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カスタードの使い方 上

「はよ開けろやゴラァ!」「逃げてんじゃねーよボケェ!」「諦めろや雑魚がぁ!」


 フォルフォスが放課後も学園祭の準備に奔走(ほんそう)している時。

 白い背広(スーツ)を着た少女たちが、王都郊外にある屋敷の門を叩きながら叫んでいる。

 彼女たちが着ている制服には、ヴィオレンティア商会のマークである”拳”の紋章がつけられていた。


 少女たちの最後列では、会長のカスタが満足気に頷いている。

 商会の職員と言えども(ドータ)たちだ。小さな体から本来発せられるはずのない威圧感が屋敷へと向けらている。


「会長、奴らは出てきません。壊しますか?」


 赤みがかがった麦色の長い髪をしている少女が、カスタに話しかける。

 彼女はカスタが学園にいる間、商会の管理を任せている副会長のバーリィ。

 神の槍(オスカル)の資本の管理もしている、常に合理的な選択をできる賢い娘だ。


「あいつらも焦っているんでしょ? もう少し圧をかけ続けて」


 屋敷の周りには、娘たちが結界を張ってある。お抱えの戦闘員はおろか騎士団にすら助けを呼べない。

 カスタの言う通り、屋敷の所有者である悪徳商会は混乱していた。


(かしら)~、パパっと()って終わりにしましょうよ~」


 バーリィと同じ色の髪を短く切って、目をギラギラさせているのはウィート。

 副会長の妹で商会の実働部隊を任されている。


「こら、また品の無い呼び方を! 会長、でしょ?」


 バーリィがウィートの頭を叩いた。

 この姉妹はカスタが直々に育てた、元傭兵だ。


「ウィートは我慢を覚えないとね。それに全部消しちゃうと、販路を乗っ取れないよ」

「さっすが会長! あったまいい~」

「……でも、もう飽きた。そろそろ入ろうか」

「任せてください!」


 ウィートの爪が伸び、頭に(いぬ)の耳が生える。

 彼女は魔族だ。その中でも好戦的な獣人である。


 行動を察した他の(ドータ)が門までの道を開く。

 カスタも含めその場の全員が耳を(ふさ)いだ。


「ウォォォォォン!」


 ウィートが発した遠吠えが、魔法で強化されていた門を軽く吹き飛ばす。


 屋敷の中にいた警備の兵が焦ったように剣を抜く。


「全員悪人だね。綺麗にしましょう」


 ヴィオレンティア商会には大切な理念があった。

 それは神であるフォルフォスがエクテに説いた『良きを愛せ』だ。

 悪人以外は殺してはならない。絶対の教えだ。


 悪徳商会の兵が人攫いに加担していたという情報と、彼らから臭う血の匂い、その二つをもってカスタが部下に命令を与える。


「皆殺しだ」


 10人しかいない娘たちと屋敷内の兵およそ100。

 数の差は歴然だった。


 屋敷内から放たれた魔法と矢の雨が娘たちを襲う。

 すべて、展開された魔法障壁に防がれた。


「やっほー!」


 いつの間にか兵の中心にいたウィート。


「ばいばーい!」


 ウィートが爪の伸びた両手をぐるりと回す。

 周りにいた兵の首が飛んだ。


 他の娘たちも戦闘を始める。

 彼女らは武器を持っていない。強化された拳で屋敷の兵に殴りかかる。


 戦況は圧倒的だった。

 カスタとバーリィが血しぶき舞う中、屋敷への道をゆっくり歩けるぐらいには。


 カスタが屋敷内へ入ろうという時に、中から一人の男が出てきた。


「おっと、ここは遊び場じゃないぜ、お嬢様方」


 つば広の帽子を目深にかぶり、口にはタバコを咥えている。


「やっと出てきましたか。遅かったですね」


 バーリィが眉間にしわを寄せて男に声をかけた。


「ホントは出る気なんてなかったんだぜ? それにその様子、俺のことは知ってるんだな?」

「傭兵業をしていれば嫌でも」


 彼の名はヒューリ。

 歴戦の傭兵にて、常に最前線で戦うことを好む漢。


「ヒューリ、私に雇われる気はない?」


 カスタが提案をする。


「嬉しい誘いだが、断わらせてもらう。俺も傭兵の端くれ、今日の雇い主はここの()()だからな」

「気に入った。じゃあ、こうしよう。私の部下と戦って、勝ったら見逃してあげる」

「見逃す……ね。あんたが戦ったらスグ終わるだろ? 俺に拒否権なんてねーよ」


 屋敷の兵の処理が終わった娘たちが、カスタの元に戻ってくる。


「で、戦うのはどいつだ? 女子供と戦う趣味はねーんだがな……」


 ヒューリがやれやれといった表情で歩き始める。


「バーリィ、久しぶりに暴れたくない?」

「ご使命とあれば……」


 バーリィがしぶしぶといった声音で返答し、ヒューリについて行く。

 道中、彼女の口角が少しずつ上がっていった。


 屋敷前の広場、その中央でバーリィとヒューリが向き合う。

 その周辺に娘たちが結界を張り、即席の闘技場が作られた。


「姉貴~、やっちまえ~」


 ウィートの間延びした声が響く。


「1分ね」「30秒、私は今日のおやつを賭けるわ」「一撃じゃないの?」「今日のおやつって何だったっけ?」「カスタードタルトよ」「私、それ大好き……2分で」「40秒、タルト全賭け」


