後日談その2:ルーセルダストという聖剣
聖剣を生み出すのは鍛冶師の悲願だ。
精霊が宿る武具と言うのは一種の極地である。そこに必要なのは強い神秘と奇跡であり、大抵の場合は偶発的に発生したものだ。
歴史を省みてもそれを生み出す事ができた鍛冶師は両の手の指の数で数えられる程度しかいない。
ロダ・グルコートはそんな聖剣を生み出せる鍛冶師の内の一人であった。
鍛冶を得意とし、膨大な時を掛けノウハウを蓄積してきたドワーフという種に生まれ、その中でもその男は当代一の腕前を持っていた。
生まれ持った才能に育った環境。そして何よりも――運。裕福な家に生まれ、物心ついた頃からずっと鍛冶に打ち込んだ男が鍛冶の真髄――精霊の宿る武具の創造に成功したのは当然だったのかもしれない。
しかし、それでもその男が簡単に聖剣を生み出したわけではない。
鍛冶師は理想があった。聖剣としてあるべき姿、明確なビジョンがあった。
必要なのはたった三つ。
すなわち、剣としての性能。万象を切り裂く至高の切れ味。
自らの目で英雄を選定し、その目に敵わぬ者に対しては決してその身を奮う事を許さぬ高潔さ。
そして、剣である事。
ロダ・グルコートはずっと考えていた。
聖剣は――剣で無くてはならない、と。
その世界――夢幻のオリゾンテには数多の聖剣が数多の伝説と共に存在するが、そのほとんどは剣の形をしていない。
それが、鍛冶師として長い歴史を持つ一族から生まれた鍛冶師にとっては許せなかった。いや、許せないとまでは言わなかったが、それを乗り越える壁として認識しており、自信もあった。
目指すのは他の聖剣を超える最強の聖剣。
自らの生み出した剣を振るい、英雄が名をあげるのは鍛冶師に取って何よりの誉でもある。
故に蓄えた殆どの財産を消耗し、その人生で培った全ての技術をつぎ込んで生み出したリースグラートが聖剣となった暁に、ロダ・グルコートは歓喜した。
そして、すぐに後悔した。
銀衝剣リースグラート。
数多の失敗作を生み出しながらも財産の殆どをつぎ込み、なんとか生み出した聖剣はロダの考える聖剣の有するべき要素を全て持ちえていた。
一振りで山を、海を、空を切り裂く斬撃。
簡単にはその身を振るわせないプライド。
そして、美しい騎士剣としての形状。
リースグラートは確かにロダ・グルコートの理想を体現していたが、一つだけ想定外があった。
銀衝剣は英雄の手には治まらなかったのだ。
リースグラートはロダの用意した英雄として見込みがありそうな担い手を全て拒否し、一切その力を示そうとしなかった。
聖剣が完成したとしても誰も振るわなければ意味がない。
その瞬間、初めてロダは自身の理想が理想に過ぎなかった事に気づいたのだ。
本来ならば、ほぼ全ての財産と技巧を尽くしてなんとか生み出した聖剣が欠陥品だったら心が折れてしまっただろう。だが、鍛冶師としての矜持がロダをそこで止める事を許さなかった。
ロダは方針を変えた。
「ダメだ……やはり剣は振るわれねばならぬ」
そしてそれを考慮した上で――山を崩し海を割る切れ味を持った銀衝剣を超えなければならない。
ロダはその魂を次の一振りに込めた。
すなわち、剣の性能はリースグラート以上。誰にでも使え、その一閃は金に値する。
素材は銀に代わって金。本来ならば柔らかいその素材を特殊な手法で加工、銀衝剣を生み出す上で得たノウハウを全て使い生み出した剣は担い手の思い通り、斬ることも切らぬことも自在に可能とする。
ロダはそれを成し遂げた。剣の戦いの道具としての一面を表に出した剣は、癒えぬ傷痕を与え、物体だけではなく魂や魔法さえも切り裂く、銀衝剣を超えた剣、すなわち金閃剣アグニムとなり――
