学園祭で頑張る
「可愛いですよ! フォスさん、自信を持って!」
一人の女生徒が俺に向けて言った。
周りにいた他の生徒もうんうんと頷いている。
「そうですか……それならばいいのですが……」
俺は困惑しながらも賞賛を受け入れた。
学園祭初日、テーブルと椅子が用意された教室の中での俺の格好は、魔王的に言えば少し恥ずかしかった。
レースがふんだんにあしらわれたメイド服を着た使用人。それが今の俺だ。
俺の髪色と同じ白を基調とした服は、仕事着として不適なほどにフリフリしている。
頭にはカチューシャが付けられていて、見た目だけで言えば頑張っておままごとをしている少女、といったところだ。
俺のクラスの出し物は、使用人の格好をした生徒がお給仕をする喫茶店、いわゆるメイド喫茶というものだ。
この学園に通っている生徒は皆お金持ちだ。『普段見ている使用人の格好をしてみたい』と誰かが言い出したのがきっかけだった。
様々な職種に興味を持つ、とても良いことだ。俺も最初はこの出し物を受け入れていた。
「はあ、まさかこの俺がこんな格好をするとはな……」
着替えが終わり教室の隅で待機しながら思い出す。
確かにエクテには色々と可愛い格好をさせていた。
それでも見た目に興味が無かった俺は、教会支給の質素な私服しか着てこなかった。
予算が青天井であるこの学園の催し物は、俺に特注のメイド服を与えたわけだが……
これはまた……動きずらい。
「今日は頑張るぞ!」
両手を胸の前で握りしめて気合を入れる。
服のことは関係ない。俺はやる気に満ちている。
今日この教室で売り出すデザートは全部、俺が作ったものなのだ。
「やっぱり頑張らないどこ……できれば来こないで、お客さん……」
余った売り物は俺のものだ。
さっさと終われ、今日。
時間が経ち準備も終わり、昼頃に学園の開放が始まった。
学内に人があふれる。
この人たちは学園の関係者。本日学園祭に参加できる条件は、生徒の関係者か招待状を受け取るかだった。
お偉いさんが多いこの学園は警備のため、一般には解放されていない。
それでも、明日の交流戦のために来校している他国の生徒も含め混雑している廊下に、俺は覚悟した。これは売り切れてしまうな、と。
俺が作った至極の一品たちなのだ。あたりまえだよね。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
初めての客が教室にやってくる。他の生徒と共に頭を下げる。
もちろん挨拶まで使用人仕様だ。
客である男性をテーブルへと案内し、俺は注文を受けた。
「この”フォスちゃん特製甘々ケーキセット”を一つ……」
「良い選択ですね。それは私が作った特製のケーキで、酸味と苦みを出さず、どうやって鮮やかな色合いを表現するのか……」
「ちょっとフォスさん!? 説明は大丈夫だよ?」
女生徒に止められる。
必要ないのか。せっかくだから俺のこだわりを聞いて欲しいのに……
俺は教室の端に作った簡易的な作業台に行きながら、もやもやしてしまう。
この際、メニュー表に書いておくべきだったな……
それにしても、今まで気にしてもいなかったが、このクラスの皆とは普通に話せるようになっているようだ。
確かに嫌な生徒が軒並み消え、全生徒の3分の1が退学するという異常事態になったが、残った生徒間の空気は良い。
今の俺に対する感情は、恐怖半分親愛半分といったところだろう。
親しみを受けるのは良いことだ。俺は皆に愛される魔王を目指しているからな。
なぜか『ちっちゃい』だの『かわいい』だのという声が多く聞こえるが……
俺は考え事をしながらも手早く準備を済ませ、男性のテーブルへと戻った。
「お待たせしました、ご主人様」
「ええ……」
男性は俺が運んできたケーキを見て引き気味になっている。
やはり緑色のケーキは一般的ではないようだ。
大丈夫、俺が流行らせる。
「”もえもえソース”のサービスは受けられますか?」
「もえも……何ですか、それ?」
説明しよう。
もえもえソースとは、様々なデザートソースを組み合わせ最適解を施した、万能デザートソースなのである。
飲まば血糖値と体温の急上昇により、どんな日でも燃え尽きたように寝てしまう。
言葉の通り、燃え燃えソースなのだ。
完成までに苦節1週間、俺の体で実証済みだ。
「いや、さすがにそれは……大丈夫です……」
「かしこまりました……」
なんだ、いらないのか……
しょんぼりしながら俺は立っている。初めての客の反応を見て戻りたかった。
男性も俺の考えを察してくれたのか、何も言わずケーキを口へと運ぶ。
「お、おいしいですね。見た目とは違って、しっかりとした甘さが脳に響きます。ちょっと見た目が……」
「ありがとうございます!」
そうだろうそうだろう。
蛍光色からは想像もできない濃厚なカスタードの甘さ。我ながら素晴らしい出来だと思う。
ああ、口内に広がる甘味、それには誰も抗えまい……
「あ、あの……食べます?」
俺はいつの間にか涎を垂らしていたようだ。
「フォスさん!? ご失礼いたしました!」
女生徒が男性に謝り、俺も頭を下げて待機場所に戻った。
反応は上々、これでは俺の食べる分が無くなってしまうぞ?
