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第二話:どうせ夢ならば②

「だ、大丈夫、まだ聖剣が――国宝の聖剣があります!! カミ殿にお預けしましょう!」


 俺に付与されたスキルがまたも戦闘向きじゃなかったことを知った瞬間の王様の顔は見ものだった。もう二度と見たくないが……


 スキルに裏切られた俺だが、聖剣を貸してもらえるらしい。もはや国宝の大盤振る舞いである。

 待遇が良い事は間違いないが、底知れぬ不安を感じるのは何故だろうか?


 大臣に続いて廊下を歩く。西洋風の城の内部など、もちろん初めて見るが、それっぽいという印象しかなかった。

 天井が高く、綺羅びやかな絵画が廊下に連なる。廊下ですれ違う人々の動作もどこか洗練されている。一番洗練されていないのは俺だろう。


 俺は片っ端からレアリティ判定を使いながら大臣の後ろを歩いて行く。

 ちなみに予備のオーブは使っていない。どうせ使っても碌でもない事になるのは目に見えている。いざという時に使うため、今は温存しておいた方がいい。


 王城のレアリティはCからAの事が多く、どのような基準でレアリティが判定されているのかは定かではないがそこそこレアなのだろうか。

 レアリティが高めなのが絵画で、低めなのが人だ。大臣はA判定である。すれ違う兵士や女中っぽい人はCかBの事が多い。


 しかし、レアリティ以外の情報が出てこないので全くどう扱っていいか分からない。古道具屋とかで使ってみればいいのだろうか? レアなものは良い物なんだろうし……

 ちなみに一番レアリティが高かったのは『レアリティ判定』というスキルそれ自体である。L級であった。

 多分ロイヤルか何かの略なのだろう。今まで確認したのがCからAAまでである以上、いくらなんでもLが下という事はあるまい。国宝級のスキルオーブを使って取得したスキルだし。


 まぁ、もともと戦闘用スキルなしで赴くつもりだったのだ。なかった所で問題ない。聖剣とやらを貸してくれるみたいだし、聖剣なのだからそりゃ凄いのだろう。剣術の経験はもちろん、剣道すらしたことがない俺が魔王を倒せるようになるくらいに。


 案内された先は白銀の鎧を着た兵士が立ち並ぶ巨大な扉の前だった。

 宝物庫なのだろう。王様の命令である事を告げると、兵たちが鍵を開けて重厚な黒の扉を左右に避ける。

 レアリティを確認して驚いた。この兵たち、精鋭である。

 今まで見た兵が最高でBランクであったのに比べて、この兵たちはAランクだ。

 つまり、大臣と同じ。それでいいのか、大臣!


 宝物庫に入るのも勿論初めてだ。

 金銀財宝が煌めく様を予想していたが、全てが金属の箱に治められており質実剛健とした印象を受ける。そりゃそうだ。金貨が裸で転がっている訳がない。

 宝物庫はかなりの広さがあった。所狭しと箱がある様は圧巻だ。中には国宝級の宝が詰まっているのだろう。レアリティも最低Bから最高でAAまであり、かなり高い。


 だが、驚愕はその先にあった。

 大臣が案内してくれたのは宝物庫の最奥、おそらく、一番の宝が眠っているであろう場所だ。


「さぁ、カミ殿。これが我が国が保持する聖剣です」


 それは箱に入っていなかった。剣なのだから立てかけられているのかと思えばそういうわけでもなかった。

 いや、それは予想に反して剣の形ですらなかった。


 思わず目を丸くしてそれらを見る。


 俺の想像力、どうなってるんだよ。


 そこに居たのは少女である。いや、少女たちであった。

 年の頃は小学生の高学年から中学生の低学年くらいだろうか。大臣と比べたら孫と言われても違和感がないだろう。

 それが五人。いや、大臣の言葉通りこれらが聖剣なのであれば、五体とでも言うべきか。


 いくら夢だとは言え――俺はロリコンだったのか?

 生まれて十八年、今こそ明かされる驚愕の深層心理。


 双眸も容貌も様々な少女たちが唯一共通する利発そうな目つきでこちらを観察している。

 そう、それは生きていた。浅い呼吸を繰り返す胸元は俺と同じように微細に動いているし、面倒くさそうに髪の毛をいじったりしている者もいる。

 こんな所で出会わなければただの人間の女の子だとしか思えない。


 だが、違う。レアリティ判定の結果は驚くべきものだ。B級にA級、S級にSS級に、こともあろうかL級までいる。

 まさかの王様超えである。王様、大丈夫か!?


