第四話:気静剣レビエリ②
気静剣、レビエリ。
この世界の中心にただ一本存在する世界最大の樹、
動かざること山の如く、あらゆる災厄を防ぎあらゆる悪性を阻むとされる聖剣の一振りとはフレデーラの談。
内気で人見知りで臆病で、同じ宝物庫に眠っていた聖剣達としかまともに会話できなかった少女。
それがこともあろうに眼の前に座っていた。
ノック一回である。予想外な事に、扉を一度ノックしただけで鍵が開かれ、部屋の中に招かれていた。つまりそれがフラグだったという事だ。一週間――俺はなんという無駄な時間を使ってしまったのだろうか。
深い翠の瞳がまるでこちらを窺うように見上げている。こちらの言葉を待っているかのように。
やや肩が震えているが逃げ出そうとする素振りなどはない。
可愛い。美しい。それを表現するボキャブラリーを俺は持たない。
彼女は俺が今まで見たことのある女の子の中で最も綺麗だ。まさに夢のような美貌とも言える。
ほっそりとした白磁器のような肌に艶やかな草色の髪はまるで森の奥底で出会うニンフのように調和しており、気が付くと見惚れてしまう。結わえられたポニーテールもまた彼女に似合っており、俺のレアリティ判定のスキルではAランク判定だが美貌だけならばLランクで間違いない。
一つだけ問題があるとするのならばこれが夢であり、現実に彼女はいないという事くらいだろうか。
やや幼いためまだ俺の守備範囲外だが、後数年も成長すれば、俺は彼女に手を出さずにはいられないだろう。そういう意味では俺の現在のロリコン度はそう重度のものではないのだろうか。
レビエリの部屋はとてもシンプルだ。
もともと俺が貰った屋敷には家具や装飾品などはほとんどなかった。レビエリの部屋にもテーブルと椅子を除けばベッドくらいしか物が置いていない。女の子の部屋としては少々寒々しく感じられるだろう。尤も、俺はこの年代の女の子の部屋がどんな部屋なのか皆目検討もつかないが。
テーブルの上には、トリエレの助言を聞いて買ってきたチーズケーキが置いてある。王家御用達、やたら高い高級品。庶民は勿論、それなりの貴族でも頻繁に食べられる品ではない。
俺が王様に貰った支度金の大半が、たかがケーキ二つで吹き飛ぶとは、いらない驚きだった。
嗜好品高え。
レビエリの視線は俺とケーキを行ったり来たりしている。
好物と言うのは本当なのだろう。おずおずとケーキを指さす。
「あの……これは……」
……ふむ。
仲直りの印? いや、違う。別に俺と彼女は仲が悪かったわけではない。同じ屋敷にいて一度も会わなかっただけだ。
ならばこれはそう。
「お近づきの印だ」
自分から立候補してきてくれたのだ。ケーキの一つや二つ渡してもバチは当たるまい。
ちなみに、他の聖剣達の分はない。それ程までに高価だったのだ。
レビエリはしばらく眼をぱちぱちさせていたが、やがて頬を僅かにほころばせてケーキにフォークを入れた。
幸せそうな表情。それを見ただけでこちらも幸せな気分になってくる。
やっぱり俺、この子の事すっごく好きだわ……顔が。
例えば前までは理想の女の子の顔を思い浮かべろと言われても思い浮かべられなかったが、今言われたら俺はレビエリの顔を思い浮かべる事だろう。初めて自分の深層心理に感謝した瞬間である。
「美味しい……です。ありがとう……ございます」
「そうか」
言葉で言わなくても顔を見ていれば分かる。
俺の前に置かれた皿を差し出す。まだ手を付けていないチーズケーキ。
もとより、俺は甘いものが苦手である。レビエリにだけ渡しても食べないかも、と思ったので自分の分も買ってきただけで……
「え? い、いいんですか?」
「ああ」
しばらく躊躇っていたが、一度頷いてみせるとようやく手を伸ばした。
本当に美味しそうにケーキを食べるレビエリの事を眺めながら俺は次の事を考えた。
俺はレビエリが別に苦手じゃない。だが彼女は俺の事が苦手であろう。
そもそも、彼女を『
世界を救うのは遊びじゃないのだ。いや、所詮、夢なんだけど……
「レビエリ、提案があるんだが……」
「……な、何ですか?」
フォークを咥えたまま上目遣いでこちらを見上げてくる。上目遣い、ポイント高い。かーわーいーいー。
だが心を鬼にしなくてはなるまい。
面は戦闘能力とは無関係なのである、多分。
だから今は可愛いとか可愛くないとかは別にどうでもいいのだった。
だから確固たる口調で宣言した。
「魔王を倒すためには顕現化が必要だ。いや、聖剣を使わなくても別に俺は構わないんだが、王様達が納得がいかないから聖剣を使おうと思う」
「……はい」
「レビエリ、君は地の神性――防御力に特化した神性と聞いた。攻撃力はそう高くないと見えるが……」
「……は、はい。その通りです」
やはりそうか。
伝聞で聞くのと本人に聞くのとでは話が違う。本人が高く無いというのだから本当に高く無いのだろう。高くないというよりは、多分かなり低いはずだ。
気を取り直して進める。
「今の俺に必要なのは魔王を倒せる程の攻撃力の高い聖剣だ。だから――」
レビエリはもう宝物庫に帰れ。
そう言い切ろうとした瞬間、再び甘い香りが鼻孔を擽った。
またこれか……!
