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第十二話:銀衝剣リースグラート④

「重傷者はなし。装備にも大きな損傷はありません」


「ああ、了解した」


 山麓の村に戻り、再び酒場を占拠して司令部とする。

 レフからの報告に、テーブルの前に堂々と腰を下ろしていたワレリーは額の汗を拭いて頷いた。


 矢を受けた者の傷は既に現地で魔法によって回復済みであり、今は体力回復のために宿に戻っている。騎士団の装備する鎧は矢で貫かれるような素材ではできていないらしく、第二騎士団の装備と比べて装甲の薄い第五騎士団の鎧にも大きな傷はない。


 ワレリーが険しい表情でレフに確認する。


「奴らの目的はわかったか?」


「ただ今尋問している最中です、が――我々を狙ったのは偶然ではないでしょう」


「……そうだな。ただの賊ならば、正規の騎士団の護衛つきの馬車を狙おうとは思わないだろう。足止めに使われたあの岩――準備されすぎている」


 深刻そうに顔を合わせる二人。それを俺は、黙ったまま隣で見ていた。


 俺にとって、襲ってきた賊は大した相手ではなかった。例え一人で奴ら全員を相手取った所で俺が勝っていただろう。だが、騎士たちにとっては違う。

 毒の塗られた矢と、それを皮切りに行われた襲撃。いくら毒に耐性があるといっても、傷を受けて長時間そのままで放置されれば命を落とすのは免れ得ないし、最初に解毒出来る魔導師が倒れていたら更に被害が出ていただろう。


 そして、俺の勘違いでなければあの矢の雨は確かに俺の方――魔導師の方に集中していた。


「護衛任務の情報が漏れていた? だが、我々を狙う理由がない。そもそもの護衛対象だってまだガーデングルから連れてくる前だ」


「……どちらにせよ、随分と切れ者が賊の頭にいそうです。事前に何度も追いかけて仕留め切れなかったのも――今思えば彼奴らの策略の一つやもしれません」


 酒の入ったグラスを片手に声を潜める二人。アルコールは入っていても、その目は刃のように鋭い。

 ワレリーが力をいれて、グラスをテーブルに置く。氷が硝子に打つかる音。注がれた琥珀色の水面に波紋が広がる。


「尋問は念入りに行え。いるかどうかは知らんが、情報提供者――間者の存在も疑え。我々を狙う賊が存在する以上、このまま任務を続ける事はできん」


 確かに、ワレリーの言う通りだ。

 王都の結界は綻びている。事態は急を要するが、護衛の最中にピンポイントで対象を狙われたら守りきれるかどうかわからない。


 レフが爛々と輝く目をワレリーに向ける。


「アジトを吐かせ次第、撃って出ますか」


「まず賊の戦力――人数を確認する。しかるのち、私の部下と貴公の部下、戦力を集中し、一気に殲滅する。相手は如何に手練であっても所詮は盗賊の類、正面から衝突すれば勝つのはこちらだ」


 その言葉には確かな自信があった。


 山肌を滑るように襲ってきた賊の姿を思い出す。余り目利きに自信があるわけではないが、確かに賊よりも騎士団の方が練度が高いように思えた。

 賊が弱いわけではない、騎士が強いのだ。何しろ、雨のように降り注いだ矢の大半を自ら防御してのける者たちである。俺と比べればそりゃこちらの方が強いがそれは身体能力が高いからであって、技量にはやはり隔絶した差がある。


