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第二十二話:銀衝剣リースグラート⑬

 光を帯びた銀の刃が線を描く。


 まるで棒きれのような軽さの銀衝剣は、握る手に込めた力とは真逆に手応え一つ残さず、硬く閉ざされた門を吹き飛ばした。


 ――背後の風景ごと。


「……は?」


 強い風が吹いた。意味をなさない悲鳴と轟音に、俺は剣を振り切った体勢で足を止めて瞬きする


 門がばらばらになる。物見台が轟音をたてて倒れ、阿鼻叫喚の悲鳴が瓦礫の崩れる音に隙間に響いた。


 一分ほど待ったが破砕音が収まる気配はない。一振りしかしていないのに崩れ続ける砦に、俺はなんとか砂埃が目に入らない距離まで下がった。


 右手に握った銀衝剣。これまでにない強い光を帯びたリースグラートの熱の入った声が頭の中で響く。


『ああ……最ッ高ぅ。今までで最高の斬撃です』


 ……ありえん。門を切り開くつもりだったのに背景が……


 血の匂いも悲鳴も崩壊にかき消されわからない。

 が、突然建物がばらばらになったのだ、盗賊団に何人メンバーがいたのかは知らないが、死者ゼロという事はないだろう。というか、下手しなくてもリーダーも死ぬのではないだろうか。


 周辺に疎らに生えた木樹から得体の知れない黒い鳥がぎゃあぎゃあ悲鳴を上げて飛び去る。

 リースグラートが嬉しそうに呟いた。


『記録更新』


 それは何の記録なんだ……。


 ツッコミすら出来ず、俺は半ば現実逃避気味に、まだ残っていた木を背もたれに座り込む。


 まるで間違えて核ミサイルの発射スイッチを押してしまった気分である。

 振った感触が軽すぎて何の感情も芽生えない。先程まで迷っていたのがまるで全て無駄だったかのように虚しい。


 破壊は留まる気配がない。何故剣を一度振っただけなのにこんな状態になるのか。俺は、レビエリを使った時以上の衝撃を受けていた。


 気静剣は魔法的で現実味が薄かったが、もう少し地味だった。というか、やべえ。


「お前って、なんで剣の形状してんの?」


『?? え? 剣だからですけど……何か?』


 あっけらかんとしたリースグラートの言葉。

 銀の衝撃出ていた時点から割と不思議だったが、今回の威力はその比ではない。剣ってこういうもんじゃないだろ……ちゃんと斬った所だけ斬れろや。


 地面が鳴動している。世界に終わりが訪れているかのよう。


 俺は菩薩の心境でそれを聞いていた。

 おかしくない? 狭い俺の心ではとても現状を受け入れられない。


『くっくっく、ルーちゃんざまあ! 担い手と一緒に滅びろぉ!』


「なんだろう……なんかわからないけど、自分で決意して行動したはずなのに、聖剣同士の喧嘩に巻き込まれてしまった気分だ」


『この調子でアグちゃんもぶちのめしてください、勇者様!』


「なんかもう扱いきれないからレビに封印してもらおうかな……」


 宿の上階ふっ飛ばした時から気づいてたけど、もうだめだこいつ。

 機嫌良さそうにリースグラートが喚く。しかしその間も大地に揺れは止まらない。


 悲鳴は既に聞こえなくなっていた。しかし俺にはどうすることもできない。


『僕でここまでの威力出せるの、勇者様だけですッ! 僕の勇者様!』


「レビを使った方がマシだったなぁ……きっと」


『ええええええええ!? ほら、生き物いっぱい殺したからレベルも上がりましたよ! 切れ味もばっちりです!』


 生き物殺して切れ味上がるとかどう考えても聖剣の特性じゃない。作った人ももう少し加減をして欲しかった。



§



 一時間程待ち、ようやく地面の揺れが止まる。

 その時ようやく俺は景色をはっきりと見た。完全に変わってしまった景色を。


 自分の所業にゾクリと身を震わせ、立ち上がる。


 砦のあった所には何もなかった。ところどころに散らばる瓦礫だけがそこに何かあった痕跡だった。

 それだけ見るととても斬撃による物とは思えない。爆撃でも受けたらこうもなるだろうか。死人も出ているだろうが、死体は一体も見えなかった。


 そして、その延長線上にも何もなかった。夜の闇、月明かりの中、何故か突如見えるようになった綺麗な地平線に、俺はほうと小さくため息を漏らす。


 ここ、山の中腹ぐらいじゃなかったかなぁ?