 呆気に取られる俺を満足気な表情で大臣が見上げる。その声は自信満々だった。


「いかがですか、我が国が誇る精霊剣は。僅か一振りで上位魔族を屠る事のできる最上級の剣です。如何に列強諸国と言えど、我が国程の精霊剣を保持する国はありますまい」


 いかがですかって言われても……これどうやって使うんだよ。

 聖剣達には意志があるように思える。これを抱えてぶん殴るんだろうか?


 途方にくれていると、聖剣の一人が声を荒らげた。


 赤髪の少女である。

 炎のような真っ赤な髪に深いガーネットのような瞳。

 俺は少なくとも表面的にはロリコンではないが、偉い美少女である事は間違いない。大輪の薔薇のような深紅のドレスはより現実味を失くしている。夢でなかったら、目を疑っていた所だ。

 気の強そうな視線、口調は自分の数倍以上歳をとっている大臣に対するものではない。俺の好みではないが数年も経てばかなりの美女になるだろう。聖剣が年をとるのかは知らないが。


 ちなみにレアリティはSSである。


「ちょっと、ウィレット! いきなり連れてきてどういうこと!? 挨拶もせずに!」


 わーわー甲高い声で喚く。

 慣れているのか、大臣の様子は笑みを絶やさずに少女を指さした。

 というかウィレットって名前だったのか。そういえば王様の名前も聞いていない。


「彼女は征炎剣、フレデーラ。八属性のうちでも最も攻撃力に特化した炎の属性を持つ精霊剣――炎の神性です。万物を浄化する彼女の力はカミ殿の勇者としての大きな力となりましょう。伝説では火の属性を持つ古代竜さえ焼き殺したと言われています」


「ふん……私の力なら当然よ!」


 無視されても一切気にすることなく、フレデーラが自信満々にない胸の前で腕を組む。

 しかし、俺は他に気になる事があってよく聞いていなかった。


 八属性……そんなに風呂敷広げて大丈夫か? 俺の夢。

 フレデーラが俺の呆れたような視線に気付いたのか、こちらに噛み付いてくる。


「な、何よ。その視線!! あ、貴方が新しい勇者なのね!? 私の身体は安くないんだから!!」


 まぁ呆れたのはフレデーラに対してではなく自分自身に対してなのだが、ともかくとしてなんだか扱いにくそうな聖剣である。


 続いて隣の聖剣に視線を映す。


 こちらは打って変わって深海のような深い藍色の髪色の娘である。セミロングの髪をそのままざっくばらんに下げている。

 フレデーラが動ならばこちらは静といえるだろう。全体的に時が停止したかのように無音の佇まい。ビー玉のような瞳が静かにこちらを見つめている。まるで人形だ。だが、桜色の唇と白い肌には僅かな生気が見て取れた。まぁタイプこそ違うものの、フレデーラに負けず劣らず美少女なのは間違いない。


 レアリティはフレデーラよりも一個低いであろうSランク。


 俺が注目したのがわかったのか、大臣が説明を始める。


「彼女は氷の神性、氷止剣、アインテール。あらゆる者を氷の帳に閉じ込めるその力は戦闘は勿論、補助でも役に立ちましょう。氷雪系は八属性の中でもかなりトリッキーな属性で、破壊能力さえ炎には及びませぬが敵対する者の活動速度を落とすことができ、その利用法は千変万化です」


