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第七話:征炎剣フレデーラ③

 街の門の近くに集まった一団は物々しい顔ぶれだった。


 まず、白銀の鎧を来た騎士が十人。基調は白銀だが、鎧の節々に赤のラインが入っており、これがガリオン王国第二騎士団の証らしい。

 ガリオン王国の紋章が入った馬車が五台にそれを駆る御者。引く馬は俺の知る馬と比べて巨大で、足が六本も存在する。こちらを睨みつける眼は獰猛そのもので、恐らく魔物の一種を手なづけたものなのだろう。

 他に黒のローブを羽織った魔導師が数人。たとえ盗賊だろうが魔物だろうがこの一団を見て襲いかかろうとは思わないだろう。


 騎士や魔法使いの中には女もいたが、誰も彼もが鋭い目つきをしている。外から見ると、明らかに俺やレビエリたちは違和感があっただろう。

 俺は黒帝剣を背負っているからまだいいが、レビエリやリースグラート、フレデーラは完全に軽装である。手荷物一つもっていない。


 メンバーを増やしすぎると進行の速度が落ちる。

 ここに集められた面々は王国の中でも特に精鋭という話だった。


 ワレリーが先頭の馬車を指して言う。


「勇者殿は先頭の馬車へ」


「ああ……わかった」


 門の前は目立つ。既に目標のすり合わせなどは城で受けていた。

 黒帝剣を背から下ろし、先に中に入れてから馬車に乗り込む。先頭の馬車に乗るのは俺と聖剣達、そしてワレリーと女の魔導師が一人だ。


 王国御用達の馬車の内部は外見以上に広い。食料品などの物資は次の馬車に積載されているため、馬車には巨体のワレリー含めた六人が乗れるだけのスペースは十分にあった。


 俺の隣に膝を抱えて座ったレビエリが言う。


「勇者様、剣は異空間に収納しておきましょう。さすがに……重量があるかと」


「大丈夫なのか? ……いや、そうだな」


 俺の剣は巨大過ぎる。馬車の中で抜ける類のものではない。

 だったら、レビエリに収納してもらったって関係ないだろう。どうせ素手で斧を受け止められるのだ。大抵の相手は剣を使うまでもない。

 レビエリが触れると、魔法のように巨大な剣が消える。本当に貴重な道具なのだろう、学のない俺でも活用手段が思いつくのだ。俺の対面に座っていた魔導師が驚いたように息を呑んでいた。


 続いて、レビエリが頰を染め、媚びるような上目遣いで言う。


「リースちゃんも邪魔なのでしまっておいた方がいいかもです」


「……当たりが強いな、レビ」


「えええ!?」


 レビエリの隣でそわそわしていたリースグラートが悲鳴をあげて距離を開ける。

 何? なんでお前らそんなんなの?


 邪魔って。

 仲間の事、邪魔って……。


 レビエリが身をこちらに寄せながら続ける。


「ケイオス・リングは無機物しか収納出来ないんですよ……だからリースちゃんを収納するにはまず封印しなくちゃならなくて……」


「具体的な説明いらないから」


「でも、私一人じゃそんなに力出せなくて……勇者様が、顕現化(マテリアライズ)してくれたら、いけるんですけど……」


「せんでいい、せんでいい」


「勇者様ぁ……」


 リースグラートが縋るような眼でこちらを凝視している。大丈夫だから。やんないから。

 レビエリがそっけない視線をリースグラートに向け、呟く。


「大体、剣なのに自分で動くっておかしいと……思います」


「今更な事言うな」


 後それ、盛大なブーメランだから。


「剣なら剣で剣らしく何も言わず勝手に動かず、私と勇者様の邪魔しないようにその辺に大人しく転がってて欲しいです」


 ……ひっでえ。

 リースグラートが仏頂面で恨み半分、恐怖半分にレビエリを見ている。だが、リースグラートがレビエリに勝てるビジョンが浮かばない。


 一方、フレデーラの方はため息をつくのみで、特に何を言うつもりもなさそうだった。そりゃ毎度毎度似たような事やられちゃ慣れもする。


 馬鹿な事をやっている間に他の馬車の準備も出来たのか、号令と同時に馬車が動き始めた。


 馬車に乗るのは初めてだった。自動車と比べて上下の揺れが強くそれでも初めは大した揺れではなかったが、門から出ると一気に揺れが大きくなる。

 速度も思ったよりも想像していたよりもずっと速い。


 表情に不慣れな事が表れていたのか、ワレリーが太く嗄れた声で説明してくれた。


「この馬車は幻獣――スレイプニルに引かれております。馬よりも巨大で体力があり足も速く勇敢で補給を余り必要としない貴重な獣です、馬車を引かせるのにこれ以上の『馬』はいますまい」


