第九話:銀衝剣リースグラート①
山越えをする旅人や商人は皆この村で宿を取るらしく、村の規模に反して村内には宿泊施設や酒場が多い。
この世界で王都以外の都市を訪れるのは初めてだったが、初めて入ったその村は俺の眼には想像以上に近代的に見えた。翻訳スキルはその集落を『村』と訳したが、イメージ的には小さめの街に近い。広さこそそれほどでもないそうだが、道も整備されているし、かなり賑わっている。人口もかなり多く感じる。
それでも、本来は王国の騎士団一行が滞在するような事は滅多にないらしいが、今回はちょうど盗賊退治のために第五騎士団が滞在していた事もあり、俺たち第二騎士団と第五騎士団は酒場で情報共有の方を行っていた。
ガリオン王国の騎士団にはそれぞれ団ごとに役割があるらしい。
詳細は聞いていないが、その役割の違いは装備に現れる。第五騎士団の面々が着用した鎧はワレリーたちの装備していた物とは異なり、防御力よりも軽量化の方に重きを置かれているものだ。
防御力よりも機動性を重要視する騎士団。遊撃騎士団とも呼ばれているらしい彼らは、俺のイメージする騎士と言うよりはどちらかと言うと傭兵のような見た目だった。
今回、盗賊退治に第五騎士団の一部が派遣されたのも恐らく、機動力が必要とされると想定されたためなのだろう。
現在盗賊退治に派遣された面々のリーダーを担っているのは、深紅の髪をした男である。
長身で筋肉はあるが、柔和な目つきをした男だ。長い深紅の髪を後ろで縛っており、女にもてそう非常に端正な容貌をしている。凶相のワレリーと並べて見ると、山賊と騎士を想像させる。
この二人が同じ国に仕える騎士だというのだから不思議なものである。
ガリオン王国第五騎士団の副団長、レフ・リーダンド。それが男の名前だった。
酒場のカウンターに二人並んで腰を下ろし、レフがワレリーに静かな眼を向ける。異なる騎士団とはいえ、顔見知りだったようで、砕けた態度だ。
「連絡は受けておりましたが、ワレリー殿がわざわざ護衛任務の指揮につくとは」
「万が一にも術者の護衛に失敗して、ガーデングルとの関係を悪化させるわけにはいかんからな」
ワレリーがカウンターに出された酒瓶の胴を掴み、それに直接口をつける。その様が非常に似合っている。
明日も任務があるのに今酒を飲んでも大丈夫なのか聞いたのだが、逆に飲んだ方が調子が良くなるらしい。酒場は盗賊退治の面々と俺達のグループで貸し切りになっており、各々交友を深めていた。
レフはその言葉に僅かに笑みを作り、ワレリーの隣に座っていた俺に視線を向けた。
「なるほど。それで、彼がかの噂の勇者様、ですか」
かの噂の勇者様。どのような噂を立てられているのか。
剣も鎧もない、騎士のように見えない男がワレリー団長について回るのが不思議だったのだろう。酒場に入ってからは、無数の視線が自らに向けられているのは感じていた。
ワレリーが苦笑いを浮かべ、俺の方にちらりと視線をむけた。それを避けるように、自分のグラスに口をつける。
俺のグラスの中身は葡萄ジュースだ。
残念ながら日本では二十才未満の飲酒は禁止されている。この世界では違うようだし興味がないわけでもないが、明日もあるのに今まで飲んだことのないものを口に入れる気にはなれない。
「勇者殿にこの世界について見知っていただくという意味もある。勇者殿は召喚されてから――王都付近から離れた事がなかったからな」
それは王が離してくれなかったからだ。
レフが俺の方に観察するような視線を向け、恭しい口調で話す。
「お噂はかねがね聞いておりました。なんでも――僅か一太刀で竜を殺したとか」
噂には大分尾ひれが付いているようだった。一太刀でもないし、あれは誰にでも出来る事だ。
聖剣を使えれば、の話だが。
なるべく謙遜にならないように注意して答える。
「……そんなに、大したことじゃない。あれは――聖剣の力が強かっただけだ」
「なるほど……」
レフはぱちぱちと珍しいものでも見るかのように瞬きしてみせた。
今の俺の身体能力は確かに人を超えているが、多分この男がリースグラートとレビエリを使ったとしても倒せていた事だろう。
あの時の俺の苦労は、山のような大きさの黒竜に上った事くらいだったのだから。
ワレリーが意地の悪そうな笑みで言う。
「此度の勇者殿は謙虚でおられる。レフ、油断しない事だ。勇者殿は石を投げただけで一撃で魔物を殺す剛力ぞ」
「ほう。石を投げただけで――それはそれは――」