「……」


 アインテールは一言も言わない。ただ黙ってこちらを見ている。

 なるほど……フレデーラよりも扱いづらそうな聖剣である。何より協力してくれる気がしない。

 だが、拒否するとも思えないので彼女以外の全員から協力を断られたら彼女を選ぶことになるだろう。


 続いて三体目に移る。


 三体目は前二体とは違って無邪気な目つきで俺を見上げていた。


「お兄ちゃんだぁれ?」


 お兄ちゃん。事もあろうに、お兄ちゃんである。

 俺の深層心理にはロリコンの上にシスコンが眠っていたというのか。あまりの衝撃。

 ちなみに現実の俺に妹はいない。


 純白の髪を持つ少女である。

 くりっとした目つきは美人と言うより可愛らしい。ずいぶんと長い髪を無造作に足元に垂らしている。

 フレデーラやアインテールよりもやや幼気だが、それでも数年後の未来に数多の男を悩ます美女になる事は、別に未来が見えなくても簡単に想像がついた。


 そして彼女が一番ランクが高い。Lランクの聖剣である。世も末だ。


「彼女こそはこの国が誇る最強の精霊剣。八属性の中で闇を払う事に特化した光の神性。光真剣、トリエレ。闇を打ち砕くのにこれ以上の聖剣はございますまい。かつて彼女の放った力、四方千里を喰らい尽くす裁き光の伝説は今でも観劇として世界各地で盛んに讃えられております」


「ねーねー、お兄ちゃんだぁれ?」


 なんだかとても扱いづらそうな聖剣である。確かにレアリティだけ見るなら一番強いんだろうが……

 何より、色々未発達な彼女を連れていったら俺は間違いなくロリコンに認定されるし、俺はそれを否定出来る自信がない。


「ひっ……」


 続いてその隣に視線を向ける。

 若草色の髪を持つ少女である。

 先ほどの三人とは異なり、その目には怯えが合った。

 後ろに一つにまとめて結わられたポニーテールがまるで彼女の心情を表すように下に垂れていた。


 気弱げな双眸は人によっては庇護欲を掻き立てられるものだろう。眼が伏せられているためなかなかわかりづらいが美少女であることは間違いない。しかもよく見てみると、最初の三人も確かに美少女だったが、並べて確認するのならばこの娘が一番美人だ。

 傾国の美女、かは知らないが、正直ドストライクである。少々若すぎるが。


 レアリティはAランク。大臣と一緒。


「彼女はレビエリ。世界樹から生まれた深緑を司る精霊剣、地の属性を持つ気静剣、レビエリです。前の三人に比べて破壊力こそ劣りますが、その防御性能は折り紙つきです。……気が弱いのが玉に瑕ですが……攻撃することよりも他者を守ることを優先するのならば彼女の力を借りるのが早いでしょう」


「あ、あの――」


 レビエリがおずおずと立ち上がる。

 その双眸には涙の球が浮き出ていた。罪悪感が刺激される。


「私……戦いたくありません……」


「……そうか」


 この娘はないな。本人がやりたくないのに無理やり戦わせるなど考えられない。

 どうせ夢だが、嫌がる少女を無理やり使う事もないだろう。

 安心させるように頭を撫でると、最後の一人を見る。


 最後の一人は紫紺の髪と瞳を持つ少女であった。

 日本人形のような長い髪。切りそろえられた前髪の下に吸い込まれそうな闇があった。服装は和服。和服である。まさに西洋風ファンタジーの世界観をぶっ壊す服装。

 どえらい美少女である事は間違いない。年の頃としては先ほどのトリエレと同じくらいだろうか。だが、雰囲気は正反対だ。

 彼女が光ならばこちらは闇。言うまでもない司る属性は……闇なのだろう。


 まさに光を飲み込む程に薄暗い瞳をこちらに向け、その唇が僅かに開く。


「勇者……ね……」


 黄昏れたような目つきを向ける少女に、トリエレがじゃれかかった。


「キャッ!?」


 そのまま黒と白が入り交じる。

 トリエレは嬉しそうで、飛びかかられた側も慌ててはいるが本気で嫌がっている風でもない。


「お兄ちゃん、フィーちゃんはトリのお姉ちゃんなのです!」


「ちょ……トリエレ!?」


 ちなみに彼女はこの中では一番レアリティのランクが低い、Bランクだ。

 大臣がその様子に溜息をつき、最後の説明を始める。


「彼女は世にも珍しい闇の精霊剣、孤閃剣、フィオーレです。トリエレの言うとおり、トリエレの双子の姉でもあります。能力は……奈落でございます。重力を操り万物一切を闇に引きずり込む魔性の剣――あ、イメージは悪いかもしれませんが、間違いなく聖剣の一振りではあります。特性上、少々使いづらくはありますが……」