「随分と都合のいい動物がいたものだな」


「代わりに数が少なく獰猛で、厳しい訓練を受けた御者がいなければ走らせる事もままなりませんが……此度の任務はそれだけ重要なものだと考えていただければ」


 言い終えると、ワレリーが傍らから一枚の地図を取り出し、馬車の床に広げた。

 一度、事前の情報共有の際にも見せられた、ガリオン王国が存在する大陸の地図だ。


 ガリオン王国と、そこから大分離れた所、広大な森林のそのど真ん中に存在するガーデングル。その間には線が引かれていた。

 これから通る予定のルートだ。直線ではない。途中で二つの村を経由しているし、途中にはそれほど大きくないが山も存在している。


 ワレリーが顎に手をあて、その太い人差し指で地図をなぞる。俺もそれに合わせるようにして地図を覗き込む。


「魔物の類はそれほど多くないはずです。途中の草原やガーデングルの森には狼や熊系の魔獣、亜人種ならばゴブリンやオークの群れが確認されていますが、数はそれほど多くありませんし、幻獣の引くこの馬車に襲いかかってくる可能性は高く無いでしょう。もちろん、数度の戦闘は覚悟していますが、苦戦する事はありますまい」


 地図には線の他にも様々な情報が書き込まれている。

 出現する魔物の名前、注意事項、その周囲の状況などのガリオン王国が現在持っている情報。だが、それ以外にも山を中央とした辺り一帯が赤いインクで囲まれていた。

 俺がそこを見ている事に気づいたのか、ワレリーが補足する。


「赤い丸で囲まれた場所が――盗賊の出現の報が出ている地域です。小規模な賊らしく、第五騎士団が討伐のための要員を送っているようですが、未だ完全な殲滅が完了しておりません」


「……殲滅、か」


 異世界から勇者を召喚する程の状態なのに、人間同士での争いは止まらないらしい。世知辛い世の中である。


「なんでも、それなりに統率がなっており、足が速く地の利も有って毎度逃げられるとか。さすがに王国の紋章のついた馬車を襲うような命知らずではないと思われますが、注意は必要でしょう」


 ワレリーの眼は険しいものだが、不安を感じている表情ではない。

 隣の魔法使いの方も特にその情報には表情を変えない。盗賊の存在はそれほど珍しいものではないのだろうか。

 確かにこの世界では、人間よりも、知恵ある猛獣である魔物の方が遙かに恐ろしいだろう。


「注意事項はこんな所です。ガーデングルにて一日滞在、先方の用意した術者を護衛しながら帰還します。順調にいけば二週間程度の短い任務となるでしょう」


「順調に進まなければ?」


 俺の問いに、ワレリーがにやりと笑みを浮かべる。獰猛な笑みだ。

 子供が見たら泣き出しそうな凶相、どう考えても悪役の顔だ。むしろこっちが盗賊でもおかしくない。

 言葉と顔があってないんだよなぁ、この人。


「順調に進めるのが我々の任務です、勇者殿」




§ § §






 ワレリーの言葉の通り、旅は順調に進んだ。


 進むのは殆ど整備されていない草原であり、幌をあげると何体もの魔物が見えたが、そのどれもが遠巻きにしてこちらを窺うのみで近寄って来る気配はなかった。

 馬車を引いているスレイプニルとやらを恐れているのだろう。その唸り声は馬車の中にいても聞こえる程に大きく獰猛で、例え俺が魔物側の立場だったとしてもそれを襲おうとは思わない。


 たまに近寄ってくる馬鹿な魔物がいたとしても、練達した騎士と魔導師の前に殆ど何も出来ずに倒れていった。俺も一応外には出たが、剣を抜く暇すらなかった。


 ワレリーたちの戦法は単純だ。


 魔物が接近するとそれを察知したスレイプニルが唸る。御者が魔物と馬車の距離を図り、馬車の一団が無事に逃げ切れる程度の距離か確かめ、逃げ切れる距離だったら速度をあげる。逃げ切れそうになかったら馬車から騎士と魔導師が外に出る。


 外に出たら、騎士が弓を、魔導師が魔法を使い、魔物が近づいてくる前に遠距離攻撃を打ち込む。草原は視界が広く確保されており、五回程魔獣の群れが襲い掛かってきたが、剣で戦う距離まで接近される前に倒れていった。


「我々は騎士と言えど、弓矢の訓練もしておりますから」


 長弓を下ろし、ワレリーが豪快に笑う。

 本人の言うとおり、側で戦闘を見ていたが、引き絞られた矢は百発百中、そのどれもが狙い違わず獣の頭蓋を貫いていた。とても、訓練をしているからなどという言葉では納得できない練度である。距離もかなりあるというのに。