レフが感心したように唸るが、多分彼が想像しているものと実際の図は違うだろう。
誰が石を投げただけで大地をえぐり、魔物を爆散させられる人間がいると思うだろうか。
多分あの竜相手ではどちらにせよその程度の技、通じなかっただろうが。
しばらく黙っていたが、やがてレフが提案してきた。敵意こそないがその眼は酷く真剣だ。
「勇者殿。盗賊退治や魔物の討伐をその主任務とする第五騎士団では強さこそが至上であるとされております。ぜひ一度、私めに勇者殿のお力を見せていただけないでしょうか?」
「どうしろと?」
「一度お手合わせを……」
ワレリーの方を見るが特に口を挟む様子はない。こいつ、こうなることが知ってわざと剛力なんて言い方したな。
ちょっと考える。
手合わせくらいはしてやってもいいが、手加減するのは面倒だ。相手が副団長ともなると、城で訓練した際の相手よりも強いだろう。
負けるとは思わないが、中途半端に強いと手加減を誤るかもしれないし、万が一負けたら負けたで問題が起きそうである。
百害あって一理ない。言葉を選んで答える。
「残念ながら、俺の戦闘手法は魔物を相手にする事に特化している。味方に振るうつもりはない」
「ふっふっふ。との事だ、レフ。諦めろ」
断られた当の副団長は一瞬、鋭い視線を俺に向けたが、ワレリーの方を見てすぐに悔しそうに唇を噛んだ。
節度がなっている。上下関係も利いている。素晴らしいと思う。
「く……そう言われてしまえば致し方ないでしょうね。勇者殿の力がどれほどのものか、身を持って味わってみたかったのですが」
やはり、この男も腕っ節には自信があるのだろう。
このまま放置するのも可哀想だし、個人的な思いとしては一度手合わせしてみたいというのはある。
今すぐというのは問題だが…‥そうだな――
少しだけ考えて、付け加えた。
「……そうだな。全てが終わった後なら相手をしても構わない」
「……全て?」
レフの不思議そうな表情。
決まっている。俺が召喚された理由はたったひとつだ。
「魔王を倒した後だ。……そう時間を掛けるつもりはない」
言い切ったその瞬間、酒場が静まり返った。
今まで聞こえていた喧騒も何もかもがピタッと止まり、視線が俺に集中する。
騒いでいながらも皆、こちらの会話を聞いていたのか。
突然変わった雰囲気に、カウンターの中にいた酒場のオーナーが何ごとかと当たりを見回す。
もしかして、言ってはいけない事を言ってしまったのか?
しかし、魔王を討伐するために召喚されたのは皆の知る所だろうし、何もおかしな事は言ったつもりはないんだが……。
周囲を見渡し戸惑っていると、ワレリーが一度咳払いをした。そして、頰を捻じ曲げて笑みを浮かべる。
「レフ、よかったな。どうやら貴公の望みもそれほど遠くないうちに適いそうだぞ」
その言葉に、硬直していたレフの表情が変わった。
ワレリーと同じように微笑みを浮かべると、感嘆したようにほうと息をつく。
「ふふ……どうやら……そのようですね。勇者殿の伝説、不肖このレフ・リーダンド、楽しみにしております」
その言葉を皮切りに、周囲の喧騒が戻る。賑やかな会話にグラスを交わす音は、先程よりも心なしか明るく聞こえた。
まだ若干居心地の悪さは残っていたが、レフとワレリーの方に視線を戻す。一端、話を変えよう。
「まぁ、全てはこの任務が終わってからの話だ」
「さっさと終わらせなければなりませんね」
「ふふふ……勇者殿には魔王を討伐する大役がありますからね……」
レフがまだ堪えるような笑い声をあげる。……まさか、魔王討伐を宣言してしまったのがまずかったのだろうか。
……だが、もう終わった話だ。次は迂闊に魔王倒すとか言わないようにしよう。
レフはそのまま、ワレリーの方を向くと、提案する。
「ワレリー殿、ここ最近の出現傾向から、盗賊のアジトは山間に存在すると想定されております。明日の山越えは私達も護衛代わりに随行しましょう。我々は機動力に特化している。さしものスレイプニルとはいえ、機動力は馬車に劣りません」
「……そうだな。任せるか」
「お任せ下さい、ワレリー殿。ふふ……勇者殿には一刻も早く魔王を討伐して貰わねばなりませんからね」
レフがちらちらと俺を見ている。さすがに気づくわ、これは。
「……まさか、言い過ぎたか?」
俺の言葉に、レフが眼を開き、首を横に振って大げさに言う。
「とんでもない、勇者殿。むしろ逆に『聖勇者』ならばそれくらい言っていただかなくては。それでこそ、人族の命運も任せられると言うものです」
