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第二話:聖剣のいる生活②

 塔のように屹立した巨大な黒の塊。肉厚の剣身は俺が怪力を振るっても折れず、その硬度は如何なる金属にも勝る。


 漆黒明竜の素材を作り、王国最高の鍛冶師が生み出した鉄塊のような巨大な剣を俺は黒帝剣と名付けた。


 漆黒明竜はレアリティSSS級の化物であり、殆どその魔力の抜けていない宝玉を素材に生み出した黒帝剣もまた、その名に恥じない威力を持つ。

 重すぎて俺くらいしか触れないのが弱点だが、俺しか使わないので問題ない。


 リーチもリースグラートを使っていた頃よりも広く、命のかかった戦場ではとても頼もしいだろう。もちろん、衝撃が出たりもしない。

 黒光りした見た目は不吉だが、考えうる全ての付与魔法がかけられているらしく、錆びず曲がらず魔法ですら切り裂けるお墨付き。


 その稀代の名剣を見て、リースグラートは小さくため息をついた。

 自慢の剣に対するあんまりな反応に、思わず低い声で聞く。


「文句があるなら聞くが?」


「……金属の心がわかってません」


 クソっ、このダメ聖剣め。それっぽいこと言いやがって。お前に何がわかるんだよ。と怒鳴りたかったが、そんな気力もない。


 俺の横にちょこんと座り、黒帝剣を真剣な眼で見ているリースグラートを観察する。

 レビエリより比較的長身。美しい銀髪に同じ色の眼で、理知的で多少のボーイッシュさがある少女だ。レビエリと同じようなメイド服を来ており、レビエリを除いて、宝物庫から勝手に外に出れる唯一の聖剣である。


 武器の見分をしているとどこからともなく尻尾を振って寄ってくる少女でもあった。

 どうやら、同じ剣として剣への評価は厳しいらしい。


「……そんなに……悪いか?」


「え……あ……や、ご、ごめんなさい。僕……本当の事言っちゃって……」


 リースグラートが慌てたようにわたわたして瞳を伏せる。


 お前、それ全然慰めになってないからな。

 前も思ったが、レビエリもリースグラートも一体この剣の何が不満なのか。


 ちなみに、リースグラートが宝物庫から出れる理由はレビエリが他の聖剣達を説得したかららしい。

 曰く、いざという時に剣として使うためとの事。完全に黒帝剣は信用されていなかった。

 だが、だからこそ、この黒の剣が愛おしくなってくる。これ、衝撃波とか出ないし。


 リースグラートがまるで媚びるような上目遣いで続ける。

 きっとその仕草はわざとではないのだろう。レビエリがやったら多分わざとだけど、リースグラートはそういう性格ではない。


「その……普通の武器としては、強力かと思います」


「なら十分だ」


「ですが……聖剣と比較するとやはり」


「十分だって言ってんだろ!」


 比較対象が間違えているのだ。

 レビエリもリースグラートも同じだが、お前ら剣というよりももはや兵器だからな。レビエリに至っては剣ですらないし。

 そんなものと比較したらさしもの黒帝剣のランクも落ちよう。

 といっても、スキルで確認した所、この剣のレアリティはSSSである。十分強いっていうかレビエリやリースグラートよりもレア度は高い。レアリティの規準がよくわからないからなんとも言えないが……。