 もちろん、高い戦闘能力を誇ったのは騎士だけではない。黒竜を倒す前――王都付近の森で魔法を使う魔物と戦った時から気づいていたが、この世界の魔法にはある程度の追尾性能があるようだ。

 魔導師の放った炎の矢は確実に魔物に命中し、その全身を炎上させる。出現した魔物がそう強くないのも予定通りらしく、それを受けて立ち上がった魔物はいなかった。


 黒竜相手には木っ端のように吹き飛ばされていたが、騎士団は国防の要なのだ。

 多少の相性はあったとしても、大抵の魔物への対策は取ってあるに違いない。


 夕暮れ近く、六度目の魔物の襲撃にあったその時、ワレリーが念のために馬車から下りた俺に視線を向けてきた。


「勇者殿も軽く身体を動かしておきますか?」


 今回こちらに向かってきた魔物は狼に似た魔獣だ。漆黒の毛皮に輝く紅の眼。五体程がばらけながら、ゆっくりと警戒した足取りで距離を詰めてくるのが薄暗闇の中はっきりと見える。


「ナイト・ウルフですね。夜行性の魔物で、身体は大きくありませんが十数体の群れを作り連携して襲いかかってくるとされています。この当たりでは――厄介な魔物のうちの一つです」


「五匹しかいないが?」


「あれは様子見でしょう。あちらも警戒しているのです」


「つまり、こちらが『獲物』だったら更に群れ全体で襲いかかってくるという事か」


「ええ」


 賢い魔物だ。だが、俺が知らないだけできっと地球でもそれくらいやってのける動物はいただろう。

 地球と異なるのは、この世界の魔獣の能力が地球の動物よりも遙かに高いだろうという事。そして、この世界では更にそれ以上の怪物がいくらでもいるという事くらいだ。


 例えば――そう。俺とか。


 返事の代わりにワレリーと魔法使いに肩を竦めると、地面に視線を落とす。

 数秒で拳大のちょうどいい大きさの石を見つけると、それを拾った。


 軽く握って心地を確かめる。これくらいの大きさがあれば十分だろう。

 訝しげな表情をするワレリーと、レビエリたちの方に一度視線を投げ、


「『一匹』貰うぞ」


 腕を大きく振りかぶり、『力を込めて』それを投擲した。


 石が手から離れる。空気が爆発した。踏み込んだ地面が爆音を立てて裂ける。


 投擲した石は瞬時に発火、衝撃波を伴い、弾丸のように一番近くにいたナイト・ウルフにぶち当たり、その隣に並んでいた個体もろともその身体を爆散させ、それだけでは止まらず、そのまま光の線を描き彼方に消えた。


 突然の衝撃に、スレイプニルが大きく嘶き、巨体を震わせる。

 何ごとかと、後ろの馬車に乗っていた騎士たちが警戒しつつ外に出てくる。


 残ったのはまるでリースグラートを振った後のような大地だった。石を投擲したその直線上には大地を抉られた跡しか残っていない。

 残ったナイト・ウルフが小さく悲鳴をあげ、踵を返して逃げていく。今石を投げれば殲滅も容易いだろう。

 俺に弓など必要ない。人の武器など――いらない。


 腕をぷらぷらと振りながら、目を大きく見開き硬直しているワレリーに聞く。

 振ってはいるが、腕に痛みがあるわけではない。恐らく後百回投げろと言われてもいける。


「これでいいか?」


「……ッ……なる、ほど、これが――勇者ですか」


 ワレリーはすぐさま復帰し、俺が石を投げた方向を凝視した。

 既に光は消え、まるで今の光景が夢であるかのように静まり返っている。


 側に立っていた、先程まで一緒の馬車に乗っていた魔導師があからさまに怯えた視線を俺に向け、一歩後退る。

 俺は特に何も思わずに魔導師から視線を外した。怯えられても当然の話、まだこれでも本気は――出していないのだ。どれだけ力があればこんな芸当が出来るのか。まだこの世界に疎い俺にはわからない。


 天を見上げ、ため息をつく。


 そんな俺に、驚くべきことにワレリーがにやりと笑って冗談めかして声をかけてきた。


「それだけの戦闘力があれば竜を倒したなどという話も納得がいく。道中も安心ですな」


「……あんたらを巻き込む可能性もある」


「勇者殿。我々も日夜厳しい訓練を受けてここにいます、問題ありません。いざという時は遠慮なさらずに」


 三白眼にも、声にも既に動揺は見えない。

 その言葉は、ただ投げるだけで石が燃え、大地をえぐり命中した魔物はもちろん、周囲にいた魔物も巻き込み葬れる、化け物じみた人間に対するものではない。


「なるほど……ヴィレットが私達を授ける事を決めただけの事はあるわね、勇者様」


 そんなワレリーにかぶせるように、フレデーラが太陽のような笑顔で言った。

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