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第三話:聖剣のいる生活③

「……勇者様も大変ね……」


「そんな事ないけどな……」


 炎の属性を持つSS級の聖剣。征炎剣、フレデーラが呆れたような声をあげる。

 王城の宝物庫は鉄壁だ。物理的な防御だけでなく魔術的にも色々処置が成されているらしく、未だかつて破られた経験はないらしい。

 部屋の前には王国でも選りすぐりの守護兵が二十四時間待機して侵入者を防いでいるが、勇者である俺には宝物庫に自由に出入りする権利が与えられている。


 その宝物庫の奥――初めて俺がここを訪れたその時、そこには六人の聖剣が眠っていた。

 今も宝物庫の中に残されているのは四人だが、しかしその四人でも、この宝物庫に存在する他の宝物――宝石や宝具の類を全部合わせた以上の価値があるのだという。

 それらを全部、初対面の俺に押し付けようとしてきたこの国の王はやはり頭のネジがぶっ飛んでると思う。


「リースちゃんは馬鹿だから……ねぇ」


 四人の聖剣の中でも随一のレアリティを誇るトリエレがいつものような舌っ足らずな声で言う。可愛らしい声だが言っている内容は最低だ。声に邪気がないのが更に嫌らしい。

 虚偽を許さない光真剣は自らもまた決して嘘をつかないらしい。だから、それがトリエレの本心なのだろう。酷い。


「酷い言い様だ」


「ん……馬鹿よ、馬鹿」


 トリエレの隣で、無言で俺がお土産に持ってきたチーズケーキを食べていたフィオーレがトリエレの後を引き継ぐ。


 白い肌に朱を引いたような唇。真っ赤な舌を伸ばしフォークを舐めとると、満足げなため息をついた。

 言葉は激しいし、目付きも厳しいが、嫌われているわけではないらしい。皿を床に置くと、まるでゴミムシでも見るような視線を向けて続ける。


「馬鹿以外になんて表現すればいいの? いいこと、リースグラートは――顕現化どころか、人の姿を取れなくなるくらいに担い手がいなかったのよ? 担い手を選びすぎて」


「……聖剣の感覚がわからないからなんとも言えないな」


「だから馬鹿だって言ってるでしょ!」


 やっぱり、『馬鹿』らしい。擁護したいがちょっとコミュニケーションを取った感じだと否定できないところが悲しい。


 どうやらこの宝物庫に銀衝剣の味方はいないらしい。最後に、今まで黙っていたアインテールが淡々と述べた。


「私達聖剣は信仰によって力を得る。人の手で生み出されたリースグラートは有名だけど、『神性』が足りていない。力はそれほど高くない」


「斬る事しかできないからねぇ……リースちゃんは。使いやすいけど単純なんだよね……本人と一緒で」


 くすくすと笑うトリエレ。

 聖『剣』に、剣としての意味以上の事を求めるのはどうなんでしょうか。俺は普通に『ない』と思うんだが、余りにも斬る以外の力を持っているのが当然であるかのように話しているのでこっちがおかしいような気がしてきてしまう。


 こいつら一体斬る以外に何が出来るんだよ……。


「でも将軍の言葉は正しい。確かに……武術を修めるよりは聖剣を使いこなせるようになった方が『強い』」


「やっぱりそうなのか……」


 アインテールが眉をピクリとも動かさずに言う。


 確かに、仮に訓練場では圧倒したあの騎士たちがレビエリを使って向かってきたら俺は為す術もなく負けるだろう。使ってくるのがリースグラートだったらもしかしたらなんとかなるかもしれないが、ともかくこの世界の聖剣は――強すぎる。


 言葉に出さずに納得している俺に、アインテールが続いて予想外の言葉を出した。


「ただし、聖剣を使いこなす方が武術を修めるよりも難しい」


「……え?」


 無言のまま、アインテールが左手を下に伸ばし、着ていた制服のような服の裾を掴み前に引っ張る。続いて右手を服の裾の下から中に入れると、そこから本を取り出す。


 思わず目を丸くする。明らかにサイズがおかしい。

 高級感のある茶色の装丁の本だ。表紙にも背表紙にも何も書いておらず、国語辞典くらいの厚さがある。あっさりと取り出してみせたが、普通に服の下に隠せるようなものではない。


 膝の上にそれを置き、何も言わずにこちらを見ているアインテール。


 なんて言っていいかわからない。なまじアインテールの表情が真面目なのでつっこむ事もできない。

 迷いに迷い、結局何の面白みのない質問をする。


「……それ……なんだ?」


「私を使いこなす『条件』。これを全部暗記する事」


「暗……記?」


 …‥暗記? 暗記って、全部記憶するっていうあれか?

 アインテールの手にある書物。それが何の本なのかは知らないが、厚さとサイズ的に暗記出来るような量ではない。


 だが、どう見てもアインテールは冗談を言うような性格には見えない。

 他の聖剣達もただ面白いものでも見るかのような眼で何も言わずにアインテールと俺を見ている。


 呆然とする俺にアインテールが続ける。


「私の顕現化の条件は――『テスト』。この本を読んで勉強する。三十点未満は……赤点、失格、死んだほうがいい」


「?????????????????????」


「八十点以上で……A評価。見込みがあるから鍛える」


 何を言ってるんだ。意味がわからない。

 八十点以上でA評価? 見込みがあるから鍛える?