――しかし、ロダにはそれを生み出そうと考えた時点でもう殆ど財産が残っていなかった。
「ああああああああああああああ……素材が足りん……」
生み出された剣は素晴らしい剣だった。ロダは鍛冶師としてのプライド故、手を抜くことができなかった。
まるで美術品のようにも見える金色の輝き。その刃は全てを魅了する聖剣の名にふさわしく、しかし――十全に使うには致命的に長さが足りなかった。
金閃剣の本質はその切れ味にはない。故に、銀衝剣と異なりリーチを無視するような真似はできない。
長ささえ足りていれば剣としての出来はリースグラートを超えただろう、だが、さすがに稀代の鍛冶師でも無から有を生み出す事はできない。金閃剣は材料の問題で、ナイフとしても短いくらいの長さにしかできなかった。
ロダは鍛冶師としては優秀だったが、商売人としては致命的に才能がなかった。銀衝剣を生み出した時点で既に財産を食いつぶしながら作っていたのだ。
誰でも使えるだけリースグラートよりはマシだが、如何に強力な聖剣ができたとしても、命中しなければ意味がない。鍛え上げている最中には目を背けていた現実が完成後にのしかかってきた。
ロダ・グルコートは絶望した。
「……なんかもう疲れたのう……」
財産は既にすっからかんで、疲労がやばい。その上、リースグラートがあーだこーだうるさかった。
技巧は上がっている自覚はあったが、聖剣を生み出すには魂を込めて打ち込む必要がある。銀衝剣と金閃剣という二振りの聖剣に魂をつぎ込んだロダは既に気力を使い切っており、普通の武器を生み出すにも支障をきたす有様だ。
そして、そこで新たな課題にぶち当たる。世に名を刻む他の聖剣の強さを思い出したのだ。
ロダは最強の剣を生み出すべく二振りの聖剣を生み出したが、それで果たして他の聖剣に敵うのか?
聖剣とは神秘であり、その力は奇跡そのもの。如何なる高度な魔術も聖剣の力と比べれば塵芥にすぎない。炎を氷を飛ばすだけならばまだマシであり、中には時空を操る剣すらあるという。
果たして、それに対して自分の生み出した剣で敵うのか?
二振り聖剣を生み出した後――今更の疑問はロダの矜持を粉々に破壊した。恐らく、生み出した剣に明確な欠点があったのも悪かったのだろう。
ロダは二振りの剣を見て、ポツリと呟いた。
「……もう剣の形してなくてもいいかのお……こんなんじゃ無理じゃ」
心が折れていた。金も無ければ気力もない。使えない聖剣を二振りも生み出したロダに向けられる目は奇異の目だけだ。
その目が隅っこに巻き散らかされた砂鉄に向けられる。
「そもそも、剣だけじゃ生き残れない。剣じゃない所に一撃受けたら死ぬし……もうなんでもいっか……お金もないし」
武器じゃなくていい。そもそも、盾の聖剣が都を一つ全滅させる時代なのだ。形状とか別に関係ないじゃん。
必要なのは精霊の力であり、剣としての力はあったほうがいいがなくても別にどうでもいい。なんかもう別にどうでもいい。二振りも聖剣作ったのにどっちもダメだったのだ、もしかしたら聖剣を作る才能が自分にはないのではないだろうか。
その後、生まれて初めてのスランプを感じながら、くず鉄を原料に生み出したU字磁石に精霊が宿ったのはロダの執念故だろうか。
そして、ロダ・グルコートの三聖剣――その末っ子である鉄砂剣ルーセルダストが、魂を込めロダが生み出した他のどの聖剣よりも多くの生物を殺し伝説に名を刻んだのは皮肉という他ないだろう。
§ § §
「……」
俺はどういう反応をしていいかわからなくて、ルーセルダストの頭をただ無言で撫でた。
一言も口に出さず、器用にも砂鉄を動かすことによって話し終えたルーセルダストはやはり何も言わずを俺を見上げていた。
不憫すぎてちょっと笑ってしまう。そりゃ恨みも積もるわ。