 周りの娘たちもまるで観戦気分だ。

 キャッキャッと楽しそうに談笑している。


「やりずれぇな。まあ、手加減なんてできないか……」


 ヒューリが両手に剣を持つ。


傭兵の意地(マーセナルプライド)


 ヒューリが唱えたのは物体強化の最上級魔法。

 彼の剣が輝き始める。


「私もこのままでは危ないですね」


 バーリィの体が変異を始める。

 口が人間離れして大きくなり、瞳孔は縦に長く、耳は狼のそれになっている。

 制服の隙間からふさふさの尻尾が飛び出て、全身にも毛が生えていた。


「おいおい、ここまでの獣化は初めて見たぞ……」


 ヒューリが驚いている。


「始めちゃってー」


 カスタが開始の合図をした。


 バーリィが両手足を使って踏み込み、(ひと)飛びでヒューリの首元に嚙みつく。


「残念だったな。こっちも強化してるんでね」


 ヒューリは首含め、体の様々な部位に金属や魔物の皮を埋め込んでいた。

 物体強化が施されたそれらの強度は、バーリィの牙をも防ぐ。


 ヒューリが牙をめり込ませて一瞬隙を見せたバーリィの腹部に剣を突き刺す。

 彼女はその反動で、元居た位置まで飛ばされてしまった。


「残念ですね。こちらも強化しているんです」


 バーリィが制服をめくると、毛に覆われた腹部が露になる。傷一つついていない。


「こりゃあ、長くなりそうだぜ……」


 ヒューリが二刀の剣を構え、大きな溜め息をついた。




(かしら)~、終わりませんね~」


 戦いが始まって5分が経とうとしていた。

 金属どうしがぶつかったような甲高い音が響く中、カスタの隣でウィートが欠伸(あくび)をしてあぐらをかいている。


「ウィートなら勝てる?」

「もちろんです!」

「だよね……バーリィは本当に頭が良いんだけど……もう考えすぎ。戦いなんて本能なのに……」


 ヒューリとバーリィの戦いは続く。

 ふたりの体に傷跡が目立ち始めていた。


(らち)が明かねーな。次で終わりにするぞ」


 ヒューリが身に着けていた装備を地面に落とす。

 身軽になった彼は、一本の剣を両手で持ち、右足を引いて突きの構えをとった。


「賛成です。流石に疲れました。帰って甘い物食べたい……」


 バーリィが四足(しそく)を地面につけ、突進の姿勢を見せた。


「バーリィ! 今日はタルトだよー! 全員予想を外しているから食べ放題だー!」


 カスタが声を張る。(ドータ)たちから『会長、聞いてらしたのですか!?』という焦りの声があがる。

 バーリィの顔に笑顔が浮かび、すぐに獣の(うな)りをもらし始めた。


「グルルルル……」

「嬢ちゃん……怖すぎるぞ……」


 バーリィの瞳孔は完全に開き、口元からは(よだれ)が垂れている。

 その見た目は完全に獲物を狙う肉食獣そのものであった。


 バーリィが全身の毛は逆立たせながら飛ぶ。

 ヒューリがそれを迎え撃つ形で、突きを放つ。


 バーリィは避けようともしない。

 大きく口を開け、剣を受ける。直前で頭を少し反らしたことで、左頬から剣先が突き出た。


「まじか、こいつ、最高にイカれてやがる……」


 ヒューリが彼自身の胸に当てられた獣の手を見て、諦めたように笑う。

 次の瞬間、彼は意識を失った。




「起きろ。お前にはまだやる事がある」


 カスタがヒューリの胸に手を当て、止まっていた心臓を再び動かした。


「はあ、はあ、俺、死んでいたのか?」

「傭兵としてのお前は死んだ。私の依頼を受けろ」

「ははは……断れねーな、それは……」


 ヒューリはタバコを口にくわえ、落ちていた帽子を深く被る。


「報酬はどれくらい欲しい?」

「いや、いいさ。もう前払いで貰ったからな」


 歴戦の()傭兵は自分の胸を指さし答えた。


「そう。やって欲しいことはただ一つ……」


 説明するカスタの声音が、少しずつ優しくなっていく。

 そして彼女は、この後起きるイベントが待ちきれないといった、年相応の少女のような表情をした。

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