日常が止まり
「変わっていない……」
俺、14歳。
教会の自室で絶望している。
なぜだ? なぜ見た目が子供のままなのだ?
せっかく人間になったのだ。
身体的成長も楽しみの一つだったのに……
鏡に映るのは、純白に輝く髪を肩まで伸ばし、深紅の瞳を持ったまだ幼さの残る顔。
そして体はもちもちしていて柔らかい。
もう大人に近づいていくはずの年齢だ。
なのに4年前から何も変わっていない。
4年前か……よねん、よん……あっ!
「あれか!」
あちゃーと額に手を当てた。
4年前の任務、赤竜討伐の際に魔王の力を使ったのだった。
不老と不変が発動してしまったか……
流れで使ってしまったから、記憶から離れていたようだ。
しかもあの時は、街で見つけたカフェのケーキにドハマりし、体形が少し崩れてしまっていた。
……本当は気づいていたさ。頑張って運動しても、痩せるどころか筋肉さえつかなかったからな……
俺は現実から目を背けていただけだ。
そういえば、前世では”魔王”を継承する前に必死で筋トレしてたっけ……
もうこうなっては、甘いものを食いまくってやる!
自分のほっぺたをつねりながら、半分やけくそになる。
「お、ね、え、さ、ま~!」
エクテに後ろから抱き着かれた。
「今日も可愛いです!」
「……エクテは良いわね」
鏡には長い黒髪をツインテールにしているエクテ。立っている俺の頭上に顎を乗せ、笑顔を見せる。
可愛く着飾っても少しずつあの勇者に近づいてしまう。
だけど今日は、その恐怖より謎の怒りが俺の心を埋めていた。
「どうしたのですか? ……またあの野郎が……」
「はあ、エクテは成長していて良いわねってこと」
なぜ俺はこんなにもイライラしている?
馬鹿馬鹿しい。
こんなことは計画の妨げにならない。
「私はどのような姿でもお姉さまが一番ですよ」
「ありがとう……」
エクテは俺の髪に顔を当てて、落ち着いた声を出した。
妹は成長している。それは精神的にもだ。昔のようにわがままを言うことも無くなっていた。
ははは、もうどっちが姉か分からないな……
「すー、はー、お姉さま、いい匂い、ぷにぷに、ぐへへ……」
俺はいつものようにエクテに体を触られながら『本当に落ち着いているなー』などと浸っている。
……場合ではない。
今日は言わないといけないことがあった。
「エクテ?」
「はっ、な、なんでしょう」
「ちょっと話せるかしら?」
部屋の隅にある丸机まで移動する。
ふたりで座り、しばらくの沈黙が続いた。
「これからあなたに会えなくなるかもしれないの……」
意を決して言葉を出す。
エクテが絶句した。
「教会、いや王国の方針でね。王都にある王立学園に通うことになったの……」
「で、でもっ、休みの日とか……」
「できるだけ会う努力はするわ。でも、任務と鍛錬の予定が……それに王都とこの街の距離もあるし……」
やばい、こわい。妹、怖い。
エクテの雰囲気が黒く変色していくのを感じる。
「あー、もうぜんぶ、ぶっこわしてしまおうかなー」
エクテが生気のない目で天を仰いでいる。
「大丈夫よ! お手紙をたくさん送るから! それにね、たったの2年よ?」
座っているエクテの後ろに回り、今度は俺が抱きしめる。
俺は立っているというのに頭を撫でずらい。
「良い子でいれるよね?」
エクテは近々花屋で働き始めるらしい。
見張ることができないのは俺としても不安だが、王国の決定に逆らうのは悪手だ。
教会と違って王国に対しては後ろ盾がない。
「……はい」
「もう! 私と一緒に居る時は?」
「仲良く楽しくです……」
妹が負い目を感じ無いように、昔決めたルールだ。
お願いだから機嫌を直してくれよ……
*
神の槍本部、長机が置かれた薄暗い空間。
エクテは黒い靄の中を抜ける。
目の前には6つの人影、全員が跪いていた。