「……そういうものか」
「そういうものです。勇者殿、我々が――道を切り開きます。どうか勇者殿は我々を気にせずに魔王の討伐を。……そして、討伐し終えたら次は私と手合わせして下さい」
糞真面目な眼で懇願するレフ。だがその口元はにやけかかっている。
なんで魔王の後の裏ボスみたいな立ち位置になってるんだよ。てか、魔王倒した相手と手合わせしたいのか、こいつ。
ワレリーが悪乗りするようにそれに続く。
「勇者殿。このワレリーとも是非手合わせを。勇者殿と剣を交えたとなれば、この先末代までの誉となりましょう」
「……あー、わかったわかった。魔王を倒した後な、魔王を倒した後」
「はっはっは! 無論、魔王を倒した後ですとも」
度数が何度あるのかもわからない酒をらっぱ飲みして機嫌よく笑うワレリー。
末代までの誉って……そこまで期待されるとかなり困る。
この酔っぱらい共め。
呆れ返ると言うよりは困惑していると、ふと酒場の扉が開いた。
入ってきたのは宿で待機していたはずのリースグラートだった。酒場に銀髪の少女の組み合わせ、その場違い感は俺よりも遙かに大きい。
一般人が誤って入ってきたのかと思ったのだろう、入り口付近で飲んでいた騎士の一人が腰を上げかける。
リースグラートは酒場をぐるりと見回すと、すぐに俺を見つけて満面の笑みで手をぶんぶん振った。
「勇者様! こんな所にいたんですね?」
リースグラートが一身に受けている視線には眼もくれず、こちらに駆け寄ってくる。立ち上がりかけた騎士が目を丸くしてそれを見送る。
外見もそうだが、メイド服を着ているせいで、より目立つ。ウエイトレスの服装に似ているので酒場という場所的にはある意味あっているとも言えるが、その美しい銀髪の髪はそうそう見られないものだ。
目の前に着たリースグラート。さっきまでちゃんと外向けの服装していたはずなのになんでまたメイド服になってるんだよ。
聖剣三人衆には宿で待機してもらっていた。酒場では姿が目立ちすぎるからだ。
リースグラートは別に視線なんてなんとも思っていないかもしれないが、俺の方は大多数に注目されるのはあまり得意ではない。
しかし、ここまでわざわざきたのだ。何か理由があるのだろう。
「……何かあったのか?」
散々迷った結果出した問いに、リースグラートは興味深そうに酒場の棚に視線をやり、俺のグラスに視線をやり、最後に悪びれもせずに俺を見て笑顔で言った。
「退屈だったので来ちゃいました」
「……」
……レビエリにちゃんと見ておいて貰うべきだったな。退屈だったので来ちゃいましたって……ええええ……。
レフが戸惑ったような、珍妙なものでも見ているかのような表情で俺に声をかける。先程かけてきた声とは違った声色で。
「随分とお美しい女性ですが……勇者殿の、お連れですか?」
こんな所に女連れてきてんのかよ、と、その眼がいっていた。
なんで聖剣が勇者の評判落としてんだよ。
「リースグラート……彼女は聖剣だ。俺が黒竜を倒した時に使った聖剣だよ」
正確に言うのならば竜を倒したのはどちらかと言うとレビエリの力が強かったが、首を直接に切り裂いたのはリースグラートで間違いない。
リースグラートが俺の言葉を聞いて、自慢げに胸を張る。調子に乗り始める。
「え? なんですか? 僕の話ですか? ふふふ、何を隠そう、僕こそが数多存在する聖剣の中でも『最強の剣』――」
「最強の……聖剣!?」
レフが目を大きく見開き、リースグラートの頭の先からつま先までじろじろと観察する。
そりゃこんなのが最強の剣とかいい出したら驚くことだろう。俺だって驚いたし。あんなに斬れ味が鋭かった魔法剣が真の姿取り戻したらこれで驚いたし。
「……いや、こいつの言う事は余り間に受けないでくれ」
大体、言い方紛らわしいけど、最強の聖剣じゃなくて聖剣の中で『最強の剣』だから。
剣じゃない聖剣が沢山あるせいでそんな言い方できるだけで、レアリティ低い方だから。
しかも、その最強の剣というのも自分で勝手に主張してるだけだから本当かどうか……
リースグラートが不服そうな声を出す。声質のせいで一見甘えているかのようにも聞こえる。だが、甘えているわけではないだろう。
「えぇ? そんなぁ! 勇者様、僕は一切嘘ついてないですよ!? あんなに僕を使っておいて、酷いです……」
嘘じゃないが、その誤解を招く言い方に、俺の方に余り好ましくない視線が集まる。もう嫌になった。
……こいつ、なんか適当にデザートとか与えたらどっか行ってくれないかな。