前へ次へ  更新
18/37

カスタードの使い方 下

 屋敷の中、ひときわ大きな部屋で。


「連れて来たぞ」


 ヒューリがドアを開け、中で偉そうに座っていた男に話しかけた。


「ヒューリ! なぜ連れて来た!? 命令は殲滅のはずだぞ!?」


 悪徳商会のトップである男が怒ったように言う。


「まあまあ、相手は可愛い少女たちだ。話ぐらい聞いてやろうぜ」


 ヒューリが男の隣に座る。

 雇われの立場であるのに、態度は堂々としていた。

 周りにいた護衛が動こうとしたのを、男が制した。


「お前がそう言うならいいだろう。いくらヴィオレンティア商会とはいえ、あのヒューリには勝てまい」

「そういうこった。まあ、ゆっくり楽しもうぜ」


 ヒューリが男の方に腕を回す。

 まるで旧知の仲のような馴れ馴れしさだった。


「おーい。入っていいぞー」


 ヒューリの呼び声とともに、カスタと(ドータ)たちが部屋へと入ってくる。

 部屋の扉側にヴィオレンティア商会、窓側に悪徳商会といった分かりやすい構図で対峙している。


「どうもはじめまして。私はカスタ・ヴィオレンティア。今日はお願いがあって来ました」


 男の対面に座ったカスタが柔らかい口調で話す。


「ふん。こんな小娘が暴力商会の会長だとはな。他の商会はなに恐れていたのだ……で、お願いとはなんだ? 小遣いでもねだりに来たのか?」


 男の表情にはまだ余裕が見えた。


「いえ、私が要求するのはただ一つ。それはあなたの全てです」

「なんだと!?」


 男が怒り出す。


「ふざけるな! 大人をバカにするのもいい加減にしろ!」


 男の指示で護衛の一人が動く。

 カスタに近づき、胸倉をつかもうとした瞬間、その護衛の首が消えた。


「会長、話し合いで解決するのには無理があるかと」


 バーリィが片手に持った護衛の首を邪魔そうに男の足元へ投げる。

 彼女の頬にあったヒューリにつけられた傷は、獣人が持つ治癒能力で綺麗さっぱり消えていた。


「ヒューリ! 何とかしろ!」


 悪徳商会の私兵の中でも強者だった護衛が一瞬で(ほうむ)られた。

 その事実に男は焦る。


「ははは。無理だね。今のはテメーが悪い」


 ヒューリは聞く耳を持たない。

 タバコに火をつけ、足を組んでくつろいでいる。


「話し合いをしたくないのなら、どうでしょう? 私とお遊びでもしましょうか」

「遊び、だと……」


 男は困惑している。


「ウィート、(チャカ)ちょーだい」

「へい! (かしら)、こちらになりますぜ。へへへ……」


 ウィートが下手な演技で、カスタに銃を渡した。


「貴様! なぜそれを持っている!? それは帝国製の魔導銃(まどうじゅう)だろ!?」


 男が驚くのも無理は無い。

 帝国は王国の南部に接する大国であるが、完全なる鎖国体制を敷いている。

 人や物の流通はおろか、魔法通信でさえ両国間では行うことができなかった。

 つまり、王国内で帝国の技術を見ることは不可能なのだ。


「私たちは手広くやらせてもらっていますので」


 ヴィオレンティア商会長が発したの言葉の意味は、男が思っているのと少し違っていた。

 カスタが持っている回転式弾倉を備えた小型魔導銃は、以前神の槍(オスカル)に対して探りを入れていた帝国の密偵から()()()ものだ。

 だが、この誤解が男の中の恐怖を増大させる。


「さて、これからするお遊びのルールは単純……」


 男に拒否権は無い。

 カスタが銃の弾倉に一発の弾丸をこめる。


 弾丸とは、先に小さな金属の塊が付けられた魔力の充填されている容器の総称。

 魔導銃に装填された弾丸は、引き金によって内部に刻まれた爆発魔法陣が起動すると、その圧力で金属塊(きんぞくかい)が目標へと射出される。

 まだ試作段階だが、魔導技術に優れた帝国が一般人でも戦闘魔法を使えるように開発した”最悪の魔導具”だ。


「一発入ったこの銃で、お互い自分の頭を撃つ。もちろん何回でもいい。ただし、一回以上」

「狂ってる……」

「で、撃ち終わったら相手に渡す。勝利条件は終了時に”生きている”こと」


 カスタは楽しそうに銃を眺めている。


「弾倉を回すのは、そうね、公平のためヒューリさんにでもお願いしましょうか?」

「……ああ、任せろ」


 ヒューリが受け取った銃の回転式弾倉を回す。

 高速で回転されたことによって、どの穴に弾丸が入っているか分からなくなった。


「私は優しいから、先攻後攻を選ばせてあげる」

「後攻だ!」


