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友達を作る

 俺は学内をぶらぶらしている。

 いつも見ている光景だが、今日は新鮮に見えた。

 色とりどりの看板に、いつもと違う服を着た生徒たち。教室は学園の財力によって模様替えされている。

 非日常とは、なぜこうも胸を躍らせるのだろう?


「創作料理専門店でーす! よろしくお願いいたしまーす!」


 ある教室を通ろうとした時に、気になる単語が聞こえた。

 創作料理、か。ふむふむ。

 まあ素人の学生が考えたレシピだろうが、俺様が評価してやろう。

 料理の腕に自信を持っている俺は、鼻を鳴らし謎の上から目線で客引きについて行く。


「ありがとうございます! お客さん、全然来なかったんですよ……」


 教室に入ると同時に生徒に感謝された。

 たしかにテーブルはがらがらで、中にいる生徒も暇そうにしている。


 案内された中央に配置された大きめのテーブルに一人で座る。

 他の教室と違って装飾も質素だった。


「こちら、本日のメニューとなります」


 選べないのか。それは強気だな。

 渡された紙にはメニューが一つ”本日のおすすめ”と書いてあった。

 そもそもこの店は本日しか開店していないが、そこはご愛嬌(あいきょう)というやつだろう。

 それにしても……なんだこれは?