 顔をあわせ、話し合う二人に横から口を挟んだ。


「俺も行くぞ。俺の身体に矢は通らない。恐らく、刃も通らないだろう。危険性は少ないはずだ」


「勇者殿――」


 ワレリーが眉を顰めて俺の顔を見つめる。レフもまた、顔を上げて腕を組んだ。

 わかっている。この任務はもともと、リスクが少ないものだと思われていたはずだ。だから、散々それまで外に出ることを禁止されていた俺が随行する事が許可されたのだ。

 ワレリーの任務の中には俺を守ることも含まれているに違いない。


 だがしかし――傲慢なのは自覚しているが、自分より弱い者に守ってもらう謂れはない。

 何より、俺の安全を保つために誰かが倒れるのはごめんだ。例え夢の話だったとしても。


 真剣な目でワレリーの凶悪な容貌を睨む。


「俺は……置物じゃない。魔王を倒すために召喚されたんだ。今回の相手は魔王じゃないみたいだが、賊も倒せずに魔王が倒せるか?」


「勇者殿は……勇猛であらせられる」


 感嘆しているのか、馬鹿にしているのか、あるいは呆然としているのか、ワレリーが呟く。


 勇猛などではない。力があって最低限の理性があれば誰だってその選択を取る。

 自己犠牲などではない。俺はこの世界における自分の身体の頑丈さを知っている。


 だからつまるところこれは単純に俺の我儘で……ただ、そうしたいだけなのだ。


 それでも渋面を作るワレリーに対して、レフは違った。

 その端正な目を僅かに見開き、やや明るい表情で言う。


「ワレリー殿。勇者殿の仰る事も、もっともです。何より、拳で無数の賊を屠ってみせた勇者殿の力は心強い」


「……しかしだな、レフ――」


 ワレリーが腕を組む。まるで威圧するかのようにこちらを見下ろす。

 布の服の上からでもはっきりわかる肥大と言える程に発達した筋肉からは似つかわしくない理性的な言葉。


「勇者殿は確かに強い力を持っているが、賊が何を用意しているのかもわからん。万が一にでも勇者殿が敗北すれば王国にとって取り返しのつかないない損害になる」


「損害を恐れては勝利を得る事はできません。賊程度ならばまだ我々の力でもサポート出来るでしょう」


 ワレリーの反対意見も理解できなくはない。俺の敗北は王国の敗北となるのだろう。


 襲撃をかけるのならば何としてでも随行したいが、同時に俺はワレリーの指示に従うよう言われている。それを反故にするわけにもいかない。

 指示を出すのはワレリーであり、俺の見たところ彼は無能な男ではないのだ。


 黙ったまま、じっとワレリーを見上げる。レフも何も言わずにただそのグラスに口をつける。

 やがて、たっぷり数十秒の時を待って、ワレリーが小さくため息をついた。


「そうですな。勇者は――試練で磨かれるとも言います。ついてきて頂いた方が助かるのも事実」


 傾いたか。頼ってくれるのか。

 ワレリーが目を閉じる。まるで覚悟を決めるかのように。

 一度深呼吸をすると、目を開き、その真摯な視線を俺に向けて、力強い声で問いかけてきた。


「勇者殿。我々と――共に闘って頂けますか?」


「……ああ。……もちろんだ」


 その言葉から強い高揚感を感じる。

 もともと、ガリオン王国に召喚されて得た力なのだ。ガリオン王国の、そしてその騎士たちと共に戦うことに何のためらいがあるだろうか。

 拳を握る。力を込める。ただの馬鹿力、ただの頑丈な身体。だが、それで守れるものだって、出来る事だってきっとあるはずだ。


 俺の表情の変化に気づいたのか、ワレリーが苦笑いを浮かべた。


「もちろん、戦力の把握が先です、勇者殿。敗北するわけにはいかない戦いですから」


「ああ、分かってる」


 わかっている。負けない。絶対に負けるわけにはいかない。


 レフが表情をくしゃっと崩し、笑顔を浮かべる。そして、手を差し出してきた。

 それを強く握りしめる。無数の傷跡の残る手。


 そういえば、握手を交わすのは――これが初めてか。


「フォロー、助かった」


「いえ。勇者殿がついてきてくれるのは私にとっても――都合がいい。共に戦場に立てるのは一騎士として誉の極みです」


 都合がいい、か。ならばよかった。

 大層な言葉を使われているが、今否定することもないだろう。


 続いて、レフが表情を変え、真剣な声色で言う。


「ですが、お気をつけ下さい。勇者殿の筋力と矢をも通さぬ肉体は確かに英雄そのものですが、その英雄にだって通じる武器は存在する。私が思いつく限りでも数個存在します。そういう意味で、勇者殿が騎士をかばって矢を受けたのは悪手と言えるでしょう」


「……そうだったな。気をつけよう」


 とっさの反応だった。矢が通じないのは予想していたが、確かにもっと他に適した行動があったのかもしれない。

 その言葉を心に刻みつける。何しろここは――異世界なのだから。


 心に刻み、あえて軽口で答えた。


「あんたも死なないように気をつけてくれよ。あんたの身体は俺よりも弱いだろうしな」


「ふふふ……確かに弱いですが――死にませんよ。ようやく伝説にとどろく勇者様と対面する事ができたのです。貴方と刃を交わすことが、武人である私にとって一つの夢でした」