俺はしたり顔で鼻を鳴らす。
それから数時間が経ち。
教室の前で俺は悩んでいた。
なぜだ、なぜ客が来ない。
最初はそこそこ客が入ってきた。俺のクラスの親や知り合い、王立学園の学生が使用人の姿をするという物珍しさに入ってきた人たちだ。
デザートの味も好評だった。もえもえソースは誰もかけなかったが……
考えられる原因は一つ。
今日この学園に来ている人は皆、使用人を雇っているような金持ちであることだ。
見慣れている光景にわざわざ時間をかけるような人たちでも無い。
やはりメイド喫茶など無謀だったのかもしれない。
「でもいいんだ……これでいいんだ……」
余ったデザートは俺のものだ。
別に悲しんでなんか……
「ゆうし、フォスさん、お客さんだよ~」
休憩から帰ってメイド服をきたカスタが、窓際で暇していた俺を呼ぶ。
おっと、いかんいかん。笑顔笑顔。
俺は顔を作り、教室の扉へと向かう。
「「「よ、よ、よろしくお願いいたします!」」」
客であるのに頭を下げて、かしこまっている少女たち。その数10人。
彼女らは同じ白い背広を着て、胸には拳の紋章を付けている。
「いらっしゃいませ、お嬢様方。別に緊張しなくていいのですよ?」
俺はにこりと微笑みかける。
少女たちの中の何人かが倒れそうになっていた。低血糖かもしれない。早く甘いものを振舞わねば。
俺は分かっていた。
少女たちが付けている紋章はヴィオレンティア商会のもの。
ということはカスタの部下、いや、若すぎるから職員の友達だとみるべきだ。
確かに自分の働いている組織のトップの娘の前だ、緊張もするさ。
「あら? そちらのお嬢様は?」
少女たちの中、ひとりだけ白の制服を着ていない。
紺のブラウスに白のパンツという質素な着こなしなのに、立つ姿は美しく、品を感じさせている。
背は他の少女より少し高く、灰色の髪を腰近くまで伸ばしている。
特徴的なのは大きな黒の色眼鏡だ。それが彼女の目元を隠す。
本人の顔や声、そして魔力の質を不自然なく隠しているそれは、高度な魔法技術が使われていた。
認識阻害の魔導具か。まあ、ここは王立学園、正体を明かしたくない者もいるだろう。
俺は余計な詮索はしないことにした。
「おねえ、さま……」
「はいはーい! しす、この方は私の商会をご支援いただいている人です!」
両手を広げてふら~っと俺に近づいてきた女性との間に入り、カスタが大きな声で説明した。
なんだ、そういうことか。カスタの口調からも相当に偉い人だと分かる。
それにしても、さっきの動き……
「お嬢様方は本当に甘いものがお好きなんですね。どうぞごゆっくりお過ごしください」
俺はスカートを手で持ち、丁寧にお辞儀した。
皆糖分を求めているのだ。それはもうふらふらになるぐらい。
甘味好きを満足させねば。頑張れ、俺。
……それにしてもこの女性は大丈夫なのかな……
身を引き締めるのと同時に、黒眼鏡の端から血の涙を流している女性を見て、俺は心配するのだった。