王妃の条件

作者: 笛伊豆

一見、馬鹿に見える乙女ゲームの婚約解消。

しかしそれには正当な理由があるとしたら?

「シルビア・カラン。私こと王太子アレクサンダーは本日今をもってそなたとの婚約を解消する」

馬鹿なの?


 私は信じられない思いで我が国レイハーレン王国の王太子殿下を見つめた。

 ここはレイハーレン王国王城の大広間。

 今夜は貴族学園の卒業パーティだ。


 ちなみに私はこの乙女ゲーム小説世界でモブ役を仰せつかっている名もなき子爵の娘だ。

 卒業生ではないけどパーティの接待役のメイドとして参加している。

 前世の記憶では「王妃にふさわしいのはワタシよ!」というダサい上にあり得ない題名の小説でアレクサンダー殿下が侯爵令嬢を婚約破棄していた。

 破棄じゃなくて解消みたいだけど。

 ちなみにヒロインは平民から金の力で成り上がって授爵した男爵の娘だった。

 当然、マナーなんかゼロ。

 いくら何でも無理が有りすぎるよね? と思っていたのに。


 だって殿下と婚約者のシルビア様は、それはもうお似合いの美男美女な上、一緒に政務を行うなどご結婚前から次代の統治者にふさわしいと評判だったくらいなのだ。

 お二人の仲も熱烈な恋愛でこそなかったけれど、お互いにご慈愛とご尊敬を交わし合う、それはそれは理想的とも言える方々だったはず。

 アレクサンダー殿下とシルビア様はご一緒に卒業し、いよいよこのパーティで婚姻の発表があると聞いていたのに。

 それが何という暴挙!

 信じられないことに王太子殿下の側近たる宰相次男や騎士団長の甥、法務大臣の孫なども雁首を揃えている。

 何故止めない?


「かしこまりました」


 シルビア様は穏やかに言って綺麗なカーテシーをとった。


 え?

 一言も反論もなく?


「私はわが愛しのマリアを婚約者、そして私が王位を継ぐ時には王妃とする」

 淡々と続けるアレクサンダー様。

 すると殿下にしがみついていた桃色の髪の可愛い女の子が真っ赤な顔で「やったあ!」と叫ぶ。

 マナーとかどうなの?


 いや、確かに私の記憶ではこの乙女ゲーム小説の粗筋はその通りだった。

 ぽっと出のマナーもなってない成金男爵令嬢であるマリア様がシルビア様を押しのけて王太子妃になるんだよね。

 しかもそれで上手くいってしまったりして。

 周囲も大賛成で。

 作者の頭沸いてんの?


「お待ちください」


 声をあげたのは確か伯爵令嬢だ。

 宰相次男の婚約者だったはずでは?


「何かな?」


 穏やかに返す殿下。

 そこで気がついた。

 何か出来レース臭くない?


「シルビア様に何か落ち度がありましたのでしょうか?」

「いや、そんなことはない」

 間髪を入れず返すアレクサンダー殿下。


「シルビアは非の打ち所がないほど優秀だ。マナーは貴族令嬢の模範とも言うべき水準に達しているし、学院は私に次ぐ次席で卒業した。

 在学中から私と共に我が国および周辺諸国のキーマンと友好的な関係を結んでいるし、外交と内政双方で当局者から絶賛を浴びている。

 何より我が国の次世代を担う貴族の子息息女から尊敬を集め、次世代のリーダーとしてこれほどふさわしい女性はいない」


 美麗讃辞を浴びせ続ける王太子殿下と穏やかに微笑みながら慎ましく控える元婚約者。

 いや、アンタ婚約解消したのでは?


「つまり私が言いたいのはシルビアには何の瑕疵もないということだ。婚約解消はひとえに私および王国の事情であり、シルビアおよびカラン家には申し訳ないとしか言えない」

「事情が事情ですから」


 シルビア様の返答にアレクサンダー殿下は咳払いした。


「その事情とは何なのでございましょうか」

 相変わらず棒読みで話を続ける伯爵令嬢。

 やりたくなさそう。

 すると王太子殿下に変わって側近の宰相次男が進み出て言った。

「王妃に必要な条件は何だと思う?」

「それは……知性と教養、身分、マナーでしょうか」


 確かに。

 それがない王妃って何か怖い。


「その他にも広い視野や交友関係、貴族夫人方の統制力、人民から支持などがありますね」

 法務大臣の孫が付け加えた。

 ちなみに騎士団長の何とかは無言だった。


「ですが」

「そう、だがこれらはすべて十分条件であって、絶対的に必要な条件ではない」


 王太子殿下が引き取った。

「知性や教養は王妃の補佐が補えば良い。身分は王妃になった時点で自動的に最高位になる。マナーも……まあ、必要な場には出なければいいだけの話だ」

 肩をすくめておっしゃる王太子殿下。


「あとは何だったか。そう、広い視野や交友関係だったか。それは事務官や女官に任せてしまえる。支持や統制力は、そういった専門家(プロ)がいる」


 そして王太子殿下は傍らのマリアを愛おしそうに見つめながら言った。


「だが、何を持ってしても補えない絶対的な条件がある。それがあれば、他が何もなくても十分なほどに」


「するとマリア様はそれをお持ちであると? それは何なのでございましょう?」


 誰だったかの質問に王太子殿下は堂々と周囲を見渡した。

 そして大きな身振りでパーティ会場を指し示す。


「見よ! この豪華な催しを! これだけ絢爛たるイベントを開けるのもその『力』があってこそだ!

 それこそが私が王位を継いだ時に王妃に求められるすべてと言っても良い!」


「その『力』とは?」

 すでに装置と化している伯爵令嬢が棒読みする。


 王太子殿下は言った。


(カネ)だ!」



 それかよ!



おまけ:


「シルビア様は王妃になられなくても良いのですか?」

「それは王太子妃や王妃になれば出来ることは多いと思いますけれど」

「けれど?」

「王太子妃や王妃って無給ではありませんか。女官や事務官ならお給金が出ますでしょう。王妃の予算は経費ですから自由には使えません。

 それに王妃を出した家は王家から有形無形の支援が求められますでしょう。わがカラン家も歴史は古いのですが、何分先立つものが……なので、殿下に『王の補佐官になれば持ち出しゼロで毎月このくらいは』と言われてしまっては抵抗出来ず」


 やはり金か!

やはり金だよ。