 ……随分と変わった夢を持っているもんだ。

 その目にあったのは強い覚悟、憧憬、意志。瞳の奥はまるで燃え上がるような生命力に満ちていた。


 しかし、余りにも穿った言い方である。ワレリーの方を一度確認して、レフに言う。


「その言い方だとまるで敵か何かのようだな」


「ただの言葉の綾ですよ。とりあえずは魔王をさっさと討伐して私と刃を交えましょう」


 第五騎士団副団長が肩を竦め、唇を歪めて笑ってみせた。野性味あふれるその笑顔からは彼が生粋の武人である事を否が応でも理解させられる。



§



 レビエリの表情は余り良好ではなかった。

 フレデーラの表情も険しく、いつも大体能天気なリースグラートも表情がやや曇っている。


 聖剣たちの部屋は俺に充てがわれた部屋の隣だ。

 俺の部屋とは異なりベッドが三つ、部屋それ自体の広さもそれなりに広い。


 レビエリはテーブルの前に座って、膝の上に置いた手を力を込めて握っていた。

 フレデーラはその対面で頬杖をついている。

 リースグラートは一番手前のベッドの上でうつ伏せになって足をばたばたさせていた。


「……命知らずの賊もいたものね」


 酒場でワレリーたちと話した内容を聞き終え、フレデーラが表情を変えずに呟く。その声色は彼女の有する火の属性とは正反対で、酷く冷たい。

 聖剣たちは俺に与えられた武器でもあり、同時にこの世界の知識に疎い俺の貴重な相談相手でもあった。


 レビエリが自分の隣の椅子を引いてくれる。それに腰を下ろしつつ、話を続ける。


「そもそも明らかにこちらの戦力の方が高いし、俺もいた。道を塞ぐ手際はかなり良かったみたいだし初撃は厄介だったが、賊っていうのはそんなに馬鹿なものなのか?」


 襲っても撃退される。子供でも分かる事だ。


 俺がいたとかいないとかは置いておいても、馬車の中に騎士と魔導師が詰まっている事は予想できなかったとしても、馬車は――厳重に警護されていたのだ。

 そもそも、何度もレフの部下に追い回されて逃げ続けていた賊が、ここに至って襲撃をかけてくるのは不自然である。


「……まぁ、今回の賊は間違いなくピンポイントで狙ってきているでしょうね。気をつけなさい、勇者様」


「ピンポイント……ピンポイント、か」


 フレデーラの答えは俺やワレリーの考えと一緒だった。


 今、レフの部下が尋問しているのでそれが上手くいけば襲撃の理由などもわかるだろうが、そもそもピンポイントで狙われていい気はしない。


 リースグラートがベッドの上で顔をあげ、口を挟んでくる。


「賊には二種類います。略奪を目的とした者と……殺害を目的としたものです」


 ベッドで足バタバタさせていたくせに俺の話、ちゃんと聞いてたのか


「略奪と……殺害、か」


 物々しい話だ。

 今回の相手は初撃で毒矢を放ってきた。その分類で行くと間違いなく殺しにかかっているといえるだろう。もしかしたら殺した後に奪うつもりだったのかもしれないが、凶悪な相手である事に間違いはない。


「略奪……貴重なものは何も積んでいなかった。もちろん金や食料などはつんであったが――」


「矢に使う毒も――貴重なはずです。恐らくお金に困ったから、という理由ではないでしょう」


 リースグラートがすかさず答えてくる。

 その答えも理屈に沿ったものだ。予想外の優秀さに目を丸くする。


「リース……お前、今日賢いな」


 リースは皮肉の入った俺の言葉にも気を悪くする様子もなく、やや照れたように笑う。


「えへへ……気づいてました? 実は僕――片手剣の中でも、騎士剣(ナイトソード)の聖剣なんですよ。戦術については多少の知識はあるんです」


 いけるよ、だって斬れ味一万倍だもん! とか言っていたリースグラートはどこにいってしまったのだろうか。賢くなったのはいい事だがこれはこれでちょっと寂しいな。


「しかし、殺すことそのものが目的となると……対象は誰だ?」


 ワレリーは騎士団長だ。重要人物である。あの偉丈夫を倒すのは難しいと思うが倒せば王国の戦力が減る。

 レフも副団長だが、彼を殺すのならば馬車の護衛中などではなく、追い掛け回されていた時に撃退していただろう。

 あるいは馬車そのものを壊してガーデングルへの救助を阻止する目論見があった事も考えられる。その場合、どこからか情報が漏れているという事になる。


 考えても分かる気はしないし尋問が成功すれば分かるはずの事だが、どうしても頭の中をよぎってしまう。


「……まぁ、どちらにせよ、賊の殲滅に協力する事になった。尋問の結果次第だが、早ければ明日の夜か明後日の夜に出発することになるだろう」


 問題は、聖剣をどうするかだ。

 戦い自体は黒帝剣を持っていけば問題ないだろうし、もしかしたら拳でも全滅させられるかもしれないが、もともとこの旅はフレデーラの顕現化の可否を確認する名目でついてきているのだ。フレデーラは連れて行かねばならないかもしれない。


 メイドを戦場につれていくのはちょっとあれだし、リースグラートとレビエリはお留守番させたいがリースグラートはともかくレビエリがなんと言うか――


 フレデーラの方に視線を向けると、俺の言わんとする事がわかったのか、小さく大人びたため息をつき、一度頷いてみせた。


 続いてレビエリを見る。その時、俺はようやく彼女が今回ずっと黙っていた事に気づいた。


 いつも以上に白い頰に、歪められた眉目。潤んだその目は涙を溜めても美しく、その視線は俺をしっかりと射抜いている。

 悲壮なまでのレビエリの表情。その唇が小さく開き、静かな声で言う。

 まだ出会ったばかりのような、どこか懐かしい、たどたどしい口調で。


「勇者様……なんで勇者様は……言わないのです、か? 言って……くれないのですか? 賊に狙われたのは――自分じゃないのか、と」

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