 リースグラートが俺の答えに、大きく深呼吸をすると息を呑んだ。

 決意したようにその銀色の虹彩を向けてくる。


「僕は……勇者様に借りがあります。いざという時は顕現化を許可しますので、言ってください」


「いや、しないから」


 俺の答えもろくに聞かず、ハイライトの消えた眼でリースグラートが呟く。独り言のような小さな声だったが俺には十分聞こえた。


「こんななまくら使わせて勇者様が死んじゃったら……レビエリ先輩に殺される……」


 ……どんだけ物騒な力関係なんだよ。

 冗談だと思いたいが、封印しようと馬乗りになっていた前科があるので判断できない。


 そもそも、顕現化は条件を満たさなければ出来ないんじゃなかったのだろうか。


「……物騒だからなぁ……リースは」


「失礼な! 斬れ味には……自信があります。何しろ、稀代の名工が生み出した聖剣だからッ!」


 大きく胸を張り、自信満々にリースグラートが言ってみせる。

 その名工、頭おかしいと思う。何度言われても、衝撃波が出るのは斬れ味の問題ではない。


 余程その名工に生み出された事を誇りに思っているのか、リースグラートが続ける。


「僕の製造コンセプトは『最強の剣』です」


 製造コンセプトが最強の剣って凄いアホっぽい。リースグラートにぴったりである。


「僕の力はあんなものではありません、勇者様。黒竜討伐の時の顕現化は不完全でした。本来の僕の力を解放すると凄いですよ!」


「興味はないけど一応聞いておくが、どうなるんだ?」


「酷い言い方です……」


 いや、だって。リースグラートだし……。

 一瞬消沈したが、すぐに表情を改めて立ち上がった。地味に精神強いよな、こいつ。

 そして、リースグラートがさも自慢げに言い切った。


「斬れ味が更に跳ね上がります」


「お前そればっかりだなッ!?」


「斬れ味が高いって格好良くないですか?」


 眼をキラキラさせるリースグラート。

 確かに格好いいといえば格好いいが、あれは全然斬れ味ではない。そもそも、今の段階でさえ衝撃波出るほどなのにこれ以上向上させてどうなるというのか。


 そして、そんな斬れ味あったらどの剣でもなまくらに見えるわな……。

 常識が違うのだ。判断規準が違うのだ。レビエリもそうだったが、聖剣って威力過剰過ぎる。


 俺の若干引いてる表情が目に入らないのか、リースグラートがばんばんとまるで同意を求めているかのように床を叩く。


「こんにゃくだって切れちゃいますよ!?」


「いや、衝撃波の時点でバラバラだと思う」


「僕の製造コンセプトは『最強の剣』です」


「わかったわかった。二度も言わんでいい、二度も言わんでいい。大体お前、レビの事恐れていたんじゃ……」


 最強の名が泣くわ。

 俺の言葉に、リースグラートが表情を曇らせた。きょろきょろと挙動不審げに周囲を見回し、ぽつりと言う。


 大丈夫だ。レビエリは今買い物行ってるから‥…


「あれは……剣じゃありません」


 尤もな意見である。盾だったし、そもそも盾の形状も余り意味を成していなかった。そういう意味では確かにリースグラートはまだ、まともな方だと言えよう。


 リースグラートはなかなか、からかいがいのある性格をしている。


「レビはトリが一番強いって言ってたけど?」


「トリちゃんも剣じゃありません。勇者様、僕のコンセプトは――『最強の剣』ですッ!」


「わかったわかった。三度も言わんでいい、三度も言わんでいい」


 どうやら土俵が異なるようだ。そりゃリースグラートのレアリティがAにあるわけである。

 最強の剣も最強の某かには負けるというわけだ。というか、お前の衝撃波も剣の領域を飛び出してるから。


 その時、先日のレビエリの言葉を思い出した。

 無愛想に唇を結ぶリースグラートに尋ねてみる。


「そう言えば、リースの姉妹剣とやらは……剣なのか?」


 俺の問いに、リースグラートがじっと俺の眼を見た。

 数秒間目を合わせ固まっていたが、何も言わずに待っているとやがて再起動したかのように話し始めた。


「金閃剣アグニム――アグちゃんは剣ですよ。僕とは製造コンセプトが違いますけど……同じ名工、グルコート爺に生み出された剣です」


「製造コンセプトが違う?」


「ええ。製造コンセプトです。僕やアグちゃんはトリちゃんとかと違って人の手によって生み出された聖剣なので――」


 ガリオン王国最高の匠の生み出した黒帝剣がなまくら呼ばわりなのだ。リースグラートを始めとした何人もの聖剣を生み出したグルコート翁とやらはどれほどの腕を持っていたのか。


 そして、リースグラートは至極真面目な表情で言った。


「勇者様、僕の製造コンセプトが『最強の剣』ならば、金閃剣アグニムのコンセプトは――『完成した剣』です。僕は『斬る』事しかできませんが、アグちゃんは『斬らない』事が出来ます。この国にはありませんが、勇者様がもしアグちゃんを手に入れる事が出来れば――大きな力になる事でしょう」

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