 何がなんだかわからない。混乱しつつも、アインテールに質問する。


「合格点は?」


「百点以上」


 百点以上って百点じゃねーか、おい!

 え? んんんんんん? 暗記? その厚さを暗記? テスト? 点数? ペーパーテスト受けろって事か?

 俺の学力はそれほど高くない。平均より上ではあるが、記憶力がいいわけでもない。全然自信がない。


 てか……その条件、世界観にあってなくない?


 アインテールが、俺の視線を完膚無きまでに無視し、大きく頷いてみせる。


「真の勇者ならば簡単にクリア出来る」


「……テストって……簡単なのか?」


 戦々恐々としながら質問した俺に、アインテールは心持ち自慢げに答えた。


「ここ五百二十一年、合格者は出ていない」


「出来るかボケェッ!」


 そりゃ武術修める方が簡単だわッ!


 暗記って。暗記って一体――。

 もともと、アインテールを顕現化するつもりもなかったが、勇者に何を求めてるんだ、こいつ。


 真の勇者ならとか、そういうレベルじゃないぞ。何年勉強すれば合格出来るんだよ。


 フレデーラがやれやれしょうがないわねと言わんばかりにため息をついて言う。


「アイは広く挑戦者を受け入れているけど、身持ちが固いから」


「身持ちが固いとかそういう問題じゃねえッ!」


 何のフォローにもなってないし。

 そして、広く挑戦者を受け入れているのに合格者が出ていないその理由を察するべきである。


 アインテールは茶色の表紙を一度撫でると、それを再び服の中にしまった。

 どうやってしまっているのかはわからないが……それ以上につっこみどころがありすぎてどこから片付けていいやら。



「……お前、よくそんな条件を持っててリースみたいにならなかったな」


「氷止剣と銀衝剣では神秘の格が違う」


「……強いのか?」


惑星改造(テラフォーミング)には――最適」


「悪い。翻訳スキルがバグっているみたいだ」


 おかしいな……聖剣、聖剣だよな?


 どうやら、他言語化対応(全)とやらも大した事がないと見える。

 まぁどのみちテストとか受けるつもりもないし、アインテールの顕現化する機会もないだろうが、この世界おかしい。こいつ今、惑星改造とか言ったぞ?


「私の力が必要になった時はいつでも言うといい。貴方には見込みがある」


「いや、その……次に顕現化を試すのはフレの番だって言ってたよな? 確か」


 見込みがあるとか言われても……惑星改造に最適な聖剣の力が必要になる時なんてまずないだろう。

 フレデーラの方に視線を向けると、赤の少女はジト目で俺を睨みつけていた。


「逃げたわね」


「くすくすくす、勇者様、格好悪ーい」


「貴方、聖勇者としてのプライドがないの?」


 そして、聖剣達から投げかけられる酷い言葉。もうちょっと言い方を選んでほしいし、そもそもあれ? 俺、勇者じゃなかったっけ? なんで罵られてるんだよ。


 アインテールが特に悲しくもなさそうな表情で言う。


「逃げられた。悲しい」


「……悪いな」


「でも氷の神性は闇と、ここにいないもう一属性の次に珍しいから、勇者が私を必要とする時がきっと来ると思う。待ってる」


「マジか……必要になる時がくるのか……」


 心底来なければいいと思う。

 てかもう魔王とか関係ないじゃん、惑星改造って。

 なんかもう見た感じ剣と魔法なこの世界観にあってないんだよな、言ってることが。夢にどうこう言っても仕方ないのはわかっているんだが……とても疲れる。


 そこで、フレデーラが座っていた宝箱の上から床に飛び下りた。炎のような深紅のドレスのスカートをぱんぱんと払い、見た目年齢不相応の大人びた仕草で肩を竦める。


「まぁでも、外に出してくれないってのは問題ね……私の顕現化の見極めもアイ程じゃあないけど、王都内じゃ出来ないし……」


「そうなのか」


「レビの時も一緒に王都の外に出たでしょ? 安全な街の中で出来ることなんてたかが知れてるわよ」


 確かに言われてみればそうなのかもしれない。他の聖剣達も異論なさそうだ。

 何しろ、彼女らは剣なのだ。魔物を倒すための武器なのだ。アインテールはテストとか王都内でもできそうな事言ったが……まぁ、例外だと思っておこう。


 フレデーラは一瞬迷いのある視線を俺に向けたが、すぐに力強い声で宣言した。


「……よし。私の方から大臣の方に伝えておくわ。いくら危険だからといって、ずっと王都の中に篭っているわけにもいかないでしょうし」


「いいのか?」


「顕現化のためだと言えば恐らく許可も出るでしょ。……何か制約が付くかもしれないけど」


 ……なるほど、その手があったか。いや、外に出たがってると知られている俺よりもフレデーラの方から伝えてもらった方が王にも納得してもらえるだろう。


 物語が進みそうな気配に、俺は気力が戻ってくるのを感じていた。

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