 男は(わら)にも(すが)る気持ちで答えた。


「いいよ。じゃあ、いくね」


 カスタは自分の頭に銃口を当て、引き金を引く。確率は6分の1だ。


 1回目、カチッと音がなる。弾は出ない。カスタは無表情のままだ。男の顔が汗で濡れる。


 2回目、カチッと音が鳴る。弾は出ない。カスタは口角を少しあげる。男の顔から血の気が引く。


 3回目、カチッと音が鳴る。弾は出ない。カスタは笑みを堪えられなくなる。男の顔が蒼白になる。


 4回目、カチッと音が鳴る。弾は出ない。カスタは笑い始める。男が失神する寸前になる。


 5回目、カチッと音が鳴る。弾は出ない。カスタは笑い声を隠そうともしない。男が白目をむいた。


「あはははは! たっのしー!」


 カスタは満面の笑みで腹を抱えている。


 ヒューリがカスタから受けた依頼はこれだった。

 6回目で弾が出るようにすること。繊細な剣技を得意とする彼だからこそできた芸当だ。


 今日会ったばかりの相手に対する信頼ではなかった。

 たとえ弾が発射されても、カスタにとって致命傷にはならない。

 それでも気絶することぐらいは覚悟しなければならなかった。

 その場合は、娘たちによって本当の鏖殺(おうさつ)が始まったのだが。


 ヒューリが男を叩き起こす。

 男は意識を戻し、震えた声で聞く。


「ど、どうせ、それは偽物だ……」


 男の言葉が終わる前に、カスタが護衛の中の一人に照準を合わせ、引き金を引いた。

 護衛の頭に風穴があき、その場に倒れこむ。

 他の護衛たちはあまりの衝撃で動けていない。


「あ、やっちゃった。これは……これはゲームだから、遊びだからセーフってことで。バーリィ、ラルウァ様には遊戯中の誤作動だと報告してね?」


 カスタの額には大粒の汗が浮かんでいる。


 バーリィは何も言わず、カスタから銃を受け取り6発の弾丸をこめる。

 続けて倒れている護衛のところまで行き、その体に全てを撃ち込んだ。


 破裂音が連続して室内に響く。


 そして何事もなかったようにカスタの元に戻り、銃を返した。


「会長、私がやりました」

「さすがバーリィ。頭が回るね」


 人を殺したというのにふたりの少女の会話は、いたずらを隠そうとする友達同士のように軽い。


「よし、もう一回やろうか?」


 銃を掲げ、カスタがニッコリと男に提案した。


「ヒューリ! 殺せ! 全員殺せ!」


 男が焦った声で叫んだ。


「いいぜ」


 ヒューリが男の右太ももにナイフを突き刺した。

 それと同時に残っていた護衛の頭が、娘たちの拳によって粉砕される。


「なぜ……だ……裏切ったのか……」

「元からこうする予定だ。お前は子供たちを(さら)い売っていただろ? そのツケが回ってきたっててわけだな、諦めろ」


 ヒューリが悪徳商会に雇われていた理由は、売られた子供たちを助けるためだった。


 男の顔が絶望に染まり、カスタが愉悦(ゆえつ)の笑みを浮かべる。


「そういうこと。でも、私は優しいからね」

「頼む! 命だけは見逃してくれ!」

「……いいよ、命()()は見逃してあげる」


 そう言ったカスタが、再び弾倉に弾をこめる。


 静かな夜の空に、一発の銃声が響いた。




 その後、王国に一つの慈善団体が設立された。

 そこでは国中の売られ攫われた子供たちが不自由なく暮らしている。

 意外なことにその団体を運営しているのは、カスタ・ヴィオレンティアによって解体させられた悪徳商会の会長だった男だ。

 人々は言う。『彼の目はどこか虚ろで、誰かに操られているようだ』と。


  *


「もう終わりだ……」


 自室のベットで、大の字になりながら俺は呟く。

 左手で(しぼ)り袋を握っている。それには前回作りすぎて余ったカスタードが入れられていた。


 俺はここ数十分『おしまい』だと声に出しては、袋の先端からカスタードを吸っていた。

 心はこんなにも荒んでいるというのに、直接的な甘さが脳に響いてしまう。

 やさぐれている場合じゃないのにな……


 ついに明日に迫った学園祭。

 結局何の対策も考えられなかった。

 ”やるべきなのにやりたくない”ことのやる気は、どうしても出せないのだ。

 甘いものを(すす)り、現実逃避をする毎日……ああ、俺はダメな魔王()だ……


「まあ、なんとかなるか?」


 そう言ってまたカスタードを飲む。

 悩みで悶々としてしまう日はこうでもしないとな……

 体の血糖値が急上昇するのを感じ、俺は心地の良い眠気と共に落ちるのだった。

前へ次へ目次  更新