前へ次へ  更新
13/36

日常が止まり

「変わっていない……」


 俺、14歳。

 教会の自室で絶望している。


 なぜだ? なぜ見た目が子供のままなのだ?

 せっかく人間になったのだ。

 身体的成長も楽しみの一つだったのに……


 鏡に映るのは、純白に輝く髪を肩まで伸ばし、深紅(しんく)の瞳を持ったまだ幼さの残る顔。

 そして体はもちもちしていて柔らかい。

 もう大人に近づいていくはずの年齢だ。

 なのに4年前から何も変わっていない。


 4年前か……よねん、よん……あっ!


「あれか!」


 あちゃーと額に手を当てた。

 4年前の任務、赤竜討伐の際に魔王の力を使ったのだった。

 不老と不変が発動してしまったか……


 流れで使ってしまったから、記憶から離れていたようだ。

 しかもあの時は、街で見つけたカフェのケーキにドハマりし、体形が少し崩れてしまっていた。

 ……本当は気づいていたさ。頑張って運動しても、痩せるどころか筋肉さえつかなかったからな……

 俺は現実から目を背けていただけだ。


 そういえば、前世では”魔王”を継承する前に必死で筋トレしてたっけ……

 もうこうなっては、甘いものを食いまくってやる!

 自分のほっぺたをつねりながら、半分やけくそになる。


「お、ね、え、さ、ま~!」


 エクテに後ろから抱き着かれた。


「今日も可愛いです!」

「……エクテは良いわね」


 鏡には長い黒髪をツインテールにしているエクテ。立っている俺の頭上に(あご)を乗せ、笑顔を見せる。

 可愛く着飾っても少しずつあの勇者に近づいてしまう。

 だけど今日は、その恐怖より謎の怒りが俺の心を埋めていた。


「どうしたのですか? ……またあの野郎が……」

「はあ、エクテは成長していて良いわねってこと」


 なぜ俺はこんなにもイライラしている?

 馬鹿馬鹿しい。

 こんなことは計画の(さまた)げにならない。


「私はどのような姿でもお姉さまが一番ですよ」

「ありがとう……」


 エクテは俺の髪に顔を当てて、落ち着いた声を出した。

 妹は成長している。それは精神的にもだ。昔のようにわがままを言うことも無くなっていた。

 ははは、もうどっちが姉か分からないな……


「すー、はー、お姉さま、いい匂い、ぷにぷに、ぐへへ……」


 俺はいつものようにエクテに体を触られながら『本当に落ち着いているなー』などと浸っている。

 ……場合ではない。

 今日は言わないといけないことがあった。


「エクテ?」

「はっ、な、なんでしょう」

「ちょっと話せるかしら?」


 部屋の隅にある丸机まで移動する。

 ふたりで座り、しばらくの沈黙が続いた。


「これからあなたに会えなくなるかもしれないの……」


 意を決して言葉を出す。

 エクテが絶句した。


「教会、いや王国の方針でね。王都にある王立学園に通うことになったの……」

「で、でもっ、休みの日とか……」

「できるだけ会う努力はするわ。でも、任務と鍛錬の予定が……それに王都とこの街の距離もあるし……」


 やばい、こわい。妹、怖い。

 エクテの雰囲気が黒く変色していくのを感じる。


「あー、もうぜんぶ、ぶっこわしてしまおうかなー」


 エクテが生気のない目で天を仰いでいる。


「大丈夫よ! お手紙をたくさん送るから! それにね、たったの2年よ?」


 座っているエクテの後ろに回り、今度は俺が抱きしめる。

 俺は立っているというのに頭を撫でずらい。


「良い子でいれるよね?」


 エクテは近々花屋で働き始めるらしい。

 見張ることができないのは俺としても不安だが、王国の決定に逆らうのは悪手だ。

 教会と違って王国に対しては後ろ盾がない。


「……はい」

「もう! 私と一緒に居る時は?」

「仲良く楽しくです……」


 妹が負い目を感じ無いように、昔決めたルールだ。

 お願いだから機嫌を直してくれよ……


  *


 神の槍(オスカル)本部、長机が置かれた薄暗い空間。


 エクテは黒い(もや)の中を抜ける。

 目の前には6つの人影、全員が(ひざまず)いていた。

 ラルウァを除いた5人はこの組織の(ドータ)たち、その中でも世界を姉好(あねご)みに変える力を持つ”調味料(ソーセズ)”だ。

 