『ふっふっふ、綺麗な太刀筋……これこそ最強の聖剣です! 誰もが憧れる聖剣の一撃ですッ!』


 太刀筋のたの字も見えない。

 そしてこんなものに憧れるのはテロリストくらいだろう。やばい、さっさと現実に帰りたい気分になってきた。


 俺は首を振って、美しい光景から目を背けた。


「これ、鉄砂剣探すの……無理じゃね?」


『そうですね。ルーちゃん、小さいので混じったら見つからないと思います。永遠に地面の下ですね。やったぁ!』


 握った聖剣を今すぐ放り投げてやりたい気分になるが、それで地形が変わったらまずいので我慢しておく。

 ワレリーたちに今の状況をなんと説明したらいいか……山をふっ飛ばしたのだ、さすがに勇者といえど何か言われるだろう。


 ともあれ、盗賊は壊滅だ。生き残っていたとしても、もう歯向かってくるとは思えない。

 俺が盗賊の立場だったら間違いなくトラウマになる。二度と悪事を働こうだなど思わないだろう。


 しばらく待って、何も起こらない事を確認し、リースグラートを鞘に戻す。

 一振りしかしていないのにどっと疲れていた。人を殺す覚悟とか緊張とか罪悪感とかそういう理由とは別の意味で。


 ……いや、もしや、リースグラートは悩む俺のためにあえて山をふっ飛ばしてそんなわけねええええええええええええええええ!!


 リースグラートが能天気にわさわさと言う。


『さー、さっさと帰ってレビちゃんに自慢しましょう! 勇者様はレビちゃんより僕の方があっているって!』


 自殺願望でもあるのか、こいつ。


 ため息をつく。緊張が緩んだ瞬間、ふと背中に何かがぶつかった。


 たたらを踏んで、慌てて振り向く。地面を見る。そこには一本の短い杭のような物が落ちていた。


 念のため背中に触れるが、傷はない。あるわけがない。

 首を傾げ、それを拾い上げる。先端の尖った黒の杭のようなものだ、滑らかな表面は高度な技術でそれが生成されている事を予想させる。


 建材の一部だろうか? なんで今さらぶつかってきたんだ?


