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閑話 姉妹の一日 上

 俺の一日を紹介しよう。


 朝、目が覚めるとエクテを振りほどく。

 妹は寝るときに何かを抱く癖を身に付けてしまった。


「おねえさま……いけません……ああ、おねえさま……」


 寝言を言っている。いつも俺についてだ。

 正体に関してではないよな……と毎朝聞き耳を立てている。


「はっ! おはようございます! お姉さま!」


 俺が動いたことに気が付いたのか、エクテが飛び起きる。


「おはよう。今日は早いわね」

「もちろん! お姉さまとのデートの日ですもの!」

「デートね、ははは……」


 今日はエクテのご機嫌取りの日。

 あれから時間が経ってしまったが、10歳の誕生日を一緒に過ごせなかった埋め合わせだ。

 いったい何を要求されるのか?

 俺の命とか言わないでくれよ……


「じゃあ、準備して行きましょうか?」

「はい!」


 俺はいつものようにエクテの髪を整える。

 最近ハマっているツインテールだ。

 だって、あの勇者だよ? こうでもしないと怖いんだよ……


 身なりを整えて、鞄を持ち、準備万端だ。


「今日の予定は、まずは食堂で一緒にお弁当を作ります。その後公園で遊んで昼食を食べた後、少しお昼寝。午後は私が好きなカフェでケーキを食べて、最後はお買い物!」

「はい! 楽しみです!」


 完璧なプランだ。

 よし、気合を入れて行こう。

 名付けて”妹、ケーキ、超甘々大作戦”だ。




 お弁当を作ろう。


 教会の食堂で、俺はテキパキと動く。


「危ないから、全部私が切っちゃうわね」


 エクテには包丁を触らせない。

 聖剣を使う勇者としての何かを目覚めさせないためだ。

 小さいとはいえ刃物、剣だからな。


「危ないから、全部私が焼いちゃうわね」


 エクテには火を使わせない。

 妹の中に闘争本能を呼び起こさないためだ。

 戦闘用では無いとはいえ火は火、攻撃魔法と言ったら”炎”だからな。


「危ないから、全部私が(はこ)んじゃうわね」


 エクテには陶器を運ばせない。

 防衛機能を出させないためだ。

 もし割れたりして、指を怪我したら反射で魔法を使うかもしれないからな。


「お姉さま……ありがとうございます!」


 エクテと一緒に居る時はいつもこんな感じだ。

 俺が全部やる。何が勇者覚醒の引き金になるか分からない。


「じゃあ、できたものを箱に詰めてくれる?」


 完成した食べ物、パンに焼いた肉と野菜を挟んだだけだが、を妹に頼んでお弁当箱に入れて貰う。


「すごい! とても綺麗に並べられたわね! エクテには芸術家の才能もあるのかな?」


 エクテの頭を撫でてあげる。勇者以外の未来への誘導も忘れない。

 俺は小さなことでも褒めるようにしていた。


「えへへ、お姉さまにもっと褒められたいですぅ」


 エクテは口をもぞもぞさせて、恥ずかしがっている。

 良い調子だ。もっと普通であれ。


「……いを献上したら、どのくらい褒めてくれるのかな……頑張らないと……」


 エクテが赤面した顔で何かを呟いた。

 献上? プレゼントかな? 

 最初に何を言ったか聞き取れなかったが、楽しみだ。

 できれば甘いものでお願いします。


「? よし、公園へしゅっぱーつ!」




 公園でのひと時を過ごそう。


 教会の近く、つまり街の端にある公園で、俺は問いかける。


「エクテは何をして遊びたい?」


 おままごとかな? 花の観察かな?


「あそび? 遊び……えーと、うーんと……」


 エクテが悩んでいる。

 やりたいことが多すぎて決められないのかもしれない。

 良いぞ、それが普通の子供だ。


「遊びなんて知らな……あ! この前道端で他の子がやっていたの!」

「うんうん、なになに?」

「それはね! 勇者ご……」

「ダメ!」

「え、でも私もお姉さまみた……」

「絶対にダメ!」


 くそっ、この街は敵だらけか!?

 俺の苦労が水の泡じゃないか。


「お姉さま、怖い……」

「あ、ごめんねエクテ……」


 エクテを抱きしめる。

 妹と勇者ごっこなんてしてみろ。俺は死ぬ。精神的に死ぬ。もしかしたら肉体的にも死ぬ。


「私のわがままよ。本当はね、こうやってずっとあなたと接していたいの……」

「お姉さま……」


 エクテが俺を抱きしめ返す。

 周りにいる人たちから優しい目線が送られる。

 仲睦(なかむつ)まじい姉妹の姿もアピールできたようだ。


「じゃあ、芝生の上でゆっくりしちゃいましょうか」

「はい!」


 乗り切ったー。よくやったぞ、俺。


 公園の中央に移動し、芝生の上に座る。

 横にいるエクテは、いつも以上に俺に抱き着いている。

 時々『ぐへへ』という声が聞こえるが、満足しているようだし問題ないか。


「あれの花言葉はね、姉妹愛。今の私たちにぴったりね」


 周りで咲いている花を一つづつ指さし、意味を教える。

 エクテは花に興味を持っていたはずだ。


「それでね、あっちは……どうしたの?」


 エクテが白い花を見ていた。


「それはユリの花よ。花言葉は無垢(むく)だったはずだわ」


 言葉の通り、エクテも無垢のままでいてくれ……


「ユリの花、好き?」

「うん」

「なんで好きなの?」


 エクテの好みがわかるかもしれない。それは今後の方針に影響する。


「名前が好きです。まるで私とお姉さまの未来……」


 エクテが遠い目をしている。まるで確定した未来への覚悟を決めているようだ。

 俺は訳が分からず茫然(ぼうぜん)としてしまう。

 ……まあ、妹が花のことを好きになってくれて良かった。

 だって、お花好きの少女って普通でしょ?


「って、エクテ! 鼻血鼻血!」


 俺は急いで回復魔法を使う。

 珍しく朝早くから行動しているのだ。鼻血が出るのも無理はない。

 エクテは魔法を使えないはずだ。俺がいないときは大丈夫なのだろうか。


 布で妹の顔を拭いてあげる。

 それにしても、やはり最強勇者の弱点は血圧だったのかもしれない。


 その後昼食を取り、今は昼寝の時間だ。

 エクテが俺の膝の上に頭を乗せ、幸せそうに寝ていた。


「かわいい子だ」


 こうしてみると見た目は普通の女の子だ。

 整った顔立ちに、サラサラの黒髪、双子といえど俺とはあまり似ていない。

 これが、あれに、なるのか……

 思い出してしまった前世の勇者。

 全ての興味を失ったような悲しい目をしていた。

 絶対にそうはさせない。

 それは俺のためでもあり、エクテのためでもあるのだ。




 甘いものを食べよう。


 昼寝の後、俺は街の中心に向けて歩く。

 

「お姉さま、楽しそうですね!」

「だって、エクテとあそこに行くのは初めてだもの!」


 目的地、カフェ”プラケンタ”はこの街唯一の甘味処だ。

 俺の気分は上の上。表情に出てしまうのも仕方ない。


 いきなりエクテが止まる。


「どうしたの?」


 前を見ると、肌色が特徴的な女性がニコニコ顔で立っていた。


「なんで、あんたが、ここに、いるの」


 エクテの発する圧が俺の気分を押しつぶす。

 俺の心は地下まで落ちてしまったようだった。

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