ラルウァを除いた5人はこの組織の娘たち、その中でも世界を姉好みに変える力を持つ”調味料”だ。
「みんな忙しいところごめん……」
エクテのテンションは低い。
「エクテ様、どうされたのですか!?」
黒い肌のエルフ、ラルウァが焦ったように声をかけてきた。
「お姉さまが監禁されることになった」
周りがざわめきだす。
「とりあえず座って。説明するから」
エクテは事の経緯を説明した。
憎き教会と王国が、学園という名の監獄に姉を閉じ込める予定だということを。
「くそっ! くそっ! くそっ! 全て消し去ってやろうか!」
話している内に怒りが沸き、エクテは足を何度も地面に踏みつけた。
空間自体が揺れる。
場の空気が緊張する。
誰も言葉を発しない。ただひとりを除いて……
「そうですよ! 全員ぶっ殺しましょう!」
明るい茶色髪の少女が拳を上に掲げ、優しい声からは想像できないほど好戦的な態度を取る。
「ちょっ、カスタのバカ! 空気を読みなさいよ!」
カスタの横に座っていた暗い茶色髪の少女が焦っている。
周りからも『あの戦闘狂』という諦めにも似た声が発せられた。
「まあ、それも考えたんだけど。お姉さまは”普通”を大切にしていた。私が奪った普通を行える良い機会だとも思う……だって、学校って普通でしょ?」
エクテの疑問に答えられるものはいない。
皆、学校というところに行ったことが無いの?
エクテは思い出す。昔行った学校での生活を……
あー、そうだ。初日で面倒になって関係者をみんな洗脳したんだった。
エクテも学校に行ったことが無い。
「では、誰かを密偵として学園に送り込んではいかがでしょうか?」
「……そうね。誰が行きたい?」
エクテが問いかけた瞬間、全員が手を挙げる。
「まあ、そうなるよね。私だって行きたいし……ラルウァは誰が良いと思う?」
「そうですね。戦闘のカスタ、魔法のレート、情報のクリム、隠密のラメル、??の???、そしてなにより、全てを兼ね備えた完璧のラ・ル・ウァ、がいます」
全員の冷めた目がラルウァへと向けられている。
「ラルウァはダメ。その見た目で行く気?」
ラルウァがしょんぼりとした。
当たり前でしょ……あなた何歳よ……
他の娘たちの年齢は問題ない。
さて、誰にするか。
そういえば……
「カスタ、商会はうまくいっているようね」
「はい! 悪い奴らをしばき倒して販路を拡大中です!」
カスタが元気に右手を挙げる。
彼女には商いで世界を支配してもらっている。こう見えて頭が回るのだ。
そして将来的には、世界中の甘味が姉に集まるようにする計画もある。
「あんたはやりすぎよ! 巷では暴力商会なんて言われてるじゃない!?」
暗い茶色髪の少女、レートがツッコんでいた。
このふたりはいつも仲が良い。
「じゃあ、設定に問題は無し、か……」
「エクテ様、まさかですがカスタを行かせる気では……?」
ラルウァが不安そうな表情で聞いてきた。
「他に理由を付けられる娘はいる? あそこは王立学園、貴族と金持ち以外お断りだよ」
「密偵としてはクリムかラメルの方が向いております。カスタは……その……バカなので……」
ごく薄い黄色髪のクリムと淡い黄色髪のラメルが、すごい勢いで頷いている。
カスタを見ると、頭のアホ毛がはてなの形をしていた。
「バカだから良いじゃない? という訳でカスタ、よろしくね。商会は下の娘たちに任せていいから」
「初日で学園全体をシメてやりますよ! てっぺん取ったるわ!」
「ラルウァ、やっぱり教育はしておいて……」
「承知いたしました……」
後日、エクテはカスタに正式な任務を与える。
一つ、戦わないこと。
二つ、お姉さまには友達として近づくこと。
三つ、お姉さまの敵は最優先で報告すること。
目的は単純、”姉の普通”を守ることだ。