「……私を顕現化(マテリアライズ)したければそれなりの武勇を見せることね……。ちょ……やめて、トリエレ!? やめなさいって!!」


 なるほどなぁ。

 またも、じゃれかかられるフィオーレ。トリエレはドレスだがフィオーレは和装であり、帯が解けかかって扇情的な肌色がちらちらと見える。

 上気した頬。見た目程扱いづらくもないのだろうか。


 しかし、この子を連れていてもロリコン認定は免れないよなあ。


 どうやって使うのかわからないが五振りの聖剣。タイプは違ってもそれぞれ美少女だ。言うことは何もない。

 一体選んだらもう他の子は選べないのだろう。RPGとはそういうものだ。


 究極の選択。


 だが、俺の腹積もりはとっくに決まっていた。

 フレデーラの喉がごくりと僅かに動く。


「さ、誰を選ぶの?」


「聖剣とかいらん」


「選ぶ? はっはっは、全員連れて行って構わないですよ。魔王討伐は人類の悲願。我が国の宝、適宜、使い分けください」


 三者三様の言葉が宝物庫に虚しく響く


「……へ?」


 ……どうやら大分認識が違うようだ。


 特に予想外なのが大臣の言葉。

 王様、国宝を安易に放出しすぎだろ。しかしなんというご都合主義。

 人類の悲願なら確かにそうあって然るべきかもしれないが……それにしても酷い。

 ちょっとばかり理屈にあってるのが尚の事腹が立つ。


 フレデーラが諸手を挙げて抗議する。


「ちょ……ウィレット! 全員ってどういうこと!?」


「どういう事もこういう事もない。我が王はカミ殿に全てを賭ける事に決めたのだ!」


 力強く大臣が宣言した。

 さっき円陣を組んでいる時に聞こえた生贄だの交換だのといった単語は彼の中ではなかったことになったらしい。

 いや、生贄云々言っていたのは誰の言葉だったか――


「全く、今までの勇者と来たら性格が悪いのなんの、姫を寄越せだのスキルオーブを寄越せだの金を寄越せだの挙句の果てに魔王を倒しに行くのが怖いだと!? いくらベースのスキルが強くてもリスクが高すぎて話にならんわ!」


 一体過去に何があったのか。

 それに、まぁそれは無理やり拉致った大臣側にも問題はあるのでは?

 とか夢の設定につっこんでも無駄なのだろうが。


「それに比べてカミ殿は金はいらんスキルはいらん聖剣はいらん、挙句の果てに戦闘用スキルなしで魔王を倒しにいきます、だぁ? どういうことだ!!」


「戦闘用スキルなし、聖剣なしで物理攻撃が全く効かない魔王を倒す……!? あ、あんた、どういうつもりよ!!」


 ごめん、ちょっと待った。

 今の物理攻撃が全く効かないって情報、初めて聞いた。


 赤髪の尻尾を二つ、ぴょこぴょこ動かしながらぎゃーぎゃー騒ぐフレデーラ。

 物理攻撃が効かないのか。つまり殴っても突いても勝てないのか……

 これはこれは、俺の想像力も極まったものだ。無意識には斯くの如く斬新な発想が眠っているのか。

 全く今まで考えたこともなかった事だ。


 しかし、燃焼も一種の物理現象ではあるまいか。聖剣の炎は効くのか? そもそも、これだけの聖剣を持っていて何故この国は魔王を倒せないのだ。魔王というのはそこまで強いのか?


 もしや魔王というのは貴方の想像の中だけの存在なのではないでしょうか?


 何にしても、想像力の深さ、インスピレーションの海の深さにはほとほと呆れる。

 とんでもないどんでん返しが待っていてもおかしくないのではないだろうか。


「……ふむ。となると面倒だな……」


 だが何にしてもこんないたいけな少女たちの力を借りるのも業腹である。

 大体どのように使えばいいのかわからないし、そもそも魔王退治などはもっと屈強な男どもがやるべきではないだろうか。宝物庫を守ってた兵士とか。


 まぁ、夢に文句を言っても始まらないのだが……


「カミ殿。聖剣を使用するには顕現化(マテリアライズ)と呼ばれる儀式が必要となります。最終的には全員と顕現化を行う必要がありましょうが、さしあたってはどの聖剣を選びましょうか?」