「みんな忙しいところごめん……」


 エクテのテンションは低い。


「エクテ様、どうされたのですか!?」


 黒い肌のエルフ、ラルウァが焦ったように声をかけてきた。


「お姉さまが監禁されることになった」


 周りがざわめきだす。


「とりあえず座って。説明するから」


 エクテは事の経緯を説明した。

 憎き教会と王国が、学園という名の監獄に姉を閉じ込める予定だということを。


「くそっ! くそっ! くそっ! 全て消し去ってやろうか!」


 話している内に怒りが沸き、エクテは足を何度も地面に踏みつけた。

 空間自体が揺れる。

 場の空気が緊張する。

 誰も言葉を発しない。ただひとりを除いて……


「そうですよ! 全員ぶっ殺しましょう!」


 明るい茶色髪の少女が拳を上に掲げ、優しい声からは想像できないほど好戦的な態度を取る。


「ちょっ、カスタのバカ! 空気を読みなさいよ!」


 カスタの横に座っていた暗い茶色髪の少女が焦っている。

 周りからも『あの戦闘狂(バカ)』という諦めにも似た声が発せられた。


「まあ、それも考えたんだけど。お姉さまは”普通”を大切にしていた。私が奪った普通を行える良い機会だとも思う……だって、学校って普通でしょ?」


 エクテの疑問に答えられるものはいない。

 皆、学校というところに行ったことが無いの?

 エクテは思い出す。昔行った学校での生活を……

 あー、そうだ。初日で面倒になって関係者をみんな洗脳したんだった。

 エクテも学校に行ったことが無い。


「では、誰かを密偵として学園に送り込んではいかがでしょうか?」

「……そうね。誰が行きたい?」


 エクテが問いかけた瞬間、全員が手を挙げる。


「まあ、そうなるよね。私だって行きたいし……ラルウァは誰が良いと思う?」

「そうですね。戦闘のカスタ、魔法のレート、情報のクリム、隠密のラメル、??の???、そしてなにより、全てを兼ね備えた()()のラ・ル・ウァ、がいます」


 全員の冷めた目がラルウァへと向けられている。


「ラルウァはダメ。その見た目で行く気?」


 ラルウァがしょんぼりとした。

 当たり前でしょ……あなた何歳(いくつ)よ……


 他の娘たちの年齢は問題ない。

 さて、誰にするか。

 そういえば……


「カスタ、商会はうまくいっているようね」

「はい! 悪い奴らをしばき倒して販路を拡大中です!」

 

 カスタが元気に右手を挙げる。

 彼女には商いで世界を支配してもらっている。こう見えて頭が回るのだ。

 そして将来的には、世界中の甘味が姉に集まるようにする計画もある。


「あんたはやりすぎよ! (ちまた)では暴力商会なんて言われてるじゃない!?」


 暗い茶色髪の少女、レートがツッコんでいた。

 このふたりはいつも仲が良い。


「じゃあ、設定に問題は無し、か……」

「エクテ様、まさかですがカスタを行かせる気では……?」


 ラルウァが不安そうな表情で聞いてきた。


「他に理由を付けられる娘はいる? あそこは王立学園、貴族と金持ち以外お断りだよ」

「密偵としてはクリムかラメルの方が向いております。カスタは……その……バカなので……」

 

 ごく薄い黄色髪のクリムと淡い黄色髪のラメルが、すごい勢いで頷いている。

 カスタを見ると、頭のアホ毛がはてなの形をしていた。


「バカだから良いじゃない? という訳でカスタ、よろしくね。商会は下の娘たちに任せていいから」

「初日で学園全体をシメてやりますよ! てっぺん取ったるわ!」

「ラルウァ、やっぱり教育はしておいて……」

「承知いたしました……」




 後日、エクテはカスタに正式な任務を与える。


 一つ、戦わないこと。

 二つ、お姉さまには友達として近づくこと。

 三つ、お姉さまの敵は最優先で報告すること。


 目的は単純、”姉の普通”を守ることだ。

前へ次へ目次  更新