笑顔を作る
交流戦当日。
ついに俺の力が試されるときがきた。
人間になって10年以上、演技をし続けた俺の死角はない……と言いたいところだが……
「すごいな……」
王国とエクエス国の試合を見ながら俺は感心している。
「やっぱりすごいですよね! 我が国の4連勝ですよ!」
代表者用の席で観戦していた俺に、近くにいた生徒が声をかける。
5対5の交流戦、最後に戦う俺を待たずにして勝敗は決していた。
周りから歓声が聞こえる。
王都の端にある闘技場は、大きな円形の施設は学園の生徒、家族、加えて王国の関係者でにぎわっている。
エクエス国の人々は観客席の隅で静かに見ているだけだ。
「ええ、本当にすごいです……」
エクエス国側の生徒の演技力が、だがな。
はっきり言おう。俺から見れば実力の差は歴然だ。
王国の生徒は弱い。いや、魔法の面で言えばエクエス国より優れている。
しかし、流石は騎士の国。
こと”戦闘”において、エクエス国の生徒のレベルは王国の正騎士にも匹敵していた。
「勉強になりますね」
「我が国を背負う自慢の生徒たちです! 勇者様でも感心なさるとは、本人たちも喜ぶと思いますよ!」
さっきから俺に話しかけてきているのは、第一戦で戦った……たしか……あれだ!
親が騎士団の偉い人かなんかの男子生徒だ。たぶん。
交流戦が始まって、俺の興味はエクエス国にしかない。
だって、あれだよ? 完封できる力がありながら、自然な具合で負けているんだよ……
負けるという点を除けば、俺がサボって考えなかった理想形が、目の前で繰り広げられていた。
でも、4連勝とは……
本来は2勝2敗になって、最後の俺が勝ち『王国の勇者、強い!』となった方が良いのではないか? 客を楽しませる心、大切なんだけどな……
ただ、この状況に対して誰も不思議に思っていないことからも、王国とエクエス国の力関係が垣間見れた。
「次は勇者様の出番ですよ! 王国の力、見せつけてやってください!」
「善処します……」
俺の相手、エリナも手を抜いてくるはずだ。
そして俺も手を抜かなければならない。
塩試合だけはダメだ。友達に迷惑をかけてしまう。
「はあ……」
エリナも大変だな……
きっとエクエス国の皇女として、王国との関係を考えて行動するだろう。
別の意味で難易度が上がった交流戦、俺はため息とともに待機室へと向かった。
待機室に着くと偉そうな大人数人に囲まれた。
俺を品定めするような目で見てくる。
「これが勇者なのか」「小さいわね」「本当に大丈夫か?」「今回は失敗かもしれんな」
好き放題言われている。
小さいのは関係ないだろ。魔力でどうにかなるんだしさ。
「騎士団から実力を聞いていますよ。王国のために頑張ってください」
「ありがとうございます」
若い貴族の言葉は『王国のため』という部分が強調されている。
国単位でしか物事を考えていない。小さいのはどっちだ。
俺は少しイラついていた。
いつもならスルーしていることも、交流戦をどう乗り切るかで精一杯の俺にとってはストレスになる。
「それでは、私は準備がありますので」
足早に部屋を去る。
待機室なのに待機できなかった。居心地が悪すぎる。
闘技場中心へと続く廊下に立ち、俺は考える。
使う魔法は”勇”系統だけだ。これに関しては幼年期の俺を褒めたい。
勇者っぽい見た目、勇者っぽい攻撃方法、なにより大切な勇者っぽい技名、実に完璧な魔法だ。
実体は魔王時代に使っていたものの劣化版だが……
「……こう、バーンとあたって、その後はドーン、キンキン、カン! という感じでいくか。よし」
「分かったわ」
「え、エリナ!?」
俺の隣にエリナが立っていた。
「いつからいたの!?」
「バーンってところからね」
「あー、それはね、その……」
手を抜こうとしていたのがバレてしまった。これでは友との交流に水をさしてしまう。
俺は焦ったように、目を泳がせる。
「大丈夫よ。フォスが大変なのは分かっているから……」
「エリナ……」
優しい目を向けられ、俺は再確認した。
やっぱりエリナは”友達”だ。
「えーっと、でね、なんて言えばいいか」
「強く当たって後は流れで、ですわね?」
「そう! でね、派手な戦闘にした方が盛り上がると思うんだ」
「でしたら、身体強化による近接戦闘はどう? 最初に派手目な魔法を打ち合って、拮抗した試合と思わせてからの殴り合い。熱い戦いになると思うわ」
「いいね! それで……」
エリナの表情が『大丈夫、私が負けるから』と言っているようだった。