「だから、聖剣なんていらん」


 マテリアライズ……どういう意味だっけか。

 まぁ、どれだけ力があるのか知らんが、そんな面倒な手順を踏む必要はない。

 ここは俺の夢である。つまりそれは俺が神みたいなものだ。何が起ころうが結末としては俺が勝つに決まっている。

 ついでに言うなら、負けたって別にいいのだ。夢の中で死んだ所で現実に影響があるわけがない。


 俺の言葉を聞いてフレデーラが俺の方を化け物でも見るような眼で見上げてきていた。


「あ、あんた……無謀ね……どうやって聖剣なしで戦うつもりなのよ」


「ん……徒手空拳!」


 シャドーボクシングしてみせる。

 夢ならば竜の一匹や二匹、魔王の一体や二体、千切っては投げ、千切っては投げ、それこそが明晰夢の本領、夢チートである。

 聖剣などいらないのだ。物理攻撃無効の設定を俺の意志で無効化してみせる。


「ウィレット……彼、大丈夫なの……?」


 自分の頭をぽんぽんと指でつつく。失礼な話だ。頭がおかしいとでも言いたいのか。

 一方大臣は俺の言葉に涙を流して感動している。大臣は涙が脆いな。歳なんだろう。


「さすが勇者殿、なんという勇気! このウィレット、カミ殿程の勇気ある者を見たことがございませぬ」


 彼は少し頭がおかしいな。多分彼を生み出してしまった俺の深層意識も大分病んでいるに違いない。

 もう合格が決まっている以上、受験のストレスとかはないはずなんだが……


「しかしカミ殿、カミ殿の勇気を無駄にする訳にはございますまい。勝率を少しでも上げるため、聖剣との顕現化を――」


 いらねーって言ってるのにしつこい男だ。

 大体、誰と顕現化? しろっていうんだ。そもそも顕現化って何?


 ぎゃーぎゃーうるさいフレデーラに、無関心なアインテール。ロリコン認定確実なトリエレ・フィオーレ姉妹。そして自ら戦いたくないといっているレビエリ。

 どれを選んでも角が立つ。


 まぁ俺はいらん。聖剣など不要だ。何が出てくるのか知らないが、いらないものはいらない。

 これは別に彼女たちの事を思っての意見ではない。予想外の事態の連発で俺の精神は深く傷ついていた。これ以上、深層意識に眠っていたのであろう性癖が詳らかになってもらっては困るのだ。

 夢でトラウマになるなんてありえない。だが、今の事態がそもそもありえないのである。

 新たな事態が発生する可能性を、俺は否定しきれない。リョナ展開とか出てきたらどうするよ、いや、マジで。


 もう俺にはその展開を完全否定できる自信がない。

 そんな恐怖を抱くくらいならばただ一人で魔王を倒す方がマシである。どうせ負けないし。


 そこでアインテールが初めて口を開いた。

 氷雪を司っているに相応しい透明感のある美しい声。


「扱う聖剣に迷っているのならば、一人一人順番に顕現化を行い、一番適性があった娘を使えばいい」


「なるほど……だが、全員を使ったほうが勝率が――」


「付け焼き刃の顕現化では――聖剣では、魔王は倒せない。少なくとも、私の場合は半端な顕現化では力は一割も発揮できない」


「一理ある、か……」


 思わず声に聴き惚れていたが、俺は慌てて首を横に振る。

 一理あるか、じゃない。迷っているとかではない。いらないと言っているのだ。不要と言っているのだ。


 ふとその瞬間、甘い香りが漂った。


 拒否のために口を開くが何故か声が出てこない。

 これも夢特有の不条理か? あれよあれよという間に俺を蚊帳の外にして計画が定まっていく。

 そんなバカな、これがシナリオなのか。俺には覆すことができないのか?


 いや、これも俺の深層意識によるものなのか。

 一体何が欲求不満だったんだ、


 ただ一人、見えない神の手に抗い続ける俺の眼の前で、一人の少女がおずおずと手を上げた。


「あの……じゃあ、私が一番先にやります……」


「え!?」


 フレデーラが驚きに眼を見開いて少女の表情を見る。


 想定外の人物。


 真っ先に挙手した聖剣。

 それは唯一、自ら戦いたくないと言い張っていた聖剣、レビエリ。


 防御に役に立つと紹介された地の神性である。

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