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第二十四話:銀衝剣リースグラート⑮

 荒く呼吸をする。金閃剣を左手に強く握り、カルーを睨みつける。

 短い。短いし、俺は右利きだ。投げてちゃんと刃が命中するかもわからない。ナイフを投げる訓練をしたこともない。


 だが、それでも武器は武器だ。短いが確かな武器だ。右肩の痛みから気をそらし、左手に意識を集中させる。力は入る。この一撃に全てを込める。


 用心深いことに、ここに至ってもカルーはそれ以上近づこうとして来ない。

 地面に刺さったリースグラートの柄に軽く触れた状態でこちらを見ている。

 警戒心の宿った目、もしかしたらその警戒心こそがカルーがその地位に至れた理由なのかもしれない。俺はそれが足りなかったのだ。


 リースグラートは沈黙したまま、声をあげる気配はない。リースグラートは担い手を選ぶ剣である。担い手を選ぶ剣だが、もう既に剣の状態なのだ、その状態ならば誰でも振る事ができるのではないか?


 血がどくどくと流れている。時間が経てば経つ程こちらが不利になってしまう。

 カルーが俺を見下ろす。焦る様子もない。俺の状態をわかっているのだろう。肩の傷が致命的だ、金閃剣を抜いたのはもしかしたらまずかったのか?


「何を黙ってる?」


 リースグラートが沈黙している理由も不明だ。もし万が一に銀衝剣を取られるとこちらの勝機は限りなく薄くなる。切れ味に特化したリースグラートならば俺の肉体も切り裂けるかもしれない。


「ふん……どちらにせよ、お前の負けだ」


 カルーが柄を握り、持ち上げようとする。その瞬間、俺は全力を込めて金閃剣を投擲した。

 地面に伏せた不安定な体勢。集中を苛む右肩の痛み。それでも人外の膂力で投擲された金の輝きは狙い通り吸い込まれるようにカルーの頭蓋に近づき――


 しかし、すぐに横から鉄砂剣の一部が伸びて叩き落とした。

 金閃剣が地面に転がり、カルーが息を飲む。


「ッ!? ……まだ、こんな力が残っていたのか……まさしく人外、恐れる者がいるのも当然、か……くく……だが、防御、か。自動で防御した、まさかここに来て鉄砂剣が成長してるのか。この俺の伝説の幕開け、か?」


 ぶつぶつとカルーが呟く。

 自動防御――最悪である。投擲は効かないと思った方がいい。

 心臓が早鐘のように鼓動している。万事休すか?