違う。俺がやりたいのはそんなことじゃない。
「いえ、全力で戦いましょう」
俺は真剣な顔でエリナに向き直る。
「え……」
エリナが驚く。
「私たち友達でしょ? 考えるのはやめやめ! 全力で楽もう!」
俺は友を信じる。だから……
「エリナも私を信じて。全力をぶつけてね? ほら、笑顔えがお!」
つま先立ちになって、エリナの頬を両手で押し上げる。
「ふぁりがとぅ……」
変な笑顔に無理やりされたエリナ。
「どういたしまして!」
俺は全力の笑みで返した。
「ふふふ」「ははは」
手を放した後もエリナは微笑む。
しばらくの間、ふたりで笑い合っていた……
「そろそろね。私は行くわ。楽しみましょう」
「うん!」
最後に握手を交わし、エリナが反対側の入場口に向かっていった。
「あ、考えすぎたら糖分が欲しくなってきた」
そういえば待機室に、紅茶に入れるための砂糖があったな。
間に合い……そうだ。食べてこよーっと。
俺は廊下を戻る。
「なんだこれ?」
途中の床で、黒く燃えている一枚の紙切れが落ちてあった。
魔法陣のような……
確認しようと屈んだが、それは塵となって消えてしまった。
「まあいいか」
今必要なのは糖分。
友との全力を楽しむための力、だ。
*
フォルフォスが交流戦に挑もうとしている頃。
王都から離れた場所にある、反勇者派の拠点で。
「ヒャッハー! これが私の血祭だー!」
地下に作られた広い空間で、ヴィオレンティア商会の会長カスタが舞う。
人の体が、切られ、貫かれ、潰される。血しぶきが雨のように降っていた。
その光景を生み出したのは、少女が持つたった二つの拳だ。
「頭、楽しそうですね~」
「ウィート、何度言ったら……まあいいわ。会長も溜まっていたのでしょう。任務のせいで主様の勇姿を見ることもできなくなりましたし」
久しぶりに出された戦闘許可。
カスタは今までの鬱憤を晴らすように暴れる。
彼女は目を血走らせ、完全に瞳孔が開いている。全身の皮膚は茹で上がったように赤くなり、服がところどころ破けていることを気にしている素振りすら見せない。
「王国の盾!」
反勇者派の男が防御の最上級魔法を放つ。
男とカスタの間に、王国の印である冠が描かれた盾が現れた。
「バーカ! こんなんじゃ止められねーよー!」
カスタが右手の打撃一回で盾を割る。
そのまま男の首を握り締め、ねじ切った。
反勇者派は決して小さな組織ではない。王政の中心にまで入り込むほど権力を持っていた。
ここは、その中でも武闘派が集められた拠点だ。
「久しぶりだな~。あんなに知能が下がった頭を見るのは~」
「なんてこと言っているの!」
商会の副会長で獣人のバーリィが、妹のウィートの頭を叩いた。
ふたりは逃げ道を塞ぐために空間の出入り口に立っている。
獣人の姉妹とカスタ、三人での任務だった。
他の娘たちも、反勇者派の拠点を潰して回っている。
「貴様ら、ヴィオレンティア商会だろ……こんなことして、ただで済むと……」
最後に残った男が、吐血交じりに言葉を出す。
「テメエはなんにも分かってねーよーだなー。私たちが証拠を残すと思っているのかー? なあ、バーリィ!?」
「は、はい!」
バーリィが両手を横に直立する。ウィートもつられて同じ姿勢になった。
「一商会にそんな力があるわけないだろ……我々の指導者が、貴様らを……必ず……」
男が勝ち誇ったように、カスタを見る。
「バーカ、皆殺しに決まってるだろ」
カスタが手刀で、男の首を胴体から切り離す。
床に転がったその顔は、絶望の表情に染まっていた。
「か、会長! お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした!」
血濡れで出入り口に戻ってきたカスタを、獣人の姉妹が頭を下げて出迎える。
「いい湯だった」
「はい!」
「それで、本拠地は分かった?」
「王都闘技場近くの裏路地にあります!」
ウィートの声は終始上ずっている。
「じゃあ行こうか」
「……あの」
「なに?」
「ひっ、あ、あの、妹様もお向かいになるとのことです……」
「そっか、じゃあ私は戦えないね。いやー、久しぶりに楽しかったー」
カスタがいつもの穏やかな顔を戻し、両手を上にあげ伸びをした。
獣人の姉妹が『ふう』と息を吐く。
「でも、わざわざ妹様が出向くなんて、訳ありのようだね」
「そうですね。『そろそろ国が欲しい』と言っておりました」
しばらくの沈黙が流れた後。
「やっとだねー」
「やっとです」
「やっとだ~」
少女たちは仲良く笑い合っていた。