 創作料理だということは知っていたのだが、書かれているのは、まず王国では見ないような食材だった。


「えっと……この”ニク”というのは何ですか?」

「ニクですね」

「いや、だから何の肉なのか……」

「えーっと、説明は直接シェフからお願いします」

「分かりました……では、本日のおすすめをお願いします」


 生徒が簡易キッチンへと戻っていく。

 そこでやっと俺は気づいた。

 ここは交流戦の相手である”エクエスの国”の生徒がやっているお店だ。

 エクエスは王国に接する小国だ。騎士の国と呼ばれているように武芸に(ひい)でている。

 しかし古い国風が産業の成長を妨げていることもあり、経済は王国に依存していた。


 なるほど、だから俺に対して初見で普通に接することができたのか。

 他の生徒は基本俺に対して少し距離を置こうとしてくる。

 すこし関りを持てば、俺が親しみやすいと分かってくれるのだが。


 俺は冷静を装い思考しながらも、心ではワクワクしていた。

 まだ見ぬ料理が俺を待っているのだ。

 さーて、ニクの正体とは……


「おまたせしました。料理の担当をした、エリナベラ・ピエタ・エクエスと申しますわ。よろしくお願いしますね、フォルフォスさん」


 期待の空想をしていると、エプロンを着た生徒に話しかけられる。

 エリナベラと名乗った女性。

 長い金髪を縦ロールにしている。その髪型は面倒くさいぞ……

 それよりも驚いたのが、彼女のメリハリの効いた豊満な体だ。

 あまりの衝撃に、俺は目を見開いて自分の体と見比べてしまう。


(おな)い……(どし)……だと……」

「どうしたの? 私の体がなにか変なのかしら?」


 おかしい。世の中はおかしい。

 確かにエクテの発育も良かったが、なぜこうも不平等なのか。

 いや、何を考えているんだ俺は。

 我は魔王ぞ、魔王……魔王なんだよ……成長、したかったなあ……


「いえ、世界に対して抗議していました」

「フォルフォスさんは面白い方ですわね」

「その、何で私の名前をって……あ!」


 この人は俺の交流戦での対戦相手だ。

 資料で読んでいたはずなのに、メイドカフェでのごたごたで脳内から明日のことが消えていた。


「失礼しました。エリナベラさん。エクエス国の皇女にご無礼を……」

「もう、ここではただの交流学生よ。それに、エリナでいいわ」

「でしたら、私のこともフォスとお呼びください」

「分かったわ。フォスさん、料理を出しますね」


 エリナが手を叩くと、生徒の一人が料理を持ってきた。


「こちらが本日のおすすめ『ニクの虹色ソース煮、季節の果物を添えて』ですわ」

「素晴らしい……」


 完璧な見た目だ。

 鮮やかな蛍光色に彩られたニクの塊。

 周りに添えられている色とりどりの果実の欠片も相まって、非の打ち所がない。


「ニクとは、様々な種類の肉を魔法で一つにした、エクエス国の特産品ですの」


 魔法で一つにするってなに? 流石にちょっと怖いのだが……

 それでも俺の食欲は止まらない。


「それを、私が独自に配合した虹色ソースで低温で煮ることにより、見た目も美しい料理へと仕上げたのですわ」


 エリナが大きな胸を張って堂々と説明した。

 彼女が作ったソース、楽しみだ。

 俺は流れ出る涎を抑えられない。


「どうぞ、お楽しみください」

「いただきます!」


 フォークをニクに乗せる。ナイフがいらない程に柔らかいそれは、簡単にほぐれた。

 虹色ソースを少しからめ、口に運ぶ。


「これが……楽園……か……」


 気がつくと俺は涙を流していた。

 一皿の上の楽園と形容するにふさわしい料理だ。

 果物をベースとしたソースはとても甘い。それでも決してくどくはなく、ニクの旨味を引き立てている。

 この際ニクがなんだとか、どうでもいい。

 ああ、完敗だ……


「エリナさん、私の負けです」

「勝ちも負けもありませんわ。料理にあるのは”愛”、それだけですの」


 俺は立ちあがって、右手を差し出す。

 エリナと固く握手をした。


 その後、夢中になって料理を食べ進めた。

 ニクを、添えられた果実と共に食べることで、飽きることなく完食できた。

 こんなにも美味しいのに……


「なんで、お客さんが来ないんでしょうかね……」

「分かる人に分かってもらえばいいのですわ」

「確かに! エリナさん、私の料理も食べていただけませんか!?」


 この人なら分かってくれるはずだ。


「えっと、私は……」

「大丈夫ですよー、ここは私たちに任せてくださーい」


 他の生徒がエリナの背中を押した。


「では、お言葉に甘えて……」

「行きましょう! 私のお店へ!」


 エプロンを脱いだエリナの手を俺は握って、教室の外へと飛び出した。

 ちなみにだが、学園祭はすべての出し物が無料だ。食い逃げではないぞ。




「これは美味しいですわ! 甘さの中に広がる繊細な果実の味が、口いっぱいに広がりますの! なにより、見た目の美しさが食欲を刺激しますわね!」

「でしょでしょ~」


 この人は分かっている。俺の理解者だ。

 俺の口調は、エリナと話すうちに砕けていく。

 メイド喫茶でケーキを食べている彼女を、テーブルに両肘をついて(あご)を手を乗せニコニコ眺めていた。


「ごちそうさまでした。良い物をいただきましたわ。ありがとうございます、フォスさん」

「もーう、フォスで良いってー。ね? エリナ」


 エリナが満足気な表情でお礼を言ってきた。

 遠慮は無用だ。俺たちは同士だからな。


「分かったわ。ではフォス、この後はどうしますの?」

「せっかくだし、学園を案内するよ!」


 そう言ってまた、エリナを連れ出す。

 カスタが材料の補充に行っていて良かった。こんな俺を見られたら、流石に恥ずかしかったからな。


 教室を出て、エリナの手を引きながら廊下を歩く。

 あまりの発育の差から、俺を知らない人から優しい目を向けられた。

 親子とでも思っているのか? 失敬な。


 学園を楽しく説明して回る中、気になる看板を見つけた。

 『恐怖の館』

 それだけではスルーしそうになったが、俺の目をくぎ付けにしたのはその(うた)い文句だ。


 『魔王より怖い!』


 なんだと!?

 それは聞き捨てならない。

 俺の学園祭で緩んだ心が引き締まり、真剣な表情と声音(こわね)になる。


「エリナ、これは挑戦よ」

「な、何なの?」


 エリナの困惑顔を横目に、俺は彼女の手を引き、暗い教室の中へと入っていった。

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