慌てて口を開くが、声がでない。出そうとしても口がぱくぱくと上下に動くだけだ。
なんという反ご都合主義。後一言言えれば終わりなはずなのにどうしても喉から音が出ない。
傍目から見れば無様にぱくぱく口を開く男に見えただろう。何を考えているのか、そんな俺をレビエリは生暖かな眼で見上げていた。
「わかり……ました……」
まるで見捨てられた子犬のような視線でレビエリが言う。
「がんばり……ます……」
そうじゃねええええええ!
大体、頑張るって何を頑張るっていうんだ。頑張って何とかなるようなものなのか?
喉を擦り必至で声を出そうとするがやはり出せない。出る気配がない。
これもまたフラグなのか。どうあがこうが楽をすることはできないのか?
明らかに今の状況は超常である。お約束の強制力とはかくも強いものなのか。
結局否定の言葉は出せず、身振り手振りで伝えようにもレビエリは首を傾げるばかり。
全てを諦め、試しにもう一度口を開いてみた。
「ああ、それでいい」
「……は、い」
なんで出るのおおおお?
さっきまで出なかったはずの声が出る。かと言ってもう一度否定しようと口を開くが今度は声がでない。
なるほど、これがかの有名な『いいえ』を選択出来ない選択肢……か。
そしてなんでちょっと嬉しそうなんだよ。
腕を小さく握って気合を入れるレビエリ。
しかし、頑張るって事は協力的になってくれるんだろうか?
何にせよ、やる気がないよりはあった方がいい。
「じゃあさっさと顕現化とやらの方法を教えてほしい。さっさと魔王を倒したいんだ」
方法が難しく、顕現化出来ないならついてきてくれるだけでいい。その時はその時で己の拳で戦うだけだ。
高額のケーキを買ってきたおかげか、多少は慣れたのか、レビエリはうつむき加減で、今にも消えそうな声で答えた。全然慣れてねえなこれ。
「はい……顕現化条件は――」
ためる。引っ張る。溜息をつく。レビエリが顔を上げた。
嫌な予感がする。だが逃げ場はない。遮った所でその時を後回しにするだけだ。
「私の……レベルが、20以上である事……です……」
そして俺は、RPG的な世界であるデメリットを思い知った。
レベル? レベルってなんだ?
いや、なんとなく予想がつく。
……レベル制限があるのか。面倒臭え。
てかレベルなんて存在していたのか、この世界。初めて聞くぞ。後付け設定だろうか? 俺が調べなかったのが悪いのだろうか?
まぁレアリティやらスキルやらがあるのならばレベルとやらもあるだろう。無理やり納得しよう。
これが現実だったら俺は全てを投げ出していたはずだ。だが、夢なのだからまだ許せた。許すしかなかった。
「……で、君のレベルは今いくつなんだ?」
「……5です」
5である。まさかの5である。俺はげんなりした。
だが、まぁ冷静に考えて、RPG序盤の仲間だったらレベル1でもおかしくない。5だけでもあるだけマシだろうか。
おそらく後半に仲間になる他の聖剣達のレベルはもっと高いのだろう。
「なるほど……じゃあレベルでも上げに行くか……」
剣と魔法の世界だ。レベルを上げる方法はなんとなく予想できる。
「……は、い。でも、私……戦えません……」
はい詰んだ。詰んだよ―。
もしかしたら、RPG的なお約束から、レベル上げイコール、モンスターとかその辺を倒すことだという俺の認識は誤りで他に方法があるのだろうか?
いや、ないのだろう。そうでなければレビエリがこんなに申し訳無さそうにしている理由がない。
「……まぁ、いいか」
どうせもとより彼女に戦わせるつもりはないのだ。
現段階でのレビエリの存在意義はただ一つ。門の通行証である。彼女を連れて行けば通れるはずなのだ。
所詮は最初の街、RPGのセオリーからいって最初の街の敵は強くないはずだ。
せいぜいスライム程度だろうか。何食って生きてるのかしらんが……
「……い、いいんですか?」
「別に構わん。子供に戦えなんて言うつもりもない」
世界観なんて糞食らえ。
勿論、身体が動く以上戦えないなんて事はないのだろう。だが、それは日本人で健全な高校生として成長した俺としては到底認められない事だ。例え夢だとしても。
それも自分より見た目年下の女の子ならば尚更のこと。
レビエリが不満気な表情で呟く。
「子供じゃ……ないです……聖剣――」
……ならせめて剣の形をしてくれよ。
とかいう無粋なつっこみを我慢し、俺はとりあえずシナリオを進行させるために、レビエリのレベルアップを図る事にした。
しかしこの夢、長いなあ。