。
足取りが重い。
任務を完遂できなかったのだ。エクエス国に対する仕打ちはひどいものになる。
「これで、いいの……」
国の民も、友を裏切るような君主を持ちたくないはずだ。
反勇者派には胸を張って断ろう。
経済などどうにでもなる。そもそもこれは、エクエス国の問題なのだ。
広い王都の暗い部分、人気のない裏路地の先に地下へと続く階段がある。
反勇者派の指導者がそこにいる。
ここはいつも血生臭い。
それでも今日は、更に血の匂いが濃かった。
階段を下りる。
長い廊下の先、大きな扉に手をかけた。
息を整え、扉を開く。
「これは!?」
目の前に広がる異常な光景。
薄暗い部屋の中で、エリナベラに指示を出していた反勇者派が一人残らず倒れている。
彼らは皆、魂が抜かれているように動かない。まるで人形だ。
エリナベラは魔導剣を呼び出すために、腰に手を……
手が誰かによって掴まれた。
「抵抗はやめた方がいいよ」
隣にいた明るい茶色髪の少女に穏やかな声音で忠告された。
全く気配を感じなかった。
部屋の明かりが灯る。
中心に置かれていた豪華な椅子に、黒色のドレスを着た女性が座っていた。
部屋を取り囲むように、10人程の少女たちが立っている。
「ここに何の用?」
女性に問われる。
「私は……」
エリナベラは弁明をすぐに諦めた。
私では勝てない。足元にも及ばない。何かの間違えがあった瞬間、国ごと滅ぼされる。
今できることは、ただ一つ……
「いえ、私の命を差し出しにきました」
「そう。あなたの命程度でどうにかなると思っているの?」
「私の過ちを赦していただく気はございません。ただ、私の国だけは……どうか……」
女性が放つオーラに、言葉が震える。
「私はね、お姉さまが全てなの。あなたがやったことは、私の存在意義を脅かす行為。つまり、神の槍に対する宣戦布告」
女性は続ける。
「これから起きるのは、戦争ってわけ」
語気を強める女性。
しかしエリナベラは、負けるわけにはいかない。
「お願いします。国の民だけは……」
「私に指図する気?」
空間が割れた気がした。それぐらいの気迫だった。
エリナベラは意識を保つのに精一杯だ。
自然と両膝が崩れる。
女性が近づいてくる。
終わった……ごめんなさい、国の皆。ごめんなさい、フォス……
「等価でいきましょう」
女性に顎を持ち上げられた。
目と目が合い、彼女の深紅に染まった瞳に吸い込まれそうになる。
「あなたの罪は、お姉さまと国とを天秤にかけたこと。私のお姉さまを奪おうとしたあなたには、国を差し出してもらう」
ああ、この人は反勇者派とは比べ物にならない。
悪魔だ。
それでも、私は契約しましょう。
国のため、そして友のために……
「はい……」
カリスマという言葉は、この女性のためにあるのだろう。
国を盗られるというのに、自ら体が動いてしまう。
エリナベラは女性の手の甲に口付けをした。
騎士が示す最高位の忠誠だ。
女性は満足そうな顔で、語り掛けてくる。
「心配しないで、これでエクエス国にもあなたにも、敵がいなくなったから。あなたがお姉さまの”普通”に貢献してくれたお礼だとでも思って」
女性の声は優しい。
気がつくと、エリナベラの頬は濡れていた。
*
交流戦も終わり、俺はパーティ会場に来ていた。
学園祭を締めくくるための懇親会なのだが……
「エリナ、いないな……カスタも仕事だし……」
友がどこにもいない。
他の学生からの誉め言葉を聞き流し、会場のあちこちを探した。
「忙しいのかな……」
そして諦めた俺は、会場の隅でケーキを食べながら落ち込んでいる。
美味しくない。
皆と一緒に食べたかった……
「また会えるよね……うん、きっと会えるさ」
人生は出会いと別れだ。
心で通じ合った友との再会を楽しみにしておこう。
勇者としての責務が終わったら、エクエス国に俺から行くのもありだな。
「なおさら頑張らないと」
独り言が多い。
自分でも分かっていた。寂しいのだ。
エリナにカスタ、俺は学園で”友人”という大切なものを手に入れていた。
「はあ……」
ため息とともに、耳に付けたままのイヤリングを触る。
『……ありがとう……』
「エリナ!?」
イヤリングから声が聞こえた。
近くにいるはずだ。
急いで周りを探す。いない。
窓の外を見る。いない……よね。気配を感じたんだけど……
「気のせいか……」
そのまま俺は、ぼーっと空を見上げる。
「綺麗だ……」
毎日見ている夜空の漆黒には、白が点在している。
なんの規則性も無く乱雑に散る光でも、俺は美しいと思ってしまう。
そうだな、学園も悪くない。
気持ち次第では、日常というものの中にある小さな輝きが愛おしく感じる。
エクテに何度も言っていたことを思い出した。
俺が分かっていなかったではないか。
普通が”良い”ということを──
閑話を二話挿み、次から”やばい”章が始まります。