 脳裏にレビエリやフレデーラ――聖剣達とユリやワレリー達、騎士のメンバーの顔が浮かぶ。俺を召喚された王の顔、大臣の顔。これまで世話になった者たちの表情。


 右肩の痛みはいつの間にか鈍い痺れに変わっていた。強くは動かせない。

 だが、まだだ。深く呼吸をして心臓の鼓動を落ち着ける。


 まだ右腕が動かなくなっただけ。今まで何人殺したと思っている。この程度で動くのをやめて何が勇者か。


 ――殺す。右腕が動かなければ左腕で、左腕が封じられてもまだ口が残っている。噛み殺す、人体など豆腐のようなものだ。


 殺せ。こいつは敵だ。憎め、放っておけば友を殺しかねないこの敵を。

 金閃剣を投げたのは問題だった。だが、大丈夫。俺の膂力ならば殴っただけでカルーを殺せる。全身が剣みたいなものだ。


 右肩の痺れがまるで伝播したように力を奪っていく。手足から力が抜けそうだったがそれを無視し、左腕を突き、無理やり立ち上がった。殺意を込めて目の前の男を睨みつける。


 平衡が保てていない。身体がふらつく。だが、殺せ。殺すのだ。


 カルーが俺の姿に一歩後退る。絶対的に優勢なはずなのにその表情には今までにない怯えがあった。


「こいつ……なんて目を……だが、こちらには剣がある。聖剣が……銀衝剣がッ!」


 カルーが掴んだ銀衝剣を持ち上げた。光の纏っていないリースグラートはしかしそれでも美しい。

 曇りなき刃に悪鬼のような俺の表情がちらりと映る。


「さぁ、銀衝剣。我が前にその力を示せッ!」


 カルーが咆哮する。

 その時、今まで黙っていたリースグラートが間の抜けた声をあげた。


『ん? あれ? どうなってんですか? すいません……気絶してました……』


 気絶……剣が気絶……


 焦ったカルーがもう一度大声で叫ぶ。


「ッ……銀衝剣ッ! さぁ、その至高の一撃を我が前に示すのだッ!」


『????????』


「カルー……先に言っておく」


 よろよろと一歩前に踏み出す。殺す。絶対に、たとえこの生命を燃やし尽くしたとしても。

 だが、その前に言っておかねばならない。




「リースグラートは……あほなんだ」


「?????? は?」


 お前は今まで自分の思い通りに動いてくれる聖剣しか見たことがないかもしれない。

 だが、リースグラートはあほだ。どうしようもない聖剣なのだ。すごいのは切れ味だけなんだ。切れ味以外は全部ダメなんだ!


 血が流れたせいか、頭がくらくらする。そしてそんな状況で緊張感のないリースグラートの声は直に心に響いた。


『あれ? 勇者様、どうして血を――』


「いいから、我が前に力を示せ。リースグラーーーーーーーーートッッッ!!!」


 カルーが持ち上げたリースグラートをこちらに向かって振った。切っ先が虚しく空を斬る……が、衝撃波はでない。リースグラートは不思議そうな声で一言答えた。


『え? 嫌ですけど。なんで僕があんたみたいな男の聖剣にならなきゃならないんですか。大体、僕にはもう勇者様いるしー』


「なッ!?」


 カルーが絶句し、唇を戦慄かせる。


 やはり気づいていなかったのか……リースグラートが持ち手を選り好みしまくる聖剣である事に。三本揃えたら最強かもしれないが、一本目は言うこと聞かないのだ。


 恐れも知らず、リースグラートがぺらぺらと続ける。


『大体、なんで僕がるーちゃんみたいな聖剣使うような軟弱な男の力にならなきゃいけないんですかー!? 死んじゃえッ! 刃もないるーちゃん使う剣士なんて剣士じゃなーいッ!』


 いや、お前も……お前も、大概だがな!?

 盛大にブーメランが刺さってる。


 大声で言い切ると、リースグラートは満足げな様子で行った。


『却下。という事で、さっさと僕を勇者様の所に返してくださーい』


 敵に向かって大胆不敵な要求。


 酷すぎる……俺もるーちゃんの方がいいな。


 その要求に、カルーが切れた。

 青筋を立てて右手に握ったリースグラートを持ち上げ、強い語気で怒鳴りつける。端から見ると冗談にしか見えない。


「ふざけるなッ!! 俺が、銀衝剣を見つけるために、どれだけの労力を払ったと思っている!? 言うことを聞いてもらうぞ、リースグラートッ!」


『却下だって言ってるでしょ? 大体僕、勇者様にしか持てないしー。ドーンッ!』


 軽々と持ち上げられていたリースグラートが、そのセリフと同時に轟音を立てて地面に突き刺さる。

 カルーが慌てて柄を握り持ち上げようとするが、ぴくりとも動かない。


『真の聖剣は、真の勇者様にしか持てないんです―。真の勇者様以外にはとっても重く感じるものなんですー、ざんねーん』


 馬鹿にしたような口調でリースグラートが煽りに煽る。


 切れ味以外にそんな力あったのか……なんて無意味な力なんだ。

 だが、チャンスだ。相手がリースグラートを使えないならばまだ僅かだが勝機がある。金閃剣だけ注意すればいいのだ。


 ふらつく身体で飛びかかる体勢を取る。カルーは一瞬地面に転がる金閃剣を見たが、すぐに回収できると思ったのだろう、ぐずるリースグラートの方に向き直った。


「何だ!? お前を扱う資格はなんだ、リースグラートッ! 俺にだって、評価される権利くらいあるはずだッ! 担い手は強い方がいいだろッ!?」


『んー、そうだねー……とりあえず、るーちゃんより僕の方が強いんで、るーちゃんを捨ててください。僕を使うのにるーちゃんに頼るとか、正直不快なんで』


「はぁ!? そんな事できるわけがないだろッ!」


 本気で言っているのか、それとも俺にチャンスを作るために言っているのか全然判断がつかない。どちらであってもおかしくない、リースグラートはそういう聖剣だ。


 隙を窺う。今飛びかかっても鉄砂剣に吹き飛ばされる可能性が高い。一秒。いや、一秒もいらない。半秒程ほしい。体力の消耗は著しいが、確実に隙はできるはずだ。


 こちらに注意しつつもカルーが説得にかかる。金閃剣を拾って使わないのは接近戦に持ち込む自信がないからか?