 そんな間抜けな事を考えた瞬間、再び背中に何かぶつかった。マッサージ機にマッサージされてるような感覚に、振り返る。


「な、なんだ!? なんだ?」


『勇者様、これ多分攻撃ですッ!』


 あ、そうか。攻撃か、これ。なるほど、そりゃ身体にも当たるわ――


「って、攻撃!?」


 完全に意識が戦闘から離れていた。慌てて後ろを振り向く。


 その瞬間、闇の中から無数の杭が飛来してきた。

 上から、前から。その数は最初に砦に接近する際に放たれた矢の勢いに負けずとも劣らない。


 矢やボウガンにしては短すぎる。銃弾にしては形状が長い。音もなく降り注ぐ鉄の杭を木の後ろに隠れて回避する。


 激しい音。放たれた鉄の杭が隠れていた木を容易く貫通する。

 落下した鉄の杭。地面を転がってくるそれを拾い上げ、隣の木に隠れながら呟く。


 激しい攻勢を受けても俺の抱いた感想は単純なものだった。


「けっこう威力高いんだな、これ」


『な、何落ち着いてんですか、鉄砂剣ですよ! 鉄砂剣! おのれ、生きてたかぁッ!』


「いや……だって、なぁ……」


 山を一振りでふっ飛ばした相手に立ち向かってくるだなんて、今の俺には自殺志願者にしか見えない。


 一振りだぞ、一振り。リーチなんてもう関係ねえ、あの斬撃を四方に撃てば多分敵は死ぬ。

 もちろん、油断は出来ないが、相手から放たれる単純な物理攻撃に俺が倒れる心配は薄い。


 鉄砂剣は強力だし、リースグラートよりもずっと便利だが、俺のような頑丈な者を相手にするのは相性が悪いのではないだろうか。


 しかし、剣なのに変幻自在というのも不思議な話である。レビエリの例もあるが、一体どういう聖剣なのだろうか……


 三本目の木をダメにしたところで攻勢が止まる。


 諦めたか? そっと木から顔を出したところで、夜闇に似合わない愉快そうな声が聞こえた。


「くっくっく、出てくるがよい、ガリオンの英雄よ。正々堂々決着をつけようぞ」


「……」


 少し迷ったが、木から一歩でる。杭を差し向けられている以上、既にこちらの場所は相手にバレているのだろう。となると隠れ続ける意味もない。もともと意味なんてなかったけど。


 しかし、銀衝剣を相手に正々堂々、か。どう考えても勝機ないだろ、何考えてるんだろうか?


 そもそも、見たところ鉄砂剣は正々堂々には向かない。

 ほぼ丸腰のワレリーやレイが生き延びられる程度の攻撃力しかないのだ。罠を仕掛けたり遠距離から糸で攻撃したり、もともと仕掛けてきていた姑息な攻撃――奇襲向けに見える。


『油断しないでください、勇者様。ルーちゃんは強敵です』


「手の平返しすごいなお前」


 さっきまで散々罵倒してたのに……。

 リースグラートを抜き放ちながら完全に木の影から見た。


 攻撃はなかった。そこにいたのは壮年の男だ。

 先程までは砦のあった、今は何もない地に、男は堂々と立っていた。無数の傷が刻まれた山賊の頭に相応しい凶相。使い込まれ色あせた皮の鎧に、身体の大部分を隠す夜に溶け込むような黒の外套。


「山ごと砦をふっとばすとは、聞きしに勝る聖剣の力よ」


 その表情に緊張も恐怖もない。その余裕に警戒を新たにする。

 部下が壊滅して、砦をふっとばす程の威力を見て、聖剣を持つと知っていて、俺に鉄砂剣が効かないのを知らないわけでもあるまいに、その反応。


 男が外套を揺らめかし、名乗りを上げる。


「俺の名はカルー。カルー・ルービス。剛剣のカルーとは俺の事よ」


「……」


 どう考えてもその聖剣は剛剣って感じじゃないのだが……。

 俺の内心を読み取ったのか、カルーはにやりと笑い、懐に手を入れた。


「もっとも、それは過去の話だが、な……」


『あ……ルーちゃん! ルーちゃんですッ! 勇者様!』


 取り出したものに目を丸くする。一瞬で肝が冷えた。混乱の余りに変な笑いが出た。

 あったはずの緊迫感が吹き飛ぶ。


「恐怖の余りに気が触れたか」


 聖剣? それが?

 つっこみたくて仕方ないが、聖剣なのだろう本当に。あれ? ロダさんの作った聖剣って全部剣の形してるんじゃないの?


「……いや…………その……剣の形してなかったから……」


『油断しないで、勇者様ッ!』


 カルーが自信満々に糸につながれたそれを目の前で揺らす。


 それを見ていると、逆にいらいらしてくる。


 やめてくれ……騎士団の死を侮辱しないでくれ。そんな聖剣に殺されたとか、馬鹿みたいじゃないか。


「さぁ、勇者。恨みはないが……ここで死んでもらう」


 こちらに名乗りの時間を与えるつもりはないのか。

 俺はやるせない気分を押し殺し、剣を持ち上げる。


「俺、それ知ってる。昔、小学生の頃使ったことあるわ」





 そして俺は、糸で吊ったU字磁石を持って意気揚々としている、ふざけているようにしか見えないカルーに銀衝剣の切っ先を向けた。

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