 動揺している。癒えぬ傷を負わせるというアグニムの力が本当ならば、今逃げても俺はいずれ死ぬはずだ。なのに、その選択肢を取らない。


 逃げられない理由があるのか? いや、逃走を選択した時こそが最後だ。そこには必ず隙が生じる、絶対に見逃さない。


「なんか、他にないのか!? おい、ふざけるな! お前は聖剣だろッ! 優れた担い手に振るわれる事こそが本分のはずだッ! 俺に使われれば世界が取れるんだぞッ!?」


『んー、そうだね……じゃー、とりあえず、るーちゃんより僕の方が優れた所をあげてください』


 くっだらねえ。

 のんきな言葉。こいつ、絶対に振るわれるつもりないぞ……だって優れた所なんてないもん。


 だが、カルーの方は俺と違う感想を抱いたらしい。一瞬右手に纏った鉄砂剣を見て、早口で言う。


「あ……う……そうだな。切れ味、切れ味が素晴らしい! リースグラート、お前程の切れ味の剣は古今東西探しても存在しないだろうッ!」


『んー、まーそれは当然なので。後は?』


 こいつ、何様だ。

 カルーが唇を噛み、青筋を立てながらも続ける。 


「ッ……そ、そうだ。美しい意匠だ! 名高き銀衝剣に相応しい白銀の輝き! 名だたる英雄が振るったのも納得だ!」


『んー、るーちゃんより?』


「あ、ああ。ルーセルダストよりだッ!」


『話にならないくらい違う?』


「あ……ああ。ルーセルダストはU字磁石だからな……俺がつけた糸を考慮しても月とスッポンだッ! 話にならないッ!」


 ……この世界にもU字磁石あるのかよ……そして糸はお前がつけたのかよ。


 必死になっておべんちゃらを言うカルーは滑稽だ。そしてなんかもう、うちの聖剣がごめんなさい……だが殺す。


『ふふん。まー、そうだよね。わかってるね。るーちゃんなんて剣じゃないし、僕一人いれば、なんだって斬れるし! 勇者様だって斬れるし!』


 調子に乗るリースグラート。そこに手応えを感じたのか、カルーの言葉にも熱が入る。

 言っとくけどそいつ、調子に乗るとろくなことしないから。


 そして、とどめでもさすかのようにカルーが声高に叫んだ。


「あ、ああ。そうだ。銀衝剣さえあれば鉄砂剣なんて必要ない!」


 ふと鉄砂剣の剣先が風もないのに揺れた。


 次の瞬間、装甲と剣が形を失い、砂鉄の山となって地面に降り積もった。

 U字磁石を握りしめた右腕だけが露出する。カルーが一瞬呆け、慌てて周囲を見た。


『だよねー、るーちゃんなんていらないよねー』


「な、なんだ!? これは、一体何が起こった!? 馬鹿な、俺は解除してないぞ!? クソッ、鉄砂剣が……働かないッ!」


 あれ? これチャンス?

 いきなり訪れたでかい隙にカルーと同じように困惑する俺に、リースがのんびりと言う。


『るーちゃん意外と心狭いからねえ……拗ねたんじゃない?』


 拗ねた……拗ねると効果がなくなるのか。とんだ欠陥武器である。鉄砂を集める力がない鉄砂剣なんてただのU字磁石じゃん。

 誰でも使えるんじゃないのかよ。


「は? ルーセルダストに意志なんてねえ! お前のように喋ったりしないッ!」


『いや、意志あるし喋るよ? 聖剣だもん。まーでも、るーちゃんとあぐちゃんはコンセプト的に無口だから……』


 まるで現実から逃れようとするかのように叫ぶカルーに、リースグラートが他人事のような口調で返している。

 マジかー……。


 どくどくと流れる血を左腕で抑え、一歩前に出る。カルーがびくりと震え、俺を見る。強張った笑みを浮かべたので、俺も同じような笑みを浮かべてやった。


 緊迫感のある空気の中、リースグラートが続ける。


『でもまー、あなたもなかなか見る目あるみたいだし? どうしてもって言うなら使わせてあげてもいいかなー』


「な、なんだ!? どうすればいい?」


 藁にもすがる表情で叫ぶカルーに、リースグラートがあっけらかんと言った。






『勇者様と一対一で戦って勝って? 勇者様は右肩を負傷してて重傷だし、英雄ならできるよね?』


 こいつ……鬼かよ。

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